天獄の熾翼、墳墓の魔王   作:マジックス

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4話

《ヴァルキュリアの失墜》が実装されてから、俺はしばらく新しくなった《YGGDRASIL》を遊び回った。

 

攻略サイトや掲示板を巡り、動画を漁り、それだけでは足りないところは自分で確かめに行く。以前は意味のなかった場所へ戻ることもあれば、条件を絞り切れなかったオブジェクトを片端から試し直すこともあった。

 

大型アップデートの直後は情報が錯綜する。

 

昨日まで何もなかった場所でクエストが始まったという話が出れば、数時間後には条件が違うと否定される。新しい職業らしいものが見つかれば、取得条件を探して何百人も同じ場所を走り回る。

 

そういう時間は嫌いではなかった。

 

俺も新しく見つかったものをいくつも試した。

 

レベル上限は百しかない。

 

何かを入れるなら、何かを捨てる必要がある。

 

実際に使い、他の構成とも比べ、必要なら作り直す。それを何度も繰り返した結果、俺のキャラクターは二刀による近接戦闘と高速の空中戦を中心にしながら、信仰系の魔法と戦闘中の装備変更を重ねる形へ固まっていった。

 

人間で始め、安い剣を二本持っていた頃から考えれば随分変わった。

 

それでも、両手に剣を持って戦うという部分だけは最後まで残った。

 

 

天空城にも手を入れ続けた。

 

取得後に判明したNPC作成枠は、合計三千レベル。

 

俺は最終的に、それを百レベル三十体へ分けた。

 

三十体を同じような構成にするつもりもない。

 

前衛が必要になることもあれば、魔法を使わせたいこともある。情報処理に向いた個体が便利な場面もあれば、特殊な状況へ対応するために尖った構成が欲しくなることもある。

 

それぞれ違う役割を持たせればいい。

 

中でも二体だけは、ゲーム内の防衛だけではなく、もっと長い運用を想定して設計した。

 

一体は、変装や潜入、情報収集、工作などを行わせるための個体。

 

もう一体は、長期間にわたって拠点そのものを維持させることを意識した個体。

 

他の二十八体についても当然それぞれ設計していったが、同じ目的で揃える気はなかった。三十体も作れるなら、その分だけ用途を増やした方が使いやすい。

 

設定文もかなり書いた。

 

性格、判断基準、他のNPCとの関係、好き嫌い、役割、暗号の解き方。

 

《YGGDRASIL》の中では大半がフレーバーテキストに過ぎない。

 

それでも、書くこと自体に大した損はない。

 

意味がなければ、そのまま文章として残るだけ。

 

何か別の意味を持つなら、その時に働く。

 

天空城そのものも年月と共に変わった。

 

防衛設備を整え、工房や倉庫を拡張し、NPCへ装備を与え、ギルド武器を作る。

 

俺自身も同じだった。

 

普段使う装備だけでなく、相手や状況によって切り替えるための武器、防具、指輪、消耗品を揃える。

 

金貨も素材も集められるだけ集めた。

 

使い道があるものを、使える状態で持っておく。

 

それでいい。

 

 

ワールドアイテムも探した。

 

これは普通の装備ほど簡単ではない。

 

存在する数そのものが少ない上、場所を知っていることと取得できることはまったく別だった。

 

原作知識も万能ではない。

 

名前を覚えているものはあっても、《YGGDRASIL》時代の正確な入手方法まで知っているわけではないものが多い。

 

結局、ゲーム内で情報を集め、自分で動くしかなかった。

 

その中で、俺個人が使うものもいくつか手に入れた。

 

一つは、事前に完成させた魔法を保存しておき、必要な時に通常の行動とは別に解放できるものだった。

 

俺の構成とはかなり相性がいい。

 

剣を振るうために接近戦へ入っていても、あらかじめ用意しておいた魔法まで同時に扱える。行動の選択肢が単純に増えるため、使い方を詰めるほど便利になった。

 

もう一つ、特に重要だったのが隠密と情報遮断に向いただった。

 

取得後はかなり試した。

 

通常の探知魔法だけではない。

 

高レベルの情報系能力。

 

装備による探知。

 

NPC。

 

知り合いのプレイヤーにも頼み、条件を変えながら何度も性能を確かめた。

 

その結果、かなり信用できることは分かった。

 

完全無欠だとは思わない。

 

だが「効くかどうかも分からない道具」ではない。

 

実際に使い込み、どの辺りまで通用するのかをある程度把握した装備だった。

 

そして、ナザリックにも何度か入った。

 

目的は攻略ではない。

 

隠れたまま第一階層へ侵入し、どこまで通用するか確かめるためだ。

 

ナザリックほど有名なギルド拠点なら、情報そのものはかなり出回っている。

 

昔の大規模侵攻についての記録。

 

攻略参加者が残した情報。

 

掲示板。

 

動画。

 

プレイヤー同士の噂。

 

Ainz Ooal Gownについて扱う外部サイト。

 

それだけではなく、俺は最終日が近づいてからも継続して確認した。

 

