白鯨の巨体が光の塵となって消え去り、リーファウス街道には勝利の歓声が響き渡っていた。本来の歴史であれば、ナツキ・スバルが「ガラケー」という未知のミーティアを用いて白鯨の出現日時を完全に言い当て、エミリア陣営が情報戦の主導権を握っていたはずだった。今回はそのアドバンテージがなかったため、白鯨討伐の純粋な手柄の大部分は、事前予測を立てて軍を動かしたクルシュ陣営のものとなった。しかし、エミリア陣営が損をしたわけでは決してない。「いやはや、実に見事な共闘だったーよ、クルシュ様。これで約束通り、エリオール大森林の件は我が方に有利に進めさせてーーもらいますーよ?」ロズワール自身が前線に赴き、白鯨の出現前に完璧な政治的裏取引を成立させていたため、陣営としては正史よりも遥かに実利のある、莫大な利益を確保していた。何より、エミリア陣営にはすでに、街道で魔女教大罪司教『怠惰』ペテルギウスを跡形もなく完全消滅させたという、白鯨討伐に勝るとも劣らない前代未聞の武功が単独で成立している。「レム、怪我はないか? じいさんのサポート、めちゃくちゃ助かったわ」「はい、悠仁くん! レムは無傷です。……本当に、良かったです」ペテルギウスが白鯨より先に死亡していたため、戦後にクルシュとレムが討伐隊の本隊から離れて王都へ先行帰還するという状況自体が発生していない。レムもクルシュも、虎杖やロズワール、そして傭兵団『鉄の牙』がひしめく大集団のド真ん中に守られていた。これにより、レムが『暴食』に襲われて名前と記憶を喰われ、果てしない眠りにつくという最悪の悲劇は、この世界から跡形もなく回避されていた。誰もが笑い、誰もが報われる、完璧なハッピーエンド——のはずだった。
だが、魔女の遺した厄災の残滓は、彼らの勝利をただ指をくわえて見ているほど優しくはなかった。街道の先、立ち込める薄い霧の向こうから、二つの不吉な影が歩み寄ってくる。「あはははは! 素晴らしい! 素晴らしいよ! 『怠惰』の狂ったおじさんも、可愛いペットも、こんなにあっさり死んじゃうなんてさァ!」現れたのは、ボロ布を纏い、狂気的な笑みを浮かべる小柄な少年。魔女教大罪司教『暴食』担当、ライ・バテンカイトス。「僕たちは貪り喰う大罪司教、ライ・バテンカイトス! お前たちのこれまでの人生を、努力を、思い出を、全部——」
「——あぁ、お前もういいわ。うるさい」口上を言い終える瞬間すら、虎杖悠仁は与えなかった。魂の構造が捻じ曲がった『暴食』のオドを捉えた瞬間、虎杖はただ静かに、冷徹に、右手を一振りした。「——『御厨子』・『解』」シャキィィィン!!!空間が目に見えない刃の嵐で満たされる。「え——?」ライ・バテンカイトスは何が起きたのかすら理解できなかった。彼の持つ能力『暴食』は、相手の記憶を喰らう強力な権能だが、それは相手に触れるか条件を満たしてこそ発揮される。目の前の異界の騎士が放った、触れもせずに空間ごと肉体をスライスする不可視の超高速斬撃に対し、肉体そのものはただの子供に過ぎない暴食の防御力は皆無だった。一瞬にして、ライの身体は数十の肉片へと細切れに裁断され、地面にボタボタと崩れ落ちた。大罪司教の一角が、己の権能を何一つ披露することすら許されず、文字通り一瞬で『駆除』された。