人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
「――探してぇ人が、いるんだ」
絞り出すような呟きが、静まり返った夜の街にぽつりと落ちた。
一瞬の静寂。遠くで聞こえる虫のさざめきと、夜風がシャッターを揺らす音だけが響く。老爺は一度目を伏せると、今度は真剣な眼差しで東と柚花を見つめ返した。二人はいまだ警戒の解けない厳しい目つきのままで、現場にはヒリついた緊張感が走っている。
「……なぜ、俺たちなんだ」
東が低い声で問いを投げかける。老爺は街灯の先、淡い月が浮かぶ夜空を見上げた。
「……お前さんらを見ていたら、昔のことを思い出してな。オレにもよく分からねぇよ。探偵でもねぇ高校生に頼むなんて、どうかしてる。そんなこたぁ分かってんだ。……でもな、どういうわけか、お前さんらならって思っちまったんだよ」
過去を慈しむように、ぽつりぽつりと紡がれる言葉。暗い街灯と月明かりに照らされた商店街の片隅は、まるでそこだけが現実から切り離された異世界のようだった。
「うーんと! よく分かんないけどアタシたちに任せてよお爺さん! 豪華客船に乗ったつもりでいてね!」
鈴蘭のトンチンカンな威勢の良さが、張り詰めた空気をバチンと粉砕した。老爺は呆気にとられ、東と柚花は「大船だろ……」と言いたげに額を押さえて深々とため息を吐く。台無しになった緊張感の中、鈴蘭だけが「あれ?」と不思議そうに首を傾げていた。
そんな変な空気の満ちる場所へ、聞き覚えのある声がのんきに届く。
「おーい、鈴蘭たちぃー。なーにしてんのぉ」
志鶴の拍子抜けするような声とともに、残りの三人が顔を出した。楽と亮は、怪しげな老爺と変な空気感に包まれた三人を見て、あからさまに疑問と警戒の色を浮かべる。
「……何をしてるんですか、一体」
「えっと……そちらの方は?」
次々と飛び交う疑問に、柚花がこれまでの経緯をかみ砕いて説明する。状況を把握した三人は鈴蘭へ視線を向けると、それぞれの言葉を口にした。
「いいんじゃない? 私はさんせーい」
「……まあ、鈴蘭部長の我儘は今に始まったことではありませんし」
「みんながいいって言うなら、賛成かな」
各自が思い思いに意見を交わし、夜の商店街の一角がふたたび賑やかさを取り戻していく。
だが、老爺はその光景をどこか遠い目で見つめ、哀切を込めて静かに微笑んだ。そのままゆっくりと背を向け、暗い商店街の奥へと歩き出す。そして数歩進んだところで足を止め、振り返ることもなく呟いた。
「……こんなジジイの戯言に付き合う必要はねぇ。もし、付き合あってくれんなら、明日またこの場所に来い」
ぽつりと残されたその背中は、あっという間に夜の闇の中へと消えていった。
鈴蘭たちは黙ってその闇を見つめ、顔を見合わせる。あたりを静寂が包み込み、深まった夜の冷気が肌を刺した。柚花の「今日はひとまず解散にしましょう」という言葉でその場は散会となり、一同はそれぞれの帰路についた。
部屋に戻り、一人きりになった鈴蘭の脳裏には、帰り道ずっと離れなかった老爺の表情が浮かんでいた。
あの時見せた、胸を締め付けるような悲しげな顔。思い出すたびに、胸の奥がぎゅっと痛む。鈴蘭はその場に膝から崩れ落ち、胸元を強く握りしめて固く目を瞑った。荒く浅い呼吸を繰り返すたび、昔の記憶が波のようにフラッシュバックする。
「はぁ、はぁ……大丈夫……っ。アタシはもう、大丈夫だから……」
自分に言い聞かせるように、何度も、何度も言葉を押し出す。
やがて少しずつ意識が遠のき、鈴蘭は落ちていくように深い眠りの闇へと落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。鈴蘭は一人で老爺の元へと向かっていた。
