天獄の熾翼、墳墓の魔王 作:マジックス
ワールドチャンピオンになった頃には、俺はもう一人で《YGGDRASIL》を遊んでいたわけではなかった。
もちろん、常に誰かと行動しているわけでもない。
対人戦へ行く時は一人の方が都合がいいし、気になる場所を見つければそのまま数時間探索することもある。試したい装備や戦い方があれば、誰にも声をかけずに出ていくことも珍しくなかった。
それでも、何度も一緒に遊ぶ相手は自然と増えた。
レイドで知り合った人。
探索中に偶然組んだ人。
PvPで何度か戦った後、別の場所で再会した人。
さらに、その人たちが連れてきた知り合い。
付き合いが続く相手と、続かない相手がいた。
強ければ誰でもいいわけではない。
戦闘中に好き勝手動く人は面倒だし、何かあるたびに機嫌を悪くする人とも長く遊びたいとは思わない。
逆に、多少ビルドに癖があっても、状況を見て動ける人は使いやすい。
そんな相手が増え、いつの間にか毎回似たような顔触れで遊ぶようになったので、ギルドを作った。
本拠地は借り物だった。
金を払って利用するレンタル式のギルド拠点。
集合する場所があり、倉庫があり、装備の調整や攻略の相談もできる。
今のところ、それで困ってはいない。
ただし、ずっとここにいるつもりもなかった。
「これで全員ですか?」
長机の向こうから声がした。
「あと一人です。少し遅れるそうです」
「分かりました」
俺は表示していた資料を閉じた。
長く一緒に遊んでいるが、俺たちは基本的に敬語で話す。
特に誰かが決めたわけでもない。
最初からそうだったので、そのまま定着しただけだ。
数分後、最後の一人が転移してきた。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫ですよ。では始めましょうか」
俺は机の中央へ地図を表示する。
アースガルズ。
そこからさらに一つの空域を拡大した。
雲海。
その上に浮かぶ巨大な島。
さらに、その上にある城。
前に偵察した時の映像を重ねる。
白い城壁。
いくつもの尖塔。
周囲を漂う小さな浮島。
城そのものが雲の上へ浮かんでいた。
部屋にいた何人かが映像を拡大する。
「改めて見ると大きいですね」
「外から見えている部分だけでも、今まで見た候補とはかなり違います」
「下側もありますよね?」
「あると思います。雲で見えませんでしたけど」
一人が城門らしき部分を指した。
「入口はここですか?」
「おそらく」
ここへ辿り着くまでには、それなりに時間がかかった。
俺はギルドを作った時点から、より良い拠点を探していた。
というより、《YGGDRASIL》を始めたかなり早い段階から、拠点という要素そのものを重要視していた。
理由は一つではない。
ゲームとして見ても、広いギルド拠点には価値がある。
NPCを置ける。
装備や素材を保管できる。
防衛設備も組める。
自分たちで内部を作っていける。
そして、新世界への転移が本当に起こるなら、価値はさらに大きくなる。
原作の新世界には、ナザリック以外にも《YGGDRASIL》由来と考えられるものが複数存在していた。
天空城らしき勢力についても、記憶に残っている。
ただ、それだけで何かを確定できるわけではない。
そもそも目の前の城と、俺が覚えている天空城が同じものなのか。
同じだったとして、なぜ新世界へ行ったのか。
ナザリックと同様に、ギルド拠点そのものが転移対象になった可能性。
世界級アイテムが関係していた可能性。
もし世界級アイテムが転移の核になるなら、アイテムを持つプレイヤーだけではなく、その周囲にあるギルド拠点まで一緒に巻き込まれた可能性も考えられる。
あるいは、世界級アイテムが拠点そのものに何らかの形で結び付いていたからなのかもしれない。
一方で、世界級アイテムは転移条件とは無関係かもしれない。
ナザリックと天空城に、俺の知らない別の共通条件が存在していた可能性もある。
終了時刻。
ギルド武器。
所有状態。
特定の場所。
特定のイベント。
あるいは、もっと根本的な何か。
考えられるものはいくらでもあった。
