「きゅっ」
「痛い痛い。分かってる」
早くしろと言わんばかりにチョンチョンと角で足を刺してくる──体表が灰色の毛で覆われたウサギに、俺は苦笑しながら読んでいた本を閉じた。
「俺もお前もアイツにはまだ敵わない。それは分かってるだろう? 復讐は完遂する。だが、それは俺達が強くなることが前提だ。良いな?
「きゅぅ……きゅっ」
渋々といった様子で、ホーシュと名付けたウサギの魔物は角でツンツンするのを止めた。
──『
死霊魔法の基礎である『死霊化』を行うことで蘇ったウサギは、特に身体が腐ることも骨になることもなく、ただ真っ白だった毛が灰色になるといった変化に落ち着いた。
自我も特に失われたわけではない。
早くリベンジさせろとせっつくくらいには俺に反抗的だし、食事が不要になったこと以外は
漫画の印象だとそんな感じでは無かった気がするんだが……無理やり命令して魂を縛っているわけじゃないからか? 流石に現段階だと推測の域を脱しないな。
あ、ちなみにホーシュと名付けた理由だが、角を指す『ホーン』と灰色を指す『アッシュ』を合わせた結果だ。我ながらそこそこオシャレなんじゃないかと思う。
「ホーシュの力を強化する方法についての目処はある。だがそれだけじゃダメだ」
死霊化した眷属の強さは一定ではない。
生きた生物のようにちゃんと成長するのだが、その成長の仕方が普通の生物とは異なる。
「──魔物の体内に眠る核──魔石を摂取することで死霊は強くなることができる。それも際限無しに」
とはいえ弱い魔物の魔石を摂取し続けても成長は見込めない。ある程度格上の魔石を摂取することも大事ということだ。
つまりはホーシュに魔石を摂取させることが強さへの近道なのだが──眷属だけに戦闘を任せるのはどうなんだろうと俺は思っている。
「戦闘スタイルをサモナーと同じようにしてしまうと、マスターが狙われてオシマイだ。目指すスタイルは眷属と俺の挟撃、か」
クロマ・ウェントに『死霊魔法』以外の魔法の才能は無い。原作でもクロマが他の魔法を使ったような形跡は無かった。
だが、この世界には『身体強化』という体内にある魔力を操作することで身体能力を向上させる魔法がある。
「確か原作で主人公の師匠が言っていた。『身体強化』は魔法ではなく魔力操作の延長線の技術。才能がなくても突き詰めることはできる……的な」
なら俺でもできるはずだ。
原作のクロマの敗因理由は、結局的に全ての眷属が処理されて本人に対抗手段が無かったことだ。
眷属の強さは相当なものだったから、クロマ自身も戦闘に加われば勝てたんじゃないかと思う。
……いや別に主人公に敵対する気も闇堕ちする気も無いんだけどな?
あくまで可能性の話というか。
「よし、俺はやるぞホーシュ。お前も魔石の摂取以外に強くなれるかもしれないし、一緒に修行だ」
「きゅっ!」
「……その前に一回吸わせてくれ」
「きゅぅっ!?!?」
俺はホーシュのモフモフの毛に顔を埋めて、スーハースーハーと深呼吸をした。
……ふぅ、落ち着く。
知らぬ間に心が荒んでるかもしれないからな。アニマルデトックスはどんな病気にも効く。
「きゅ、きゅぅ……」
ツン、と足先に角が刺さる。
あまり痛くないソレは、ホーシュの照れ隠しであることは理解できた。
☆☆☆
ちまちま部屋の中で修行しても大して強くなれない気がする。
そう思った俺は、ホーシュと出会った森に再び出向き、実践的に実戦をこなすことを決めた。
「魔物を倒すことができればホーシュの強化にも繋がるからな」
「きゅぅ?」
「これも修行の一環ということだ」
「きゅっ!」
ホーシュは俺の隣をトテトテ歩きながら"修行"という言葉に一鳴きしてやる気を表した。
蘇らせたからにはどんな姿になっても責任を取って大切にしようと決めていたが、愛くるしい姿のまま隣を歩かれると愛おしさが溢れてくる。
「……ここらで良いか」
適当にひらけた場所に着いた俺は、まず身体強化の実験をすることに決めた。
屋敷からもそう離れていない浅層だし、大して強い魔物が現れることも無いだろうという予測のもとだ。
「魔力は……知覚できてる」
死霊魔法を扱う時にも魔力は必要だ。
『
目を閉じて集中すると、体の内側に川のようなものが流れている感覚を覚えた。
液体が魔力で、川のように流れている道が魔力を支えている血管なようなものか。
「身体強化魔法は、魔力を全身に浸透させることで発動する。幾重にも張り巡らされた魔力の血管を制御しながら動かせば────よし、できるな」
ボワッと一瞬だけ体が鈍く光る。
その瞬間まるで体が羽のように軽くなり、溢れる力から訪れる全能感が全身を包んだ。
「意外と何とかなるもんだな……」
主人公が師匠から身体強化魔法を教わる時の文言を暗記していて良かった。
簡単だけど、やり方を知っていないと発動は不可能だな。
この世界で身体強化魔法は体系化されていない──というのは語弊があるが、
そもそも俺が感覚的に死霊魔法を使ったように、魔法は魔力を認識せずとも発動できる──というのが常識だからだ。
「魔力を認識するのも才能の一つらしいけど、まさかクロマくんにも備わっていたとはな──クソ!! だったら原作で身体強化魔法使えよクロマ!! 使ってたら絶対死霊による物量作戦と、クロマ本人によるヒットアンドアウェイの遊撃で勝ってるだろ!!」
「きゅぅ!?」
