人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜   作:淺野 蛍

5 / 5
しばらく主人公ではなく別の人視点で進みます。


第5話『未来を見据えて』

 ――私立日向ヶ丘高等学校

 

 日向市にある新設校。

 生徒の自主性を重んじる自由な校則と、「賢者であれ、愚者であれ」という独特な校風から、開校から10年で日向市を誇る進学校へと成り上がった。

 

 学科は普通科と特別進学科に分かれており、それぞれで誇るべき実績を叩き出している。

 

 

 ――賢者は未来を見据える、愚者は今を生きる。

 

 

 それが、日向ヶ丘高等学校最大の校風である。生徒はどちらかの生き方を選ぶことが求められる。そんな高校で、入学して間もなく「賢者」として生きようとする生徒がいた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――勉強は、人生の貯金である。

 

 

 日向ヶ丘の校舎を堂々と歩く、1人の男子生徒。七三に分けられた黒髪はワックスにより整えられている。ブレザーに身を包んでいる身体の線は細く、身長は170cmに届かない。

 淡い桃色のブレザーには、襟や袖口を縁取るように細い青のラインが入っている。胸元ある濃紺のネクタイは、引き締まった印象を与える。鋭い目つきをしたその男の名は――一ノ瀬東(いちのせ あずま)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 彼の信条は「賢く生きる」だった。学生の本分である勉学に励み、有名大学へ進学する。そして、名のある企業へ就職し、安定した収入を得る。十分な金を稼いだところで、悠々自適な人生を送る。それが、東の思い描く人生だった。

 

「……青春か、くだらない」

 

 東の目の前に、一枚のポスターが貼られている。

 

 

 ――青春しませんか?

 

 

 そんな、ありふれた謳い文句。東が最も嫌悪する言葉、それが「青春」だった。青春とは、愚か者が自らの怠惰を誤魔化す言い訳に過ぎない。

 

 遊ぶ。

 

 騒ぐ。

 

 恋愛する。

 

 どれも、今しかできないという理由だけで貴重なものとして扱われる。しかし、東に言わせれば、それはただの無駄だ。今を楽しむために、未来を犠牲にする。そんな「愚者」の生き方を嫌っていた。

 東はポスターの前で立ち止まった。

 

「青春なんてものは……」

 

 青春の2文字を軽蔑の籠った目で睨みつける。

 

「未来を捨てた愚か者の戯言だ」

 

 その時だった。

 

「ねぇねぇ!そこの君!」

 

 やけに甲高い声が耳に響く。振り返るとそこにいたのは、1人の少女だった。金髪の髪に赤いメッシュ。髪の隙間から覗く耳にはピアスが付いている。琥珀色の大きな瞳は太陽の光を集めたかのように美しい。肉付きがよく、魅力的な身体つきをしている。誰が見ても美少女と答えるであろう彼女は、笑顔でこちらを見ている。

 

「そこのポスター、見てたよね!!」

 

 少女はポスターを指差した。

 

「君も『人生満喫部』に入らないッ!!」

 

 まるで太陽そのもののような笑顔。彼女に誘われて断る人間はいないだろう。しかし――。

 

「……断る」

 

 東は即答した。

 

「えぇー!?なんで!?」

 

「決まっているだろう」

 

 東はポスターへ視線を戻す。

 

「青春なんて、時間の無駄だからだ」

 

「時間の無駄?」

 

「ああ」

 

 東は、彼女の目を見て答える。

 

「俺は遊ぶために、この高校へ来たわけじゃない」

 

 少女は目を丸くした。

 

「じゃあ、何しに来たの?」

 

「勉強だ」

 

「……え?」

 

「勉強をして、良い大学へ行く。そして良い会社へ入る」

 

 東は当然のことのように言い切った。

 

「今努力すれば、未来の自分が楽になる」

 

「ふーん……」

 

 少女は東をじっと見つめる。

 

「じゃあさ」

 

「何だ?」

 

「未来の自分って、いつから?」

 

「……?」

 

「いつから人生楽しむの?」

 

 東は答えなかった。

 

「大学に入ってから?」

 

「……」

 

「就職してから?」

 

「……」

 

