人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜   作:錦 恋夏

7 / 8
いやぁなかなか筆が進まなくて、時間がかかりました。


第7話『しつこさNo.1』

 教室内に文字を書く音が鳴り響く。

 シャーペンの芯とノートが擦れる音が、異様に心地良く感じる。

 

 特別進学科では、朝から学科内実力テストが行われていた。一心不乱に文字を書き連ねる生徒達。その額には、緊張による汗が浮かび、焦りの色も見え始めていた。

 

「――はい、そこまで。ペンを置いて答案用紙を裏返しにして。後ろから集めて」

 

 教師の合図とともに、全員の手が一斉に止まる。

 答案用紙の回収が終わり、教師が教室から出ていく。すると、教室内は一気に騒然とし始めた。

 

「ちょっ、俺ヤバイかも」「いや、俺も半分も解けてないわ」「ヤマ張ったとこ出て良かったぁー」「俺記号のとこ、全部ウにした!」「いや、お前やばすぎ」

 

 多種多様の反応。喧騒に包まれた教室内で、東は1人、次のテストに向けて勉強をしていた。

 

(……この学校には、まともな奴はいないのか)

 

 シャーペンの芯が、ポキリと折れた。教室内に漂う緊張感の無さに、東は苛立ちを覚えていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 教室の喧騒が一段と大きくなる、昼休み。生徒達は机を移動させ、弁当を囲って食べている。

 東にとって昼休みは絶好の勉強チャンス。そのため、午前中のテストの復習をするために、図書室で1人勉強をしていた。

 

 昼休みも後半に差し掛かった頃、腹の虫が鳴り響く。

 

(……流石に何か食べるか)

 

 東は軽食を取るため、席を立とうとした。

 

「東くぅーん、やぁっと見つけたよ」

 

 不意に肩を叩かれる。後ろを振り向くと、鈴蘭が満面の笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

 

「今度こそ、逃がさないからね!」

 

 静かな図書室に、鈴蘭の声が朗々と響く。その背後には、鬼の面相をした図書委員が仁王立ちしていた。

 

「……そこの金髪のあなた。ちょっと、お話があります」

 

 一瞬で周囲の空気が凍りつく。鈴蘭がおそるおそる振り返ると、そこにいたのは、口元こそ穏やかに笑っているものの、目は一切笑っていない図書委員だった。まるで踏みつぶす害虫を見るかのような、底冷えする目つきで、鈴蘭を見ている。

 

 鈴蘭の顔から一瞬で笑顔が消え去る。目を見開き、口元を震わせながら、

 

「あ、あ、ご、ごめんなさぁーい!」

 

「……っ、だーかーらー! 図書室ではお静かに、って言ってるでしょうが!!」

 

 喉を締め付けた声で、謝罪をする鈴蘭。しかし、その声量は図書室内で響き渡るほどであった。図書委員の堪忍袋は切れ、その怒声が廊下にまで聞こえていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 午後の授業が終わり、次の授業までの小休憩。東は席を立ち、お手洗いに向かうため廊下へ出た。

 トイレまでの慣れた道のりを歩いていると、不意に正面から聞き覚えのある能天気な声が飛んできた。

 

「おっ!東くんじゃん! さっきぶりだねぇー」

 

 手を大きく振りながら、勢いよく走ってくる鈴蘭。その姿を視界に捉えた瞬間、東はすかさず踵を返した。

 

「ちょっ、また逃げんのぉ!」

 

「……っ!」

 

 背後から投げかけられた声に、東は思わず足を止めた。だが、すぐさま再び走り出した。そのまま鈴蘭が追ってこなくなったことを確認すると、東は廊下の端で足を止め、肩で息をした。

 

「……はぁ、はぁ……しつこいな、あいつ」

 

 そのとき、時間を告げる予鈴が鳴り響いた。東は息を整えると、何事もなかったかのように教室へ戻った。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 放課後。

 東は、鈴蘭に出会う前に帰ろうと、いつもより急いで身支度を整えていた。鞄を持ち、廊下へ出る。そのまま早足で玄関へ向かい、靴箱から靴を取り出した、そのときだった。視界の端に、金色の髪が映る。

 

「また会ったね、東くん」

 

