人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
神様という存在を、信じている人はいるだろうか。アタシは信じている。現に、二度目の人生を歩めていることが何よりの証拠だ。
しかし――神様がいるのだとすれば、きっとアタシのことが嫌いに違いない。二度目の人生を得るという人生最大の幸福。その代償としてあまりに大きすぎる不幸を叩きつけ、人生の天秤を無理やり均衡に保とうとしているのだから。
アタシは幸せになりすぎた。その代償として、アタシのすぐ隣では常に――死神が心の臓を狙っている。
「鈴蘭ー! 早くしないと遅れるよー!」
「待って、今行くって!」
鏡の前で手早く髪を整える。腰まで伸びた綺麗な黒髪。ほんの少しだけ大人びてきた自分の顔。
「……よし!」
鏡の中の自分に向かって、にっこりと笑ってみせる。
「今日もアタシ、超盛れてる~!」
「鈴蘭!?」
「なにー?」
「朝から何やってるの!」
「別にーっ!」
笑いながら階段をバタバタと駆け下りる。靴を突っ込んで玄関を飛び出すと、通学路で待っていた友達の姿が目に入った。
「おはよー!」
「おっはー! 鈴蘭、今日なんかめっちゃ可愛くない?」
「マジ? ありがと~!」
友達と並んで歩き、くだらない噂話やテレビの話で盛り上がる。前世のアタシは、こんな毎日を送ることなんて想像していなかった。
友達と笑い合って。くだらないことで大騒ぎして。やりたいと思ったことを全力でやって。時には失敗して凹んで。それでもまた、明日になれば笑う。
――アタシは、今のこの人生が大好きだった。
「鈴蘭?」
「ん?」
「なんか今日、機嫌よくない?」
「そりゃそうでしょ!」
アタシは笑って答える。
「人生、楽しまなきゃ損じゃん?」
そう。今度の人生では――先延ばしは禁止。やりたいことは、全部やる。
遊びたいなら遊ぶ。笑いたいなら笑う。青春したいなら――とことん青春する。
「よーし、今日も楽しむぞー!」
「声でかっ! 声量バグってるって!」
「あはは!」
笑い声を響かせながら、アタシたちは学校へ向かった。
――ここから始まるんだ。アタシの、二度目の青春が。本気で、そう信じて疑っていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「はい、次の人」
学校の健康診断。身長、体重、視力、聴力。いくつかの検査を終えたあと、アタシは心電図の検査を受けていた。
「力を抜いて、楽にしててね」
「はーい」
冷たいベッドに横になり、言われた通り深呼吸をする。機械の電子音が規則正しく響く中――ふと、検査を担当していた先生の手が止まった。
「……あれ?」
検査をしていた先生が、小さく声を漏らした。
「どうしました?」
「いや……ちょっと波形を確認したいから、もう一回測るね」
「……?」
言われるまま、もう一度検査を受ける。そのときは、それだけだった。アタシは特に気にすることもなく、友達と合流した。
「鈴蘭、遅ーい!」
「ごめんごめん! なんか再検査されちゃってさ~」
その日は、ただそれだけで終わった。――本当に、それだけだと思っていたのだ。
――数日後。
「鈴蘭」
「なにー?」
リビングでテレビを見ていたアタシに、お母さんがどこか固い声で話しかけてきた。その表情は、今までに見たことがないほど真剣だった。
「今日、学校から電話があったの」
「え? アタシなんか悪いことした……?」
「ううん。この前の健康診断のことで……一度、病院で詳しく検査を受けてほしいって」
「病院……?」
少し嫌な予感がした。でも、きっと大したことじゃない。そう思っていた。
後日訪れた大きな総合病院で、アタシは幾つもの検査を受けた。心電図、血液検査、それから胸に冷たいジェルを塗られて受けた心臓の超音波検査。
長い待ち時間の末、ようやく名前が呼ばれた。
「一条さん、診察室へどうぞ」
お母さんの隣について診察室へ入る。デスクの向こうには、難しい顔をした医師が座っていた。
「お待たせしました。本日の検査結果についてご説明します」
「はい……」
お母さんの声が強張っている。医師は手元の資料とパソコンの画面を交互に見つめ、静かに口を開いた。
「結論から言いますと、今回の検査で心臓の筋肉に明確な異常が見つかりました」
「心臓に……ですか?」
「はい。詳しく波形と画像を確認した結果、原因も特定できました」
医師が紙の資料を一枚めくる。乾いた音が室内に響いた。
「一条鈴蘭さんは、遅発性心筋変性症という病気である可能性が極めて高いです」
「……ちょっと、待ってください」
お母さんが混乱を隠せない様子で聞き返す。
「遅発性……なんですか?」
「遅発性心筋変性症。通称
「……」
アタシはその病名を頭の中で繰り返した。聞いたことなんて、一度もない。
「それって……手術とかで、治るんですよね?」
お母さんの縋るような問いに、医師は一瞬だけ視線を落とし、静かに首を振った。
「残念ながら……現代の医療では、根本的な治療法は確立されていません」
「そんな……」
「ですが、今すぐ命に関わる状態というわけではありません。お薬で進行を遅らせつつ、心臓に負担をかけない生活を維持していくことになります」
「あの……普通に学校には通えますか?」
たまらずアタシが口を挟む。
「ええ、登校自体は問題ありません。ただし……激しい運動や、長時間の無理な負荷がかかる活動は制限せざるを得ません」
「それって、体育も駄目ってことですか……?」
「そうですね。シャトルランや持久走のように、心臓を追い込むような運動は原則見送っていただくことになります」
「……そっか」
体育で思いっきり走れなくなる。ショックではあったけれど、学校に通えて友達と一緒にいられるなら、それくらい我慢できる。そう思おうとした。
けれど――医師の話は、それでは終わらなかった。
「それと……ご家族、そして鈴蘭さんご本人にも、覚悟しておいていただきたいことがあります」
医師の声のトーンが、一段と低く重くなる。
「この病気は、どれだけ進行を遅らせても、年単位で少しずつ心臓の機能が低下していきます」
「低下するって……どうなるんですか?」
「……進行の早さには個人差がありますが、最終的には心不全を引き起こすリスクが非常に高くなります」
医師は一度言葉を切り、まっすぐにアタシの目を見つめた。
「厳しい現実をお伝えしなければなりません。一条鈴蘭さん。あなたの余命は――二十歳前後まで、というのが一つの大きな目安となります」
「は……? 二十……歳……?」
思わず、意味の分からない言葉を聞いたような間抜けな声が出た。
「はい。もちろんこれは平均的なデータに基づく目安です。二十歳になった瞬間にどうこうという意味ではありません」
「……」
「新薬の開発や治療によって進行を抑え、この限界を延ばせる可能性もあります。ですから絶望せず、一緒に頑張っていきましょう」
医師は言葉を選びながら、温かい声をかけてくれていたと思う。でも、そのあとの言葉はなにひとつ耳に入ってこなかった。
二十歳。その数字だけが、頭の中に残っていた。
アタシはまだ、十三歳だ。高校生にもなっていない。制服を着てテーマパークに行く夢も、放課後にカラオケで騒ぐことも、恋をしてデートをすることだって――やりたいことが、山ほどあったのに。
なのに。アタシの二度目の人生は――早くもカウントダウンを告げられた。
LOMDの正式名称はLate-Onset Myocardial Degenerationです。