人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
放課後。
東は一人、駅へと向かうアスファルトの道を歩いていた。学校から駅までは、徒歩で十分もかからない。
「今からカラオケ行こうぜ!」
「いいじゃん! いこいこ!」
東は、この時間帯の街の空気がたまらなく嫌いだった。少し先では、どこかの高校生たちが大声を上げて笑い合っている。その脇を、大学生らしき男女の集団がだらしなく通り過ぎていく。
「この後、飯行こうぜ」
「えー私金欠だからぁ。奢ってくんなぁい?」
さらにその先では、制服姿の男女が肩を並べて歩いていた。くだらない戯れ言、実のない会話。何の意味も生み出さない、無為な時間。そんな「青春」という名の無駄が、街のそこら中に溢れかえっていた。
「……くだらない」
思わず、嘲るような呟きが口から漏れ出る。友人と騒ぐ。恋人をつくる。思い出とやらを増やす。世間ではそれらをまとめて『青春』と呼んで持て囃す。
だが、それは未熟者が自らの怠惰を正当化するための便利な免罪符に過ぎない。その場限りの刹那的な高揚感を得たところで、未来で待っているのは積み残したツケと漠然とした虚無だけだ。過去の栄光に縋り、学生気分のまま社会へ放り出される愚か者が、この世には多すぎる。
「……何が、今を楽しむだ」
東の足取りが自然と速くなる。頭の中では、自称賢者の女が言った言葉が反芻していた。その度に、苛つきと馬鹿馬鹿しさが込み上げてきて、帰路に着く歩調を早めている。
「未来を見据えてるからこそ、今を楽しむ……か」
口に出してみればみるほど、反吐が出るほどくだらない理屈だ。そう吐き捨てながら歩いていた――その時だった。
「……ん?」
見覚えのある派手な金色が、視界の端を掠めた。東は反射的に足を止める。右手の歩道に視線をやると、そこに今朝の少女がいた。
「……あいつ」
駅前の商店街の一角。彼女は何かをしていた。今朝とは違い、隣には知らない女子生徒が一人ついていた。二人とも制服のままトングとゴミ袋を手に持ち、地面に落ちている空き缶や吸い殻を拾い集めている。
「しづぅー! こっち終わったよー!!」
「そんな叫ばなくてもぉ、聞こえてるってぇ……」
東の足が、完全に止まった。目の前で、あの金髪がボランティア活動をしている。『人生満喫部』などとふざけた名を騙るくらいだ、放課後はカラオケや買い食いで時間を潰しているのだろうと高をくくっていた。だが、彼女たちがしていたのは、遊びとは対極にある地味な奉仕作業だった。
「……っ」
理解に苦しみ、しばらく固まって眺めてしまう。
……いや、どうでもいい。東は思考を打ち切り、関わらないよう再び歩き出そうとした。
――その時。
「あぁーっ!! ポスター見ていた人じゃん!!」
鋭い叫び声が背後から響いた。聞こえなかったフリをして歩調を上げる。
「ねぇねぇ、今暇ー?」
歩く速度を早める。
「ちょっと、無視しないでよぉー!」
街中に甲高い声が響き渡り、背後から猛スピードで近づく足音が大きくなる。直後、東は肩を強く掴まれ、強引にその場へ引き留められた。
「……痛いから離せよ」
東は振り返ることもせず、低く冷たい声で吐き捨てる。
「やだ! 離したら逃げんじゃん」
東は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「ちょっ、めっちゃ嫌そうな顔すんじゃん! アタシのメンタル激萎えなんですけど。責任とって人生満喫部に入ってよぉー!」
「実際、不快だからな。俺はそんな意味不明な部活に入るつもりは毛頭ない」