「あ、すまん。落ち着いた」
厄介ファンの性質が顔を出してしまった。
びっくりするホーシュに謝った俺は、意識を切り替えてその場をぴょんぴょんと跳ねてみる。
「おぉ。すごいな」
軽く5mは跳んだだろうか。
前世だったら一生破られないギネス記録が誕生していたに違いないが、この世界ではまだまだヒヨッコレベルだろう。
「練度が足りないな」
もっと魔力を注げば強化比率も上がると思う。
だけど、突然上がった身体強化に振り回されることは目に見えているし、何よりも魔力の浸透させ具合が甘いにも程がある。
「まあ、初めての発動としては上出来か」
あとは慣れと試行回数だな。
そう判断した俺は、より体中の魔力を意識しながら再び身体強化魔法を発動させ──
「きゅっ!」
──三時間ほどが経過した時、ホーシュが一際鋭い鳴き声を発して俺を現実に引き戻した。
「……っ、魔物か」
気配がする。逃げられる距離ではない。
だがあのチーターのような恐ろしい威圧感は感じられない……が、油断して良いことなんて1ミリたりともありはしない。
「シューッ!!」
現れたのは体がゴツゴツとした岩で覆われた大蛇だった。前世で言うところのアナコンダくらいのサイズだろうか。
「……ホーシュ、実践だ」
「きゅっ」
身体強化魔法を発動させる。
練習の甲斐があってか、先ほどよりも引き出せる力は多い。
「──シュッ」
「ッ、危ない」
そのデカい体からは想像できないほどの速度で突っ込んできた大蛇の一撃を間一髪で回避することができた俺は、その俊敏さと大蛇が激突したことで抉れた地面を見て冷や汗を流した。
……どうやら身体強化魔法は動体視力も上げてくれるらしい。でなければ回避行動が間に合うことは無かった。
「ははっ、主人よりも先に避けてるのは流石だなホーシュ。──よし、攻撃は俺が引きつけるから、ホーシュは適宜仕掛けてくれ」
「きゅっ!」
任せろと言わんばかりに強く鳴くホーシュが何と頼もしいことか。あとは俺が主人として恥ずかしくない立ち回りをするだけだな。
「さあ来いよデカブツ」
「シューッ……」
俺と大蛇は睨み合う。
突進を躱されたのが意外だったのか、大蛇は警戒したように舌をチロチロと見せながら隙を伺っている。
……あの重さと体を覆ってる岩。
今の俺の身体強化で、防御を掻い潜りながら一撃を入れられるとは思えない。よしんば入れられたとしても、致命傷を与えられる気がしない。
その点ホーシュなら、鋭い角で致命傷を与えられる可能性が高い。
だって、俺はあのチーターとの戦いを目を離さずに見ていた。
確かにホーシュは攻撃を防がれた。
突進を見切られて誘導された。
だが、あれほど硬そうな宝石にぶつけても、その立派な角には一切の傷一つ入らなかった。
誰よりもリベンジに燃えているホーシュが、
俺が主人としてすべきなのは、ホーシュが最高の一撃をぶつけられるように、大蛇の攻撃を躱して隙を作ること。
今の臨戦態勢の大蛇はホーシュをも視界に入れている。
あの俊敏さだ。隙を作らなければ躱されることは目に見えてる。
「そのデカい体はハッタリか?」
「……シューッ!!」
魔物に言葉は通じないかもしれないが、意思は伝わる。
現に大蛇は、俺の安っぽい挑発に苛立ちを見せたように尻尾を地面に叩きつけている。
……もう少しか。
「8歳の子どもにビビってるなんざ、魔物として形無しだな。どうする? デカい尻尾を
「──シャーーッ!!」
──かかった。
だが怒りは見せても攻撃は冷静だ。
先のような直線的な一撃ではなく、クネクネと左右に動きながら牙を見せて噛みつこうとしてくる。
フェイントは気にしなくて良い。
攻撃が当たる刹那を見切れ。
大蛇が迫る。俺はまだ動かない。
口を開き、今にも俺は噛み付くぞと言わんばかりの意思表示をする。俺はまだ動かない。
──そして
「シュゥッ!」
「チッ、やっぱ大して効かないか。だが良い──今だホーシュ!!」
尾を振るい、鼻っ面にか弱いパンチを食らった大蛇は、あまりにも隙だらけだった。
俺が呼び掛けをする前からすでに走り出していたホーシュは、あの時見せた速度よりも幾分か速い気がする突進を披露する。
「きゅぅぅっ!!!」
「────ッッッ、ぐしゅぅぅあっ!!」
ガンッ! と硬いもの同士がぶつかり合う音が聞こえ、続いて何かが弾けるような音と大蛇の断末魔の叫びが響き渡った。
着地した俺は大蛇の胴体を見る。
すると、ホーシュが突撃したであろう部位に風穴が空いていた。
明らかに角の大きさと穴の大きさが比例していない気がするが、ホーシュの種族の特性なのだろうか。それとも無意識的に魔法を使ってるとか。
まあ、それは後で考えよう。
「よくやったホーシュ。信じてたよ」
「きゅっ、きゅっ、きゅきゅぅ!」
やってやったぞと言わんばかりに、倒れ伏す大蛇の上で短く鳴くホーシュの姿は愛らしかった。
ちゃんと褒めたら喜ぶの可愛いな。
「一先ず、希望は見えたな……」
それと同時に課題も見えた。
明らかに俺自身の力が足りていない。
身体強化の精度は時間の問題だとしても、武術の経験が無い俺には戦闘の立ち回りが分からない。
専門的な武道を学びたいとまでは言わないが、せめて戦い方を教えてもらう必要がある。
「……最悪レベルで嫌われてる俺に戦い方を教えてくれる人がいるのか?」
自分で言ってみて、かなり無理があると思った。