人生満喫部の青春活動〜今度の人生は、先延ばし禁止です!〜 作:錦 恋夏
夕方。人通りの少なかったはずの商店街は、今や活気に満ち溢れていた。ずらりと開いたシャッターの奥から、威勢のいい店主たちの呼び込みの声が飛び交っている。
「よっし! 思い出集めやるぞぉーー!!」
商店街の真ん中で、鈴蘭の声が盛大に響き渡った。
「……うるさいですよ、鈴蘭部長」
亮が心底呆れたように吐き捨てる。何事かと足を止める通行人たちの痛い視線が注がれるが、鈴蘭はどこ吹く風といった様子で堂々と胸を張った。
「だって、記念すべき最初の活動だよ? テンション上がらない方が無理だって!」
「あはは……。でも、気持ちは分かるなぁ」
楽が困ったような苦笑いを浮かべつつフォローを入れる。そんな和気あいあいとした雰囲気を横目に、東は心底嫌そうに小さくため息をついた。
「はぁ……お前ら、遊びに来たわけじゃないんだぞ」
刺すような冷ややかな言葉。鈴蘭はピクッと眉を跳ねさせると、東へ向き直ってじとーっと目を細めた。不満げに頬を膨らませ、不服そうに抗議する。
「……もー少しテンション上げよーよ、東くーん」
不貞腐れたようにぶつぶつと呟く鈴蘭。その声は周囲の喧騒にかき消され、そのまま夕風の中へと溶けていく。
刻一刻と夕暮れが深まるにつれ、商店街の人通りはさらに増していった。道の真ん中に溜まっていた五人は、通行人の邪魔にならないよう自然と路肩へと寄る。そのまま取り留めのない雑談を交わしていると、後ろから足音が近づき、聞き覚えのある声がかけられた。
「皆さん、揃ってますか? ……うん、いますね。それでは早速、街の人に聞き込みを始めたいと思いますが……その前に、まずは二手に分かれましょうか」
柚花が指示を出す。鈴蘭たちはお互いに顔を見合わせて静かに拳を突き出すと、誰からともなく掛け声を合わせて手を出した。
「じゃん、けん――」
鈴蘭と東はチョキ、亮と楽、志鶴はパー。
「やったー! アタシと東くんがペアだー!」
鈴蘭はその場で飛び跳ね、東の周りを走り回りながら万歳をしている。東は顔に手を当て、うつむきながらため息を吐いた。そして、呆れ顔で鈴蘭を見やる。
「……はぁ、おい鈴蘭。変なことだけはするなよ」
「するわけないでしょ! 失礼だなあ!」
鈴蘭はぷくっと頬を膨らませ、東を指差した。
「アタシはただ、この街の『思い出』をたくさん集めて、みんなと最高の思い出を作りたいだけ! 東くんこそ、そんな仏頂面してたら街の人に警戒されちゃうよ?」
「……誰のせいで頭が痛いと思ってる」
東は額を押さえたまま呟き、溜め息混じりに視線を外す。その様子に、パーを出した三人は思わずクスリと笑いを漏らした。
「ふふ、大丈夫ですよ一ノ瀬くん。一条さんが突っ走らないように、私も一緒について行きますから」
柚花がフォローするように優しく微笑むと、志鶴がゆるーく手を振る。
「柚ちゃんせんせぇ、鈴蘭のことお願いしますねぇ」
「ちょっと、しづまでぇ!? もぉー、早く行こ!」
顔を真っ赤にした鈴蘭は、大股で歩き出す。その背中を、東と柚花が追いかけた。
精肉店の前に置かれたベンチで、老夫婦が休憩している。鈴蘭は二人を目掛けて早足で駆け寄った。
「すいませーん! ちょっとお話いいですかー!」
老夫婦は優しげな瞳で鈴蘭を見つめ、まるで自分の孫に接するように声をかける。
「おやまぁ、可愛らしいお嬢さんだね。お婆ちゃんたちに何か用かね?」
年老いてしわがれてはいるが、心地のよい声だった。
