新大陸にはダンジョン以外にも魔物が生息している場所がある。
それは禁足地と呼ばれる場所。新大陸のダンジョン外の自然に存在する危険な魔物が住処としている深い茂みの森、岩の山々、ほの暗い洞窟などの総称。未開拓地ともいう。
真剣勝負の約束をした日の3日後の昼頃、俺とガラテアは地竜の住まう禁足地であるエント洞窟に来た。入り口の大きさは縦2m、横3mで、全体を覆う苔むしたツタは洞窟の周囲にある苔むした巨岩に溶け込むカモフラージュとなっている。
俺とガラテアは暗視のスキルを発動させた後、ツタをかき分けて洞窟の中に入って歩いていく。洞窟の中は全体的に濃い灰色で、壁と地面には砂利と植物の葉を擦り付けた後が幾つもついている。途中で何回か小虫や小動物に遭遇したが気にせずに歩いていく。
前方を行く俺に対してガラテアがとある疑問をぶつける。
「なあクリス、なんで真剣勝負の舞台に禁足地を選んだんだ?魔物がうじゃうじゃいる場所じゃまともに勝負なんてできるわけないだろ。」
「それはだな、ここに暮らす地竜は他の禁足地の魔物とは少し異なる習性を持っているからだ。禁足地にいる魔物は基本的に自分の住処の中だけで行動していて、住処にある植物の果実や水に釣られた獲物を食べて生きている。でもここに暮らす地竜は昼の時間に食物を得る為に洞窟の外に出て、日が暮れた時間に戻ってくる習性がある。だから真剣勝負を邪魔される心配はない。この洞窟の中には貴重な植物も資源も無いから人が来る心配もない。」
「そうなんだな。全然そんな事知らなかった。」
「S級冒険者パーティーのリーダーなのに、今までこんな初歩的な知識も持ち合わせていなかったのか?」
「う、うるさい黙れ!今知ったから良いだろ!」
ガラテアは俺の後頭部をぽかぽかと殴る。
しばらく2人で会話しているうちに洞窟の奥にある開けた空間に辿り着いた。前世の俺の記憶に基づいて例えると学校の教室4個分の広さの空間。天井の真ん中に直径1mの丸い穴が空いており、そこから洞窟内に眩い陽光が降り注いでいる。壁と床は白に近い灰色の半透明な大理石に覆われていて、明らかに人工的な造りをしている。
「着いたぞ。」
「ここが真剣勝負の舞台か。なかなか良いとこじゃねえか。なあクリス、ここに魔法罠とかいう無粋なやつを仕掛けたりはしてねえだろうな?」
「仕掛けていない。そんなに疑わしいなら魔力探知をすればいい。」
「マナ サーチ!...確かにないな。じゃあ早速始めるとするか!」
俺とガラテアはこの空間の真ん中に立ち、5mの距離を取って向かい合い戦闘の構えを取る。
俺の右手には風を起こす剣、左手には召喚魔術の書物。
ガラテアの右手には不壊のハルバード。
お互いの目を見据え、体内にある魔力を練り上げていく。
先に動いたのはガラテアだった。
ガラテアは一瞬で俺の目と鼻の先まで距離を詰め、神速の域にある速度でハルバードによる突きを繰り返す。
俺は右手の剣で突きを防いで対応する。
槍と剣の先がぶつかる度に小さな火花が散り、飛び散ったそれはお互いの体に軽い火傷を負わせる。
俺は召喚の呪文を唱えた。
「サモン ミノタウロス。」
俺とガラテアの間にミノタウロスが割って入り、ハルバードによる攻撃を受け止める。
「ミノタウロス。気絶するほどのパンチをおみまいしてくれ。」
「モウ(了解した)。」
ミノタウロスはガラテアの頭蓋に向かって拳を振るう。
「ぐっ!?」
ミシリ、という肉と骨が軋むような音がした。
額から血が何筋か流れ、呻きながら崩れ落ちる。口の端からは泡が吹きこぼれ地面に滴り落ちた。
「...。リターン ミノタウロス。」
俺はミノタウロスを召喚魔術の書物に戻した。
未だに荒い息を落ち着かせるために数回深呼吸する。
勝負は一瞬でついた。呆気ないものだ。全力を出せなかった事を残念に思う。勝利したというのに、心の底に溶かせない澱が残ったような感覚。
