天獄の熾翼、墳墓の魔王 作:マジックス
アインズは机に広げられた資料に目を通していた。
スレイン法国。
シャルティアを精神支配したと思われる集団が所属する国家だ。
六大神を信仰し、過去のプレイヤーが遺したと見られる装備まで保有している。そんな国がシャルティアの精神作用無効を突破する手段を持っている可能性がある。
アインズは新たな報告書を手に取った。
「……真なる神?」
六大神とは別に法国には《真なる神》と呼ばれる存在の伝承があるらしい。
なんでも五百年以上前からその出現が予言されているという。
……また予言か。
白仮面の占いが脳裏をよぎった。
予言…占いというのは再現性のある現象なのかもしれない。
ならば非常に危険だ。
「アルベド。この真なる神という存在について詳しく調べておいてくれ」
「畏まりました」
アインズは報告書を机の端へ移した。
真なる神とやらについては追加の情報を待つしかないだろう。
そう考え、次の資料へ手を伸ばしたところで《Message》が繋がった。
『アインズ様。ニグレドでございます。
シャルティアの周辺で戦闘が発生しております。新たに複数の強力な存在が確認されました』
「……何?
すぐに向かう。監視を続けてくれ」
アインズは手に取ったばかりの資料を机へ戻した。
『畏まりました』
「アルベド、お前もついて来るのだ」
「はっ!」
アインズは椅子から立ち上がった。
また何か起きたのか。
シャルティアに何が起きているのか今度こそ何か分かるといいのだが。
ナザリック地下大墳墓、第五階層。
アインズは《水晶の画面》に映し出された戦闘を観察していた。
シャルティアと交戦する小柄な吸血鬼。そしてその吸血鬼が召喚した二体の《オリジン・ブラッドロード》と戦う白金色の全身鎧。
どちらも高レベル同士の戦闘だったがアインズが特に注目していたのは白金鎧の方だった。
小柄な吸血鬼とは違い白金鎧はアインズの知識にない力、装備を使っているからだ。
二体の《オリジン・ブラッドロード》を相手にかなりの時間戦い続けている。
あの二体は確かに強力なモンスターだが、それだけで高レベルの存在を圧倒できるような性能ではない。現に白金鎧は決定的な損傷を受けているようには見えなかった。
白金鎧自身も積極的に敵を倒そうとしている様子はない。
先ほどから少しずつ距離を取っている。
撤退するつもりなのだろうか。
だとすればこれ以上の情報を得られないかもしれない。
アインズがそう考えた時だった。
白金鎧の背後に突然人影が現れた。
転移魔法。
アインズは反射的にそちらへ注意を向けた。
その人物は六枚の翼を広げ、手にした白と黒の二刀を振るった。
直後、空間に巨大な断裂が走った。
《
白金鎧が断裂に呑み込まれ、瞬く間に砕け散った。
気づけばアインズは立ち上がっていた。
「そんな、まさか…
──Holy†Lucifer!?」
六枚の翼。
白と黒の二刀。
そして今の《
間違いない。
あの姿も、技も、何度も見たことがある。
いや、それだけではない。
剣を振り抜くまでの一連の動作。翼を使った姿勢の制御。そのどれもが記憶にあるものと一致していた。
見間違えるはずがなかった。
どうして、あの人がここにいる?
他のプレイヤーが転移してきている可能性は以前から考えていた。しかし実際に現れたのがHoly†Luciferだとは想像もしていなかった。
本当に、あの人が……!
湧き上がった感情が限界に達し、アンデッドの精神作用によって強制的に鎮静化された。
それでも画面から目を離すことができなかった。
もう一度六枚の翼を確認する。
白と黒の二刀。見慣れた装備。
……本当に本人なのか?
いや、間違いない。何度確認しても記憶にあるHoly†Luciferそのものだ。
それなのに何度でも確かめたくなった。
……いや、驚いた。
もう二度と見ることはできないと思っていた。それなのにまさかこんな形で再び目にすることになるとは。
……Holy†Luciferがこの世界にいるのか。
あっちは
何しろHoly†Luciferはプロゲーマーにして有名配信者だったんだから。
◇
鈴木悟はHoly†Luciferのファンだった。
最初は仕事で疲れた夜に偶然流れてきたショート動画を見ただけだった。
配信出来る環境を持っている人はほとんど金持ちだったから一部の人は嫌っていたが、無料の動画配信サービスは数少ない庶民の娯楽だ。
Holy†Luciferの動画は暇つぶしにはなった。
布団で横になって何も考えずに眺める。
Holy†Luciferのプレイは人間離れしたものが多くて見ているだけで面白かった。
大半のショート動画は記憶に残らない。
だがHoly†Luciferは例外だった。
たまに流れてくるゲームを見て凄い、と感じたら大体はHoly†Luciferだったからだ。
Holy†Luciferは色々なジャンルのゲームを遊んでいた。
バスケ、料理、FPS。
どんなジャンルのどのゲームだろう大人と子供くらいの実力差があるように見えた。
Holy†Luciferは少しずつ鈴木悟の生活に入っていく。
やがて暇なときに見るだけから睡眠時間を削ってでも見るようになっていった。
仕事を終えて帰宅し、動画を見る。
気づけばそれが日課になっていた。
ショート動画を全て見終わったら次は配信を見始めた。
最新から一番最初の配信まで遡る。
Holy†Luciferを追いかけるためにSNSも始めた。
趣味も配信で聞いた、好きな食べ物も配信で聞いた、大会で優勝した回数を調べた、SNSの投稿時間から大まかな生活習慣を推測した。
