天獄の熾翼、墳墓の魔王 作:マジックス
メルクリウスから残りの報告を聞き終えた頃には、屋敷へ着いてからかなり時間が経っていた。
もちろん、五百年分の記録を全て確認したわけではない。
七人がこの世界へ来てから何をしたのか。天空城が何に巻き込まれ、何を失い、何を残したのか。法国以外の国々へ、メルクリウスがどこまで手を伸ばしているのか。
細かく確認し始めれば、いくら時間があっても足りない。
それでも、今の俺が動くために必要なところは一通り聞いた。
残りは天空城へ戻ってから見ればいい。
「じゃあ、行こうか」
俺が立ち上がると、メルクリウスもすぐに席を立った。
「御意」
《Gate》を使う。
行き先は、現在の天空城へ安全に接近できる座標。
魔法を使う感覚にも少し慣れてきた。
《YGGDRASIL》では、魔法を使うにもゲームとしての操作が必要だった。使う魔法を選び、必要なら対象や位置を指定し、そこから発動する。
今は違う。
使おうと意識すれば、自分の中にその魔法があることが分かる。
手を動かそうと思えば手が動く。
それに近い。
《Gate》を使う。
そう決めて力を通せば、それでいい。
目の前の空間が歪み、向こう側へ繋がった。
見えるのは青空。
先に門を潜る。
◇
《Gate》を抜けると、視界いっぱいに青と白が広がった。
足元には雲海。
そのさらに上、青空の中に巨大な浮島が浮かんでいる。
白い城壁が島を囲み、その内側から何本もの尖塔が空へ伸びていた。周囲には大小の浮島が点在し、中央にはそれら全てを見下ろすように巨大な城がそびえている。
《天空城》。
最後にここを見てから、俺の感覚では一日も経っていない。
それなのに、あの中では既に五百年が過ぎている。
ギルド拠点には、一日ごとに一定額まで無償で修理できる機能がある。大きく損傷した時には別途資源も投入したらしいが、普段生じる程度の損傷なら日々の修理で処理できる。
だから、五百年という時間そのものが城を朽ちさせるわけではない。
分かってはいた。
それでも、最後に見た時とほとんど変わらない天空城がそのまま雲の上に浮かんでいる光景は、妙な感じがした。
「……本当にあるな」
「はい」
少し遅れて《Gate》を抜けてきたメルクリウスが答えた。
俺は異形形態へ移る。
背中から六枚の翼が広がった。
その位置が分かる。
動かせば、空気を受ける感覚まで伝わってくる。
ゲームのアバターについていた外見ではない。
もう完全に俺の身体だった。
そのまま空へ出る。
少し速度を上げ、途中で右へ曲がった。
翼をどう動かすかは考えない。
右へ行こうと思うだけで身体が傾き、六枚の翼が必要な動きをする。
急停止。
身体を返す。
そのまま上昇。
こちらも問題ない。
《YGGDRASIL》でも飛行にはかなり慣れていた。
俺の戦い方では、飛べることを前提に動く場面も多かった。
ただ、どれだけ慣れてもゲームである以上、操作は必要だった。
相手を見る。
位置を把握する。
次の動きを予測する。
判断する。
そこから、実際の操作へ移す。
俺がずっと鍛えてきたのは、主にそこまでの部分だ。
見て、考えて、次を決める。
でもゲームでは、その判断をアバターの動きへ変換する工程が必ず挟まった。
今はそれがない。
判断した時には、もう身体が動いている。
右手。
左手。
六枚の翼。
身体の向き。
それぞれを意識して操作する必要もない。
全部まとめて俺の身体だった。
「……いいな」
想像していた以上に使いやすい。
ただ、これを俺だけの利点だと考えるのは早い。
アインズも同じ可能性がある。
他にプレイヤーがいるなら、そいつらも。
NPCまで同じように自分の身体を扱えるなら、《YGGDRASIL》では操作上難しかった動きや連携まで普通に使ってくるかもしれない。
その辺りは、実際に戦わないと分からない。
そう考えている間に、天空城が近づいてきた。
城門へ続く広い空中回廊。
その入口に、一人の女が立っている。
淡い灰金色の髪。
薄い青灰色の瞳。
外見は二十代前半ほど。
白と灰を基調にした長衣には、細い金の装飾が入っていた。
派手ではない。
それでも一目で分かる。
俺が作った姿だ。
エリシア・アルカディア。
Lv100。
人間種。
メルクリウスと同じく、天空城が俺より先に転移した場合を考えて長期運用を前提に作ったNPC。
ただ、役割は正反対に近い。
メルクリウスが天空城の外へ出て、社会の中へ入り込むための存在なら、エリシアは天空城を残すための存在だ。
管理。
保全。
修復。
資産の維持。
外で何が起きても、最後に帰る場所を残す。
