クロマ・ウェントに憑依してから数日が経った。
この期間で分かったことは、思ったよりちゃんと『死霊魔法』が嫌われていることと、貴族の取り決めやら何やらで最低限の生存は認められていることだった。
こんな厄ネタ魔法を授かって殺されないのは、国の法律で貴族家当主は成人まで子を扶養する義務があるかららしい。
なるほどな。あれだけ蔑まれているクロマくんが学園に行けたのもそれが理由か。
「とはいえ、朝と夜に固いパンが一つだけ、って成長期の子ども舐めてんだろ」
ムシャムシャバリバリと歯が痛くなるほどに固いパンを食べながら、俺はやれやれとため息を吐く。
こんな環境じゃ全てを憎むのも仕方ない……が、主人格が俺になった以上は闇堕ちは御免被る。
「これからどうしようか。……まあ、一先ず自分の力の確認くらいはしておくか」
行動指針は未だ決めかねている。
だが忌み嫌われた才能でも自分の力であることには変わりない。
そう考えた俺は『死霊魔法』の性能を確認するため、こっそりと部屋から抜け出した。
☆☆☆
「部屋の扉に鍵がかかってないのは、扶養ではなく軟禁、もしくは監禁扱いになるからだろうか」
何はともあれ行動が縛られないのはラッキー。
「アレって忌み子の……!!」
「穢らわしい……」
「どうして旦那様はあんな子を屋敷に……」
従者たちの前を通りがかる度にコソコソと聞こえるように悪口を言われる俺だったが、前世の小学校
時代に一通りのイジメは体験しているので特に悲しむことも無い。
フラットな表情のままスタスタと歩いた俺は、屋敷の近くにある森に入ることにした。
「魔法の使い方は……何となく感覚で分かる。どのみち死体を探さないことには意味がないか」
魔法の才能を授かるというこの世界のシステムだけあって、魔法の魔の字すら無い世界から来た俺でも感覚的に使い方が理解できた。
とりあえず魔法を使うためには何らかの死体が必要だ。
「魔物の死体なんかが見つかるといいけど……そもそも生きてる魔物と会ったらジエンドだな」
屋敷の外から見えた景色的に、この森はかなり奥深くまで広がっている。魔物の発生条件は知らないが、警戒していて損なことはない。
「まだ平坦な道で助かった。流石に8歳の身体で山登りは無理だ」
そんなことを考えながら歩くこと5分。
ふと全身が粟立つような感覚を覚えた。
「…………ッ」
確証は無い。
だが俺の命を脅かす何かが迫っているような嫌な悪寒が全身を包んだ。
そろりと足音を立てずに近くの草陰に身を潜める。
「ガルルルル……ッ」
現れたのは体表に所々宝石のような石が散りばめられたチーターのような魔物だった。
ソレは、チーターと思えないほどに身体が大きく、口元から伸びる鋭い歯と目つきが凶暴性を明示していた。
「……っ」
恐ろしいと思った。声も出せなかった。
あのまま悪寒に従わずに歩いていたら、抵抗すらままならずに今頃は魔物の胃の中にいたに違いない。
「ガルぁッ!」
ボリッ、ボリッ、と何かを齧る音が聞こえる。
様子を伺うと、魔物は近くの岩を歯で削り取って咀嚼しているようだった。
どこか満足げなその表情と、体表に散りばめられた宝石から、肉食動物ではなく石食動物なのかもしれない……というどうでも良いことを思った。
「……ガルゥ? ガァァッ!!」
「っ」
突如魔物は視点をこちらに向けて唸った。
一瞬バレたのかとビクッとしてしまったが、どうやら俺の近くの茂みから現れた別の存在に気づいたらしい。
「きゅぅ? キュキュァッ!」
それは角の生えた兎だった。
一見するとただの可愛い兎に過ぎないが、チーターを見た瞬間に放たれた逞しい戦意は魔物であることを示している。
「がるるる……」
「きゅうぅ……!」
両者目を合わせて唸り声をあげる。
どこか張り詰めたような緊張感が場を包む中、その均衡を破ったのはウサギだった。
「キュッ!」
目で追うのがやっとの速度でウサギは一直線にチーターに突っ込んでいく。自慢の角で一撃ノックアウトを狙う算段だろうか。
「ガルぁぁぁっ!!」
──だが勝負は一瞬でついた。
一際大きな唸り声をあげたチーターは、突っ込んできたウサギの角を狙い澄ましたように自分の宝石に当てさせて防御し、勢いが止まった瞬間を狙って爪による一撃を浴びせた。
「ぎゅっ……ぁっ……」
苦悶の声をあげてウサギは沈み込む。
どこからどう見ても致命傷の出血具合だ。
「ガル」
チーターはウサギを一瞥することもなく、まるでバカにするように軽く鼻息を鳴らすと、その場から立ち去っていった。
「……なんだ、あいつ」
敗者を歯牙にかけることもなく、見下したような目で見たあのチーターの姿に、俺は関係のない第三者のクセして少しイラッとした。
自分よりも圧倒的に強い相手に果敢に挑んだウサギは、俺にない勇気を持っていると思ったから。
気配が消えて少し経って、俺は急ぎ足で倒れたウサギに駆け寄った。
「きゅっ…………きゅきゅ……」
「お前……」
ウサギはまだ生きていた。
生きているその瞬間を一秒も無駄にすることなく、未だ悔しそうに闘志を燃やしているように見えた。
ふとその時、脳内に声のようなノイズが走った。
『まだ諦められない。勝ちたい。嫌だ。負けたままで死ねない。死んでも勝ちたい。見返したい』
「……な、んだ今の」
幻聴と言うにはあまりにハッキリしている。
流れ込んでくる怒りと悔しさは、紛れもなく目の前のウサギから発せられていた。
……もしかして、これも『死霊魔法』の才能の一つ……なのか? 死に近い生物の声を聞き取れる、的な。
「……なあ、ウサギ。あのクソったれチーターにリベンジできるならしたいか?」
人間の言葉は分からないかもしれない。
だが、ウサギは真っすぐ俺の瞳を見た。
「……そうだよな」
声を聞くまでもなく肯定であることは分かった。
そうだな……決めた。
死に瀕する中で強い想いを抱くこの魔物を見て、俺は一つこの人生で初めての決め事をした。
俺の『死霊魔法』の使い方を。
「誓いだ。──今後『死霊魔法』で生物を蘇らせる時、必ず生前の本人に確認を取ること。そして──生前の恨みと悔いを、晴らすこと」
この条件を以て、俺は死霊たちに力を貸してもらおう。
自我が無くたって、命令に従順だからといって、魂を縛り付けていい理由にはならない。
「アイツを倒した後、俺の力になってくれ──『