人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
放課後。
東は一人、駅へ向かう道を歩いていた。学校から駅までは、そう遠くはない。
「今からカラオケ行こうぜ!」
「いいじゃん! いこいこ!」
東は、この時間帯が好きではなかった。少し先では、高校生達が楽しそうに笑っている。その横では、大学生らしき男女が通り過ぎていく。
「この後、飯行こうぜ」
「えー私金欠だからぁ。奢ってくんなぁい?」
さらにその先では、制服姿の男女が並んで歩いていた。笑い声やくだらない会話。何の意味もない無駄な時間。そんな「青春」が、そこら中に溢れていた。
「……くだらない」
思わず、口から言葉が漏れる。友人と遊ぶ、恋人を作る、思い出を増やす、世間ではそれらを総括して「青春」と呼ぶ。
青春を免罪符に、未熟者達は自らのの行いを正当化する。所詮、その場限りの高揚感を得られるだけで、未来で待っているのは漠然とした虚無感だ。過去の栄光に縋って、学生気分のまま社会に出る愚か者がこの世には多すぎる。
「……何が、今を楽しむだ」
東の足取りが自然と速くなる。頭の中では、自称賢者の女が言った言葉が反芻していた。その度に、苛つきと馬鹿馬鹿しさが込み上げてきて、帰路に着く歩調を早めている。
「未来を見据えてるからこそ、今を楽しむ……か」
口に出してみると、ますますくだらなく感じた。そんなことを考えながら歩いていると――
「……ん?」
見覚えのある金色が、視界の端に映った。東は反射的に足を止める。右の方に視線をやると、今朝の少女がいた。
「……あいつ」
駅前の商店街で、何かをしているように見える。今朝とは違い、隣に知らない女子生徒が1人いた。2人とも制服姿のまま、地面に落ちているゴミを拾っていた。
「しづぅー! こっち終わったよー!!」
「そんな叫ばなくてもぉ、聞こえてるって」
東は、思わず足が止まった。目の前には今朝の女がボランティア活動をしている。人生満喫部なんて言うから、放課後は遊んでばかりいると思っていた。しかし、彼女らは遊びとは真逆のことをしている。
「………」
しばらく眺めていた。そのまま通り過ぎようと、再び歩き出す。
――そのとき。
「あぁーっ!! ポスター見ていた人じゃん!!」
背後から声が聞こえた。聞こえなかったふりをして歩く。
「ねぇねぇ、今暇ー?」
歩く速度を早める。
「ちょっと、無視しないでよぉー!」
街中に甲高い声が響く。背後から聞こえる足音が、徐々に大きくなる。東は肩を強く掴まれ、強引に足を止めさせられた。
「……痛いから離せよ」
東は振り返らず、小さく呟く。
「やだ! 離したら逃げんじゃん」
東は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「ちょっ、めっちゃ嫌そうな顔すんじゃん! アタシのメンタル激萎えなんですけど。責任とって人生満喫部に入ってよぉー!」
「実際、嫌だからな、俺は。そんな意味わからん部活に入るつもりはない」
眉間の皺が、さらに深くなる。目の前の彼女は、目を大きく開いた。そして、言葉を失ったのか、口を何度か開いては閉じてを繰り返している。すると、彼女の背後からもう1人の女子生徒がやってくる。
「すずらーん、なにサボってんのよお」
随分、間延びした喋り方。肩まで伸びた茶髪はふわふわと巻かれている。青空のように澄んだ瞳は、少し垂れていて優しげな印象を与える。
「だれ、この人。鈴蘭の友達ぃ?」
「えっとねぇ、この人はね……なんか賢そうな人!!」
「……何それ?」
茶髪の女は、首を少し傾げて鈴蘭と呼ばれた少女の方を見る。そして、そのまま東の方に視線を向けて口を開く。
「……で、あなたは誰なのぉ?」
「俺は……特別進学科の、一ノ瀬東だ。そこの金髪とは、朝に勧誘されただけの関わりだ」
「あぁー、そーいぅことねー。じゃっ、さっさと人生満喫部に入りなさいよ」
茶髪の女は真面目な顔つきで言う。東は目を大きく見開く。
「おいっ! 何でそーなるんだよ! 話聞いてたか!!」
茶髪の女は一切悪びれる様子もなく、人差し指を顎に当てて「うんうん、聞いてたー」と間延びした声で相槌を打った。
「鈴蘭ねぇ、こう見えて一回決めると超しつこいからぁ。諦めてさっさと入るほうが賢い選択だよぉ?」
「どこが賢い選択なんだ。俺の時間をそんな無駄な活動に割く理由がどこにある」
東が冷ややかに言い放つと、金髪の少女がガバッと顔を上げて指を突きつけてきた。
「無駄じゃないし! ゴミ拾いは街をキレイにする立派な徳積みなんだから! あ、アタシは一条鈴蘭! 人生満喫部部長でーす! ほら、東くんもこのトング持って! 青春の汗流しちゃおうよ!」
「……街の掃除のどこが青春なんだ。くだらない」
「えーっ!? 青春をナメないでよ東くん! 青春ってさ、遊んだり恋愛したりすることだけじゃないんだよ?」
鈴蘭は胸を張り、堂々と人差し指を立てて語り始める。
「勉強も、恋愛も、遊びも、人助けも、寝ることも、食べることも、こうやって喋ってる時間も……生きている今この瞬間のぜーんぶが青春なの! アタシたちの青春はね、無限大なんだから!」
「……は?」
開いた口が塞がらない東を他所に、鈴蘭は「どやっ」と言わんばかりの顔を決めている。
「断る。第一、俺はお前らみたいに暇じゃない」
「ひどっ!! アタシ達も別に暇じゃないんですけど!!」
東は一瞬言葉を詰まらせた。茶髪の女がクスクスと喉を鳴らして笑う。
「ふふ、一ノ瀬くんってば意外と辛辣ぅ。私は
「……よろしくされる覚えはない。第一、名前を聞いてもいない。……もういいだろ、俺は帰る」
肩を掴む鈴蘭の手を強引に振り払い、東は素早く背を向けた。これ以上この異次元の会話に付き合っていたら、こちらの精神が摩耗するだけだ。「青春」を謳歌する奴らの思考回路は、やはり理解できないし、理解したくもない。
「あ、逃げた! 待ってよ東くん! 明日の放課後、部室で待ってるからねーっ!」
背後から響く鈴蘭の甲高い声を無視し、東は歩調を速めた。商店街の雑踏に紛れ込みながら、彼は苛立ちを隠すように息を吐き出す。
(ボランティア活動だと……? くだらない。自己満足の善行で青春ごっこか)
頭の中では冷めた思考が渦巻いていた。だが、先ほど突きつけられた眩しいほどの真っ直ぐな視線と、強引な腕の感触だけが、いつまでも皮膚に残っていた。
挿絵は月見里志鶴のイメージ画像です。もう少しこうダウナー感を出したかったんですけど、難しい。