その役目を任せていた。
俺が空中回廊へ降りる。
エリシアはすぐには動かなかった。
ただ、こちらを見ていた。
やがて歩き出し、俺の前まで来ると静かに膝をつく。
「お帰りなさいませ。我が創造主」
声は落ち着いていた。
ただ、頭を下げる直前、一瞬だけ表情が崩れた。
何を感じていたのかまでは分からない。
でも、ゲーム時代ならありえなかった反応だった。
「ただいま」
俺にとっては昨日の続きでも、こいつにとっては違う。
「五百年、ありがと」
「勿体なきお言葉にございます」
「立っていいよ」
「はい」
エリシアが立ち上がる。
姿は記憶にあるまま。
けれど、もう俺が書いた設定だけでできている存在ではない。
メルクリウスと同じ。
こいつにも五百年分の時間がある。
「中、見せて」
「ご案内いたします」
◇
城内も、ほとんど記憶通りだった。
白い石造りの床。
高い天井。
広い回廊。
壁際に置かれた装飾。
もちろん、五百年間使い続けて何も変えていないわけではない。
使わなくなった区画。
新世界で手に入れた物を保管するため、用途を変えた部屋。
警備や管理の都合で経路を変えた場所。
そういう変更はある。
それでも、天空城そのものは変わっていなかった。
エリシアの案内で、倉庫、工房、転移設備、NPC復活設備と主要な場所を順番に確認する。
どれも問題なく動いている。
失われた資産や消費した物があることは、既にメルクリウスから聞いていた。
重要なのは、拠点としての機能が残っていることだ。
実際に自分の目で確認できれば十分だった。
途中で足を止める。
「エリシア」
「はい」
「訓練場、使える?」
「問題ございません。能力の確認をなさいますか?」
「うん。先にやっときたい」
《Message》。
《Gate》。
飛行。
最低限のものはいくつか使った。
でも、戦闘はまだちゃんと試していない。
ゲーム時代の能力がどこまで同じように使えるのか。
逆に、何が変わっているのか。
誰かと戦う前に一度は確認しておきたい。
◇
訓練場へ入る。
地上戦だけでなく空中戦まで想定した広い空間。
高さの違う足場と、耐久試験用の標的も残っている。
中央まで歩き、二本の剣を抜いた。
《天耀神裁・ルクス=アストラ》。
《冥獄虚葬・ノクス=アビス》。
まず右。
続けて左。
片方を防御へ回しながら、もう片方を振る。
そのまま身体を返して二本の軌道を繋げる。
違和感はない。
むしろゲーム時代より自然だった。
《YGGDRASIL》では、二刀を使えばその分だけ操作量も増えた。
右手。
左手。
相手の位置。
自分の位置。
空中なら上下まで入る。
俺はその処理にも慣れていたが、今はそもそも「操作している」という感覚がかなり薄い。
右で斬りながら、左を防御へ。
同時に翼で姿勢を変える。
一つ一つ分解して命令する必要がない。
何をしたいか決めれば、身体がその通りについてくる。
「相手、出せる?」
「はい」
少し離れた場所に、人型の訓練対象が出現した。
剣を構える。
開始。
正面から距離を詰める。
相手が武器を振る。
軌道を見る。
避ける位置を決める。
その時には、既に身体が動いていた。
攻撃の横を抜けて左。
続けて右。
相手が追うより先に上へ抜ける。
視線が上がったところで止まり、今度は落下。
背後へ回り、二本を入れた。
終了。
床へ降りる。
「やっぱり楽だな」
見る。
読む。
予測する。
判断する。
そこまでは《YGGDRASIL》で鍛えていたものがそのまま使える。
変わったのは、その判断を操作へ変える部分だ。
そこが軽くなっている。
俺の戦い方とはかなり相性がいい。
ただ、他のプレイヤーやNPCも同じなら、相手側にも同じ変化がある。
次は魔法。
低位。
中位。
高位。
発動に問題はない。
MPも、ゲームのように数値で見えるわけではないが、使えば減ったことは分かる。
何発か続ければ、その感覚もはっきりする。
正確な残量は分からなくても、余裕があるか、かなり減っているかくらいなら判断できそうだった。
次は装備。
スキルを使う。
発動と同時に、装備一式が登録してある別の構成へ切り替わる。
手にしていた二振りも消え、代わりに別の双剣が収まった。
もう一度使えば元へ戻る。
また別のスキルで一部だけ切り替えることもできた。
どちらも問題なし。
次は《
俺とよく似た姿が現れる。
魔法は使えない。
そこはゲーム時代と同じ。
ただ、動かし方は違った。
俺が右へ。
《
それだけで、自分で必要な動きを選んで位置を取る。
俺が相手を引きつければ、その隙に後ろへ回る。
