『聖域』に向かう馬車の中で、ロズワールは正史の彼からは考えられないほど「楽観的」になっていた。本来なら、試練に拒絶されるエミリアを精神的に追い詰める算段だったが、今の彼にその陰険さはない。ただ純粋に、エミリアが自力で試練を突破するのを虎杖が手助けしてくれれば、それでいいと考えていた。何より、ロズワールの真の目的は、最愛の師である『強欲の魔女』エキドナの完全な解放である。そのためには王選を勝ち抜き、王家に伝わる『神龍ボルカニカの血』を手に入れるか、最悪の場合は龍を殺す必要があった。しかし、虎杖の戦力を見たロズワールは、別の、より鮮やかな可能性に賭けていた。(悠仁くんの、あの『魂(オド)の構造を直接書き換える』ような不可視の技……あれなら、エキドナの魂を抑圧している墓所の封印そのものを、内側から直接断ち切れるのではないーーかねえ?)もし、虎杖の術式『御厨子』や、魂の輪郭を捉える打撃によってエキドナを直接解放できるなら、神龍を殺すという大博打を打つ必要すらなくなる。「それに、悠仁くんなら、ガーフィールやリューズたちとも上手くやるだろーーうさ。あの凶暴な黄金の仔虎も、彼のような真っ直ぐな『怪物』の前には、良い子にならざるを得ない」棚ぼたのように転がり込んできた最強の騎士。ロズワールは心の中で、来たるべき『強欲の魔女』との茶会を思い描く。もし虎杖がエキドナと出会い、残りの大罪司教の権能に関する情報を得ることができれば、エミリア陣営の躍進はさらに加速する。全てが良い方向へと回り始めた、圧倒的なハッピーマニア。虎杖悠仁という名の「世界の特異点」を乗せた竜車は、魔女の魂が眠る『聖域』の結界へと、何一つ憂いなく滑り込んでいくのだった。
『聖域』の入り口。馬車から降り立った虎杖悠仁を、待ち受けていた一人の少年が迎えた。金髪を逆立て、額に大きな傷を持つ牙の生えた少年——ガーフィール・ティンゼル。彼は本来なら新参者に対して突っ張る性格だが、虎杖の姿を視界に入れた瞬間、その身体が激しく硬直した。(……な、んだよ、これ。なんだよ、この化け物はよォ……ッ!)それは正しき歴史でガーフィールが水門都市プリステラで『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアと初めて対面した時と全く同じ戦慄だった。虎杖にこの世界特有のエネルギーであるマナは備わってない。だが、その身に纏う『生物としての圧倒的な格』と、何よりこれまでに数多の死線を越えて研ぎ澄まされた魂(オド)の質量。それが、野生の直感を持つガーフィールには「一歩でも踏み込めば確実に両断される」恐怖として伝わっていた。だが、恐怖は即座に敵意へと変わる。この世界のガーフィールは、変わらず外の世界への激しい恐怖と憎しみを抱えていた。表向きは結界の解放派を気取っているものの、本心では聖域の安寧を望んでおり、結界を本当に解放しようとする虎杖やエミリアの存在を、決して良くは思っていなかった。「……へっ、凄え護衛を連れてやがるな、エミリア様よォ。だがな、『噛みつく前には牙を研げ』ってな。聖域を舐めてっと、痛い目見るぜ」強がるガーフィールの突っ張りを、虎杖はただ「あぁ、よろしくな」と、かつての呪術高専の後輩を見るような優しい目で受け流した。