「お金いっぱい稼いでから?」

 

「……そうだ」

 

 ようやく東は答えた。

 

「その時になれば、好きなだけ楽しめばいい」

 

「そっかぁ」

 

 少女は少しだけ考えて――。

 

「じゃあ、アタシは今楽しむね!」

 

「……は?」

 

 満面の笑み。

 

「だって、今のアタシは今しかいないじゃん?」

 

 東は眉をひそめた。

 

「……理解できないな」

 

「えー? 簡単じゃん!」

 

 少女は笑いながら言った。

 

「人生なんて、楽しんだモン勝ちっしょ!」

 

 東には、その言葉がひどく幼稚に聞こえた。理解ができない。彼女は、この日向ヶ丘で「愚者」としての生き方を選択した。自分から未来をドブに捨てる選択。そんな愚か者が、こんな身近にいるとは思いもしていなかった。

 

「……つまり、君は『愚者に生きる』方が良いって言いたいのか」

 

 困惑した頭から絞り出した言葉。自分とは真反対の生き方をする彼女に動揺している。

 

「ぐしゃ…?あぁ!愚者か!」

 

 喋るたびに表情が変わる。

 

「って、失礼な!アタシは『()()』を選んだんですけどぉー!!」

 

 予想外の言葉に固まる。――賢者。自分と同じ未来を見据える選択肢。しかし、目の前の彼女からは、賢者を選んだとは思えない発言しか聞こえない。

 

「はぁ!?お前が賢者!?」

 

「何よ!!アタシが賢者を選んで、何か悪いんですかぁ!?」

 

 喧嘩腰に喋りかけてくる少女。東は、この少女が嘘をついているとは思えなかった。それならば――。

 

「だったらなんで――人生満喫部とかいう意味わからんものに入ってんだよ!!」

 

 東の叫びが廊下に反響する。近くを通っていた生徒たちは、何事かとこちらを見てくる。

 

「――未来を見据えてるからこそだよ」

 

 少女が即答する。東は思わず足を止めた。意味が分からなかった。未来を見据えるなら、今を犠牲にするべきだ。それが「賢者」ではないのか。なのに、目の前の少女は違う。未来を見据えるからこそ、今を楽しむと言っている。

 

「……どういう意味だ?」

 

 東が問いかける。少女は少しだけ笑った。

 

「そのまんまだよ」

 

 そして、東の目を真っ直ぐ見つめる。

 

「未来のことばっか考えて、今を全部我慢してたらさ」

 

 一瞬だけ、その笑顔が寂しそうに見えた。

 

「その『未来』に、本当に辿り着けるかなんて分かんないじゃん?」

 

「……」

 

「だからアタシは、今を大事にするの」

 

 東は何も言えなかった。彼女の言葉には、妙な重みがあった。

 

「勉強もする。進学もする。将来やりたいことだって考える」

 

 少女は指を一本ずつ立てながら言う。

 

「でも、それと同じくらい遊ぶ。友達と笑う。行きたい場所に行く。やりたいことをやる」

 

 そして、いつもの太陽のような笑顔を浮かべた。

 

「だって――」

 

 一拍。

 

「今のアタシは、今しかいないじゃん?」

 

「……」

 

「未来のために今を捨てるなんて、アタシにはできないよ」

 

 そう言って、少女は踵を返した。そして、廊下の先へと歩き出す。

 

「――未来を見据えてるからこそ、アタシは今を楽しむって決めたの」

 

 その言葉を最後に、少女は走り去っていった。

 

「…………」

 

 一人残された東は、しばらくその場から動けなかった。理解できない。理解できないはずなのに。なぜか、あの言葉だけが頭から離れなかった。

 

 ――未来を見据えてるからこそ、今を楽しむ。

 

「……そんな考え方が、あるのかよ」

 

 東は小さく呟いた。いつもなら、何も感じない。ただ勉強すればいい。今を我慢すればいい。そう思っていた。

 

 なのに。

 

 今日だけは、その言葉が妙に引っかかった。




投稿頻度が落ちるかもしれません。挿絵は一ノ瀬東くんのイメージ画像です。ちょっとイケメンになりすぎた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。