アフター中華! ~魔法と異世界風味~ 作:ゐ森
死。
そう、死だ。
死が溢れて噎せ返るような、茹だるような死の匂いの中で、俺は死んだのだ。歳月も過ぎ、未熟なる我が身は朽ち果てたことだろう。
難儀な人生だった。動乱の時代に産み落とされ、戦禍に巻き込まれた。親すら分からぬこの生で、ただ一人道を切り開き生きてきた。人の死ばかりを見て、それ以外何も知らない。それでも遂に名を馳せ、人並みの生を手にした。その筈だった。平穏を知る暇もなく世に現れた悪鬼を討ち取り、そこで俺も屍と化した。何を残すこともない、呆気ない幕切れだった。
何がしたかったわけでもない…いや、何をしたいかをも知る前に、この世に何があるのかも知らずに死んだのだ。俺はまだ何も分かっちゃいない。それ故に、未練すら抱くこともなかった。あったのは最初から備え付けられた死への恐怖。生への執着、生存本能ただ一つ。それだけで生き延び、それだけが最後まで共にあった。
不満など無かった。生きたいから生きるというだけで、それに思うところはなかった。
しかし人は言う。空虚だと。
それでも構わない。
誰に何を言われようと、俺はただ生きたかった。本能に身を任せ、戦っていたかった。
ただ、それだけだったんだ。
バコンッ!!
「ブホッ…!」
な、なんだ!?
強烈な痛みが走る。疾うに失った筈の五感に何かが迸る。存在しなかった筈の視覚に光彩が入り込み、何かが見えてくる。
「ぐあああ!!」
痛てぇ!なんだこの痛み!
ガツンとした衝撃の後に広がる鈍く終わらない痛み。熱く、ジンジンと残り続ける痛みに、思わず手で押さえようとしてしまう。
……手?
「おいガキ!てめえこんな道のど真ん中で寝て良いと思ってんのか?」
声だ。声がする。明らかに人間の、喉を震わせることで発生する音がする。これはもしや
「!?」
瞬間、青い空が目に入った。澄んだ、吸い込まれそうな青と溶け込むような白い雲が遠い遠い先に見えた。色とりどりの服を着た人と、並び立つ赤い屋根や白い壁の家々。そして遥か先まで続く赤や肌色のレンガ道。その全てが、何故か俺には見えていた。
人生で初めての、圧倒的な混乱。俺は激しく狼狽した。それ故に、現状への対処を怠った。
「起き抜けで頭が働かねえならなあ、もう一発やってやるよ!」
目の前に立つ男と、迫り来る何らかの鈍器。しかしそれを把握する間も無く視界が暗転する。
「ブッ…ぐ…ぐぉ…」
声を出すことすらままならない。痛みが止むことはなく、視界はより固いレンガ道に近づいていた。
「なぜ…ぐふっ……」
こうして俺の、二度目の人生が始まった。
◆◆◆
「はあ~……」
さて、現状把握の時間である。
現在、二度目の人生における華々しい?スタートを切った俺であるが、その未来は余りに不穏だ。路地裏でボロボロの衣服に身を包んだ貧相な体。見える視界の位置も低く、手を伸ばせる距離も、一歩で進める距離も、何もかもが小さい。
推定、俺は乞食野郎であった。しかもガキ。齢10にも満たないかもしれないほど小さなガキだ。未来……というか明日が見られるかすら分からない。そういう不穏さがある。どうしたものかウンウン悩んだ結果出た答えは
「獣だな」
俺は獣狩りを決めた。
そうと決まれば即行動に移す。ここが人の暮らす街や都市であることは間違いない。ここまでの水準ならばそれなりに範囲も広いのであろうが、それでも外に出れない程でもないだろう。その証拠に、レンガ道の先にはデカイ外壁のようなものが見える。問題はこのか弱い足腰だが、そこは気合いと根性。この程度突破することは容易い。
それにしても輪廻転生とは…御仏の教義も全くのデタラメではなかったらしい。こんなことならばあの堅苦しい仏僧共にもっと師事しておけばとも思う。しかし今更だ。当時の判断が間違っていたとも思わない。というかあんな筋肉ダルマの正道正道うるさい奴らのどこに師事しろってんだ。俺は別に