一動作ずつ指定する必要はなかった。
「便利になってるな」
元から強い能力ではある。
でも、今の方が明らかに連携しやすい。
しばらく動かしてから消す。
まだ確認していないものは多い。
ワールドアイテム。
召喚。
耐性。
実際に攻撃を受けた場合の防御。
蘇生。
全部試そうと思えばかなり時間がかかる。
「《次元断切》は?」
エリシアを見る。
「天空城内での使用は推奨いたしかねます」
「だよな。後で外でやるか」
自分の拠点で試すものでもない。
今は主要な能力が問題なく使えることが分かれば十分だった。
◇
訓練場を出た後も、エリシアの案内で城内を歩く。
そこで、メルクリウスから聞いた話を一つ思い出した。
十三英雄の時代。
エリシアが外へ出て、そこへ参加していたという話。
詳しいところまでは聞いていない。
「そういえば、十三英雄に参加してたんだよね」
「はい」
「その時のこと、聞いていい?」
「もちろんでございます」
俺が残していた未来情報には、十三英雄と魔神についても書いてある。
必要なら介入すること。
ツァインドルクス=ヴァイシオン――ツァーが関わる可能性が高いこと。
その程度は伝えていた。
ただ、実際にどんな身分を使い、どう十三英雄へ入り、ツァーとどこまで接触したのかは知らない。
「どうやって参加したの?」
「事前に用意していた身分を使用いたしました。名と容姿を変更し、経歴も別に用意しております。天空城で使用している装備は避け、戦闘能力も必要な範囲に限定いたしました」
なるほど。
「声も?」
「変更しております」
そこまでやっているなら、見た目だけを変えたという話ではない。
俺もツァーについて全て知っているわけじゃない。
相手が何を見て個人を判断するのか分からない以上、それくらいは必要だった。
「ツァーとは結構一緒に動いた?」
「はい。複数の戦闘で共闘しております。戦闘以外でも、作戦の協議や移動を共にする機会がございました」
思っていたより近い。
なら、聞くべきなのは「バレていないか」じゃない。
エリシア自身が、どこまで安全だと判断しているかだ。
「正体を疑われたと思う?」
エリシアは少し考えてから答えた。
「判断できません」
即答で否定しない。
「戦闘能力や出自について尋ねられたことはございます。用意していた経歴と虚偽を混ぜて応じましたが、それをどこまで信じていたのかは分かりません」
「今のお前を見て、同じ奴だって分かる可能性は?」
「否定はできません。容姿、声、装備、戦闘方法は当時と変えておりますが、ツァインドルクス=ヴァイシオンが何を基準に個体を認識しているのかまでは把握しておりませんので」
そうなるよな。
変装したから大丈夫。
そこまで単純な相手として考えない方がいい。
「じゃあ、天空城の方は?」
「当時の身分から天空城へ繋がった形跡は確認されておりません」
「どう帰ってた?」
「帰還時は接触経路を切り分け、複数回経由地を変更しております。追跡される可能性も前提に行動しておりました」
「その後も何もない?」
「はい。天空城に対する不審な観測、接触、追跡の兆候は現在まで確認されておりません」
なら、そこはかなり安心できる。
ツァーがエリシアについて何か気づいていた可能性は残る。
でも、それと天空城まで辿られているかは別だ。
少なくとも、五百年間それらしい兆候がないなら、今のところ後者を強く疑う理由はない。
もう一つ、メルクリウスから聞いて気になっていたことがある。
「十三英雄に装備も貸したんだよね?」
「はい」
「何を基準に選んだ?」
「喪失しても天空城の運用に大きな影響を与えず、外見や性能から出所を推測されにくい物を選定いたしました。また、天空城や主様へ直接繋がる情報を持つ装備は除外しております」
その辺はちゃんとしている。
「貸した装備は全部戻ってる?」
「回収可能であった物は、全て」
回収可能であった物。
つまり、途中で失われた物まではどうにもならないらしい。
「ツァーとその件で揉めたって聞いたけど、何があったの?」
「魔神との戦いが終結した後、貸与していた装備を回収しようとした際、ツァインドルクス=ヴァイシオンより、この世界へ残すことを提案されました」
「理由は?」
「今後も強大な脅威が現れる可能性がある以上、十三英雄が使用した装備を残しておくことには価値がある、と」
まあ、言いたいことは分かる。
「それで断った?」
「はい。あれらは主様より一時的な使用を許可された資産です。私の判断で譲渡することはできません」
当然だ。
俺も「必要なら貸していい」とは書いた。