ほんのりと肌寒さの残る春風が、スカートから覗く足をくすぐる。空には薄い雲がまばらに浮かび、柔らかい陽の光を地上へと届けていた。
一人で向かっているのは、みんなをこれ以上巻き込みたくないと思い直したからだ。昨日は最初の部活動で浮かれていて、つい勢いで事を進めてしまった。だからこそ、老爺の頼み事は自分一人で解決しようと決めたのだ。
だが、商店街の入り口付近に差し掛かったところで、見覚えのある茶髪が視界に入った。
志鶴だ。スマートフォンの画面を眺めながら、誰かを待つように佇んでいる。後ろめたさから、鈴蘭はそっと踵を返して反対側へ移動しようとした。
「あっ、やぁっときた。遅いよー、すずらぁん」
眠たげな声と瞳のまま、志鶴がゆるゆるとこちらへ歩み寄ってくる。逃げられないと悟って諦めて足を止めると、志鶴はいつもの調子でふわりと微笑んだ。
「勝手に話を進めちゃって、申し訳なくなっちゃったんでしょぉ」
図星を突かれ、鈴蘭は咄嗟に目を逸らした。
「あ、図星だなぁ」
「……だって」
消え入りそうな声で小さく呟く。鈴蘭は目線を足元に落とし、志鶴と視線が合わないよう所在なさげに横を向いた。
「だって……みんなと一緒に活動できるのが嬉しくて、そのままの勢いで勝手に引き受けようとしちゃって。……アタシの我儘にこれ以上付き合わせるのも、違うなーって思って……」
消沈しながら明かされる胸の内に、志鶴は思わず口元を手で覆った。プルプルと肩を揺らし、込み上げる笑いを必死に堪えている。だがとうとう限界を迎えたように、目元に小さな涙を浮かべながら吹き出してしまった。
一転して爆笑する志鶴の姿に鈴蘭は唖然とし、すぐさま不満げに抗議の声をあげる。
「ちょっ、何笑ってんの! アタシけっこー真面目に話してたんですけど!?」
「ふふ、いやぁごめんごめん。だって、我儘なんて今更なこと言ってるからぁ……ふぅ」
目元の涙を指先でぬぐうと、志鶴はいつもの眠たげな表情をそっと改め、真っ直ぐな眼差しで鈴蘭を見つめた。
「鈴蘭、我儘くらい、いくらでも言ってもいいんだよ。……だって、私たち親友でしょ?」
目尻がじんと熱くなるのが分かる。
志鶴と出会ってから、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに、自分のことを迷いなく「親友」と呼んでくれた。その言葉のぬくもりが、言い表しようもない熱となって胸を満たしていく。
気持ちを切り替えて、二人で商店街の中へと歩を進める。
老爺の待つ場所へ向かう途中で、またしても見覚えのある人影が視界に入った。
「……遅い。時間は有限だぞ」
「やっと来ましたか、部長」
「あ、鈴蘭さん、志鶴さん……!」
シャッターの下りた店の前で、人生満喫部の男子メンバーが勢ぞろいしていた。背中を預けて待っていた姿に驚きつつも、先ほどと同じく、自分の身勝手な行動に文句も言わず付き合ってくれているみんなの優しさに、胸の奥が熱くなる。
「……みんな、だぁぁぁい好きだよぉぉぉぉぉ!!」
溢れ出しそうになる涙を必死で堪え、とびきりの笑顔で叫んだ。
朝の閑散とした商店街に、鈴蘭の元気な声が盛大に響き渡る。通りかかった近所のおばあちゃんが、目元を緩めて微笑ましそうに通り過ぎていった。
「……うるさいぞ、鈴蘭。朝からあまり大きな声を出すな」
「えへへ、ごめんってば!」
そんな他愛もない軽口を叩き合っていると、物陰からひょっこりと人影が現れた。
「――お前さんら、もう来ておったんか」
昨日出会った老爺だ。そのしわがれた声には、心なしか安堵と喜びの色が混ざっているように聞こえた。ゆっくりと、しかし確かな足取りでこちらへ近づいてくると、近くのベンチに腰を下ろし、低い声で鋭い視線を向けてくる。
「……ここに来たってことは、オレの頼みを引き受けてくれると思ってええんだな?」
