エ・ランテルの受付嬢であるウィナ・ハルシアはため息をつく
彼女は自身を普通の人間だと思っている。
小売業を営む家の長女として生まれた彼女は親の愛情を受けすくすくと育っていった。
実際取り立てて凄いところは無いし悪いところもないのだが、気遣いが自然にできる彼女は冒険者の中で密かな人気を持っていた。そんな彼女は朝から碌な事が起きてい無い。
昨日新しく水を入れ替えた花瓶は猫によって倒された
持っていた服が着れず、朝食は軒並み焦げた。
つい先程荒れたミスリル級冒険者のイグヴァルジに逆ギレされた。などなど
彼は確かな実力を持った冒険者だが、英雄に対して一際強い願望を持っているらしい。
恐らく、先日同じくミスリル級冒険者の「虹」がエルダーリッチを討伐したという噂が広がっていて、英雄だなんだと賞賛されている事に彼としては思うところがあるのだろう。
しかし、八つ当たりされた側からすればそんなことはさして関係ない。
故に今日ウィナは憂鬱な思いで受付をこなすのである
「はい。これが報酬です確認してください」
「ありがとう」
そうしてどれだけ時間が経っただろう?憂鬱さによって長く感じるその受付を10回弱繰り返した頃
嘲笑や疑念或いは好奇心が冒険者組合の入り口で渦巻いているように見えた。
思わずそちらを見るとーー
金髪のダークエルフがいた。
♢ ♢ ♢ ♢
冒険者組合に入ると様々な視線が突き刺さった。
興味、嘲笑、疑念、好奇心或いは警戒。果ては欲情の視線を感じる
(少し変わっているとはいえ、この体は茶釜さんが作ったアウラの物なのに。それを下卑た目で見られる事が
彼女が作ったキャラを穢されるような気がして、少し苛立つ。
思考が何処かに飛んでいきそうになるのを抑えて目的を達成しようと動き出す
無論、思考中の第一人称が変わっていることなど気づいてい無い
少し立ちかけているニンゲンを無視して受付と思わしき所に向かう。
「すみません。」
「……………は、はい!!どうされましたか?」
「冒険者になりたいんですけど、どうすれば良いか教えてくれますか?」
「ぼ、冒険者ですか?」
焦った様子の受付嬢。亜人で冒険者というのは前例が少ない。いや、限られていると言うべきか
何故なら基本の理念として人類を外の脅威から守るというものがあるからだ。
多くの異形種及び亜人達は基本的に人類と敵対関係にある場合が多い。そのため、依頼の中には亜人の討伐といった物も少なくは無い。そのため、亜人で冒険者になっている者として有名なのは
帝国のアダマンタイト級冒険者の銀糸鳥のメンバーの一人。エンコウという亜人のファン・ロングーくらいである。ただ、多種族共生国家であるアーグランド評議国の場合大抵の冒険者は亜人ではあるが。
まぁ要するに彼女にとってアーグランド評議国ではなく何故ここに来たのかという疑問が大多数を占め軽くパニックを起こしているのが現状であった。
もちろんのことだが、
(亜人ってやっぱり嫌われてるのかな。少しあの頃を思い出して凹むなぁ)
そうとも知らず勝手に凹む
「……すみません、組合長に確認してきてもよろしいですか?」
「はい。どうぞ」
失礼だと思っているのだろうか。少し眉を下げた顔で訴えかけるように言われるモモンガ
それにますます居た堪れなくなる。その勘違いを止めれるような者はいない
許可を出すと安堵した様子で後ろの階段を駆け上がっていった。
数分後
「組合長に確認を取りました。冒険者になって大丈夫とのことです。手続きをしますので此方に情報を書き込んでください。」
「分かりました。…………………………………コレで大丈夫ですか?」
「…はい。モモンさんでよろしいでしょうか?」
上から再確認していく受付嬢。その質問に一つ一つ丁寧に答えていくモモンガ
亜人への反応でも丁寧なその姿に密かにモモンガの評価が上がる
「では、このプレートをどうぞ。規則などについてご不明な点がございましたか?」
「いえ、ありません。有り難うございました」
そういって受付から離れて依頼の紙が貼られている場所に向かう。
