人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
「……かんせーい!」
部室内に、高らかな歓声が響き渡った。その喜びに満ちあふれた声色に、周囲の部員たちはどこか温かい笑みを浮かべる。その歓喜の中心に立つ少女――鈴蘭の手には、一冊の分厚いアルバムが抱えられていた。
表紙に色鮮やかに『日向』と文字が彩られたその冊子は、「人生満喫部」としての記念すべき最初の活動の軌跡であり、象徴そのものだった。
「やっと完成したねぇ。……まぁ、あんなことがあったから遅くなっちゃうのはしょーがないかぁ」
達成感に満ちた鈴蘭の声に、志鶴がゆるゆるとリアクションを返す。だがその声はいつもより少し控えめで、他の部員たちの表情にもどこか複雑な色が混ざっていた。
それもそのはずだった。つい最近、女泣山の山中で身元不明の白骨遺体が見つかったとニュースで報じられたばかりだったからだ。DNA鑑定の結果、それはかつて行方不明となっていた藤本孝子さんのものだと判明し、彼女は約六十七年という長い年月を経て、ようやく生まれ育った藤本家へと帰還を果たしたのだった。
「……犯人は不明なんだっけ? なんだか、龍五郎さんが報われないよね」
楽のふと漏らした言葉に、東の眉がぴくりと動いた。
東は知っている。あの日、自分が目撃してしまった『事件の全容』を。……いや、知ってしまったと言うべきだろうか。
あの日以来、東は鈴蘭の内に潜む底知れない闇に触れてしまったような気がしていた。誰にも打ち明けることができず、当の鈴蘭もあの日などなかったかのように平然とした態度を崩さない。それが、東の胸を余計に重く締め付けていた。
「ねぇー……。龍さん、あの世で孝子さんと仲良く元気にしてるといいねぇ」
部室の中に、少しだけしんみりとした空気が流れる。
鈴蘭はどうにか空気を変えようとしたが、あまり効果はなく、むしろ余計に気まずい空気を浮き立たせてしまった。
そんな重苦しい静寂を破るように、救世主(?)が部室の扉を開けた。
「……なんですか、その気味の悪い空気は。気味が悪いですよ」
開口一番、全員を敵に回すような暴言を言い放った男――亮だ。彼は部室内でメソメソと気まずそうに顔を寄せ合う鈴蘭たちを一瞥し、心底呆れたように吐き捨てたのだった。
「もぉー、そんな言い方しなくてもいいじゃんかー!」
頬を膨らませて抗議する鈴蘭だったが、亮はどこ吹く風といった様子で完全にスルーを決め込んでいる。鈴蘭の視線を右から左へ流しながら空いている椅子に腰掛けると、ポケットからスマートフォンを取り出して淡々とゲームを始めた。
「な……っ!?」
あまりの冷酷なスルーっぷりに、鈴蘭は目を見開いて絶句する。不満を募らせた鈴蘭はすぐさま亮の背後に回り込むと、両手を脇の下へ滑り込ませて必死にコチョコチョと擽り始めた。
しかし――効果は一切なかった。笑うどころか、亮は無表情のままゆっくりと首だけを振り向かせてくる。瞬き一つせず、じっと射抜くような冷ややかな視線を注がれ、鈴蘭の動きがピタリと止まった。
「……鈴蘭部長って、本当に人の気持ちが理解できない節がありますよね」
刺すような冷たい言葉が、ぐさりと胸を穿つ。
……心当たりも、思い当たる節も、痛いほどあった。かつて乗り越えたはずのあの暗い記憶。二度と同じ過ちは繰り返さないと誓ったはずなのに、無意識のうちに同じ過ちを犯しそうになっていた自分に、深い反省と自己嫌悪が込み上げてくる。
だが同時に――こうして遠慮なくズバッと言い放ってくれる亮の存在に、どれほど救われているかを身を以て実感していた。
「あはは……やっぱ、亮がいてくれて助かるよー」
しみじみと呟きながら、鈴蘭は亮の頭をくしゃくしゃと撫で回した。セットされていた髪が派手に乱れ、前髪の隙間から普段は隠れている整った目が露わになる。亮は抵抗しても無駄だと悟ったのか、不機嫌そうに小さくため息を吐くと、それ以上何も言わずにスマートフォンの画面へと意識を戻したのだった。
「――皆さん、お揃いですね」
静かな声とともに部室の扉を開けたのは、顧問の柚花だった。そのまま鈴蘭たちの元へ歩み寄ると、机の上に置かれたアルバムを手に取り、一枚一枚愛おしそうにページをめくり始める。
