「ねえ、アレって……」
「死体泥棒だ!! 出ていけ!!」
「しっ、見ちゃダメよ。神罰が下るわ」
散々な言われようだなぁと遠い目をする俺。
最早慣れたものだが、街に入った俺を出迎えたのは罵倒と冷たい視線だった。
当たり前のように顔が知れ渡っているのは、俺の人相書きが流布されているからだろうか。
主人格が俺だから辟易する程度で済んでいるが、コレを幼少期から食らっていたクロマくんの心境たるや悲惨なものである。
「死体泥棒、ねぇ」
生前に許可を取る。悔いを晴らす。
そんな誓いを立てたものの、大多数の人にとってはそれが事実であれ嘘であれどうでも良い話だ。
まあ、もしも俺が原作クロマのように強い死体を掻き集めて墓荒らしのようなマネをしていたら言われても仕方ない罵倒だがな。
「やっぱり無理か?」
辺りを見渡しても、飛んでくるのは罵倒と冷たい視線だけだ。覚悟はしていたが、好意的な目で見てくるような人間は微塵も存在しない。
「とりあえず適当に歩き回るか」
歩く度に何か言われるが、そんなものは右から左に聞き流せば良い。
俺は腕を組み顰めっ面で街を歩く。
「お、あの男の人強そうだな」
街にいる人間を観察する。
筋骨隆々で大剣を背負っている男。
ローブを着て杖を持っている魔法使いの女性。
軽装だが腰に差したナイフと静かな足跡から只者じゃないと分かる盗賊風の男……などなど、冒険者ギルドがあるからか、強そうな人たちが結構いる印象だ。
そんな人たちなら案外俺のことを気にすることもない──と思いたかったが、今観察した人全員が俺を見て嫌な顔をした。
中には通りがかる俺に唾を吐こうとしたヤツもいるほどだ。
「……チッ」
残念ながら汚れたくないので、ちょろっと身体強化を使うことで避けていく。
思いっきり舌打ちをされたが、その負け惜しみの仕方はダサいと思うぞ。
「……ぷっ……くく」
すると、不意に小さく押し殺した笑い声が聞こえた。まだ身体強化を解いていなかったがゆえにギリギリ聞こえた音だ。
音の聞こえた方向を見ると、そこには赤髪ロングの女性冒険者がいた。
大胆にお腹を露出させたショーパンコーデなのに関わらず、ゴテゴテの銀の胸甲を着たどこかチグハグな印象を受ける人だ。
「……やべ」
俺と目が合った女性は、一言呟くとすぐに視線を逸らして歩き始める。
その瞳には特段悪印象のようなものは無くて、ただ面倒なものに見つかってしまったと言わんばかりの視線の逸らし方だった。
「……珍しい」
大抵の人間が悪意に塗れた表情を向けてくる中、あの女性だけは違った。どうにも気になる。
あの身のこなしと、遠くにいる俺の視線を察知する様子からして結構強い気もする。
「師匠候補、発見だな」
俺はニヤリと笑うと、身体強化をかけながら女性を追いかける決意をした。
☆☆☆
「ハァ……ハァ……速い……!!」
途中から追われてることに気づいた女性は、思い切り速度を上げながら街中を走り始めた。
その速度は、身体強化を全力でかけても差が縮まらないほどで、見失わないように必死に感覚を研ぎ澄ませながら俺は走っていた。
「このままだと街の外れまで行くことになるな……!」
街の外れは入り組んでいる。
そこまで行かれたら追うのはかなり困難になってしまう可能性が高い。
折角見つけた師匠候補を逃したくはない俺は、歯を食いしばりながら全力で走っていると、女性が突然立ち止まったのを遠目に見た。
……なぜ突然諦めたんだ? もしかしてスタミナ切れとかか?