綺麗に整頓されている少しゴワゴワとした、この世界では中位に値する紙。この世界の文明レベルからすれば冒険者組合に置くために相応しいであろう物の欠点をモモンガは見抜いていた。
というか見ていた。
(ーー文字が読め無い)
そうそれはモモンガにとって致命的な欠点。文字が読めなければ内容も分からない
意味もわからず依頼を受けるわけにはいかない。かといって依頼を受けなければレベルが上がらず、いるであろう他のプレイヤー達に対抗できない。どうしようかと思案して思い出す。
うってつけのアイテムがあったなと
膨大と言っても過言ではない量のマジックアイテムを保有するナザリック地下大墳墓
コレはその中でも数少ない唯一無二のアイテムの一つである。
そのアイテムの効果は言語の翻訳。この状況にぴったりのアイテムと言えた
(コレにするか)
選んだのはトブの大森林に隣接する街道に出現するゴブリンの討伐。
報酬の値段は来る前に確認した安宿の3日分に相当する。
レベルアップの実験に丁度いいだろう そう思い受付に向かった
♢ ♢ ♢ ♢
「ギィィッ!?」
5歳児の子供のような体躯の影から小さな右手が吹き飛ぶ。
カルネ村にも多く存在するそのモンスター ゴブリンは苦しげな表情を浮かべながらジリジリとそれから下がっていく。血が吹き飛ばされた腕から血が飛び散る
周りを見ると、既に水溜りができる量の血がそこら中に点在している。その事から多くのゴブリンがここで死亡ないし重症を負ったことがわかる。
「ギ、ギィッ!」
「ウォァァアッ!!」
冒険者の中でゴブリンは基本的に頭が悪いとされる。その理由としてはゴブリンが冒険者に襲いかかる理由が人数の差のみだからだ。それだけを聞くと別に頭が悪いというわけではないのではないか?と考える人もいるだろう。実際数の暴力や数的有利、多勢に無勢という言葉があるように数というのは一つ強さの指針となることもあるだろう。しかし、ゴブリン達はあからさまに強そうな人間達にも数の差を理由に戦いを挑む。コレはつまり、ゴブリンの頭が数以外の理由で状況の有利不利を判断できない事を証明している
そんなゴブリンが逃げられない程の、逃げたら殺されると思わせるほどの存在がゴブリンの目の前に立っている。悲鳴を上げ残った方の手を振り回しながら近づくゴブリン。
その攻撃が当たることは無い。何故なら残った方の腕も吹き飛ばされたからだ。
ゴブリンの前に立つ存在ーー
「………成功か」
依頼の内容の通りにゴブリンを倒し続けて合計25体。召喚した自分のモンスターだけが戦っても経験値が手に入るのか?という実験は成功だったといえよう。
「ご苦労様」
そう言いながら
実験の成功及び敵対者の殺害。それによるレベルアップに喜ぶ
それを意識して
「其方がそれがしのナワバリに入り込んできた者でござるな!」
「……えぇ……」
飛び出してきたのは黒い瞳に茶色い柔らかそうな毛。口に生えた二本の歯
ネズミ目キヌゲネズミ科ヒメキヌゲネズミ属に属する動物でヒメキヌゲネズミという和名を持つ動物ジャンガリアンハムスターであった。
それなりに強そうな気配は感じ取れるのにその見た目のせいで大きく損をしているとしか思えない
少しため息をついていると先程の困惑を了解と受け取ったのか話を続ける
「これ以上それがしのナワバリに手を出すつもりなら相手になってやるでござる!」
「……そう。行くよ」
気持ちを振り払い剣を構える。此方の意思を感じ取ったのだろうか少し前傾姿勢になる相手
速度も何も分からない以上下手に手を出すのは悪手。そう判断し相手の攻撃を待つ
「ふんっ!」
「武技《要塞》!!」
突如として突き出された尻尾に対して、ガゼフとの鍛錬とレベルアップで得た武技を使う
硬いものが交差する音が鳴り響き、火花が散る。
ジャンガリアンハムスターの体勢が僅かに崩れたのを見て踏み込み攻撃を放つ。
「武技《斬撃》!!」
「ぬぅっ!」
ジャンガリアンハムスターは後ろ足で立ち上がり攻撃を避けたものの、僅かに受け腹に一線が入る。
「むぅ、やるでござるな」
「まぁね」
「ならばこちらの番でござるよ!
