人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜   作:淺野 蛍

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第3話『死神は常に隣にいる』

 神様という存在を、信じている人はいるだろうか。アタシはいると思う。現に、二度目の人生を歩めていることが何よりの証拠だろう。

 

 しかし、神様がいるなら、アタシのことを嫌っているのだろう。二度目の人生を得るという人生最大の幸福には、その代償として人生最大の不幸が襲い掛かり、人生の天秤を均衡に保とうとする。

 

 アタシは幸福になりすぎた。その代償に、アタシの人生の隣には常に――死神が心の臓を狙っている。

 

「鈴蘭ー! 早くしないと遅れるよー!」

 

「待って、今行くって!」

 

 鏡の前で髪を整える。腰まで伸びた黒髪。制服。そして、少しだけ大人っぽくなった自分の顔。

 

「……よし!」

 

 鏡に向かって笑う。

 

「今日も盛れてる~!」

 

「鈴蘭!?」

 

「なにー?」

 

「朝から何やってるの!」

 

「別にー!」

 

 笑いながら階段を駆け下りる。そのまま、玄関を出て友人からの挨拶に返事する。

 

「おはよー!」

 

「おっはー!」

 

「鈴蘭、今日めっちゃ可愛くない?」

 

「マジ? ありがと~!」

 

 家を出れば、友達が待っている。くだらない話をしながら歩く。前世のアタシは、こんな毎日を送ることなんて想像していなかった。

 

 友達と笑って。

 

 くだらないことで騒いで。

 

 やりたいことをやって。

 

 失敗して。

 

 それでもまた笑う。

 

 ――アタシは、今の人生が好きだった。

 

「鈴蘭?」

 

「ん?」

 

「なんか今日、機嫌よくない?」

 

「そりゃそうでしょ!」

 

 アタシは笑って答える。

 

「人生、楽しまなきゃ損じゃん?」

 

 そう。今度の人生では――先延ばしは禁止。やりたいことは、全部やる。

 

 遊びたいなら遊ぶ。笑いたいなら笑う。青春したいなら――とことん青春する。

 

「よーし、今日も楽しむぞー!」

 

「声でかっ!」

 

「あはは!」

 

 笑い声を響かせながら、アタシたちは学校へ向かった。――ここから始まる。アタシの、二度目の青春が。そう思っていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「はい、次の人」

 

 学校の健康診断。身長、体重、視力、聴力。いくつかの検査を終えたあと、アタシは心電図の検査を受けていた。

 

「力を抜いて、楽にしててね」

 

「はーい」

 

 ベッドに横になり、言われた通りにする。しばらくして――。

 

「……あれ?」

 

 検査をしていた先生が、小さく声を漏らした。

 

「どうしました?」

 

「いや……ちょっと確認するから、もう一回ね」

 

「……?」

 

 言われるまま、もう一度検査を受ける。そのときは、それだけだった。アタシは特に気にすることもなく、友達と合流した。

 

「鈴蘭、遅ーい!」

 

「ごめんごめん!」

 

 その日は、それで終わった。――そう思っていた。

 

 

 ――数日後。

 

「鈴蘭」

 

「なに?」

 

 母親が、少しだけ真剣な顔をしていた。

 

「学校から連絡があったの」

 

「え?」

 

「この前の健康診断のことで、病院で詳しく検査してほしいって」

 

「病院?」

 

 少し嫌な予感がした。でも、きっと大したことじゃない。そう思っていた。

 

 病院では、いくつかの検査を受けた。心電図に血液検査、それから心臓の超音波検査。

 検査が終わってしばらくすると、名前を呼ばれた。

 

「一条さん、どうぞ」

 

 母親と一緒に診察室へ入る。そこには、検査を担当した医師がいた。

 

「お待たせしました。検査結果について説明しますね」

 

「はい」

 

 医師は手元の資料を確認してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「今回の検査で、心臓の筋肉に異常が見つかりました」

 

「心臓に……?」

 

「はい。もう少し詳しく調べたところ、原因も分かりました」

 

 医師が資料を一枚めくる。

 

「一条さんは、遅発性心筋変性症という病気だと考えられます」

 

「……ちょっと待ってください」

 

 母親が戸惑ったように聞き返す。

 

「遅発性……なんですか?」

 

「遅発性心筋変性症です。LOMD(ロムド)とも呼ばれています。簡単に言うと、心臓の筋肉が少しずつ弱くなっていく病気です」

 

「……」

 

 アタシはその病名を頭の中で繰り返した。聞いたことなんて、一度もない。

 

「それって……治るんですか?」

 

 母親が尋ねる。医師は少し間を置いてから答えた。

 

「残念ですが、現在の医療では根本的な治療法は確立されていません」

 

「……そう、ですか」

 

「ただ、今すぐ危険な状態というわけではありません。薬で進行を遅らせながら、心臓に負担をかけない生活をしていくことになります」

 

「普通に学校には行けるんですか?」

 

 今度はアタシが聞いた。

 

「はい。今まで通り学校へ通うことはできます。ただ、激しい運動や長時間の無理な運動は、今後できなくなる可能性があります」

 

「それって、体育もできなくなるんですか?」

 

「そうですね……シャトルランや持久走のように、心臓に負担が大きい運動は控えた方がいいですね」

 

「……そっか」

 

 運動ができなくなるかもしれない。そんなことより――学校には行ける。この事実の方が、鈴蘭にとっては大きな事だった。

 

 けれど――。

 

「それと、もう一つお話ししておきたいことがあります」

 

 医師の声が少しだけ低くなった。

 

「この病気は、時間が経つにつれて心臓の機能が少しずつ低下していきます」

 

「……心臓の機能が?」

 

「はい。進行の速さには個人差がありますが、少しずつ症状は悪化していきます」

 

 医師は一度言葉を止めた。

 

「ここからが一番大切なことになります。一条鈴蘭さん。あなたの余命は二十歳前後まで、というのが一つの目安になります」

 

「は?……二十歳?」

 

 思わず聞き返した。

 

「はい。ただし、これはあくまで目安です。二十歳になったら必ずどうなる、という話ではありません」

 

「……」

 

「治療を続けながら、できるだけ進行を遅らせていきます。今後も定期的に検査をして、その時の状態を見ながら治療方針を決めていきましょう」

 

 医師はそう言った。でも、もうその後の言葉はほとんど頭に入ってこなかった。

 二十歳。その数字だけが、頭の中に残っていた。アタシはまだ十三歳。高校にも行っていない。やりたいことだって、まだたくさんある。

 

 なのに――アタシの人生は、終わりが告げられた。




LOMDの正式名称はLate-Onset Myocardial Degenerationです。
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