でも「そのままあげていい」とまでは書いていない。
「向こうは納得した?」
「いいえ。ただし、それ以上の強硬な手段には出ておりません」
「関係は悪くなった?」
「以前ほど円滑ではなくなりました」
そのくらいか。
「ツァー自体はどう思ってる?」
少しだけ間があった。
「戦友としては、高く評価しております」
嫌いだから拒否したわけではない。
単純に、ツァーと俺の資産は別の話。
エリシアにとってはそれだけだったらしい。
「その後は?」
「貸与品の回収後、十三英雄として使用していた身分を放棄いたしました。関連する連絡経路も処分し、以降、その身分では活動しておりません」
なるほど。
ツァーから見れば、武器を持って消えたことになる。
それなら、多少印象が悪くなっていても不思議ではない。
ただ。
今のエリシアを見て同一人物だと気づくか。
そこから天空城まで繋げられるか。
その二つは別。
現時点で分かるのは、天空城まで追われた形跡はないというところまでだ。
「分かった。今すぐ会いに行く理由もないし、その辺は保留でいいや」
「承知いたしました」
◇
次に向かったのは、NPC復活設備だった。
死んだNPCは二十八体。
現在残っている金貨で戻せるLv100NPCは十二体。
全員は戻せない。
だから、最初に誰を戻すかは重要になる。
三体はもう決めていた。
今必要なのは、単純な戦闘力より情報を取る能力だ。
メルクリウスの報告を聞いて、俺の知識と現実が完全には一致していないことは分かった。
真なる竜王の数すら怪しい。
なら、自分たちで調べる力を増やす。
アルゴス・ヴァルナ。
広域偵察、追跡、地形把握、物理的な索敵。
現地へ出て、実際に対象を探す役。
アレーテイア・ノエシス。
占術、情報解析、情報戦、対占術。
遠隔から情報を取り、それを整理し、逆にこちらを探られることも防ぐ。
ノクス・ヴェイル。
隠密、潜入、現地確認、対象確保、尋問。
メルクリウスが社会の中へ長期的に入り込むタイプなら、ノクスは必要な場所へ直接入り、必要な情報を取って帰るタイプだ。
役割はそれぞれ違う。
「この三体から戻す」
「承知いたしました」
エリシアが復活設備を動かす。
必要な金貨が消費される。
ゲームなら、それでNPCが戻るだけだった。
今は違う。
メルクリウスもエリシアも、生きている。
五百年を過ごした。
なら、これから戻る三体も同じだ。
死んでいた存在が、ここで本当に戻ってくる。
まずはアルゴス。
設備の中央に光が集まり、輪郭を作っていく。
身体。
装備。
やがて光が薄れた。
アルゴスはしばらく周囲を見回していた。
エリシア。
メルクリウス。
そして俺。
「……主様?」
「久しぶり」
俺を認識すると、すぐに膝をつこうとする。
「待って。先に確認したいことがある」
アルゴスが動きを止めた。
「最後に覚えてること、話せる?」
「はい」
アルゴスは少し考える。
「戦闘中でございました。私が仕えていた御方と、別の御方の陣営が交戦しております」
そこまではメルクリウスから聞いた話と繋がる。
七人は最後には互いに争った。
でも、誰がいつ、どういう状況で死んだのかまでは知らない。
「どんな戦いだった?」
「双方が複数のNPCを投入した戦闘です。私は敵方の索敵と増援の確認を担当しておりました」
偵察役として動きながら、必要なら直接戦闘にも入る。
その途中で敵側のNPCを一体倒した。
だが、それで終わらなかった。
「撃破後、別の二名が増援として到着しました。その時点で私もかなり消耗しておりましたが、撤退命令は受けておりません」
「それで戦った?」
「はい」
その二体を相手にしながら、一体へ大きな損傷を与えた。
ただ、自分もさらに削られた。
回復手段もほとんど残っていなかったらしい。
「最後は?」
「私が仕えていた御方が戦場から離脱する姿を確認しております。敵方が追撃しようとしていたため、阻止するために残りました」
そこから先も戦った。
そして、記憶はそこで途切れている。
「その時、七人のうち何人くらい残ってたかは分かる?」
「私が把握していた限りでは、四名でございます」
四人。
かなり後半だ。
「なるほど」
一撃でやられたわけでもない。
偵察。
戦闘。
増援阻止。
最後には仕えていた相手を逃がすために残った。
それなら分かりやすい。
「身体に違和感は?」
「ございません」
能力。
装備。
記憶。
いくつか確認しても、大きな異常はない。
「今がいつかは?」
「……把握しておりません」
「エリシア、教えてあげて」
