人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:淺野 蛍
――私立日向ヶ丘高等学校
日向市にある新設校。
生徒の自主性を重んじる自由な校則と、「賢者であれ、愚者であれ」という独特な校風から、開校から10年で日向市を誇る進学校へと成り上がった。
学科は普通科と特別進学科に分かれており、それぞれで誇るべき実績を叩き出している。
――賢者は未来を見据える、愚者は今を生きる。
それが、日向ヶ丘高等学校最大の校風である。生徒はどちらかの生き方を選ぶことが求められる。そんな高校で、入学して間もなく「賢者」として生きようとする生徒がいた。
◆◆◆◆◆◆◆
――勉強は、人生の貯金である。
日向ヶ丘の校舎を堂々と歩く、1人の男子生徒。七三に分けられた黒髪はワックスにより整えられている。ブレザーに身を包んでいる身体の線は細く、身長は170cmに届かない。
淡い桃色のブレザーには、襟や袖口を縁取るように細い青のラインが入っている。胸元ある濃紺のネクタイは、引き締まった印象を与える。鋭い目つきをしたその男の名は――
彼の信条は「賢く生きる」だった。学生の本分である勉学に励み、有名大学へ進学する。そして、名のある企業へ就職し、安定した収入を得る。十分な金を稼いだところで、悠々自適な人生を送る。それが、東の思い描く人生だった。
「……青春か、くだらない」
東の目の前に、一枚のポスターが貼られている。
――青春しませんか?
そんな、ありふれた謳い文句。東が最も嫌悪する言葉、それが「青春」だった。青春とは、愚か者が自らの怠惰を誤魔化す言い訳に過ぎない。
遊ぶ。
騒ぐ。
恋愛する。
どれも、今しかできないという理由だけで貴重なものとして扱われる。しかし、東に言わせれば、それはただの無駄だ。今を楽しむために、未来を犠牲にする。そんな「愚者」の生き方を嫌っていた。
東はポスターの前で立ち止まった。
「青春なんてものは……」
青春の2文字を軽蔑の籠った目で睨みつける。
「未来を捨てた愚か者の戯言だ」
その時だった。
「ねぇねぇ!そこの君!」
やけに甲高い声が耳に響く。振り返るとそこにいたのは、1人の少女だった。金髪の髪に赤いメッシュ。髪の隙間から覗く耳にはピアスが付いている。琥珀色の大きな瞳は太陽の光を集めたかのように美しい。肉付きがよく、魅力的な身体つきをしている。誰が見ても美少女と答えるであろう彼女は、笑顔でこちらを見ている。
「そこのポスター、見てたよね!!」
少女はポスターを指差した。
「君も『人生満喫部』に入らないッ!!」
まるで太陽そのもののような笑顔。彼女に誘われて断る人間はいないだろう。しかし――。
「……断る」
東は即答した。
「えぇー!?なんで!?」
「決まっているだろう」
東はポスターへ視線を戻す。
「青春なんて、時間の無駄だからだ」
「時間の無駄?」
「ああ」
東は、彼女の目を見て答える。
「俺は遊ぶために、この高校へ来たわけじゃない」
少女は目を丸くした。
「じゃあ、何しに来たの?」
「勉強だ」
「……え?」
「勉強をして、良い大学へ行く。そして良い会社へ入る」
東は当然のことのように言い切った。
「今努力すれば、未来の自分が楽になる」
「ふーん……」
少女は東をじっと見つめる。
「じゃあさ」
「何だ?」
「未来の自分って、いつから?」
「……?」
「いつから人生楽しむの?」
東は答えなかった。
「大学に入ってから?」
「……」
「就職してから?」
「……」
「お金いっぱい稼いでから?」
「……そうだ」
ようやく東は答えた。
「その時になれば、好きなだけ楽しめばいい」
「そっかぁ」
少女は少しだけ考えて――。
「じゃあ、アタシは今楽しむね!」
「……は?」
満面の笑み。
「だって、今のアタシは今しかいないじゃん?」
東は眉をひそめた。
「……理解できないな」
「えー? 簡単じゃん!」
少女は笑いながら言った。
「人生なんて、楽しんだモン勝ちっしょ!」
東には、その言葉がひどく幼稚に聞こえた。理解ができない。彼女は、この日向ヶ丘で「愚者」としての生き方を選択した。自分から未来をドブに捨てる選択。そんな愚か者が、こんな身近にいるとは思いもしていなかった。
「……つまり、君は『愚者に生きる』方が良いって言いたいのか」
困惑した頭から絞り出した言葉。自分とは真反対の生き方をする彼女に動揺している。
「ぐしゃ…?あぁ!愚者か!」
喋るたびに表情が変わる。
「って、失礼な!アタシは『
予想外の言葉に固まる。――賢者。自分と同じ未来を見据える選択肢。しかし、目の前の彼女からは、賢者を選んだとは思えない発言しか聞こえない。
「はぁ!?お前が賢者!?」
「何よ!!アタシが賢者を選んで、何か悪いんですかぁ!?」
喧嘩腰に喋りかけてくる少女。東は、この少女が嘘をついているとは思えなかった。それならば――。
「だったらなんで――人生満喫部とかいう意味わからんものに入ってんだよ!!」
東の叫びが廊下に反響する。近くを通っていた生徒たちは、何事かとこちらを見てくる。
「――未来を見据えてるからこそだよ」
少女が即答する。東は思わず足を止めた。意味が分からなかった。未来を見据えるなら、今を犠牲にするべきだ。それが「賢者」ではないのか。なのに、目の前の少女は違う。未来を見据えるからこそ、今を楽しむと言っている。
「……どういう意味だ?」
東が問いかける。少女は少しだけ笑った。
「そのまんまだよ」
そして、東の目を真っ直ぐ見つめる。
「未来のことばっか考えて、今を全部我慢してたらさ」
一瞬だけ、その笑顔が寂しそうに見えた。
「その『未来』に、本当に辿り着けるかなんて分かんないじゃん?」
「……」
「だからアタシは、今を大事にするの」
東は何も言えなかった。彼女の言葉には、妙な重みがあった。
「勉強もする。進学もする。将来やりたいことだって考える」
少女は指を一本ずつ立てながら言う。
「でも、それと同じくらい遊ぶ。友達と笑う。行きたい場所に行く。やりたいことをやる」
そして、いつもの太陽のような笑顔を浮かべた。
「だって――」
一拍。
「今のアタシは、今しかいないじゃん?」
「……」
「未来のために今を捨てるなんて、アタシにはできないよ」
そう言って、少女は踵を返した。そして、廊下の先へと歩き出す。
「――未来を見据えてるからこそ、アタシは今を楽しむって決めたの」
その言葉を最後に、少女は走り去っていった。
「…………」
一人残された東は、しばらくその場から動けなかった。理解できない。理解できないはずなのに。なぜか、あの言葉だけが頭から離れなかった。
――未来を見据えてるからこそ、今を楽しむ。
「……そんな考え方が、あるのかよ」
東は小さく呟いた。いつもなら、何も感じない。ただ勉強すればいい。今を我慢すればいい。そう思っていた。
なのに。
今日だけは、その言葉が妙に引っかかった。
投稿頻度が落ちるかもしれません。挿絵は一ノ瀬東くんのイメージ画像です。ちょっとイケメンになりすぎた。