Re:ゼロから始まる廻る呪いに   作:トンパ=ゾルディック

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狂った歯車、張り巡らされる網

静寂を破るように、部屋の扉がノックされた。入ってきたのは、手紙を手にしたロズワールだった。その道化のメイクの奥にある瞳は、いつになく鋭い。

 

「おやおや、勉強中のお邪魔をして悪いーねえ、悠仁くん。エミリア様」

 

「ロズワール、何かあったの?」

 

エミリアが小首を傾げると、ロズワールは手紙を机の上に置いた。

 

「王選の最有力候補であるクルシュ・カルステン陣営から、我が陣営へ向けて……『白鯨討伐』の協力要請が届いたぁーのさ」

 

「白鯨……」

 

レムがその名を聞いた瞬間、僅かに息を呑んだ。霧と共に現れ、数多の人の記憶と存在を世界から消し去ってきた、四百年もの間世界を恐怖に陥れている三大魔獣の一角。虎杖はゆっくりと立ち上がった。

 

「白鯨……空飛ぶデカいクジラ、だったな。そいつが暴れると、また誰かが理不尽に死ぬのか?」

 

「ええ、その通りです、悠仁くん。多くの騎士や旅人が、あの霧に呑まれて消えていきました」

 

レムの言葉に、虎杖は静かに頷いた。その瞳には、恐怖ではなく、かつて数多の「呪い」を断ち切ってきた調律者としての冷徹な闘志が宿っていた。

 

「分かった。エミリアの騎士として、その要請、喜んで乗らせてもらうわ。そのデカいクジラ、俺の『御厨子』で三枚におろしてやるよ」

 

ルグニカを揺るがす大戦の幕が、今、静かに上がろうとしていた。

 

クルシュ・カルステン公爵邸の作戦会議室には、かつてないほどの熱気と緊張感が満ちていた。今回の白鯨討伐は、クルシュ陣営単独の無謀な試みではない。彼女の呼びかけに応じ、水面下で巨大な同盟の網が張り巡らされていた。軍資金と物資の調達、そして傭兵団『鉄の牙』の戦力を提供する王選候補者アナスタシア・ホーシン。王都の流通を牛耳り、対白鯨用の最新兵器や魔鉱石を秘密裏に融通する大商人ラッセル・フェロー。そして、比類なき『個』の武力として加わった、エミリア陣営の騎士・虎杖悠仁。「各方面からの物資、および人材の配置は完了した。……残る問題は、あの巨獣をいかにして確実に誘い出し、仕留めるかだ」クルシュが地図を指差しながら、凛とした声で告げる。その視線の先にあるのは、本来の歴史が大きく歪んだことによる「奇妙な変化」だった

 

本来の歴史——すなわち、運命の歯車が狂わぬ世界であれば、白鯨の出現は魔女教大罪司教『怠惰』ペテルギウスの行動や、彼らが放つ瘴気、そして福音書の記述に強く引きずられるはずだった。魔女教の暗躍という不確定要素がある限り、その出現日時を正確に予期することは極めて困難だったのだ。しかし、その因果は数日前の街道で、虎杖悠仁という規格外の存在によって文字通り「握り潰された」。ペテルギウスが魂ごと完全消滅し、魔女教の尖兵たちが一網打尽にされたことで、白鯨を縛り、誘導していた『魔女教の意思』というノイズがこの世界から完全に消滅した。その結果、白鯨の動向には皮肉にも「大きな変化」が生じていた。魔女教の呪縛から解き放たれた巨獣は、自らの本能——世界の『マナの濃淡』や、本来の『生態周期』に従って、極めて規則的に行動するようになったのである。

 

「当初はミーティアや、特殊な加護を持つ者の探知能力に頼らざるを得ないと考えていたのだがな……」

 

ラッセル・フェローが眼鏡の奥の目を細め、膨大な観測データが書かれた書面を提示する。

 

「魔女教の不審な魔力の揺らぎが綺麗さっぱり消えたおかげで、地脈のマナの減少傾向と、アナスタシア様の商網が捉えた霧の移動経路が、驚くほど綺麗な放物線を描いて一致したのです。加護や未知の道具に頼るまでもない。奴が『いつ』『どこに』現れるか、ほぼ完璧に予測がつきました」

 

魔女教を事前に「駆除」した虎杖の行動が、巡り巡って討伐隊の索敵難易度を劇的に引き下げていた。不確定要素の消えた巨獣は、ただの「予測可能な災害」へと格下げされたのだ。

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