せっかく勇者として転生したのに、初手で国が滅んでしまった。 作:らんかん
ファンタジーの世界における夜空は洞窟に置かれた黒曜石のようにただ点々とした光が暗闇に主張するものではなく、その前の大気圏にきらびやかなオーロラが薄く月下を照らしている。
「そっちはどうだ」
「いやあダメっすねえ、女王を頂いたはいいんすけど女王そのものが何か吐いたりはしなかったんでマジで包囲殲滅しかないかもしれないっす」
「態度はどうだった? おとなしいうえで肉付きもいいなら私も頂きたいのだが」
「ありゃ随分頑固で意地汚い躰だけの女っす、ダメダメ」
敵国の皇女を拉致監禁、おまけに強姦とは軍人仕草も極まっているところだが誰しもそれを咎めることはない。
片方の紺色の長髪できっちりと服を着こなしている男は要塞にあったラム酒を木で作られたジョッキへ注いで飲み、もう片方の新緑色の髪をした女性のようなウルフカットをしている白い肌をさらけてお楽しみ後の男は近くにあったコーヒーを飲み干す。
敵国の要塞を落とし、そこから望遠鏡で監視するに彼ら二人の提督が向いた目線の先。
城を落としたのは良し、だがその向こう側の平原でまだ交戦していて、さらに奥の森では光の柱がそびえ立つ。
「勇者の儀そのものには間に合ってないっすよねえ、こりゃまた失敗っすか?」
「決めつけるのは早計だぞ、ラフクイーン卿」
紺色の髪の男は、少しばかり前髪をかき分ける。
「我らシアンドラッヘは数百年の戦争の末に漸くこのルーガー共和国が経済の困窮と政治的敵対の乱立に成功したではないか。目立った戦争を起こさなかったからこそ勇者が生まれなかったし、その中で我々は勇者以外のすべてを壊すことに殆ど成功している」
勇者とはいつも、世界の命運を”自動的に集約させた”存在だ。
固有の能力で世界に培われた常識や法律をぶっ壊して新たな世を作り、そして名誉と性______この言い方になるのは勇者の二割くらいゲイがいるからだが______を欲しいがままにし、そして手にしたものに耽けてこの世を去る。
そんなもので掻き回されるだけの側は溜まったものではないのだが、その勇者とやらはルーガー共和国が土地を全面的に保有する勇者の森でしか呼べないため、外交失敗の果てに起こる戦争に突入するとまず他の国家に勝てる術がない。
ルーガー共和国から見た諸外国はその不快感を顕にしつつも結局は逆らえない世界の命運を持つ国家に対してはへりくだるしかない上、今要塞で女と酒を煽っていた二提督の所属するシアンドラッヘ帝国はその筆頭だった。
「ともかく、後一押しだ。勇者がこの状態からでも国を復興させるほどの手腕と力を持っていたなら、殊更この世界に住む人間や、世界そのものの価値はないも同然だ。そう思いたくないから、我らは頑張ってきた」
「アッシュルビーは大丈夫っすかねえ」
「可愛らしい青二才だが覚悟そのものは本物だ、それに若さゆえに傷ついても我らがいる。見守ろうではないか」
若さを口にするにはまだほうれい線の数も挫折も足りない男達は、送り出した同胞のことを想い、空に上る黄金色の光を眺めていた______
その勇者の森では、一人の転生者が出ていた。
「そこに立ってろ!」
「あ、うん」
少し背の低い、赤色の髪をしたかわいい顔の男に剣の鋒を向けられているものの、起き抜けか、それともあまり剣を凶器として認識できていないのか、緩いTシャツとジーパンがこの世界で無二の特徴を持った男がいる。
「勇者の儀を完遂されてしまったが、この国の為政者も姫も、支配階級は全て捕まえた! お前がどんな力を持っていても決して盤面はひっくり返ることはない!」
「いやそもそも知らない土地の命運握らされたところでどうしようもないだろ」
「そんなことをおっしゃいますな勇者様!」
近場には、兵に拘束され跪かされている可哀想な初老の貴族がいた。
「貴方様は我々の国家のためにおいでくださった救世主ではありませんか! それが何故我等の導きにならぬとおっしゃいますか」
「いやそう言われても気づいたらここにいて何も言われてないんじゃどっちも信用できないってだけだし……」
「いいですか勇者様! 我々の国家は、貴方様のような勇者に国のすべてを捧げるためにあるのです! それが何故、我々を見捨てる理由になりましょうか!」
