天獄の熾翼、墳墓の魔王   作:マジックス

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5話

ゼロになった。

 

それでも、視界は暗転しなかった。

 

強制ログアウトも、終了を告げるウィンドウもない。

 

代わりに押し寄せてきたのは、《YGGDRASIL》では一度も感じたことのない感覚だった。

 

冷たい空気。石と土の臭い。翼の表面を撫でる僅かな風。鎧が身体に触れる感触。

 

指を動かせば、ゲームの入力ではなく、自分の身体を動かしているとしか思えない感覚が返ってくる。

 

一度だけログアウトを試した。

 

反応はない。

 

そもそもメニュー自体が呼び出せなかった。

 

「……よし」

 

少なくとも、《YGGDRASIL》が正常に終了した状態ではない。

 

なら、次にやることは決まっている。

 

ここから離れる。

 

俺は隠密状態を維持したまま動き出した。

 

今いるのはナザリック地下大墳墓の第一階層。最終日のために何度も侵入経路を確認し、直前まで外部の情報を追いながら自分でも試していた場所だ。

 

もし転移が起きたのなら、モモンガもいる可能性が高い。

 

原作と同じなら、NPCたちも既にただのプログラムではなくなっている。

 

そんな状況で見つかるのは面白くない。

 

初手でナザリックと接触すれば、その後の関係まで一気に決まりかねない。

 

俺がやりたいのは、アインズと世界を賭けて遊ぶことだ。

 

最終的に敵対するにしても、協力するにしても、そこへ至るまでには積み上げがあった方がいい。何も分からない転移直後に第一階層で鉢合わせするのは、さすがに雑すぎる。

 

だから今は離れる。

 

来た経路を戻り、足音を抑えながら第一階層を抜けていく。

 

見覚えのある通路。罠を警戒していた地点。侵入試験の時に何度も確認した分岐。

 

俺が知る限り、特に変化はない。

 

追跡されている様子も、警戒が上がった気配もなかった。

 

そのまま外へ出る。

 

周囲を見渡して、すぐに気づいた。

 

地形が違う。

 

遠くには森と草原が広がり、地面には緩やかな起伏が続いている。《YGGDRASIL》でナザリックが存在していた場所とは明らかに一致しない。

 

ここまで来れば、かなり確度は高い。

 

俺は翼を広げ、地面を蹴った。

 

一気に高度を取り、そのままナザリックから離れる。数分飛んだ後、さらに転移魔法を挟んで距離を稼いだ。

 

どこまで離れれば安全なのかは分からない。

 

なら、自分で問題ないと思えるところまで行けばいい。

 

やがて人気のない森を見つけ、木々の間へ降りる。

 

人影はなく、追跡されている兆候もない。

 

ここでようやく、次の確認へ移った。

 

俺が最優先で知りたいのはナザリックではない。

 

天空城だ。

 

正確には、そこへ残したNPCたち。

 

俺の記憶にある転移が起きているなら、天空城も何らかの形でこちらへ来ている可能性がある。

 

同時に来たのか。

 

別の時代なのか。

 

そもそも来ていないのか。

 

七人のWorld Championはどうなったのか。

 

外から推測していても仕方がない。

 

直接聞けばいい。

 

《Message》。

 

転移後も正常に機能する保証はないが、試す価値はある。

 

対象に選んだのは、外部での活動を前提に作ったNPCだった。

 

変装、潜入、情報収集。

 

俺がいない状態が長期間続いても動けるよう、かなり前から指示を残してある。

 

周辺社会へ入り込み、情報を集め、必要なら長期間潜伏する。ただし俺が戻るまでは、独断で世界を大きく動かしすぎない。

 

そういう役割のために作った個体だ。

 

魔法を発動する。

 

――繋がった。

 

一瞬遅れて、頭の中へ声が届く。

 

『――誰だ』

 

低い声だった。

 

俺は少しだけ笑った。

 

声がある。

 

そして、その短い一言だけでも意思があることが分かる。

 

少なくとも、ただのNPCだった頃とは違う。

 

「俺だ」

 

数秒の沈黙。

 

『……主、様?』

 

声色が変わった。

 

「そうだ」

 

今度の沈黙では、息を吸う音まで聞こえた。

 

『本当に……』

 

「確認は後でいい」

 

聞きたいことはいくらでもある。

 