現在の年代を聞いたアルゴスが、今度こそ完全に固まった。
本人からすれば戦場で意識が途切れた次の瞬間。
そこに何百年も挟まっている。
「詳しい話は後で共有する。今はそのまま待ってて」
「……御意」
次はアレーテイア。
同じように復活させる。
俺を認識して一礼しようとしたところを止め、まず状態を確認した。
問題はない。
「アレーテイアも、最後に覚えてること教えて」
「承知いたしました」
少し間を置いてから答える。
「天空城のNPCを、それぞれの御方へ配属していた時期でございます」
戦闘中ではない。
しかもアルゴスより前らしい。
「配属?」
「はい。七名の関係が悪化した後、主様より残されていた指示に従い、各陣営の戦力差が大きくなりすぎぬようNPCの配置が行われておりました」
そこでようやく、俺が昔書いた指示と繋がった。
もし七人が決定的に割れた場合。
NPCを一人へ集中させない。
単純な人数だけではなく、前衛、後衛、支援、偵察、情報能力、装備まで含めて総合的に分ける。
一方的な戦力差を作らない。
そう書いていた。
実際に使われたのか。
ただ。
そこまで関係が壊れた過程までは聞いていない。
「俺のあの指示か」
「はい」
俺はエリシアを見る。
「でも、これを使うところまでどうやって拗れたの?」
エリシアは少しだけ考えた。
「転移直後から、七名の関係が悪かったわけではございません」
「?」
「大きなきっかけは、真なる竜王との戦闘であったと認識しております」
七人は強い。
全員ワールドチャンピオン。
それでも、真なる竜王との戦いで誰も死ななかったわけではないらしい。
「ふーん、何度か死んだって聞いてるけど、結構あった?」
「はい。複数の戦闘で死者が出ております。同じ御方が再度死亡した例もございました」
「蘇生して、また戦った?」
「その通りでございます」
一度死んでも戻れる。
だから戦い自体は続けられる。
ただ、それで何もなかったことになるわけじゃない。
「最初は作戦上の意見の相違でございました」
エリシアが続ける。
「誰が前衛を担うか。どこで撤退するか。誰を援護するか。戦力をどこまで投入するか。戦闘ごとに判断が異なることは、それ以前にもございました」
そのくらいなら普通だ。
俺たちだって《YGGDRASIL》で同じ意見になるとは限らない。
「しかし、死亡を伴う戦闘が繰り返されるにつれ、その相違が残るようになりました」
死んだ側には死んだ側の見方がある。
援護が遅かった。
撤退が遅かった。
危険な役目を押しつけられた。
逆に、生き残った側にも言い分がある。
勝手に前へ出た。
予定通り動かなかった。
そこで撤退すれば別の誰かが死んでいた。
同じ戦闘でも、立場が違えば見え方は変わる。
「誰が悪いか決められた?」
「いいえ。一つの原因によって悪化したわけではございません」
それもそうか。
一回の失敗で七人が全部割れたなら、逆に単純すぎる。
「では、いつ頃から明確に変わった?」
「真なる竜王との大規模な戦闘が減少し始めた頃からです」
共通の強敵がいる間は、不満があっても一緒に戦う理由がある。
それが減る。
戦う相手がいなくなれば、今度は互いを見る時間が増える。
それまで積み上がった不満も、そのまま残る。
「七名全員で行動する機会が減少しました。個別、あるいは少人数で動くことが増え、保有する情報や行動方針も次第に分かれていきました」
「その時点では、まだ敵じゃない?」
「はい」
必要なら協力する。
外敵が出れば一緒に戦う。
天空城もまだ共通で使う。
ただ、以前と同じ集団ではない。
誰がどこで何をしているのか。
誰と組んでいるのか。
何を持っているのか。
以前なら共有していたものまで、少しずつ全部は共有されなくなる。
「相互の警戒も、その頃から強まっております」
誰か一人が動けば、残りが理由を考える。
NPCを近くに置けば、何のためか疑う。
装備や資産を動かせば、どこへ持っていくのか気にする。
まだ敵対ではない。
でも。
互いを仲間だから信用する状態でもなくなっていた。
「それでNPCまで分けることになった?」
「そこには、さらに時間がございます」
まだ続きがあるらしい。
「最初に明確な対立が生じた後も、即座に全面的な戦闘へ移行したわけではございません」
「どういう感じ?」
「互いの行動範囲を避ける。保有する戦力を分離する。特定の二名、あるいは三名が一時的に協力する。その一方で、他の者への警戒を強める。そうした状態が続きました」
七人が綺麗に二つへ割れたわけでもない。
組み合わせも固定されていない。