その中には両立しない仮説もある。
それでいい。
今の段階で一つを選ぶ必要はなかった。
証拠がないのに答えを決める方が危ない。
ただ、いくつもの仮説を並べた時、その多くで価値を失わない選択肢はある。
強いプレイヤーキャラクター。
良い装備。
大きなギルド拠点。
大量のNPC枠。
世界級アイテム。
どの転移仮説が正しいにせよ、《YGGDRASIL》そのものを遊ぶにせよ、持っていて困るものではない。
だから拠点も妥協する気はなかった。
原作者発言から考えても、ナザリックよりさらに大きなNPC作成枠を持つ拠点が存在している可能性はある。
もしそれが正しければ最低でも三千レベル以上は何処かにあるだろう。
だが、それがどこにあるかも、どの拠点が該当するかも、そもそも原作者発言が本当に正しいかどうかも分からない。
さらに上が存在しないとも限らない。
だから探した。
大きそうな拠点の情報を集める。
実際に見に行く。
違えば候補から外す。
その繰り返しだった。
今回見つけた城は、その中でも明らかに規模が違う。
新世界に存在した天空城についての記憶。
アースガルズ。
空に浮かぶ巨大な城。
そのいくつかが噛み合っている。
同じものだと考える理由は十分にある。
それでも、攻略するまでは仮説だった。
「内部情報はありません」
俺が言う。
映像を切り替える。
「前回は外周だけ確認しました。周囲のモンスターはこのくらいです」
数体の飛行モンスターが映る。
「この辺は問題なさそうですね」
「はい。少なくとも外側は大したことありません」
問題は中だ。
これだけの規模の拠点なら、攻略難度も相応に高い可能性がある。
ただし、高難度だから何日もかかるという意味ではない。
きちんと戦力を揃えて、一度の攻略で取る。
そのために今日は全員集まっている。
「中は何があるか分かりません。罠、分断、転移、強制移動、即死系は一通り警戒してください。何か見つけても勝手に触らないようお願いします」
「了解です」
「人数はこのままですか?」
「はい。三十人で行きます」
役割を確認する。
前衛。
回復。
魔法火力。
支援。
索敵。
解除。
空中戦に対応できる者。
蘇生手段。
消耗品。
持ち込めるものはかなり持たせている。
準備を終えた。
俺は立ち上がる。
「では行きましょう」
◇
雲を抜ける。
天空城が見えた。
二度目だ。
前に一人で見つけた時は、遠くから形を確認しただけだった。
今日は違う。
後ろに二十九人いる。
六枚の翼を広げ、そのまま城へ向かった。
白い羽根の間に混じる黒羽が、飛行するたびに揺れる。
後ろから声が飛んできた。
「右から来ます」
「見えています」
小さな浮島の裏側から、飛行モンスターが数体出てきた。
そのまま進む。
一体目が近づく。
右手の剣を振る。
一撃で消える。
左側へ回ろうとした二体目には、そのまま反対の剣を合わせた。
こちらも消えた。
後方から魔法が飛び、残りもまとめて落ちる。
誰も止まらない。
「前回より一体多いですね」
「巡回位置が少し違うのかもしれません」
「記録しておきます」
普通のモンスターと戦うために来たわけではない。
城門までそのまま進んだ。
全員が揃う。
巨大な門の前へ俺が近づくと、空中へ表示が現れた。
攻略開始。
「押しますよ」
「お願いします」
確定。
重い音を響かせながら、門が開いた。
その向こうには、白い石造りの回廊が続いていた。
俺たちは中へ入った。
◇
最初の区画は問題にならなかった。
敵はそれなりに高レベルだったが、三十人のLv100級プレイヤーを止めるほどではない。
むしろ面倒だったのは、その後だ。
三つ目の広間。
敵を全滅させても扉が開かない。
「何か残ってます?」
「反応はありません」
一度周囲を見る。
四方に像。
床には四種類の紋章。
倒した敵も四種類だった。
「順番でしょうか」
横にいた人が言った。
「ありそうですね」
「もう一回出せます?」
「確認してみましょう」
条件を探す。
敵が再出現した。
今度は倒す順番を変える。
失敗。
次。
さらに変える。
今度は扉が開いた。
「これですね」