ジャンガリアンハムスターの体の紋様が怪しく揺らめき魔法が放たれる。
しかしながら、精神作用無効というアンデッドの種族特性によって魔法は霧散した。
「なッ!?」
「いくよぉっ!」
驚くジャンガリアンハムスターに対して攻撃を積み重ねていく。尻尾に腕に腹に攻撃を!
「よッ!ほっ!はっ!」
「なッ!?クッ!ふぅん!」
モモンガの攻撃を紙一重で躱して行くジャンガリアンハムスター
「喰らうがいいでござる!
「効かぁ!!」
「ぬっ!」
「ないッ!」
「くっ!
「ねッ!!」
尻尾による攻撃を防ぎつつ、飛んできた魔法を断ち切り距離を詰めて行く。
使われた魔法は《上位魔法無効化III》という第六位階以下の魔法を無効化するスキルによって全て無効化されている。とても対等とは言えないがそれでもこの戦いが学べることは多いだろう
(さっきも今もハムスターの紋様が光って魔法が発動してた。って事は紋様の数が使用可能魔法数か?確証は無いけどほぼ確実だね。……まぁ過信はダメだけどッ!)
魔法を断ち切るとは思っていなかったのだろう。驚くジャンガリアンハムスターに向かって剣を投げつけ魔法で剣を作りつつ一気に距離を詰め、後ろ手に回りこむ。
(相手の反応的には全ての手段を対応できるっぽいけど…。ここで決める!)
「武技《斬撃》!!」
「グゥッ!」
腹に一線。先程とは違いきちんと踏み込まれた状態での斬撃は、ジャンガリアンハムスターにとって致命傷になる程の一撃となった。ゆっくりと前に倒れ込むジャンガリアンハムスター
「終わりだよ」
「くぅ、子孫を残せずに逝くとは…。無念」
「…仲間はいないの?」
「…同族の事は生まれてから一度も見た事がないでござるよ」
悔しそうに言ったその言葉が妙に胸に突き刺さる。
今まで一度も仲間に会ったことの無いジャンガリアンハムスター。仲間に一度去られたと思った
「あなた名前は?」
「無いでござる。人間達には森の賢王と呼ばれていたでござる」
「森の賢王か…。ねぇどうすればあたしの仲間になってくれる?」
「仲間…でござるか?それがしよりも強かったらでござるがーー」
「《絶望のオーラI》」
「参ったでござるー!!殺さないで欲しいでござるー!!」
思わず呆気に取られるほど素早い土下座。尻尾で自らの頭を押さえつけ、どれくらい自分の頭を下げれるかを挑戦するかの如きその姿は、さっきまでの死にかけの雰囲気は何処と言いたくなるレベルである。
(…あ、経験値貯まった。戦意喪失でも戦闘終了扱いになるんだね)
なんかもう色々と疲れた結果、どっかに行った思考を戻してポーションをかける。
「まぁいいや。よろしくねハムスケ」
「はいでござる!このハムスケ、姫に忠誠を誓うでござるよ!」
今後の活動やネムやエンリの事を考えつつカルネ村に向かうのであった。
モモンガ の 絶望のオーラI !!
森の賢王 は 降参した !!
森の賢王 改め ハムスケ が 仲間になった !!
モモンガ は 姫 になった !!