この相手とは今は組める。
でも別の相手とは無理。
状況が変われば、また組み合わせも変わる。
「その間にも、小規模な衝突はございました」
「殺し合い?」
「当初は、そこまでではございません」
偵察役同士が接触する。
行動を妨害する。
先に目的地を押さえる。
相手の動きを見張る。
そういうものから始まった。
ただ、Lv100同士。
そこにNPCまで絡めば、小さな衝突でも簡単には済まない。
「負傷者が出始めた後、互いの警戒はさらに強まりました」
「で、どこかで本当に殺した?」
「はい」
最初に誰が誰を本気で殺そうとしたのか。
そこまで今ここで聞く必要はない。
重要なのは、一線を越えたことだ。
一度それが起きれば。
今度は「相手が殺してくるかもしれない」が前提になる。
先に備える。
NPCを近くへ置く。
相手もそれを見る。
さらに備える。
その繰り返し。
「一度死亡者が出た後も、しばらくは復活が行われております」
「復活した後、仲直りは?」
「いいえ」
だろうな。
自分を殺した相手がいる。
生き返ったから終わり。
とはならない。
むしろ、死んでも戻れるからこそ争いが終わらなかった部分もあるのかもしれない。
「その段階で、主様が残された指示を適用すべき状態に至ったと判断いたしました」
ようやく繋がった。
最初から七人が殺し合っていたわけじゃない。
真なる竜王と戦う。
死者が出る。
蘇生する。
戦い方への不満が積み上がる。
共通の敵が減る。
別々に動き始める。
互いを警戒する。
小さな衝突。
そして、ついに死者が出る。
そこまで来て、七人それぞれへNPCを分ける必要が出た。
「どう分けた?」
「メルクリウスと私は指示通り長期運用を優先し、配属対象から除外されました。それ以外については、その時点で生存していたNPCの能力と装備を基準に調整しております」
前衛。
後衛。
偵察。
支援。
情報。
単純に一人四体、みたいな分け方ではない。
組み合わせた時の総合戦力で見る。
「ちゃんと拮抗した?」
「完全に同一ではございませんが、一陣営が他を短期間で制圧できるほどの差は生じませんでした」
俺がそうなるように指示していた。
なら当然か。
そして、その状態で本格的な内乱が始まった。
「配属した後は?」
「対立はさらに激化いたしました。ただし、その後も常に全員が敵対していたわけではございません」
一時的な共闘もある。
別の一人を警戒して二人が組む。
その相手がいなくなれば、今度は組んでいた二人がまた離れる。
外敵が出れば、必要な範囲で共同戦線を張ることもある。
でも昔の関係に戻ることはなかった。
「一人が死亡するたび、残されたNPCや資産の扱いも問題となりました。その都度、戦力差が極端にならぬよう再調整を行っております」
俺の指示、かなり面倒なことになってるな。
でも。
一方が一気に他を飲み込むのを防いだなら、ちゃんと狙った通りでもある。
「それで長引いたのか」
「一因ではあるかと」
なるほど。
ここまで聞けば、アレーテイアが配属を待っていた状況も分かる。
「それで、お前はどこに配属された?」
アレーテイアへ戻る。
「配属されておりません」
「される前に死んだ?」
「はい」
少し意外だった。
「何があった?」
「配属を待っていた際、お一人から声を掛けられました」
誰の指揮下へ入るのか。
そう聞かれたらしい。
「何て答えた?」
「その時点では決定しておりませんでしたので、その旨をお伝えしました」
アレーテイアが一度言葉を切る。
「その後、自害を命じられました」
「へぇ、いきなり?」
「はい」
それだけでは意図が分からない。
「理由は何か言われた?」
「いいえ」
なら、ここからは俺の推測だ。
アレーテイアは情報戦特化。
占術。
対占術。
解析。
自分がこいつを取れる保証がない。
そして別の誰かへ渡れば、その瞬間から厄介な敵になる。
だから、配属が決まる前に消した。
多分、そんなところだろう。自分に付くと断言しない時点で排除対象だった。
今聞いた流れを考えれば、そこまで突飛でもない。
既に一度は殺し合いが起きている。
次に誰が敵になるか分からない。
なら、使われる前に消すという判断をする奴がいてもおかしくない。
「その命令には従わないといけなかった?」
「はい。当時の私はまだ特定の御方の指揮下へ移されておらず、七名より与えられた命令を拒否する条件がございませんでした」
それで通ったのか。
「すぐに?」
「いいえ。先に私が保有していた記録と、占術に使用していた情報媒体を処分いたしました。その後、命令を実行しております」