「記録お願いします」
先へ進む。
次は通路が三本に分かれていた。
それぞれの奥に同じ形の装置が見える。
「同時っぽいですね」
「だと思います」
俺は人数を見る。
「三つに分かれましょう。中央は少し多めで。自分も中央に行きます」
「分かりました」
三班に分かれる。
開始。
中央を進んだ。
敵が出る。
前衛より先に俺が一体へ入った。
右。
一撃。
左へ向き直りながら、次の一体を斬る。
その横から大型の騎士型が剣を振り下ろした。
軌道だけ見て半歩ずれる。
剣が床へ落ちる。
懐へ入り、二本を続けて入れた。
消える。
後ろではすでに次の敵へ魔法が飛んでいる。
「奥、増えます」
「見えています」
数秒後。
左班から連絡。
『こちら終わりました』
少し遅れて右も終わる。
『こちらも大丈夫です』
中央の最後を処理する。
「では押しましょう」
三つ同時に装置を動かす。
どこか遠くから、巨大な機構が動く音が聞こえた。
通路が開く。
合流。
「思ったより順調ですね」
「まだ序盤でしょうけどね」
「そういうこと言うと何か来ません?」
「来てもらわないと困ります」
何人かが笑う。
俺も少し笑った。
せっかくこれだけ準備してきたのだ。
ただ歩いて終わる方がつまらない。
その後も、いくつか仕掛けがあった。
踏むと別室へ飛ばされる床。
一定時間内に複数地点を占有しなければ先へ進めない広間。
倒してはいけない敵が混じる戦闘。
高火力だけでは突破できないように作られている。
一度だけ、六人ほど別区画へ飛ばされた。
「そちらどうですか?」
『敵がいますけど、問題ないです』
「戻れそうです?」
『出口探してます』
「ではそのままお願いします。こちらも解除方法を探します」
数分で戻ってきた。
「お疲れ様です」
「何もありませんでした。敵だけでした」
「次は踏まないようにしましょう」
「お願いします」
それで終わりだ。
攻略開始から数時間。
かなり奥まで来た。
全員がまだ動ける。
消耗品にも余裕がある。
そして、最後と思われる区画へ到着した。
◇
広い。
円形の空間だった。
天井はない。
雲より上の青い空がそのまま見えている。
周囲には十二本の細い塔。
中央に一体だけ敵が立っていた。
白い鎧。
巨大な身体。
六枚の翼。
長槍。
天使系。
俺と少し似ている。
もっとも、向こうの方が何倍も大きい。
「最後っぽいですね」
一人が言った。
「多分」
俺は前へ出る。
敵の情報が表示される。
名前。
HP。
それ以外はほとんど分からない。
「最初は普通に削りましょう。何か変わったら合わせます」
「了解です」
戦闘開始。
ボスが動いた。
速い。
長槍が一直線に伸びてくる。
俺は身体をずらした。
穂先が横を通り過ぎる。
そのまま距離を詰める。
右の剣。
左。
鎧へ入る。
後ろから魔法。
別方向から槍と矢。
HPが減る。
反撃が来る前に離れる。
次。
突き。
払う。
上から叩き付け。
最初の数回で大まかな間合いが分かった。
俺は真正面に残る。
相手が俺を狙えば、他の二十九人が楽になる。
もっとも、俺一人で受け続ける必要もない。
事前モーション。
槍の向き。
足。
翼。
狙いが変わる前に、そちらへ声を出す。
「右側、下がってください」
直後に槍が振られる。
誰もいない。
攻撃が空振りする。
こちらの攻撃が入る。
しばらくして、周囲の塔が光った。
四本。
中央のボスを包むように障壁が張られる。
こちらの攻撃が弾かれた。
同時に、光った四本の塔の前へ敵が出現する。
「四か所ですね」
「分かれます?」
「少し待ってください」
見る。
塔。
敵。
障壁。
中央。
何か条件がある。
近くの召喚体を塔へ向かわせる。
反応なし。
なら、おそらくプレイヤー側が必要だ。
「四班出してください。中央はこちらで残ります」
「人数どうします?」
「五人ずつで。足りなければ戻してください」
「了解です」
人が散る。
俺を含めた残りが中央に残った。
障壁の内側から槍だけは通るらしい。
攻撃。
避ける。
二撃目。
下へ抜ける。
追ってくる。
俺は攻撃せず、中央から敵を動かさないようにする。