そこで俺は、自分が無自覚にガラテアとの真剣勝負を楽しみにしていたのだと気づいた。なぜだ?自分はあんなに彼女をうざがって毎回パーティー加入を断っていたというのに。まさか、この野蛮で粗雑な女に対して無自覚に心惹かれていたというのか?自分のタイプではないはずなのに。
「とりあえず約束通りいただくか。」
俺はガラテアに近寄って跪き、地面に落ちた彼女のハルバードに手を伸ばす。
その時。
「それくらいの攻撃で私を倒したと思ったのか?」
ニタリ、と、狂気的な笑みが俺の眼前に迫る。
俺は驚愕して身を強張らせた。
ガラテアは俺の剣を手で叩き折り、俺の召喚魔術の書物を真っ二つにし、俺のマントを引き裂く。
やられた。一連の流れは全て演技だったのだ。まさかダンジョン最下層のラスボスを一撃で倒すほどの力を持つミノタウロスの攻撃を耐えるとは思ってもみなかった。
なんて頑丈な奴なんだ。完全に俺は彼女を見くびっていた。
コピースキルは壊れたものを壊れた状態のままでコピーしてしまうので破壊された後の装備には使えない。
これで俺の残りの装備は全身を覆う身体強化のエンチャントが施された銀色のミスリル製の魔甲冑、瘴気を吸い込まないための黒いマスク、魔石、使い古した弓矢だ。
「俺の形見と成果が...。バクワード。」
俺は苦い顔をして弱弱しく呟いた直後、できるだけガラテアから離れた場所に移動する為に後退移動の詠唱魔術を唱える。その結果できた距離は約10m。
「あんなんで私が倒せるかよ!」
ガラテアが再び神速で迫る。迫ってくる彼女に対して、俺は火の魔石の粉末を練り込んだ粘土を先端につけた弓矢を放つ。弾かれた。慌てて全ての弓矢をつがえて放つ。また弾かれた。
「リキッド。」
ガラテアが火を水の魔術で消火する。
この戦闘において俺が魔石を使える状態に加工する時間はない。強力な消耗品の武器を無駄にした。脳裏に敗北の二文字が浮かぶ。焦るな。落ち着け。たとえ不利な状況でも、目の前の敵をまっすぐに見据えて思考を回し、冷静に対処するんだ。
「ポイント ハルバード コピー!」
俺は咄嗟にハルバードをコピーして両手に持ち、彼女の突きに対応しようとする。が、使い慣れない武器のせいか上手く扱う事ができない。俺の攻撃のテンポは彼女の攻撃のテンポのの0.25倍。攻撃を、防げない。徐々に長年の相棒である輝かしい魔甲冑に傷がついていく。傷が増えるほどに自分の体の衰えを感じた。経年劣化に加えて激しい損傷を負った事により魔甲冑に施された身体強化のエンチャントは消えかかっている。
ガラテアが不意に動きを止め、ハルバードの鉤爪で俺の持つコピーのハルバードを引っかけて横に向かって振る。コピーのハルバードは遠くに飛ばされ空中で何回か回転して地面に落ち、カランという音を立てた。
そして、俺の魔甲冑に渾身の一撃が振り下ろされ、俺の長年の相棒は見るも無残な鉄くずとなる。それと同時もマスクも粉々に砕け散った。洞窟の土とマスクの破片と長年かけて敵の返り血が染み込んだ魔甲冑の鉄片が口の中に入り込みその味が舌に染みる。
とても苦くて口当たりが悪い。こんな味は今まで歩んできた人生で一度だって舌に載せた事が無い。
「ポイント ハルバード コピー!」
俺は最後のあがきでコピーを使おうとしたがとうに俺の体内の魔力は尽きていた。
ああ、完全に俺の負けだ。でも、不思議と悔しくはなく、どこか清々しさを感じる敗北の味を噛み締めた。
「私の負けだ。約束通り赤狼爪に加入しよう。」
俺は疲れ切った顔で力無く穏やかな笑みを浮かべた。
一方ガラテアは、赤面して大声で叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!お前は男だったのかー!?だったらだったら、私の処女をもらってくれ~!」
は?