死ぬなら、持っている情報も残さない。
そこまでやってから自害。
「最後に覚えてるのは?」
「処分を完了した後、自身へ攻撃を行ったところまででございます」
そこから先はない。
戦場ですらない。
敵に殺されたわけでもない。
配属を待っていただけのNPCが、その場で消された。
「……思ってたより面白いな」
単に仲違いして殺し合っただけではなかった。
真なる竜王との戦いから、少しずつ積み上がって。
最終的にここまで行った。
アレーテイアも身体や能力に異常なし。
現在の年代を伝えると、しばらく沈黙した後、静かに頭を下げた。
最後はノクス。
復活させる。
同じように状態を確認する。
「最後に覚えてることは?」
「私を囮とした作戦の最中でございます」
いきなり物騒だな。
「どういう作戦?」
「当時、私は敵対する陣営から優先して排除すべき対象と認識されておりました」
その言葉から始まり、ノクスが当時の状況を説明する。
隠密。
潜入。
偵察。
対象の確保。
敵からすれば、どこへ入られているか分からない。
何を見られたのかも分からない。
実際に何度も潜入し、情報を持ち帰っていた。
その結果、ノクスを探すために偽情報や囮まで使われるようになったらしい。
「何人残ってた頃?」
「三名でございます」
「両方から狙われてた?」
「はい」
その状況を、ノクスが仕えていた側が逆に利用した。
敵はノクスを見つければ追ってくる。
なら、追わせればいい。
「それで、お前を餌にした?」
「その通りでございます」
ノクス自身も作戦を知らされていた。
重要な情報を持って移動しているように見せる。
完全には消えない。
ただし、露骨に姿を見せるわけでもない。
相手に「隠れ損ねている」と思わせる程度にだけ痕跡を残す。
そのまま指定した場所まで引っ張る。
待ち伏せ。
そこで敵戦力を削る。
「そこまではうまくいった?」
「はい。敵戦力の誘導には成功いたしました」
追ってきた側が罠へ入る。
待ち伏せ側が動く。
戦闘開始。
そこまでは予定通り。
「しかし、交戦開始後、別方向から新たな戦力が侵入しました」
「もう一つの陣営?」
「はい」
ここで三つ巴になったらしい。
残っている勢力が三つなら、二つがぶつかったところを最後の一つが狙うのは自然だ。
「その後は?」
「私も戦闘へ参加しております」
「囮が終わった後も?」
「撤退命令は受けておりません。また、私が仕えていた御方も戦場に残っておりました」
なら残るか。
乱戦になれば、隠密特化のノクスにはむしろ動きやすい面もある。
敵の索敵役を潰す。
侵入経路を確認する。
後方へ回る。
そうやって戦場を動いていたらしい。
「でも、それならまた狙われるよな」
「はい」
最初にノクスを追っていた陣営だけじゃない。
途中から入った側も、ノクスが動いていることに気づいた。
結果。
両方から優先して狙われた。
「人気者だな」
「恐れ入ります」
「褒めてないよ」
僅かに頭を下げた。
話を続けてもらう。
何度か追跡を切った。
別の場所へ移る。
追ってきたNPCにダメージを与える。
また姿を消す。
それを繰り返した。
ただし、最初から囮として動いた後。
当然、消耗は積み上がる。
「最後はどうなった?」
「途中より参戦した陣営のNPC三名に捕捉されました」
「逃げ切れた?」
「いいえ」
「その後、陣営を率いていた御方本人が参戦しております」
それなら厳しい。むしろよく頑張った。
「そこからは?」
「その御方と配下三名を相手に交戦したところまで記憶しております」
そこで死んだらしい。
これで三体。
死んだ時期も違う。
死に方も違う。
アレーテイアは、本格的な内乱へ入る直前。
アルゴスは四人まで減った後。
ノクスは三人まで減った後。
三体の記憶を並べるだけでも、七人の争いがどう変わっていったのか少し見える。
最初は互いを警戒しながら離れる。
次にNPCまで分ける。
そこから本格的に衝突する。
人数が減るほど、組み合わせも変わる。
最後の三人になれば、二人の戦いへ残った一人が割り込む。
単純な二陣営の戦争ではない。
そこで、まだ一つ気になった。
「エリシア。最後の二人までどう減ったかは記録に残ってる?」
「はい」
「最後は?」
「最後まで残った二名が直接交戦し、双方が死亡しております」
「相打ち?」
「結果としては、そのようになります」
本当にそうなったのか。
メルクリウスから、七人が最終的に全員死んだことまでは聞いていた。
でも、最後の二人が相打ちだったところまでは知らなかった。
「復活は?」