一つ目の塔が消える。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
障壁が崩れた。
「戻ります」
「お願いします」
全員が中央へ戻る。
俺は一歩前へ出る。
《次元断切》。
空間ごと斬り裂く一撃が正面へ走った。
さっきまでとは明らかに違う量のHPが飛ぶ。
「今です」
攻撃が集中する。
ボスのHPが半分を切った。
翼が大きく開く。
十二本の塔すべてが点灯した。
俺は上へ飛ぶ。
「塔の正面から外れてください」
次の瞬間。
十二本の光線が広場を横切った。
数か所で交差する。
二回目。
今度は全員が先に位置を変える。
誰にも当たらない。
一度分かれば、それほど怖いものではない。
ボスがこちらへ向く。
槍。
右へ誘う。
避ける。
次の攻撃方向も予想通り。
俺は相手の内側へ入った。
右。
左。
さらに右。
後ろから攻撃魔法。
ボスがそちらを向こうとする。
その前にもう一度斬る。
こちらへ戻る。
同じ行動を繰り返すたび、相手の攻撃は少しずつ意味を失っていった。
一度見る。
次で確かめる。
行動パターンが分かれば使う。
それだけだ。
残り一割。
「まとめていいですよ」
待っていた攻撃が一斉に入る。
魔法。
剣技。
槍。
矢。
召喚体。
俺も前へ出た。
二本の剣を交差させる。
最後の一撃。
HPが消えた。
巨大な身体が止まる。
翼が光へ変わる。
続いて鎧。
槍。
すべてが崩れ、空へ消えていった。
静かになった。
数秒後。
攻略完了の表示。
続いて、拠点占有に関する情報が開く。
俺は上から確認していった。
そして、そこで手が止まった。
NPC作成可能総レベル。
三〇〇〇。
「……三千ですか」
思わず口にした。
近くにいた一人がこちらを見る。
「三千?」
「はい」
俺は表示を共有する。
少し間が空いた。
「多いですね」
「かなり多いです」
「キリがいいし最大なんですかね?」
「さぁ?そこまでは分かりません」
即答した。
三千。
想定していた範囲でも下限よりだが。
それでも、今まで俺が確認した拠点とは比較にならない。
ただし、これを見つけたからといって「《YGGDRASIL》の絶対最大値は三千」と決める理由はない。
もっと上が存在する可能性もある。
特殊な条件で枠が増える可能性もある。
分かったのは一つだけ。
この城には三千レベル分ある。
それで十分だった。
「取りますか?」
「もちろん」
占有処理を進める。
確認。
確定。
城全体から敵対反応が消えた。
空気そのものが変わったように感じる。
実際にはシステム上の表示が変わっただけだろう。
それでも、さっきまで攻略対象だった場所が自分たちの拠点になったというのは気分がいい。
外へ出る。
雲海。
白い城壁。
いくつもの塔。
周囲を漂う浮島。
後ろから何人かが出てきた。
「名前どうします?」
「拠点名ですか?」
「はい」
城を見る。
最初に見つけた時から、俺の中ではほとんど決まっていた。
「《天空城》でどうでしょう」
「そのままですね」
「分かりやすくないですか?」
「自分は好きですよ」
他からも反対は出なかった。
天空城。
それで決まった。
三千レベル。
この数字をどう使うか。
まだ考える余地はある。
低レベルを大量に作る。
役割ごとに細かく分ける。
あるいは、高レベルへ集中する。
新世界を考えるなら、Lv100を複数用意する価値は大きそうだ。
俺自身の好みもそちらに近い。
最終的には三十体。
そんな案も以前から持っている。
ただ、今すぐ固定する必要はない。
拠点内部を確認してからでも遅くない。
「今日はもう終わりにしますか?」
後ろから聞かれた。
「そうしましょう。内部確認は次回で。さすがに疲れました」
「助かります」
「明日来られる人います?」
「自分は大丈夫です」
「自分も多分」
話しながら、みんなが順番にログアウトしていく。
俺は少しだけ残った。
城を見る。
もし転移があるなら。
ここまで来るのか。
俺だけなのか。
NPCは。
ギルド資産は。
世界級アイテムが関係するなら。
関係しないなら。