言い訳を聞く度にやる気が下がることを言う天才になるために数十年費やしてきたのだろうか、とぼやきたくもなる言い草。
周りの人間は打撃で気絶させられてるか長時間の拘束で身体の痛みに耐え続けているせいでろくに言葉を話せる状態でもなさそうで、訴えかけれる唯一の人間があの初老の貴族ではやる気も起きない。
そうでもなさそうな人間は今目の前で自分に刃を晒し、場合によっては斬ってしまわんとする若き剣士一人のみ。
詳しい情勢や状況を聞きたいがそれどころではない、おまけに降伏するか抵抗するかの二択を迫られている。
「まあ、その、なんだ。よく分からないが俺がそんなすごい勇者って言うならその力を信じて、互いに刃を収めてはくれないか。そこの貴族のおっさんも、殺そうとしてくる兄ちゃんもさ。俺も今”自分がどんな能力持ってるか分からない”から自分の身が危険にさらされたらどうなるか分からない」
相手は『自分が特別な能力を持った勇者』だと思っている、自分以外の認識に齟齬はない。
だけど、どのような能力を持っているかは『誰にも分からない』のも事実。
ならば”不明”を武器に立ち回る以外に道はない、と判断した。
「勇者が特別ってなら、従ってくれると嬉しい。既に捕まえた捕虜を出せとか、この森を包囲してるなら解けとかってわけじゃない。交渉役が武器を持たない、魔法も使わない。それだけで十分だ」
「僕だけ剣を納めろって言うなら、まあ、いいよ」
若さは己が刃の誇りに掛けて血に濡れぬまま収まるべきではない、と叫ぶ傍ら、後ろの提督達からはアッシュルビー卿と呼ばれるほどの敬意に値する精神は武力に訴える基準や危険性を提示した勇者に対して邪険に扱うべきではないとしてゆっくり鞘に収めた。
「は……?」
意味がわからない、という顔をしている貴族。
顔は精悍で気持ち悪さはないが、それでも信念や希望を踏みにじられた時の顔に近い表情をしている。
「いやいや、何をおっしゃいますか勇者様。我々も刃を納めろとは、この状況を見て分かりませぬか。我等ルーガー共和国は既に壊滅状態、勇者様以外に頼れる道はないのです。国を失えば民も皆殺される。それらが分かっておいでで、誰の味方のしたくないとおっしゃるのですか」
「逆に聞くが俺がお前達に着かなければならない理由があると思うか?」
転生者は一蹴する。
「俺はここに運ばれてきて、どっちの状況もよく分からないままに味方をしろだの何だの言われたところでそれが正しいことなのか分からない。戦争が続くことは良くないことだけは分かるし、その戦争の発端が自分みたいなやつなのはなんとなくでも分かるからその影響力をあまり人を殺さない方向に向かせてるってだけだ。ムキになる必要がどこにある」
彼の言葉は、初老の貴族を激昂させるのに相応しかった。
「何だと!? 人が下手に出ていれば舌だけ回して偉そうに!」
憎しみが顔に皺を寄せて、怒号を響かせる。
「貴様のような勇者が我等ルーガー共和国の元首になり、信仰心よりも金に囚われた邪極まる諸国家を率いる存在として君臨しなければならない! そのために娘や妻を担保にしても存在させて勇者と呼ばれる存在に国家を捧げて安泰を得たと言うのに!」
勇者に頼る、媚びへつらうということはつまり”自分達の価値が極端に下る”ことを意味していた。
それは世界に元からあった人類社会を築き上げた者達にとっては非常に迷惑かつ堕落の象徴であり、勇者が望むものさえ捧げればルーガー共和国は”何の努力もせずとも平和”だということにほかならない。
この世界にやってきた今までの勇者は酒池肉林と地位を代価に他人から与えられた力を振り回して世界を平定していたが、今回やってきた男は異様に覇気がない冷静、いや、消極的な人物。
「勇者以外が国を率いる気がない、それ以外は等しく価値のない集団の国家を共和政というのはリンカーンへの著しい名誉毀損だな」
「こちらのことを知らずにいれば口から出るのが侮辱ばかり、貴様のような勇者などいらぬ!」
拘束具を外すことは出来ないが、幸いにも貴族の体躯は頑丈であり立ち上がることは出来た。
「わっ!」
「何をやっている! 早く止めろッ!」