「……うん、とってもよく出来ていますね。……で、このアルバムはどうするつもりですか?」
「どうするって……?」
思わぬ問いかけに、鈴蘭は首を傾げた。
アルバムを完成させることだけに夢中で、その後の活用法まで頭が回っていなかったのだ。鈴蘭だけでなく、他の部員たちも顔を見合わせるばかりで、答えを返せる者は誰一人としていなかった。
「……ふふ、やっぱり考えていなかったのですね。……大丈夫です、私の方でいくつか案を用意しておきましたから」
柚花は優しく微笑むと、細い指を一本ずつ折りながら提案していく。
「一つ目は、学校の掲示スペースに展示する。二つ目は、街の公民館に寄贈して置いてもらう。そして、三つ目は――」
柚花が『三つ目の案』を口にした瞬間、部員たちの顔つきが一変した。提案を聞き終える頃には全員の目が輝き、もはや他の選択肢など頭から吹き飛んでしまったかのような表情を浮かべている。
「柚ちゃんせんせぇ、私は三つ目がいいと思いまぁす」
「オレも三つ目が一番いいと思うな」
「……まあ、作品の趣旨からしても三つ目が最も妥当でしょうね」
「……合理的とは言えんが、俺たちの活動としては三つ目が最適解なんだろう」
志鶴、楽、亮、そして東。それぞれが自身の言葉で「三つ目」への賛同を口にしていく。柚花はその様子を「やっぱりね」と言いたげな温かい眼差しで見守り、最後に残った部長――鈴蘭へと視線を向けた。
「……アタシも、三つ目がいいな。その方が、アタシたちらしいし!」
全員の想いがひとつに重なったのを確認すると、柚花は腰に手を当て、晴れやかに宣言した。
「ふふ、全員一致ですね。――それでは皆さん、さっそく行きましょうか!」
◇◆◇◆◇◆◇
「すみません、急にお邪魔してしまって」
畳の上に正座し、丁寧に手を突いて頭を下げる。
人生満喫部の面々にとって、この藤本家の屋敷は決して忘れられない記憶の場所となっていた。
目の前に座る南は、どこか安堵したような穏やかな表情を浮かべ、深く頭を下げ返した。
「いえ、皆様にまたお会いできて本当に嬉しいです。……今日は、どのようなご用件でしょうか?」
「実は……南さんに、ぜひお渡ししたいものがありまして」
柚花の言葉とともに、鈴蘭がそっとアルバムを取り出した。表紙に『日向』と彩られた冊子を目にした南は、息を飲み、微かに震える手でそれを受け取った。一ページ、また一ページと愛おしそうにめくり、そこに刻まれた街の記憶と人々の温もりにじっと見入る。やがて、その瞳にみるみるうちに透明な涙が溜まっていった。
「……こ、これは、一体……。なぜ、私に……?」
「これはアタシたちが作った、この日向市の『思い出』を集めたアルバムです。……これを、孝子さんに届けるために持ってきました」
「叔母さんの……ために……っ」
大粒の涙が頬を伝い落っこちる。南のアルバムを抱きしめる手は震え、絞り出す声は途切れ途切れになっていた。アルバムをそっと胸元へ寄せると、溢れる涙を指先でぬぐい、精一杯の温かい笑顔を鈴蘭たちに向けた。
「皆さん……本当に、ありがとうございます。……孝子叔母さんも、きっとすごく喜んでくれていると思います」
南が視線を向けた先――仏壇には、六十七年の時を経てようやく家へと戻ってきた孝子の遺影が飾られていた。柔らかな陽の光をその身に受けた遺影の写真は、眩いほどの笑顔を浮かべ、どこか遠くの懐かしい未来を見つめているように見える。
ふっと一陣の風が室内を吹き抜け、鈴蘭の髪と頬を優しく撫でた。鈴蘭が何気なく風の吹いてきた庭の方へ目をやると、光の粒子が舞う青々とした庭の片隅に――十五歳ほどの少年と少女が、仲睦まじく寄り添い合って笑う姿がぼんやりと浮かんでいた。
二人の姿を静かに見つめ、鈴蘭は誰にも気づかれないほど小さな、優しい微笑みを浮かべた。
『ねぇ、龍ちゃん』
『なに、孝子ちゃん?』
『だあぁぁい好きだよ』
『オレも。オレもずっと、愛してるよ……孝子ちゃん』
見上げる空には雲ひとつなく、どこまでも澄み渡る快晴が広がっている。まるで解き放たれた二人の魂の行く末を祝福するかのように、燦々と降り注ぐ陽光の下で、庭に咲き誇る鮮やかな花々が心地よさそうに揺れていた。
第2章の展開をまとめるまでの間の時間稼ぎです。最初予定していた展開からガラッと変えることにしたんで、最初から展開を作り直してます。