「うん、聞かせてよお爺さん」
鈴蘭が力強く頷くと、老爺はふっと目元を和らげた。
「ありがとよ、お前さんたち。……さて、どこから話したものかねぇ」
老爺は遠い目をし、静かに昔語りを始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
あの日は、酷く暑い日だった。
オレ・
そんなオレにも、一人だけ仲のいい奴がいた。いわゆる幼馴染ってやつだ。
あいつは地主の娘でな。仲良くなったきっかけなんて、ごく単純なもんだった。ある日いつものように空き地で遊んでいたら、あいつがぽつんと座っていた。ただそれだけだ。最初は特に何とも思っちゃいなかったさ。どんくさい女だな、くらいにしか思っていなかった。
……だが、その感情がガラリと変わる出来事があったんだ。
あれも、酷く暑い夏の日だった。
オレは山へ虫捕りに出かけ、あいつも後ろからついてきた。夢中になって虫を追いかけているうちに、気がつけば日の暮れかけた山の深いところまで迷い込んでしまっていたんだ。
帰り道が分からなくなったオレは、強がってあいつの手を引っ張り、あっちでもないこっちでもないと山の中を連れ回した。だが、ついには恐怖に耐えきれなくなって泣きじゃくっちまった。十歳にも満たないガキが、見知らぬ暗い山の中で立ち尽くすんだ。どうしようもなかった。
だがけどあいつは違った。
泣き叫ぶオレを、あいつは何も言わずにただ優しく抱きしめてくれたんだ。
あの時の体のぬくもりだけは、今でも忘れられねぇ。
しばらくして村の大人が捜索に来て無事に助け出されたが……この日を境に、オレはあいつに――恋をした。
それから月日が流れて、十五の時だ。
親父の仕事の都合で、オレは村を離れて引っ越すことになった。もうあいつに会えなくなると思うだけで、胸が張り裂けそうだった。会えなくなる前にこの想いだけは伝えたいと、夜中にあいつをいつもの空き地に呼び出して告白したんだ。
……結果は言うまでもねぇ、あっけなく振られたさ。
そしてその日を最後に、オレとあいつが会うことは二度となかった。
月日が経ち、親父の葬式を機に久しぶりにこの街へ戻ってきた。だが、いくら捜してもあいつの姿はどこにもなかった。
いや……そもそも、オレは肝心なことを忘れていたんだ。
あいつの――名前は、何だったっけ。
◇◆◇◆◇◆◇
「――これが、オレの話だ」
哀愁の漂う声で語り終え、龍五郎は深々と吐息をついた。
話を聞き終えた鈴蘭の顔から、いつもの無邪気な笑みは完全に消えていた。
――後悔を抱えたまま命を終えること。
それがどれほど虚しく、残酷な最期であるかを、鈴蘭は誰よりも深く理解している。このままではこのお爺さんも、自分と同じ暗い未練を抱えたまま終わってしまう。
だからこそ、逃げない。
「――お爺さん。ううん……龍さん。アタシが、アタシたちが絶対にその人を見つけるから!」
一分の隙もない真剣な眼差しで、龍五郎を真っ直ぐに見据えた。
そのあまりにも強い覚悟を秘めた顔つきに、東たちは息を呑み、驚きを隠せずにいる。
龍五郎は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、やがて目元を和らげ、どこか憑き物が落ちたような満面の笑みを浮かべた。
「そうか……ありがとよ。こんなジジイの頼みを聞いてくれて」
朝の太陽を背に受けて笑うその表情は、鈴蘭たちの脳裏に深く、強く刻み込まれた。
鈴蘭は並んで立つ部員たちの顔をぐるりと見渡すと、胸いっぱいに吸い込んだ息とともに、気合を込めて叫んだ。
「みんな――絶対に見つけるよ!!」
鈴蘭の凛とした声が、朝の商店街へ力強く響き渡った。
第一章はそこまで長くするつもりはないんですがね……。後、リアルが忙しすぎて、休む暇がない……。