最近侵入を試したプレイヤーの話がないか。

 

第一階層周辺に変更があったという情報はないか。

 

新しい動画。

 

スクリーンショット。

 

掲示板への書き込み。

 

Ainz Ooal Gownの活動状況。

 

外部から観測できる範囲は、直前まで更新を追った。

 

もちろん内部の全てが分かるわけではない。

 

だが十年以上このゲームを遊んできた。

 

公開情報と自分の経験を合わせれば、罠や監視が置かれそうな場所をある程度読むことはできる。

 

さらに実際に何度か第一階層へ侵入している。

 

侵入中に異常は起きなかった。

 

NPCが寄ってくることもない。

 

追跡も受けない。

 

帰った後に何かを仕掛けられることもなかった。

 

それを一度だけではなく、条件を変えながら繰り返した。

 

最終日に第一階層へ潜伏する。

 

その計画は、思いつきではなかった。

 

 

年月が過ぎれば、ギルドの人間も変わる。

 

ログインする時間が減る者。

 

仕事が忙しくなる者。

 

転職する者。

 

結婚する者。

 

ほとんど来なくなったと思えば、数か月後に突然戻ってくる者。

 

付き合いが長くなれば、ゲーム以外の話も増えた。

 

仕事。

 

勤務先。

 

部署。

 

上司。

 

取引先。

 

住んでいる地域。

 

休日。

 

オフ会も何度かやった。

 

本人が直接話したことも多い。

 

酒が入って自分から職場の事情を喋り続ける人間もいた。

 

必要になりそうな情報は覚えておいた。

 

気になる部分はこちらから聞いた。

 

足りなければ、後でこちらでも調べた。

 

俺の家の立場を使えば、相手の勤め先や企業関係を確認することは難しくない。

 

その時点で何か明確な目的があったわけではない。

 

使える情報だから持っていただけだ。

 

後になって、使う機会ができた。

 

 

サービス終了の告知が出た。

 

画面を開き、最初から最後まで読む。

 

終わる。

 

十二年間続いた《YGGDRASIL》が。

 

しばらく告知を眺めた。

 

惜しいとは思った。

 

新世界へ行く可能性を考えて始めたゲームだったが、十二年間遊べばそれだけではなくなる。

 

普通に面白かった。

 

だから終了までの残り時間も遊ぶことにした。

 

その途中で、一つ思いついた。

 

ワールドチャンピオン。

 

九つの世界ごとに存在する、最高峰の称号。

 

俺もその一人。

 

本当なら全員集めてみたかった。

 

その方が絶対に面白い。

 

ただ、たっち・みーはもうかなり前に《YGGDRASIL》を引退している。

 

悟からも、その後ゲームへ戻ったという話は聞いていない。

 

なら、今さら呼ぶ相手ではない。

 

残る七人を集める。

 

それだけでも十分面白そうだ。

 

サービスが終わる瞬間。

 

ワールドチャンピオンが七人も同じ城にいる。

 

一体どうなるのか。

 

俺は残る七人へ順番に連絡を取った。

 

「今からギルドですか?」

 

「今だからですよ」

 

「何するんです?」

 

「特には」

 

「じゃあ何で?」

 

「ワールドチャンピオンだけ集まったら面白そうじゃないですか」

 

少し間があってから笑われた。

 

「それだけですか?」

 

「それだけです」

 

そういう誘い方をした。

 

引退に近い者もいたため、全員がすぐに来たわけではない。

 

だが一人、二人と参加者が増えていくと話も通しやすくなった。

 

最終的には七人とも入った。

 

俺を入れれば八人。

 

それでも十分珍しい。

 

一度全員で街へ行けば、当然のように見物人が集まった。

 

スクリーンショットを撮られ、掲示板にもすぐ書かれた。

 

それも面白かった。

 

その後、俺は七人へ言った。

 

サービス終了の最後は、天空城に集まろう。

 

全員が了承した。

 

それで十分だった。

 

 

元からいたギルドメンバーまで最終日に天空城へ集めるつもりはなかった。

 

何が起きるのか分からない以上、人数を無意味に増やす理由がない。

 

転移そのものが起きないかもしれない。

 

起きたとして、何が条件なのかも分からない。

 

拠点。

 

ワールドアイテム。

 

範囲。

 

プレイヤー。

 

ログイン状態。

 

終了時の座標。

 

考えられるものはいくらでもある。

 

七人のワールドチャンピオンを呼んだのは、その方が面白くなりそうだったからだ。

 

同じことを、元からいるメンバー全員へする必要はない。

 

過剰戦力すぎてもつまらない。一応バランスは取れるようにしているが。

 

そこで現実側を使った。

 

以前から持っている情報を一人ずつ確認する。

 

本人から聞いた勤務先。

 

オフ会で分かった会社。

 

仕事内容。

 

部署。

 

取引関係。

 

そこへ、こちらで調べた情報を足す。

 

俺の家から直接話を通せるところもあれば、取引先を経由した方が自然なところもあった。

 

