通路の奥へ進むほどに、空気の冷たさが肌を刺す
「まずは己の過去と向き合え」
墓所が課す第一の試練が起動した瞬間、虎杖悠仁の視界は、暗転した世界へと強制的に引きずり込まれた。生々しい肉の焦げる臭い。耳を覆いたくなるような、人々の悲鳴と絶叫。気がつけば、虎杖は灰色の粉塵が舞い散る、あの『渋谷』の崩壊した跡地に立っていた。
「……。ここか」
目の前に、真人の無為転変により生命を侮辱するような形に変えられた吉野順平、。顔を上げれば、両面宿儺に肉体を乗っ取られ、自分の手で——自分の身体を使って、数万人もの無辜の民を塵に帰してしまった地獄の光景。さらに足元から溢れ出た大量の血は、あの極限の決戦の中で、自分を「弟」と呼び、身を挺して炎から守ってくれた兄・脹相の最期の灰へと変わっていく。
そして最後に現れたのは、どれだけ言葉を尽くし、魂をぶつけ合っても、ついに最後まで分かり合えぬまま消え去っていった呪いの王・両面宿儺の、あの冷徹な眼光だった。
「悠仁……お前のせいで、みんな死んだんだぞ」
「人殺し。呪いの器」
幻影たちが口々に虎杖を責め立てる。墓所の試練は、挑戦者の心の最も柔らかい部分、最も深い傷口を正確に抉り出し、精神を崩壊へと導く底なしの泥濘だ。
虎杖は、その場から一歩も動かず、ただ静かに幻影たちを見つめていた。胸の奥が、焼けるように痛む。
(……そっか。俺、乗り越えたつもりでいたんだな)
宿儺との決戦を終え、世界の調律者となってからの68年以上。自分ではもう、あの地獄に折り合いをつけ、前を向いて払拭したつもりでいた。だが、それは違った。
当時は生きるため、勝つために、戦いに身を窶して過去と向き合う心の余裕なんて一ミリもなかった。
そして、やるべき戦いが全て終わった後の68年間は、ただひたすらに次代の術師を育て、呪いを無くす方法を模索し、死んでいった五条先生を始めとした恩人や友の意志を継ぐこと『だけ』を考えて、必死に走り続けてきた。
それは前進ではあったが、同時に、自らの心に深く突き刺さった『後悔』や『罪の意識』という名の痼(しこり)から、無意識に目を背け、義務感で蓋をしていただけだったのだ。
「ずっと、苦しかったんだな、俺」
自らの弱さを、無意識の逃避を、虎杖はここで初めて、真っ直ぐに自覚した。罪が消えることはない。順平も、脹相も、渋谷の人々も、生き返るわけじゃない。宿儺と分かり合えなかった虚しさも、事実として魂に刻まれている。だが、今の虎杖には、積み重ねてきた68年という気の遠くなるような「時間」と「足跡」があった。誰かのために生きて、誰かのために呪いを祓い続けた。その歩みは、決して偽物ではない。