次に目が醒めて見た物は、またしても知らない天井……だったら良かったんだけどなぁ。
『さて、日向が起きない内に新薬の被検体になって貰うとするか』
何か、目は瞑ったままで見えてる訳じゃないが妙な音声が聞こえるぞ。気のせいか知り合いの変人の声に似てる気が……
『ヌフフ……この薬が功を成せば日向はすぐさま目を醒ますだろうが失敗すれば……死ぬ』
差が激し過ぎるわ。
『そして成功と失敗の確率は……およそ1:9!』
「捨てちまえそんな不良品!」
ガバッ! と立ち上がり案の定見知った顔だった(一応)先輩に叩きつけるように叫ぶ。
「やっと起きたか日向。痺れをきたしてお前にこの『目が醒める確率9:1……あ、間違えた。1:9だった薬』を使ってしまうところだったぞ」
「成功した時と失敗した時の落差が激し過ぎるんだよ! あと名前が無駄に長っ!?」
無表情で毒々しい色の液体が入った小瓶を弄びながら話かけてきたこの人の名前は……説明するの面倒だし馬鹿でいいか「いい訳あるか」……まあ、冗談として。
「そして日向龍の先輩であり、姉的存在でもあり、恋人でもあり、婚約者でもある、が抜けているぞ」
「前半2つはまあいいとして、後半2つはデタラメだらけなんですけど」
この人はニガテだ。なんというか珍妙な性格をしてると言うか、天才(災)な故に常識が欠落と言うか……端から見ればスタイルが良い大人しめの黒髪美人(白雪が大人になったみたいだと言えば解るだろう)に見えるっちゃ見えるのだが中身はそうでもないのだ。
所属している学科は
「ところで、そろそろ本題に入りたいんだが……良いかい?」
「会話のペース乱してたのは先輩の方っすけどね……」
「えっとまず、バスジャックの事なんだが」
「バスジャック? ……あっ!?」
そう言えばすっかり忘れてた。あの後どうなったのだろう?
「君が気絶した後、バスにセットされていた爆弾は
「レキが……」
「そして負傷者は君を除けば0。全く君も無茶苦茶するね。サブマシンガンの前に防弾チョッキ無しで立ち向かうなんて……一歩間違えたら死んでいたぞ?」
「それは……仰るとおりです……」
でも……良かった。負傷者が俺以外に出なくて。
「そしてあの赤塗りのルノーを氷付けにした君の事を武偵高の教師陣が問いただしていたが、遠山2年が上手く濁して説明してなんとか事なきを得たようだぞ。後で礼を言っておいた方が良い。あの人達に囲まれて尋問されてる彼は、喩えるならば水中でプレデターXに囲まれたカナヅチ人間みたいだったぞ」
「…………」
よく……生きて帰ってこられたなキンジ。大丈夫かな? トラウマとかになってなきゃ良いけど。
「そして肝心の犯人だが……今現在
「そう……ですか……」
『武偵殺し』。予想以上に用心深く、狡猾なやつだ。
「あれから……何日経ったんですか?」
「丸3日くらいさ。色んな人が見舞いに来ていたぞ。遠山2年然り、峰2年然り、レキ2年然り、武藤2年然り、不知火2年然り……その他多数な。皇1年とお前のシスターズなんて泣きそうに……てゆうか泣いてたな」
それは要らぬ心配掛けちゃったな。後で見舞いに来てくれた人達に挨拶周りだ。
……だけど
「先輩。アリ、……神崎さんは、来てくれて無いんですか?」
「……ああ。神崎2年は来なかったようだ。お前が負傷した事に負い目を感じてるらしいな」
「アリアが……そうですか……」
違う。今回の事でアリアに非は無い。これは俺が自分で招いた結果なんだ。だから、あいつが感じる責任なんてどこにも……無い。
「……さて、私はもう行くぞ。作りかけの薬をほったらかしたままなんだ」
「なに作ってるのか知りませんけど、妙なモノ作らんで下さいね」
「大丈夫だ。今回の薬は暇潰しで作ったツマランモノだから、ちょっとキミに飲んで貰って処分するだけさ(はあと)」
「飲むつもりは無いですけど一応何の薬か教えといて下さい」
「なに、ちょっとした
「だだ漏れだぞこの変態」
バイバイ、と言って病室から出て行く百城先輩。静寂がこの空間を包m「おっと言い忘れてた事が」……まなかった。
「何ですか先輩。俺考えたい事あるんで暫くほっといて欲しいんですけど」
「まず1つ。
……こええ。
「そして2つ目……神崎2年の事何だが、今日7時にイギリスに帰国するらしいぞ」
………………え?