「止まれ」
「んえっ?」
いきなり棒をつき出されて道を塞がれた。男二人。中背中肉と言ったところだが、どうにも目付きが悪い。もう街から出れる壁は目の前だというのに何なんだこいつら。
「……孤児か」
成る程。彼らは衛兵らしい。立ち姿が戦に構える兵のそれだ。素人に毛が生えたようなものだが、まあ無いよりはマシだろう。
……今の状況からして、話の一つぐらいした方が良いか。
「あの…」
「なんだ?」
「獣が狩れるような場所は、この近くにありますか?」
「…そんなことを知ってどうする?」
素晴らしい。良い反応だ。この程度の言葉でこの警戒心。つまりここはそこまで安全じゃないか、もしくは世の全てが乱れているかのどちらかだ。また戦乱の世に生まれたのなら、それはこの上ない幸運だと言える。
「今日の飯もないので、どうにかしようと思って…」
「………近くに森がある。正面に歩いていけばいい。そうすれば何れ着く」
「ちょっ、良いんすか先輩…!ガキにそんなこと教えちゃあ…!」
「良いんだよ。こいつは、もうそれだけの覚悟を持ってる。大体、お前はこいつの人生に責任持てんのか?こいつはな、自分の人生切り開こうとしてんだ。お前にそれ背負えんのか?」
「それはっ…」
ふむ、優しいのだな。いつの時代もこういう人間は居るということか。まあ、平和の世ならこういう者達も生きていけるのだろうな。
「…色々ありがとう。あとついでにもう一つ」
「あぁ?今度はなんだ…?」
「孤児は、ここの通過は自由なのですか?」
「…自由だ」
「分かりました。それじゃあまた後で」
「ああ、幸運を祈ってる」
これだけ聞けばもう用は無い。体力には限りがある。しかもこの体には時間が無い。明日の見えない状況をさっさと解決せねば。
「行くぞ」
獣狩りの時間だ。
◆◆◆
森。見渡す限りが木に囲まれた鬱蒼と茂る森。衛兵に言われた通り、数刻程歩けばここに辿り着いた。さて、ここからは獣狩りをせねばならないが、果たしてどのような獣が生息しているのか。獣と一口に言ってもその数は余りに膨大。狸、狐、蛇、鹿など様々だがその中でも一際厄介なのが魔の類いだ。
今の俺に勝てる相手ではない。前ならば幾ら掛かってこようとも片手間であしらえたものだが、今のこの体では到底太刀打ちできない。ならばどうするか。簡単である。強くなればいい。
「フゥッ…」
木の下で座禅を組み、呼吸する。これから行うのは武術を身につけるということ、その最初の一歩であり最も基本的なものだ。
これの目的はただ一つ、気を溜め込むことだ。内功、内力とも呼ばれるソレを知覚し、操作し、体に溜め込むこと。それこそが武術の中でも武功と呼ばれているもの達の始まりであり、それに最も適した形がこの座禅である。とは言え、俺はもう既にこれらを身に付けた経験がある。一度目があれば二度目も同じだ。まあ当時はこんな丁寧な方法など使わなかったが。今回は事情が事情だ。こんな体で下手なことをしたらそれこそ死の淵へと逆戻り。慎重になるのも仕方ないというもの。まあ、それ以外にもちょっとした利点はあるが、取り敢えずは先の話だ。
「フッ…」
これは、案外容易いものだな。前回は気を感じることすら相当な苦労を強いられたが、今回は余りにも早い。これなら…
「……よし」
あれからどれだけ経ったのか。背後の木の生命力すら利用し、俺の中には確かに気が溜め込まれていた。しかし未だ基礎的な段階。これから更に成長を遂げるだろう。
「これでやっと……ん?」
ち、力が入らない…!体も動かん!?何故!?
「うおお…!」
気を集めるのに体力を使い果たしたのか…!?クソッ!こんな初歩的な…!