眠れない夜になんとなく気になって、なんとなく調べて、ネットに出ている情報は可能な限り集めた。
ある日、奇跡が起きた。
偶然Holy†Luciferと現実で会えた。
会社の上司に無理やり始めさせられたゲームが切っ掛けだった。
本人はそのことを話していないが声や話し方の癖でわかった。
運命なのかもしれないと思った。
だけど打ち明けようとすると緊張で喉が締まったような感覚に襲われて、自分がファンだと打ち明けることは出来なかった。
何度か連絡を取ったがその時も言えなかった。
《YGGDRASIL》を始めた後もずっと言えなかった。
ギルドからみんながいなくなった後も言えなかった。
結局《YGGDRASIL》サービス終了の日も言えなかった。
ずっと配信を見ていました。
ファンです。
たったそれだけのことなのに。
こっちに来てから何度も考えることがある。
あの日にHoly†Luciferに何か言っていたら何か変わっただろうか。
その度に自分のわがままさにうんざりする。
あっちは自分と違って有名配信者でリアルに不満なんてないだろう。
むしろ楽しさで言ったら金さえあればリアルの方がずっと上だ。
それなのにあの人までこの世界にいる。
……どうしてだろう。
また会えたのは嬉しい。
だけどあの人にとってもこの世界に来たことは喜ばしいことなのだろうか。
「──アインズ様?」
「なんだ?アルベド。
…いや、違うな。
少し考え事をしていた」
「アインズ様の思考を邪魔して申し訳ございません。
ですが一つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「…いいだろう」
「アインズ様はこのHoly†Luciferという人物と一体どういう関係なんですか?」
その質問は少し答えにくかった。
ペロロンチーノやたっちみーのような友人と言えるのだろうか。
「…さてな。私にもわからない」
「アインズ様にもわからないことがあるのですか…?」
しまった。
つい正直に答えてしまった。
アルベドは自分のことを何でも知っている存在だと思っている節がある。もう少し言葉を選ぶべきだったか。
……しかし、困ったな。
何と説明すればいいのだろう。
「私とて全知ではない。シャルティアの裏切りにも気づけなかったし…」
「ですが、シャルティアの件は何者かによる精神支配の可能性が高いと――」
「分かっている。だが、私はそれにも気づけなかったということだ」
「アインズ様…」
アルベドが俺を気遣ってくれているのはわかる。
でも俺は俺を許せなかった。
この状況はシャルティアの裏切りに気づけなかった俺の責任だ。
どこか気まずくなり、話題を変えた。
「そ、それにしてもHoly†Luciferはなぜ真っ先にあの鎧を倒したんだろうか。
雑魚から倒すのは戦闘の基本ではあるが…」
Holy†Luciferはただ合理的なだけの人間じゃなかった。
アインズの知るHoly†Luciferなら格下相手でも瞬殺せず遊ぶ。
どうもあの鎧を一撃で倒すのに違和感がある。
疑問が浮かんだ、その時だった。
《水晶の画面》から映像が消えた。
「…え?」
最後の瞬間、Holy†Luciferは手を上げていた。
…情報遮断か。
おそらく仲間などに連絡をしていたのだろうが…。
いや、そもそも情報遮断するつもりなら転移する前に情報遮断をするんじゃないか…?
何かがおかしい。
俺の知っているHoly†Luciferと何かが決定的にズレている。
例えるならたっちみーが悪事をやっているかのような違和感。
どんなゲームでも自分なりの楽しみ方を見つけ、時には勝利よりも面白さを優先してしまう。
あの人がどんなことに興味を持ち、何をつまらないと感じるのか。
ずっと見続けてきたからこそ理解しているつもりだった。
配信で退屈より死の方がマシだと言っていたあの人が退屈だと言っていた瞬殺を選ぶのか…?
もしかしたら俺が知らない事情があるだけなのかもしれない。
だがあの人の身に何かあったのだとしたら……。
ある考えが浮かんだ。
まさか…そんなことが…?
そうだ…よく考えればあの占いの内容も…。
”自分へ向けられた刃を見ても、すぐに敵だと決めつけない方がいい”
”刃がどちらを向いているかと、それを誰が動かしているかは同じ話ではない”
”その刃を軽視すれば、酷く後悔することになる”
この占いはシャルティアのことだと思っていた。
だが、もしあの占いがHoly†Luciferのことも指しているのなら?
もしかして…スレイン法国はHoly†Luciferも精神支配しているのか…?
凄まじい憤怒が湧き上がった。
だがそれ以上に強かったのは恐怖だった。
Holy†Luciferが洗脳された?
Holy†Luciferが洗脳された。あのHoly†Luciferが……。
……あの人ですら、洗脳されたというのか?
だとしたら俺も洗脳されるのではないか?
感情抑制が働いても恐怖が再び湧き上がる。
何度目かの抑制でようやく落ち着いた。
…あの人は最強だったけど、飽きっぽくて長時間の配信ではミスが増えたりしていた。
その隙を突かれたのかも知れない。
洗脳した相手を法国はどう扱うだろうか。
法国の人間至上主義を考えたら雑に扱ってもおかしくない。
もしかしたら牢屋のような汚くて狭いところに置かれて有事の際だけ外に出られる奴隷扱いされているのかも…。
俺が…助けなければ…。
もう二度と会えないと思っていた人がようやく目の前に現れた。
もしスレイン法国がHoly†Luciferを精神支配していたとしたら。
「スレイン法国…絶対に許さんぞ……!」