ルグニカ王国の辺境伯、ロズワール・L・メイザースの邸宅。徽章を取り戻した恩人として招待された虎杖悠仁は、広大な屋敷の美しさに感嘆しながら、エミリアの後を歩いていた。しかし、長い渡り廊下を曲がった瞬間、虎杖の足がピタリと止まる。
「……ん? おかしいな」
空間が歪んでいる。呪術師として、そして何より宿儺という巨大な「魂」と同居し、世界そのものの歪みを調律してきた虎杖の感覚が、明確な違和感を捉えていた。この世界の人々が『オド(魂)』と呼ぶ、生命の根源たる輝き。それが、目の前のありふれた扉の奥から、不自然なほど濃密に漏れ出している。空間をねじ曲げ、配置をループさせている「悪戯の犯人」の居場所が、手に取るように分かった。
「そこだな」
虎杖が迷いなく一枚の扉を開け放つ。そこは、壁一面が本棚で埋め尽くされた未知の空間——『禁書庫』だった。部屋の中央、脚立に腰掛けたドリル髪の幼い少女が、驚愕に目を見開いている。
「なっ……! 禁書庫の『扉渡り』を一発で見破るなんて、あり得ないかしら!」
「あ、ごめん。悪気はなかったんだけど、魂……オドっていうのか? それが透けて見えたからさ。よろしくな、お嬢ちゃん」
ベアトリスは、初対面の少年の底知れない眼光と、直感的に察した。
「…お前、魔女よりもおぞましい瘴気を纏ってるのよ」
「…もしかして俺に染み付いた宿儺の呪力の事か?この子は天元様とかカリヤンみたいな存在なのかな。まぁ人間でないのは何となく分かってたけど。驚かせてごめんな!」
異質な気配に小さく身震いするベアトリスだった。
その後、邸宅の主であるロズワール、そして双子のメイドのレムとラムを交えた食事会が開かれた。
道化のようなメイクを施したロズワールが、奇妙な抑揚で問いかける。
「おやおや、エミリア様の恩人たる悠仁くん。君は、この邸宅でなーにを望むのかなー?」
虎杖は真っ直ぐにロズワールを見つめ、迷いなく告げた。
「俺を、ここで雇ってほしい。使用人でもなんでもいい。できればエミリアの護衛をやらせてくれ」
エミリアの「誰も死なせたくない」という真っ直ぐな魂に触れた虎杖は彼女を守ることを、この世界での自分の役割だと定めていた。
ロズワールは不敵な笑みを浮かべ、それを快諾する。
しかし、その場に控えていた青い髪のメイド、レムの瞳の奥には、冷徹な疑念の光が灯っていた。
(この男……妙です。魔獣とも違う、どこか悍ましく、血の臭いが混ざった『呪い』のような気配が、身体の芯から染み付いている……)
それは、かつて虎杖の中にいた「呪いの王・両面宿儺」の残滓、そして彼が取り込んだ呪物「呪胎九相図」の兄たちの、禍々しくも濃密な呪いの気配だった。