 玄関の扉にもたれかかりながら、鈴蘭が笑っていた。まるで、東がここへ来ることを最初から知っていたかのように。

 

「…………」

 

 東は、無言で靴を履いた。

 

「ねぇ、東くん?」

 

「…………」

 

「今度は逃げないの?」

 

「――れが」

 

「うん?なんか言った?」

 

「――誰が逃げてる、って」

 

 顔を上げた東の瞳が、刃物のような鋭さで鈴蘭を射抜く。一度溢れかけた怒りはもう止められず、腹の底に溜め込んでいた感情がそのまま口から噴き出した。

 

「俺は別にお前から逃げてなんかねぇよ! ただ単に、お前と関わりたくねぇだけなんだよ!! なのに何でいちいち付き纏ってくるんだよ、ウゼぇんだよクソビッチが! 俺じゃなくて、他の男でも引っかけて遊んでろよ! 俺に……俺に二度と関わるな!!!」

 

 静かな昇降口に、東の怒声が虚しく響き渡る。

 鈴蘭の顔から、すっと張り付いたような笑顔が消えた。

 嵐のような東の怒気を受け止めながら、彼女はまっすぐにその瞳を見つめ返し、静かに口を開く。

 

「――関わるよ」

 

 鈴蘭は一歩、東へと踏み出す。

 

「だってアタシ、君と『青春』がしたいって思っちゃったんだもん」

 

 先ほどまでとは違う、どこか不敵な笑み。そして、胸を張って宣言する。

 

「アタシね、一度決めたことはぜぇったいにやり切るって決めてるの。だから、東くんが首を縦に振るまで、アタシは人生満喫部に勧誘し続けるよ。何しろアタシのしつこさは、宇宙No.1なんだから!」

 

「……ハッ、何が人生満喫部だよ。ふざけんな!」

 

 東の口から、冷え切った怒りが吐き出される。

 

「勝手に一人でやってろ! 俺の勉強の邪魔をするな! 俺はなぁ、お前みたいな奴と遊ぶためにこの学校に来てんじゃねぇんだよ!」

 

 東は一歩、鈴蘭へ詰め寄る。

 

「高い進学率と豊富な推薦枠があるから、わざわざここを選んで勉強しに来たんだ! お前のくだらないおままごとに付き合ってる暇なんて、1秒たりともねぇんだよ!!」

 

 息もつかずに怒声を捲し立てる東。だが、鈴蘭は怯むどころか、鼻で笑う。そして、腰に手を当て、さらに一歩詰め寄った。

 

「ふっふっふっ、甘いね、東くん! 推薦枠とか言ってるけどさぁ、図書室でアタシに邪魔されて勉強を中断したの、誰だっけ?」

 

「……っ」

 

「帰り道にアタシから逃げ回って、無駄な体力と時間を使ってるの、誰だっけ?」

 

「っ……! それは、お前が追っかけてくるから――」

 

「はい、論破!」

 

 鈴蘭はビシッと東を指差した。

 

「そもそも推薦枠を狙うなら、ありきたりなガリ勉実績なんて他の受験生と被りまくりでしょ?」

 

「……何?」

 

「そこで差をつけるのが……アタシの創設した、人生満喫部だよ!」

 

「…………は?」

 

 東の眉がピクリと動く。

 

「人生満喫部に入れば、他の受験生には真似できない唯一無二の実績が作れるの! 調査書の部活動欄に『人生満喫部』って書いてあったら、面接官も食いつかざるを得ないでしょ?」

 

「そんな簡単にいくわけ――」

 

「それに!」

 

 東の言葉を遮るように、鈴蘭が人差し指を立てる。

 

「アタシから逃げ回って一人でカリカリしてる時点で、受験対策としては穴だらけだし、ぜんぜんまともじゃないよ!」

 

「なっ……! ま、まともじゃないだと……!?」

 

「そうだよ!」

 

 鈴蘭は満面の笑みを浮かべた。

 

「ホントに頭がいい人はね、アタシみたいな奇想天外天上天下唯我独尊天才美少女として、誰にも真似ができない最強の実績を作るの!」

 

「お前、自分で言ってて恥ずかしくないのか!?」

 

「全然!」

 

 即答だった。

 