考えれば枝はいくらでも増える。
答えはまだない。
だから、答えがなくても価値を持つものを集める。
ワールドチャンピオン。
天空城。
NPC枠三千。
次はここを埋めていけばいい。
俺もログアウトした。
◇
天空城を手に入れてから、しばらくは拠点そのものを遊んだ。
攻略中には確認できなかった場所を歩く。
不要な区画を整理する。
残したい景観はそのままにする。
防衛経路。
倉庫。
設備。
NPCの配置候補。
ギルドのメンバーも、それぞれ気になる場所を見つけていた。
城内を歩いていると、開け放たれた部屋から声が聞こえた。
「ここ使っていいですかね?」
「ギルド長に聞いた方がいいんじゃないです?」
「多分大丈夫ですよ」
俺は中を覗いた。
「何かありました?」
二人が振り向く。
「あ、ちょうど良かったです。この部屋、少し弄ってもいいですか?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「何にするんです?」
「まだ決めてないです」
「先に決めてから取ってくださいよ」
「あ、それもそうですね」
少し笑う。
借り物だった頃とは違う。
何を変えても、最終的には俺たちの城に残る。
攻略して取った意味がそこにある。
ある時は内装。
ある時は防衛。
ある時は装備。
俺はNPCの構成も考え始めていた。
三千。
数字だけならかなり自由がある。
今のところ、一番気に入っている案はLv100を三十体。
数より質。
新世界へ行く場合も、ユグドラシルで遊ぶ場合も、低レベルを大量に並べるより、最高レベルの戦力を多数持っている方が使い道は広そうだった。
そうして天空城での生活が少しずつ当たり前になった頃。
運営から大型アップデートの告知が届いた。
《ヴァルキュリアの失墜》。
名前を見た瞬間、俺は画面を見る手を止めた。
「来たか」
これは覚えている。
ただ、知っているのは名前と、後の《YGGDRASIL》にこの更新以降のものとして語られる要素がいくつかあったことくらいだ。
何がこの日に追加されたのか。
どこが変わったのか。
何がさらに後の更新なのか。
そこまで都合よく覚えてはいない。
告知を読む。
長い。
それでも、知りたいことになると曖昧だった。
複数のコンテンツ追加。
既存要素の調整。
一部地域への変更。
各種修正。
取得条件も場所も当然書いていない。
「相変わらずだな」
一人で呟いた。
嫌ではない。
全部教えられるより、その方がいい。
アップデート当日。
天空城へログインすると、中央広間にはすでに何人かいた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「告知読みました?」
「読みました。よく分かりませんでしたけど」
「ですよね」
「外の攻略サイトはもうかなり騒いでますよ」
別の一人が言う。
「何か見つかりました?」
「色々書かれてますけど、まだ本当か分からないです」
「では、自分たちでも見に行きますか」
「そうしましょう」
準備する。
近くで誰かが装備を変えていたので、少し場所を空けるため翼を畳む。
白い六枚の翼に混じった黒羽が重なり、その向こうで腰の剣が小さく鳴った。
「あと何人です?」
「三人ですね」
「では待ちましょう」
最後の一人が来るまでの間、転移候補を眺める。
以前から意味の分からなかった場所。
何も起こらなかったオブジェクト。
条件を最後まで絞れなかったエリア。
アップデート前なら外れだったものでも、今なら違うかもしれない。
全員揃った。
「どこから行きます?」
「まず近場から確認しませんか。アースガルズだけでも候補はかなりあります」
「分かりました」
「では行きましょう」
転移を選ぶ。
視界が切り替わる。
ワールドチャンピオン。
天空城。
三千レベル分のNPC枠。
持っているものは増えた。
それでも、知らないものの方が多い。
転移の仕組みも分からない。
未来が原作通りになる保証もない。
だからこそ、考える余地がある。
大型アップデートを終えた《YGGDRASIL》へ、俺たちは再び探索に出た。