「……誰か、助けて…」
転生しても頭は直らないらしい…うう……クソッ…
◆◆◆
少し休憩したら体は動くようにはなった。未だにフラつく感覚はあるが、やるしかない。生き足掻くこの感覚が、とても懐かしい。
実際は自分の頭が足らず自滅しかけているただのバカ……それはもういい。そんなこと自分が一番分かっている。
それよりもだ。問題は獣共の不在だ。どうなっている?獣共の足跡はある。匂いも微かな獣臭さが残っている。そう遠くには行ってないだろうに、何かおかしい。
「……クソッ」
ハズレを引いたな。これは。
木を数個挟んだ先に居たのは浅黒い猪。小型の獣を幾つも喰らい死骸を積み上げているというのに、未だ獰猛さは鳴りを潜めず何かを喰らっている。
あれは魔猪の類いだろう。正確な種は分からない。そもそも興味も無いが、見たことの無い種なのは確かだ。しかも面倒なのがこの距離だ。奴にはもう気付かれている。こうなると始まるのは喰らい合いだ。最も原始的な生存闘争。逃げれば敗者の烙印と共に死ぬ。どちらももう逃げ仰せることは無い。
だが、大型の獣ではない以上最悪を引いたわけじゃない。俺が捕食者になれば良い…獣程度に死んでいてはどうせ先も無い!
「フンッ、腕一本程度ならくれてやる!」
「*===!!!」
こちらの挑発を理解したかのように獣は駆けてくる。少しは知能のある個体らしい。
「随分早いものだな」
予想よりも速い突進に距離を取って避ける。またも向かってくるが、それも避けいたちごっこが続く。
「ΕΕΕΞ!」
「んなッ!?」
こいつ!木の幹ごと薙ぎ倒してきやがった!
「この程度ォッ!」
「ΣΣΞ??!」
全てを賭す覚悟で奴の顔を蹴り、横へと転がって窮地を脱する。足は多少負傷したが、まだ問題は無い。しかしこれは…
「腐っても魔の類いか…」
奴に蹴り上げられた地面は抉れ、周囲の環境は嵐が通ったように荒れている。
「ΕΣΣΞ…」
「チッ、ふざけた獣だ…」
今ので奴は俺を格下だと判断したのだろう。奴にとっては戦いだったものがただの食事へと変わり、無理な行動はしなくなる。こうなると体力消耗は期待出来ない。
さてどうしたものか。奴の体力切れは難しい。とはいえ泥臭くいくのも悪くない。いや寧ろ好みではあるが、今は気分じゃあないな。それよりかは…
「…初戦だ。迎え撃ってやる」
「∇ΦΦ§?!」
突進をもう一度避け、しかし此度は奴の動きに追従する。
奴の大抵の力は把握した。突進は見事だ。木の数本程度なら薙ぎ倒す威力がある。これに付け入る隙は少ししかない。だが、あるにはある。隙が小さいなら抉じ開けるだけだ。
瞬間は突進の直前。スピードが乗る前に叩く。奴が地面を蹴る瞬間に奴の力ごと利用して打ち砕く。
「*=¢¢!!!:
…まだだ。その形じゃない。まだ違う。焦るな………
今!
「うおおオオオォっ!!」
地面への踏み込み!脚から伝わる力と腰の回転!最後まで脱力し拳を重く硬めてぇ!
殴る!!!
「##!?」
腕の一本でも持っていけ!!
「オオオオッ!!」
「ΔΔΞッ……!」
激しい衝撃が身体を弾く。興奮が痛みを消しても、体が耐えきれず地面へと倒れてしまう。明らかに腕がイカれた感覚があるが、まあそれは良いだろう。それよりもだ。
「はあ…何とかなったか…」
目の前で倒れ伏す魔猪。死んではいないだろう。この程度で死ぬような体じゃない。ただの気絶だ。直に目を覚ます。
「その前に…取り敢えず足か…」
起きても何も出来ないよう、まずは足から片付ける。そして解体。皮を剥いで内臓出してとやっていくわけだが。
「フヒッ…」
さて、どう調理してやろうかなあ……