王城での謁見を終え、初夏の心地よい風が吹く城外の広場へ出たところで、虎杖は背後から呼び止められた。
「待ってほしい、エミリア様の騎士」
振り返ると、そこにはルグニカが誇る三人の若き英傑——ラインハルト、ユリウス、フェリスが並び立っていた。声をかけてきたのは、燃えるような赤髪の美青年、ラインハルト・ヴァン・アストレアだった。その声が鼓膜に届いた瞬間、虎杖の背筋にゾクリとした戦慄が走る。
(……この声……っ!)
あまりにも聞き覚えのある、どこか軽薄で、それでいて世界の誰よりも頼もしかった恩師・五条悟と同じ響きを持った声。だが、虎杖を本当に驚かせたのは、その声の主が内に秘めた「質量」だった。
虎杖の眼は、ただの肉眼ではない。渋谷事変、死滅回遊、人外魔境新宿決戦を経て、世界の理と魂の構造を見通す全き眼。その眼が捉えたラインハルトは、異常だった。
彼には呪力がない。それはかつての禪院真希のような、天与呪縛による『フィジカルギフテッド』それの究極系。
しかし、その身に纏う生物としての格やこの世界特有のマナと呼ばれる呪力とは異なる力の奔流、その存在の強度は虎杖がこれまでの人生で出会ったどの存在をも凌駕していた。
あの『呪いの王』両面宿儺、かつての『現代最強の術師』・五条悟、そして世界の境界で相見えた『デスクンテ最強の戦士』ダブラ・カバラ。
それら全ての怪物さえ超えた、この世界の頂点に君臨するであろう「絶対的な正義」の塊。それがラインハルトなのだと、虎杖は直感で理解した。
「先ほどの君の『威圧』、見事だったよ。賢人会の老人たちを声も出さずに黙らせるなど、並大抵の格ではできない」
ユリウスが洗練された仕草で称賛を送り、フェリスも「エミリア様の騎士ちゃん、中々やるじゃにゃい」と悪戯っぽく微笑む。虎杖はラインハルトから視線を外し、照れくさそうに笑った。
「いや、でしゃばるつもりはなかったんだけどさ、自分の主を侮辱されて流石に何にもしないままってのもどうかなって思ったからちょっと凄んだだけさ。……それよりラインハルト、あんた、めちゃくちゃ強いな。俺、あんたみたいな人を一人知ってるわ」
「お褒めに預かり光栄だよ。だが、僕の目から見ても、君の魂の輝きは異質で、とても温かい。いつか手合わせを願いたいものだね」
稀代の怪物二人が交わした短い言葉。騎士たちは互いに礼を尽くし、それぞれの路へと別れていった。
原作のスバルのようにエミリアと衝突することもなく、二人の絆は護衛としての信頼の元に、より強固なものとなっていた。ロズワール邸への帰路、夕闇が完全に街を包み込んだ街道の森で、虎杖の感覚が周囲に潜む「悍ましい悪意」を察知した。
「エミリア、レム、下がって。……ネズミが湧いてるわ」
虎杖が前に出ると同時に、木々の影から異様な姿の黒装束の集団が這い出てくる。魔女教徒たちだ。彼らは手にした歪な短剣を構え、一切の声を上げずに一斉に飛びかかってきた。エミリアが氷の魔法を展開しようとするよりも早く、虎杖は静かに右腕を水平に一振りした。
「——『解』 」
不可視の斬撃が、十重二十重に重なる空間の網となって放たれる。
「——」
魔女教徒たちは、自分が虎杖の十歩手前で何をされたのかすら理解できなかった。彼らが踏み込んだ地面、そしてその肉体ごと、寸分の狂いもなく正確にサイコロ状に裁断され、一瞬にして物言わぬ肉片へと変わり果てる。血飛沫すら虎杖の呪力障壁に弾かれ、街道にはただ静寂だけが戻った。