人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
「みんなみんなー! 聞いて聞いてー!」
部室の扉が勢いよく開かれ、満面の笑みを浮かべた鈴蘭が飛び込んできた。その甲高い声が部屋中に響き渡る。
「はいはい、聞こえてるから、落ち着こーねぇ」
志鶴になだめられた鈴蘭は、そのまま部屋の隅にあった机を移動させはじめた。机同士をくっつけて全員が向かい合える形に整えると、満足そうに本題へ切り出す。
「なんとね! なんと、今日から新メンバーが加入しまーす」
「へぇー、もしかして昨日の一ノ瀬くん?」
「ちょっ、ネタバレしないでよー!」
「ごめんってぇ」
部室内で楽しげな掛け合いが繰り広げられる。しかし、そこに水を差すような低い声が挟まれた。
「鈴蘭部長、さっさと本題に入ってもらえませんかね」
黒髪にシルバーのメッシュを入れ、目元まで伸びた前髪。うっすらと隈の浮かぶ瞳が眠たげな印象を与える男――鈴蘭を部長と呼ぶ彼の名は、
亮の鋭い指摘を受け、鈴蘭はふっと真面目な顔つきになった。すっと立ち上がり、真剣な眼差しで皆の顔を見回すと、重々しく口を開く。
「みんな――サプライズをしよう!」
鈴蘭の突然の提案に、志鶴は「おー!」とどこかやる気のない声をあわせた。亮は呆れ顔で二人を眺めている。そんな中、一人だけ困惑した声をあげる者がいた。
「……えっと、鈴蘭さん。サプライズって、一体何をするの?」
髪色は派手なサーモンピンク。根元は少し伸びて黒ずんでいる。毛先を鋭く立たせたショートヘアは厳つい印象を与えるが、その焦茶色の瞳は対照的に柔らかく、どこか優しげだ。
困惑した様子で問いかけたその男――
「それはねぇー……ドドンッ! 名付けて『鈴蘭ちゃんのめちゃかわハプニング』、だッ!!」
「んー、却下でぇ」
「即答ッ!? アタシ、マジ泣いちゃうからね!?」
ギャーギャーと騒ぐ鈴蘭を横目に、亮は関心なさそうにスマホの画面を滑らせている。楽だけが「まあまあ」と宥めるように、困ったような苦笑いを浮かべていた。
部室内がいよいよ収まりのつかない騒ぎになりかけた、その時。ガラリと勢いよく扉が開かれた。
「皆さーん、お揃いですか? これからの活動内容について話し合いをしたいのですけど……何かありましたか?」
真新しいスーツに身を包んだ女性が、部室へと足を踏み入れてくる。胸元まで伸びた茶髪と、キリッとした焦茶色の瞳が仕事の出来そうな印象を与える人物――顧問の
「ゆずせんせー、みんなが意地悪してくるー」
目元に手を当て、しおらしく声を震わせる鈴蘭。だが、その口角は隠しきれずに上がっており、目元にも涙の気配すらない。
「皆さん、意地悪はいけませんよ。……あと一条さん、嘘泣きはやめなさい」
「げっ、バレてる……」
そんな和気藹々とした空気感。まさに青春の一コマと呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。柚花は思い出したようにパンと手を叩き、本題へと引き戻す。
「はい、皆さん。もうすぐ四月も終わりますから、今後の活動方針を決めなければいけません。何かやりたいことがある人はいますか?」
問いかけに、真っ先に鈴蘭が満面の笑みで手を高く掲げた。
「はいはいはーっい! アタシ、やりたいことありまーす!」
「はい、一条さんどうぞ」
「あのね、アタシ――」
「ここが――人生満喫部の部室か」
鈴蘭の言葉を遮るように、バンッと勢いよく扉が開かれた。そこに立っていたのは、東だった。不遜な態度で、鋭い視線をこちらへ向けている。状況を把握している様子の鈴蘭と志鶴を除く全員が、一体何事かとあっけにとられて東を見つめていた。
「え、だ、誰……?」
圧倒されて固まっていた楽が、おそるおそる声を漏らす。その問いかけに、鈴蘭は「待ってました」と言わんばかりに表情を輝かせた。
「あー、やっときた! みんな紹介するね。この目つきが悪いのが、一ノ瀬東くんです!」
「誰が目つき悪いだ」
東は鈴蘭をジロリと睨みつけると、見下すように室内を見回し、仰々しく口を開いた。
「俺の名前は一ノ瀬東。特別進学科の一年だ。……よろしくはしないぞ、こちらも入るのは不本意だからな」
「よろよろー」
「よ、よろしくね……?」
「部長、また変なやつ連れてきましたね」
語尾を伸ばして気のない挨拶を返す志鶴に、困惑気味の楽、呆れ顔の亮と、それぞれが対照的な反応を見せる。
「貴方が一ノ瀬くんですか。話は聞いていますよ。私は人生満喫部の顧問をしている田山です。……それと、言葉遣いは正しなさい」
柚花はまっすぐに東の目を見据え、ぴしゃりと言い放った。その静かだが断固とした迫力に、先ほどまで不遜だった東も思わず小さく身じろぎする。
「はーい、よろしくねー。アタシは一条鈴蘭! 普通科一年だよ。鈴蘭って呼んでね」
元気いっぱいに自己紹介をする鈴蘭。東は、ため息をつきながら口を開く。
「はぁ、散々付き纏われたからな、名前ぐらい知っている。あと、絶対に呼ばないからな」