「アタシのしつこい勧誘を捌けない程度のメンタルで、面接のプレッシャーに勝てると思ってるわけ?」

 

「ぐ、くっ……それは、お前が常識外れなだけで……!」

 

「はい、言い訳!」

 

 鈴蘭はさらに一歩詰め寄る。

 

「常識に囚われてる時点で東くんの負けー!」

 

「……っ!」

 

「アタシと一緒に人生満喫部で活動すれば、唯一無二のアピールポイントもできて、メンタルも鍛えられて、おまけにアタシみたいな可愛い女の子と青春が送れる!」

 

 鈴蘭は両手を広げ、堂々と言い放った。

 

「一石二鳥ならぬ一石三鳥! つまりアタシの勧誘を受けることが、東くんにとって一番『効率的』な選択肢なわけ!」

 

 そして、ビシッと親指を立てる。

 

「異論はある!?」

 

「あ……が、っ…………」

 

 あまりの屁理屈と、圧倒的なマシンガントーク。完璧に言い負かされた東は、ぐうの音も出ずに言葉を詰まらせた。

 

「はい、アタシの勝ちー!」

 

 鈴蘭は満足そうに笑う。

 

「観念して人生満喫部に入っちゃえよぉ。楽になるよー」

 

「…………」

 

 東は黙り込んだ。確かに、鈴蘭の言っていることは滅茶苦茶だ。人生満喫部に入ったところで、本当に受験で有利になる保証などない。そもそも、そんな部活が学校から正式に認められていること自体、東には理解できなかった。

 

 だが――。

 

(……待てよ)

 

 東はふと考える。自分は、何のためにこの学校へ来た?勉強するためだ。そして、より良い大学へ進学し、将来を安定させるためだ。

 

 ならば――。

 

(使えるものは、使えばいい)

 

 人生満喫部という、訳の分からない部活。しかし、鈴蘭の言う通り、普通の部活動とは明らかに違う。もし、この部活動で何かしらの成果を残すことができれば、それは確かに自分だけの武器になる。少なくとも、何の部活動にも所属せず、一人で勉強だけを続けるよりは可能性がある。

 

 それに――。

 

(こいつに付き纏われ続けるより、入ってしまった方が効率的か……?)

 

 図書室。廊下。そして、放課後。一日中、鈴蘭に追い回されている。このまま拒み続ければ、明日も、その次の日も同じことになるだろう。東は深く息を吐いた。

 

「……分かった」

 

「え?」

 

 鈴蘭が目を丸くする。

 

「人生満喫部に入る」

 

「…………」

 

 一瞬、鈴蘭が固まった。

 

 そして――。

 

「…………マジ?」

 

「ただし」

 

 東は人差し指を立てる。

 

「俺は遊ぶために入るわけじゃない」

 

「うん?」

 

「この部活動を、俺の進学に利用する」

 

 東は真剣な顔で言い切った。

 

「活動内容が何であれ、実績として使えるものなら利用させてもらう。成果が出ないと判断した時点で辞める」

 

「…………」

 

「それでいいなら、入ってやる」

 

 しばらく黙っていた鈴蘭は――。

 

「ぷっ」

 

 突然、吹き出した。

 

「ちょ、何がおかしい!」

 

「いやぁ……東くんって、ほんっと東くんだなぁって」

 

「意味が分からん」

 

「だってさぁ」

 

 鈴蘭は楽しそうに笑う。

 

「結局、人生満喫部に入りたいんじゃん!」

 

「違う!」

 

 東は即座に否定する。

 

「俺は合理的な判断をしただけだ!」

 

「はいはい、そういうことにしといてあげる」

 

「だから違うと言っている!」

 

 鈴蘭は笑いながら、東へ手を差し出した。

 

「じゃあ、改めて――」

 

 その笑顔は、今までで一番楽しそうだった。

 

「ようこそ、人生満喫部へ!」

 

「…………」

 

 東は差し出された手を見つめる。少しだけ迷ったあと、その手を握った。

 

「……よろしく頼む」

 

 こうして――未来だけを見つめていた少年は、人生を楽しむ少女とともに、青春という名の未知なる時間へ足を踏み入れることになった。




多分、これぐらいの頻度で投稿するようになると思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。