天空城。七人。ほかのNPC。俺がいなかった間に何が起きたのか。

 

だが、まず確認すべきことがあった。

 

「お前は今どこにいる?」

 

『スレイン法国にございます』

 

やはり。

 

少なくとも、残していた指示に沿って動いているらしい。

 

「法国の情報網は使えるか?」

 

『はい』

 

返答に迷いはなかった。

 

「なら、リ・エスティーゼ王国との国境付近を確認してほしい。カルネ村という小さな村があるはずだ。その周辺で、法国が何か部隊を動かしていないか?」

 

向こうが黙った。

 

何かを確認しているのだろう。

 

数十秒ほどして、返事が来た。

 

『ございます』

 

「詳細」

 

『陽光聖典が王国領内へ侵入しております。帝国兵に偽装し、国境付近の村落を襲撃。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを誘引する作戦です』

 

ほぼそのままだ。

 

「目的はガゼフの殺害か?」

 

『その認識で間違いございません』

 

「指揮官は?」

 

返ってきた名前も記憶と一致した。

 

俺は木に背を預ける。

 

ナザリック。

 

カルネ村。

 

陽光聖典。

 

ガゼフ。

 

これだけ揃えば、時期は原作開始直後と考えてよさそうだ。

 

もちろん、完全に同じ世界ではない。

 

俺がいる。

 

天空城も存在しているらしい。

 

そこのNPCたちは、既に長い時間こちらで活動している可能性が高い。

 

それでも、少なくとも現時点の表面上の流れは俺の知っているものに近い。

 

なら、わざわざ崩す必要はない。

 

このまま進めば、陽光聖典が村々を襲い、ガゼフが動く。

 

モモンガはカルネ村を発見し、エンリとネムを助け、その後ニグンたちと接触する。

 

あれはアインズが新世界で初めて外部へ踏み出す切っ掛けだ。

 

「陽光聖典には触るな」

 

『承知いたしました』

 

「カルネ村周辺も同じだ。俺から命令するまで、今ある流れを変えなくていい」

 

『かしこまりました』

 

これでいい。

 

モモンガが原作通り動くなら、そのまま見ればいい。

 

違いが出た時に考える。

 

それより、今は自分の陣営を確認する方が先だ。

 

「他にも聞きたいことは多い」

 

『はい』

 

「直接会って聞く」

 

向こうから声が消えた。

 

そして返ってきた時には、先ほどより僅かに震えていた。

 

『……こちらへ、お越しになられるのですか』

 

「そのつもりだ」

 

『では、直ちにお迎えの準備を――』

 

「いらない」

 

大勢を動かされる方が困る。

 

「今まで通りにしていろ。俺が戻ったことで余計な動きを増やすな」

 

『承知いたしました』

 

その返答にはどこか慣れたものがあった。

 

俺が以前から残していた方針と、それほど違わないのだろう。

 

「あと、俺が戻ったことも勝手に広めなくていい」

 

少し間があった。

 

『天空城の者にも、でしょうか』

 

その一言で、もう一つ分かった。

 

天空城は存在している。

 

少なくとも、そこにいる者と連絡を取れる状態にある。

 

詳しく聞きたいところだが、《Message》越しに全部済ませる必要はない。

 

「それも会ってから決める。目立たず接触できる場所を教えてくれ」

 

法国国内で、NPC側が安全を確保できる場所を指定させる。

 

通信を切ろうとしたところで、向こうから声がかかった。

 

『主様』

 

「何だ?」

 

短い沈黙。

 

『お待ちしておりました』

 

それだけだった。

 

俺は返事をせず、《Message》を切った。

 

転移は起きている。

 

NPCたちもいる。

 

天空城も、この世界のどこかに存在している。

 

そして彼らは、俺の知らない時間を既にここで過ごしているらしい。

 

一方で、カルネ村周辺では俺の知っている最初の事件が動き始めている。

 

思っていたより面白いことになっていた。

 

まずは法国へ行こう。

 

そこで、俺がいなかった間に何があったのかを聞く。

 

七人はどうなったのか。

 

天空城は今どこにあり、俺が残した指示は何を生んだのか。

 

知るべきことは山ほどある。

 

俺は再び翼を広げ、教えられた方角へ身体を向けた。

 

その先にあるのは、スレイン法国。

 

そして、俺がずっと昔に残してきたものだった。

 

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