「アタシたち、部活動でこの街の人の思い出を集めてるんですけどぉ、お婆ちゃんたちの思い出を聞かせてもらってもいいですか?」
老夫婦は見つめ合い、優しく頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、私たちの馴れ初めでも語るかのぉ」
◇◆◇◆◇◆◇
すっかり日が落ちて辺りが暗くなると、商店街の店も次々とシャッターを下ろしはじめた。人通りもまばらになり、どこからともなく夕飯の匂いが漂ってくる。
「いやー、だいぶ集まったね」
鈴蘭たちはベンチで休憩しながら、集めた思い出の整理をしていた。
「商店街は昔お祭りだった、女泣山では夜な夜な男の泣き声が聞こえる、昔は学校がなくて隣町まで通ってた、都会に出た人は大体戻ってくる……」
鈴蘭がメモ用紙を見ながら一つずつ呟いていると、東が横から顔を覗かせた。
「……意外と知らないことばかりだな」
自分に言い聞かせるように呟く東に、鈴蘭は視線を向けて相槌を打つ。
「ねッ! アタシもこの街に来てからまだ二、三ヶ月くらいだから、色んな話を聞けて楽しかったー」
「……二、三ヶ月?」
東がぴくりと反応した。
「うん? どしたの?」
「お前、この街に引っ越してきたのか?」
「そーだよ? 知らなかった?」
鈴蘭は首を傾げる。
「……初耳だ」
東は少し意外そうに鈴蘭を見つめた。
「じゃあ、まだこの街のことを全然知らないのか」
「まあ、そうかもねぇ」
鈴蘭はメモに目を落としながら、あっけらかんと答える。
「だからこそ、今日いっぱい知れたじゃん」
「……」
東は黙ってメモを見つめた。
そんな二人の静寂を破るように、買い出しに行っていた柚花が飲み物を手にして戻ってきた。
ベンチに腰掛け、残りの三人を待っていると、前方から一人の老爺が歩いてくる。そして鈴蘭たちに気づくと、ゆっくりと足を取り立てて近づいてきた。
「……お前さんたちか。商店街の奴らに話を聞き回っていたのは」
無愛想な顔。腹の底に響くような低音で問われ、柚花は警戒するように鈴蘭たちの前に立ちはだかる。
「……貴方は、誰ですか?」
「オレか。オレは死に損ないの、老い耄れジジイだ」
自虐的にそう吐き捨てると、老爺は三人を射抜くような眼差しで見つめ、ポツリと言葉を繋いだ。
「そんなことは、どうでもええ。……お前さんたちだとは分かってる。オレの話を聞いていかねぇか?」
ふっと吹き抜けた夕風が、鈴蘭の髪を揺らす。まるで新しい出会いを祝福するかのように――あるいは、これから巻き起こる波乱を告げる予言のように。
鈴蘭はベンチからすっと立ち上がると、迷いのない足取りで老爺の前へと歩み寄った。
「……お爺さん、お話聞かせて?」
目を細め、静かで温かい声で問いかける。隣では東が全身の神経を尖らせて老爺を鋭く睨みつけ、柚花もまた、困惑と警戒を隠せない表情で二人のやり取りを見守っていた。
「随分あっさりと引き受けてくれるんだな。警戒してねぇわけでもなさそうだが……」
怪訝そうに問う老爺に、鈴蘭はふんわりと優しく微笑んで見せた。
「だってお爺さん――すごく後悔してる顔、してたもん」
老爺は息を飲み、大きく目を見開いた。しばらく呆然と鈴蘭を見つめていたが、やがて諦めたように自嘲の笑みをこぼし、ゆっくりと口を開く。
「……そうか、わかる奴には分かっちまうんだな。そうだよ。オレの人生最大の心残り――探してぇ人が、いるんだ」
絞り出すようなその呟きが、静かな夜の街にぽつりと落ちた。
いやー久しぶりに書くと時間がかかりますね。