子会社。

 

顧客企業。

 

外注。

 

投資先。

 

関係する企業を辿る。

 

全員に同じ方法を使う必要はない。

 

発注を増やす。

 

予定されていた案件を前へ寄せる。

 

追加対応を入れる。

 

会議を置く。

 

保守作業を発生させる。

 

納期を少し動かす。

 

どれも、それ自体は普通の仕事だった。

 

相手の会社から見れば、少し忙しい時期になっただけ。

 

ただ、その時期が《YGGDRASIL》の最終日と重なる。

 

終了が近づくにつれ、連絡が来た。

 

『最終日無理そうです』

 

『仕事ですか?』

 

『はい。なんで今月だけこんな忙しいんだか』

 

『大変ですね』

 

それだけ返す。

 

別の一人からも同じような話が来た。

 

予定通りだった。

 

誰も原因を疑わない。

 

当然だ。

 

そこまでして一ゲームの終了日にログインさせない人間がいるとは、普通は考えない。

 

 

終了までの残り期間で、最後の確認を進めた。

 

天空城。

 

NPC。

 

資産。

 

権限。

 

倉庫。

 

ワールドアイテム。

 

必要なものは揃っている。

 

俺自身の準備も終わっている。

 

並行して、ナザリックについての情報だけは最終日直前まで追い続けた。

 

新しい書き込みがあれば見る。

 

動画が出れば確認する。

 

直近に侵入を試みた者の報告があれば読む。

 

古いマップと比較する。

 

自分が最後に入った時から第一階層に何か目立つ変化がないか確認する。

 

外から分かる範囲でAinz Ooal Gown側の動きも見る。

 

完全な情報は手に入らない。

 

それでも、最新の情報を使えるのに昔の記録だけで動く理由はなかった。

 

そして最終日。

 

俺は一度、天空城へログインした。

 

七人のワールドチャンピオンも順番に集まってくる。

 

話し、少し遊び、城内を歩く。

 

「最後までここですよね?」

 

一人に聞かれた。

 

「そうですね」

 

普通に答えた。

 

別に本当の予定を教える理由はない。

 

最後に集まろうと言い出したのは俺だ。

 

なら、相手は俺もいると思う。

 

その方が自然だった。

 

しばらく一緒に遊んだ後、俺は適当な理由をつけてその場を離れた。

 

一度ログアウトする。

 

現実側で元メンバーの状況を確認する。

 

全員、予定通り。

 

そのまま再接続した。

 

今度は天空城ではない。

 

 

ナザリックについて、外部から観測できる変更がないかだけ最後に見て、侵入へ移る。

 

隠密を整える。

 

情報遮断を有効にする。

 

第一階層へ入った。

 

何度も通った経路だった。

 

それでも油断はしない。

 

最終日に急な変更を入れている可能性はある。

 

一つずつ確認しながら進む。

 

異常はない。

 

警戒状態にも変化は見えない。

 

探知された様子もない。

 

予定していた地点へ着く。

 

第一階層内部。

 

主要な通路から外れ、他のプレイヤーが普通に歩いてくる可能性も低い場所。

 

以前にも何度かここで試験している。

 

中に入った。

 

これが重要だった。

 

ナザリックの周辺ではない。

 

ギルド拠点の内部。

 

転移範囲がどこまでなのか分からない以上、外で待つよりはこちらの方がいい。

 

装備状態を確認する。

 

隠密。

 

情報遮断。

 

異常なし。

 

そのまま待つ。

 

少ししてチャットの通知が出た。

 

天空城側からだった。

 

開かない。

 

また来る。

 

無視する。

 

俺が最後に集まろうと言ったのだから、向こうからすれば当然だろう。

 

だが、今さら返すこともない。

 

天空城へ戻る気はない。

 

通知そのものを切った。

 

これで静かになった。

 

 

残り時間が減っていく。

 

ここまで準備しても、結局何が起きるかは分からない。

 

しかし、できることはもうやった。

 

天空城には七人のワールドチャンピオンがいる。

 

NPCも資産も残してある。

 

俺はナザリック第一階層の内部にいる。

 

隠密も、事前に試験してきたものを使っている。

 

あとは結果を見るだけだった。

 

残り一分。

 

十二年前を思い出す。

 

人間で始めた。

 

安い剣を二本持った。

 

まともに二刀を扱えなかった。

 

何度も負けた。

 

飛び方を覚えた。

 

ワールドチャンピオンになった。

 

天空城を取った。

 

NPCを作った。

 

装備を集めた。

 

ワールドアイテムを集めた。

 

途中からは、転移のためだけではなく普通に遊んでいた。

 

最後にはワールドチャンピオンまで集めた。

 

残り十秒。

 

何も起きなければ現実へ戻る。

 

それならそれで終わり。

 

九。

 

八。

 

七。

 

もし違えば。

 

六。

 

五。

 

その時に考える。

 

四。

 

三。

 

二。

 

一。

 

表示がゼロになった。

 

《YGGDRASIL》のサービス終了時刻が来た。

 

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