「行われておりません」
そこで終わり。
七人ともいなくなった。
最初は真なる竜王と一緒に戦っていた七人が。
何度も死んで。
戻って。
少しずつ互いへの不満を残して。
共通の敵が減った後に別々に動くようになり。
警戒し。
争い始め。
最後には二人が相打ち。
その途中で、俺が残した戦力均衡の指示まで使われている。
一人にNPCを集中させない。
戦力差を小さくする。
それなら、簡単に一人が残りを全部潰す形にはなりにくい。
実際、その通りになったらしい。
詳しい流れは記録を読めば分かる。
誰と誰が組んだのか。
何度復活したのか。
最初に誰が死んだのか。
途中で何度組み合わせが変わったのか。
今ここで全部聞く必要はない。
重要なのは、戻した三体が正常に動けること。
そして、それぞれ何をさせるかだった。
アルゴス。
アレーテイア。
ノクス。
そこにメルクリウスとエリシア。
現在動かせるLv100NPCは五体。
復活用の金貨は、残り九体分相当。
今はこれでいい。
「詳しい状況は後で共有して」
五人が頭を下げる。
まずアルゴスを見る。
「お前は真なる竜王関連から。メルクリウスの記録を読んで、今分かってる個体と、正体がはっきりしてない記録を整理して」
「承知いたしました」
「その後、未確認地域も含めて探索案を作って。接触はまだしなくていい」
「御意」
次にアレーテイア。
「お前は記録を一通り見て。占術で確認できるものを分けてほしい」
「畏まりました」
「それと対占術。俺たちが探られた場合に何が見えるかも確認して」
「承知いたしました」
最後にノクス。
こいつには、すぐにやらせたいことがある。
「ノクス」
「御前に」
「ナザリックを監視して」
ノクスが顔を上げる。
「ただし、中には入らなくていい。今は外に出てきた奴だけ見て」
「監視対象に優先順位はございますか?」
「最優先はシャルティア」
原作通りなら、近いうちに外へ出る。
その先で黒色聖典と遭遇し、《傾城傾国》が使われる。
俺が知っている流れの中でも、序盤ではかなり大きな出来事だ。
ただ、この世界の法国は原作と完全には同じじゃない。
五百年前から俺の指示が残っている。
メルクリウスも動いた。
神人の数も違う。
だから、同じことがそのまま起きる保証はない。
むしろ、それを確かめるために見る。
「シャルティアが外へ出たら追って。接触はしない。何をして、誰と会うか見てくればいい。ただし、シャルティアが傾城傾国を装備した人間を殺そうとしたら守って」
「承知いたしました」
「アインズ本人と他の守護者も、外で確認できたら記録して。ただし無理に近づかなくていい」
「御意」
これだけでもノクスの能力ならかなりやれるはずだ。
ただ、相手はナザリック。
念のため、もう一段重ねておく。
俺は装備していたアイテムの一つを外した。
最終日。
ナザリック第一階層へ潜り込んだ時にも使ったもの。
隠密。
情報遮断。
探知への対策。
ゲーム時代に何度も性能を確認し、実際にナザリック内部でも使ったワールドアイテム。
それをノクスへ差し出す。
「これも使って」
ノクスの目が、俺の手元へ向く。
一拍遅れて、僅かに目を見開いた。
「こちらを、私に?」
「今回だけね」
「ワールドアイテムをお預かりしても?」
「そのために渡してる」
ノクスが両手を出し、慎重に受け取った。
元々の隠密能力にこれを重ねれば、監視役としてはかなり強い。
それに、もし原作通り《傾城傾国》が出てくるなら、その近くへ行くことになる。
ワールドアイテムを持たせておけば、少なくともゲーム時代と同じ理屈なら対策にもなる。
現実化してからの挙動を全部確認できているわけではないが、何も持たせないよりはいい。
「必ずや、御期待に沿う成果を――」
「そうだな。ちゃんと成果を出せよ?ただし、メリットを生むよりデメリットを作らないこと」
ノクスが一瞬だけ黙った。
「……承知いたしました」
「あと、無理そうなら帰っていいから」
「御意」
これでいい。
アルゴス。
アレーテイア。
ノクス。
メルクリウス。
エリシア。
今動かせるLv100NPCは五体。
死んでいる方がまだずっと多い。
金貨にも限りがある。
それでも、新世界へ来た直後としては十分だった。
俺自身の能力は使える。
天空城も残っている。
五百年間動いていた二体に加えて、必要な三体も戻した。
俺が知らない間に五百年進んだ世界。
その間に積み上がったものもある。
変わったものもある。
まずは、それを調べる。
俺は五人を見渡した。
「じゃあ、始めようか」
俺の方も、ここからだ。