疑問は尽きないが、幸運なことに変わりはない。
息を切らせながらようやく追いついた俺は、酷く面倒そうな表情をする女性が息切れ一つしていないことに気づいた。
「……あたしになんの用だよガキ。随分とまあ執念深く追ってくるじゃねーの」
ツリ目がちな目に乱雑な言葉遣い。
剛毅な姉御といった印象を受けた。
「追い回すような真似をしてすみません」
「謝罪は良い、御託も結構。敬語もいらねぇ」
要は単刀直入に用件を言えということだ。
追いかけ回されたことに対する不快感はあれど、俺自身に特段悪印象があるわけではなさそうだ。
……もしかして俺のことを知らないとか?
「その前に一つ良いか。あなたは……俺のことを知っているのか?」
女性は「はぁ?」と胡乱げな表情を見せながら淡々と答えた。
「アレだろ。厄ネタ魔法授かった貴族のガキ」
「合ってるけど言い方すごいな」
「死体蘇らせて使役するとかこの国の宗教的にタブーにも程がある。厄ネタは厄ネタだろ」
「……その割に、あなたは街の人が俺に向ける目線とは違うものを向ける」
途端に女性はため息を吐いて面倒そうな表情を見せた。
「それがあたしを追った理由か? ハァ……嫌だねまったく。何か勘違いしてるようだけど、あたしは巻き込まれたくないだけだ。お前には何の興味もない」
「それがどれほど難しいことなのか、あなたは分かっているのか。俺に向けられる視線は、侮蔑か嫌悪の二つしかない」
……なんか淡々とした口調になるな。
どことなく幼少期クロマに近しいものがある。
魂は肉体に引っ張られるとも言うし、他人と会話する時にこういう口調になるのはデフォなのかもしれないな。
「そりゃまあ……フィルム教にそこまで傾倒してるわけじゃないし。お前の境遇には同情するが、だからってめんどくせぇしがらみとかに巻き込まれんのは勘弁だ」
同情。同情ときたか。
憑依して初めて人の優しさに触れたかもしれない。
そうだな……この女性に迷惑をかけるつもりはない。あくまで俺がして欲しいのは戦闘のノウハウを教えてくれること。
「しがらみに巻き込むつもりも、迷惑をかけるつもりもない。俺に……戦い方を教えてほしいんだ」
「戦い方だぁ〜?」
「あぁ。人目につかない場所で、週に一度で良いから教えてほしい」
頼んでる立場なのに慇懃無礼な口調になるのはどうすれば良いんだ。まともに今世で人と会話するのが初めてだったから、こんなデバフがあるなんて知らなかったぞ。
「……あたしに何のメリットがあるんだ」
「メリット、か」
「言っておくが、大切な人と会わせてやるとか厄ネタの匂いがプンプンする誘いは効かないからな?」
「……死霊魔法を使う時は、必ず生前に許可を取ることと、生前の悔いを晴らすと決めている。そんなことはしない」
やっぱりそこら辺の偏見はあるんだなと少しムッとしながらガキらしく反論すると、女性は口角を上げて「へぇ」と感心したような声音を見せた。
「……その境遇で正しい生き方を見いだせたのか。立派なもんだ」
どこか自罰的な表情でもあった。
俺は小声で放たれたその言葉が上手く聞き取れなかったが、聞き返すのは少し野暮な気がした。
すると女性は頭をガシガシと掻きながら言う。
「戦い方を教えて欲しい、だったか。少し興味が湧いたから教えてやるよ。だがあたしも暇じゃねーかんな。週に一度だけだ」
「……っ! 本当か……! ありがとうッ」
「ふん、変なガキだよまったく……。あたしはオペラ。お前は?」
「俺はクロマ。クロマ・ウェントだ」
オペラと名乗ってくれた女性だったが、生憎と俺は形から入るタイプだからこれからは師匠と呼ばせてもらうぞ。
……どんな心変わりがあったかは知らないが、戦い方を教えてくれるのは非常に助かる。
「よろしく頼む、師匠」
「ふん、バカガキ」
どうやらあちらも本名で呼ぶ気はないらしい。