初老の貴族は、自分達の生き方を侮辱された……いや、楽な生き方をしてきたのを諦めろと言われたその怠惰から湧き出る陰気な憎悪で勇者へタックルしようとしている。
「危ない避けろ!」
そうすぐに警告するアッシュルビーだが、転生者は動けない。
ナイフを主に刃物を持った人間が暴れる傷害事件は多数あるが、大体そういった人間は足がすくんで動けないか勢いの良さに動きが間に合わずに刺されて命を落とすケースが多いのは知っての通りだ。
が______
「うぐあ」
と、変に笑えそうな声と共に貴族は砕け散る。
勇者の力ではない、一歩も動けてないからこそ勇者を呼び出す儀に必要な台へと不用意に踏み込み、その儀を穢したとして一見してただの肉塊になった男を焼き尽くした。
勇者が世を救う特別な存在、人間を超えた枠というのならば便宜的には神と呼べ、それに不用意に触る人間は悉くその身を焦がして死ぬ。
わかりやすい顛末だった。
「あ、ああ……」
出会い頭に媚びへつらってきた挙句に反転して突撃してきた男に対して感慨が沸かないもので、結果焼死体を見てもネットで『検索してはいけないワード』の果てに見た殺人よりも現実感のない死に様に思い起こされることもなく、転生者はため息を付いた。
周囲に囚われていた男女、ルーガー共和国の支配階級はドレスの汚れよりも自分達を勇者の代わりに率いていた男の死に様に恐怖して声も出なくなっているが、その状態でも冷静に話しかけてくるやつがいる。
「まあ、その、なんていうか、なんて言えばいいんだろうね」
アッシュルビーが話しかける言葉が思いつかないまま、それでも今の状態が続くよりは動いたほうがいいだろうと判断して転生者に話しかける。
話しかけられた方も困惑しながら、ともかく殺しに来るやつは居ないだろうと信じて儀式のステージから降りてアッシュルビーに近づいた。
「ともかくこれでルーガー共和国は勇者だけを残して国家の枠組みから消えた、ということになる。気分はどう?」
「どうもこうも……」
「でも、勇者が全ての権利を与えられるというのであればお前に全ての命運が掛かってるのには変わりないな」
最初と違い、若くかわいい剣士は、己の剣に手をかけずに勇者と称された存在に問う。
「どうする?」
「どうもこうもお前からすれば亡国の王だしな。お前らが決めればいいんじゃないか」
「それで意にそぐわなかったら勇者の力で……というのも怖いんだよ。だから、自分で決めてくれ」
いきなり滅亡した国のエンディングを選ばされて悩むところだが、不快な男が居なくなったことに転生者は不思議と落ち着いて案を出した。
「まあ、戦争責任者っていうのは必要だよな。勇者と呼ばれた挙句が戦犯なんて考えたくもなかったが、戦争そのものを終わらせない選択肢はないさ。左翼の幻想みたいに素直に手を上げる」
「いいのかそれで」
「だが条件がある」
勇者は、はっきりと相手を見て告げる。
「あの男の死と俺の身柄拘束を以って大衆にはどうか寛容な措置をお願いしたい。それが出来ない場合、牢屋から勇者の力をとやらが発動してお前の国が大変なことになるはずだ」
それを言われたところで決める権利のないアッシュルビーは素直に自分には決めきれないとした上で、出来ることを約束した。
「出来る限り掛け合ってみるよ。それなりの地位にいるってことは僕達の女王様もきっと君と話すはずだ、守られると思う」
「俺とお前の共同作業、ってか?」
「嫌かな」
砕けて、少し微笑みを見せる若き剣士に転生者の男は不敵な笑みで応えた。
「そんなことはない。あの時、素性も知らないやつの提案のために折角抜いた剣を華々しく出来ずに鞘に収める屈辱を甘んじて受けてくれたお前の誇りを信じて頼みたいと思ってる」
勇者は最初に信じようと思った”騎士”の手に肩を置く。
「俺はお前を漢と見込んだ。だから、頼む。いい感じに取り計らってくれ」
「分かった」
こうして、この夜を境に”勇者の威光”で周辺国家を抑圧していた国は、最後はその指導者が勇者を呼ぶ光に灼かれて幕を閉じた。
明日からは新たな歴史が始まるが、転生者はアッシュルビーの前を歩いて空を見る。
「綺麗だな」
オーロラが夜にいつも見れる世界に飛び込んだ彼にとってもまた、新たな歴史の始まりなのは言うまでもない。
だが、今この転生者を包んでいたのは。
嫌なことが終わったことへの安堵だ。