「ざんねーん、この部活では名前呼びがルールでぇーす。優秀な東くんなら守れるよねぇ」
煽るような口調。東の口がピクつき、米神に血管が浮かぶ。
「できるに決まってるだろ……辞めんなよ、鈴蘭」
「はい、よく呼べましたねー」
「くっ……」
喧嘩腰に会話する2人の間に、志鶴が割り込む。
「はいはーい、そこまで、喧嘩は良くないよぉ。私は月見里志鶴ね、って知ってるか。よろしくね、東くーん」
「オレ、佐藤楽。よろしくね東くん」
「……亮だ」
三者三様の自己紹介。こうして、東と人生満喫部の部員たちは初めて顔を合わせた。
「それでは、改めて活動内容を決めましょうか」
柚花がパン、と手を叩く。
「もうすぐ四月も終わります。せっかく部員も揃ったことですし、今後は定期的に活動していきたいと思います」
「はいはーい!」
真っ先に鈴蘭が手を上げた。
「一条さん。どうぞ」
「アタシ、やりたいこと決めてるよ!」
「では、聞かせてもらえますか?」
鈴蘭は立ち上がると、部員たちを見回した。
「アタシたちの住んでる、この街のことをもっと知りたい!」
「……街?」
東が眉をひそめる。
「そう!」
鈴蘭は楽しそうに頷いた。
「この辺って、昔から住んでる人も多いじゃん? だったらさ、その人たちから昔の話を聞いてみるの!」
「昔の話……ですか?」
楽が首を傾げる。
「うん! 昔、この街がどんな場所だったのかとか、昔は何があったのかとか!」
鈴蘭は窓の外へ視線を向けた。
「今は当たり前になってる場所だって、昔は全然違ったかもしれないじゃん?」
「……それで?」
東が口を挟む。
「集めて、どうするんだ?」
「え?」
「昔話を聞いたところで、何になる?」
東は腕を組み、淡々と続ける。
「人生満喫部なんだろ? だったら、もっと他にやることがあるんじゃないのか。わざわざ時間を使ってまで、知らない人間の昔話を聞く必要があるとは思えない」
部室の空気が、少しだけ静まった。鈴蘭は東を見つめる。
「……東くん、反対?」
「反対というより、非効率だと言っている」
東は即答した。
「時間を使うなら、それに見合った成果が必要だ。勉強なら知識が身につく。部活動なら実績になる。だが、昔話を聞くだけでは何が残る?」
「なるほどねぇ」
志鶴がのんびりと頷く。
「東くんらしいねぇ」
「茶化すな」
鈴蘭は少し考えるように顎へ手を当てた。
「じゃあさ――」
そして、ニッと笑う。
「残せばいいんじゃない?」
「……何?」
「話を聞くだけじゃなくて、集めた話を全部まとめるの!」
鈴蘭は身振り手振りを交えながら説明する。
「昔の写真とか、思い出話とか、その人しか知らないような話とか。そういうのをいっぱい集めて、最後に一冊の冊子にするの!」
「冊子……」
「そう! 『この街の思い出アルバム』!」
鈴蘭は机の上に手をつき、身を乗り出した。
「今の街だけじゃなくて、昔の街も残すの。だって、その人たちが話してくれなかったら、誰にも知られないまま消えちゃうかもしれないじゃん?」
東は黙って鈴蘭を見る。
「それにさ」
鈴蘭の声が、少しだけ穏やかになる。
「その人にとっては、ただの昔話でも、アタシたちにとっては知らない人生なんだよ」
「…………」
「知らない人の人生を聞くって、結構面白いと思わない?」
東は返事をしなかった。地域の人間の昔話。写真。資料。それらを集め、一つの冊子にまとめる。ただの遊びにしては、やることが多い。そして何より――活動としての形は、残る。
東は腕を組んだまま、考え込む。
「……それなら、まだ分かる」
「おっ?」
「ただ話を聞いて終わり、というなら反対だ。だが、資料を集めて整理し、成果物として残すなら話は別だ」
鈴蘭の顔が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ、賛成?」
「完全に賛成したわけじゃない」
「でも反対じゃない?」
「……ああ」
「よっしゃー!」
鈴蘭が両手を上げて喜ぶ。
「じゃあ決まり! アタシたちの最初の活動は――」
一拍置いて、満面の笑みを浮かべる。
「『この街の思い出集め』でーす!!」
「おー」
志鶴が気のない声を上げる。
「楽しそうだねぇ」
「まあ、悪くないんじゃない?」
楽も笑う。
「……手伝いますよ」
亮もスマホをポケットにしまった。柚花はそんな部員たちを見渡し、小さく微笑む。
「では、決まりですね」
東は騒がしくなった部室を見回している。「どうして俺がこんな部活に」と思いながらも、東は先ほどの鈴蘭の言葉を思い出していた。
『知らない人の人生を聞くって、結構面白いと思わない?』
「…………」
東は小さく息を吐いた。
(……まあ、少しくらいなら付き合ってやるか)
こうして――人生満喫部の、最初の活動が決まった。それは、ただ遊ぶだけでも、ただ勉強するだけでもない。この街に生きる人々の「人生」に触れる活動だった。
ちょっと色々予定入ってしばらく投稿できないかも。挿絵は上から不破亮、佐藤楽、田山柚花です。