眉間のシワがさらに深くなる。目の前の彼女は目を丸くし、想定外の拒絶に言葉を失ったのか、金魚のように口を何度も開閉させていた。すると、彼女の背後からもう一人の女子生徒が、だらりと歩み寄ってきた。
「すずらーん、なにサボってんのよぉ」
随分、間延びした喋り方。肩まで伸びた茶髪はふわふわと巻かれている。青空のように澄んだ瞳は、少し垂れていて優しげな印象を与える。
「だれ、この人。鈴蘭の友達ぃ?」
「えっとねぇ、この人はね……なんか賢そうな人!!」
「……何それ?」
茶髪の少女は、首を少し傾げて鈴蘭と呼ばれた少女の方を見る。そして、そのまま東の方に視線を向けて口を開く。
「……で、あなたは誰なのぉ?」
「俺は……特別進学科の、一ノ瀬東だ。そこの金髪とは、朝に勧誘されただけの関わりだ」
「あぁー、そーいぅことねー。じゃっ、さっさと人生満喫部に入りなさいよ」
茶髪の少女は、一切の悪びれもない真顔で言い放った。東は目を見開く。
「おいっ!何でそーなるんだよ! 話聞いてたか!!」
茶髪の少女は一切悪びれる様子もなく、人差し指を顎に当てて「うんうん、聞いてたー」と間延びした声で相槌を打った。
「鈴蘭ねぇ、こう見えて一回決めると超しつこいからぁ。諦めてさっさと入るほうが賢い選択だよぉ?」
「どこが賢い選択なんだ。俺の時間をそんな無駄な活動に割く理由がどこにある」
東が冷ややかに言い放つと、金髪の少女がガバッと顔を上げてトングを突きつけてきた。
「無駄じゃないし! ゴミ拾いは街をキレイにする立派な徳積みなんだから! あ、アタシは一条鈴蘭! 人生満喫部部長でーす! ほら、東くんもこのトング持って! 青春の汗流しちゃおうよ!」
「……街の掃除のどこが青春なんだ。くだらない」
「えーっ!? 青春をナメないでよ東くん! 青春ってさ、遊んだり恋愛したりすることだけじゃないんだよ?」
鈴蘭はピンと胸を張り、ドヤ顔で人差し指を立てて熱弁を始める。
「勉強も! 恋愛も! 遊びも! 人助けも! 寝ることも! 食べることも! こうやって東くんと喋ってる時間も……生きている今この瞬間のぜーんぶが青春なの! アタシたちの青春はね、無限大なんだから!」
「……は?」
開いた口が塞がらない東を他所に、鈴蘭は「どやっ」と言わんばかりの顔を決めている。
「……断る。第一、俺はお前らみたいに暇じゃない」
「ひどっ!! アタシ達も別に暇じゃないんですけど!!」
東が一瞬言葉を詰まらせると、背後の茶髪の少女がクスクスと喉を鳴らした。
「ふふ、一ノ瀬くんってば意外と辛辣ぅ。私は
「……よろしくされる覚えはない。第一、名前を聞いてもいない。……もういいだろ、俺は帰る」
肩を掴んでいた鈴蘭の手を強引にはね返し、東は素早く背を向けた。これ以上、この規格外の会話に付き合っていたら、こちらの精神が摩耗するだけだ。『青春』とやらに浮かれている連中の思考回路など、理解できるはずもないし、理解するつもりも毛頭ない。
「あ、逃げた! 待ってよ東くん! 明日の放課後、部室で待ってるからねーっ!」
背後から響き渡る鈴蘭の甲高い声を完全に無視し、東は歩調を速めた。商店街の雑踏に身を隠すように紛れ込みながら、彼は苛立ちを吐き出すように深く息を吐く。
(ボランティア活動だと……? くだらない。自己満足の善行で青春ごっこか)
頭の中では、どこまでも冷めた思考が渦巻いていた。だが――先ほど突きつけられた、太陽のように真っ直ぐで力強い瞳と、肩に残る強引な指の熱感だけが、いつまでも皮膚の奥で消えずに残っていた。
挿絵は月見里志鶴のイメージ画像です。もう少しこうダウナー感を出したかったんですけど、難しい。