キンジSIED(龍が目覚める2日前)
俺は今、新宿警察署の留置人面会室に居る。……アリアと一緒に。
「…………」
「…………」
お互いに沈黙。静寂が場を支配する。
バスジャック事件解決の後、武偵高の教師陣共(主に蘭豹と綴)に問い詰められて、龍の見舞いに行き、その後前に座るアリアと……龍の病室の前でケンカ別れした。
曰わく「あたしの捜し求めたパートナーは……あんた達じゃ無かった」だとよ。
どうやら龍が俺達を庇い、銃弾を浴びせられたのが相当堪えたらしい。龍の病室の前まで来て、入るのを拒絶。龍に、そして足を引っ張った自分に合わせる顔が無い、との事だ。
……ふざけんなよ。お前自分1人だけ悪いみたいな言い方しやがって。
だったら俺はなんだ? 現場に急行して、何も出来なくて、お前と幼なじみの足を引っ張った俺が一番の元凶じゃあねえか。
結局俺達は、行き場の無い怒りや憤りをぶつけ合う事しか出来なかった。
そして今日、学園島の片隅の美容院で偶然にもアリアを見掛けてしまったのが今回の始まりだ。
拙い尾行で(とゆうか途中でバレた)たどり着いたのはここだった。
がちゃり。誰かが入って来たようだ。アリアがこれから会うとしたら……武偵殺しに関わる人だろうか?
アクリルの板越しに見えたその人物は……気のせいかアリアに似た美人な女性だった。
「ママっ! ……久し振り。元気だった? ちゃんとご飯食べてる? 身体壊したりして無いよね?」
アリアが『ママ』と言った……つまりこの人はアリアの……?
「大丈夫よ。落ち着いてアリア。この通り私は元気だから」
そう言って柔らかく微笑んだ。
「そちらの方、初めまして。私は神崎かなえ……アリアの母親です」
……やはり、か。
「ど、どうも。俺は遠山金次と言います。アリア、じゃなくて神崎さんとはクラスメイトです」
こういうタイプの人に弱い俺はちょっとどもってしまった。
「クラスメイト……そうですか。私てっきりアリアの彼氏さんかなぁと思いました」
「か、カレシって……! ち、違うよママ! こいつとは全然そんなじゃないの! ……例の『武偵殺し』の3人目の被害者なの」
前半とは打って代わり、後半は力無く発するアリア。
「そう……なのね」
その言葉にかなえさんは表情が曇る。
「本当は後もう1人……4人目の被害者も居るんだけど……今日は居ないわ」
龍……の事何だろうな。アリアは声のトーンを戻しかなえさんに報告を始めた。
「それと、一昨日バスジャックがあったわ。『武偵殺し』は最近になって活発化してきてる。あたしの感だともう次で捕まえられそうな予感もする。もしそうじゃ無くても、早い内にヤツを捕まえてママの懲役を864年から742年まで減らして見せるわ。最高裁までに他も絶対、何とかしてみせる」
な、なんだって? 懲役864年……?
そんなのもう殆ど終身刑みたいなものじゃないか。
「ママを陥れたヤツら……イ・ウーの全員を1人残らずここにぶち込んでやる」
「アリア。気持ちは嬉しいけど、まずはパートナーを見つけるのが先決よ。あなた単身でイ・ウーに挑むのはリスクが高すぎるわ。一族には代々優秀なパートナーが居た。曾お爺さまやお祖母さまにも。だからこそ今のあなたが居るのよ。焦らないで。時間はまだあるの」
「そんなの……自分でも良く解ってる。パートナーを作れないお前は役立たずだって。でもママ……」
「
かなえさんはそう言ってアリアに聞かせた。母親らしい優しい顔で。
「神崎。時間だ」
壁に佇んでいた管理官が、無慈悲に面会終了の宣言をする。
「ママ、あたし諦めないわ。必ず公判までに真犯人達を捕まえるから」
「アリア、無茶だけはしないで。わたしはあなたが心配なの。絶対に1人で行動を起こしては駄目」
「イヤ! あたしは今すぐにでもママを助けたい! ママを此処から出してあげたい!」
「アリア。お願いだから解って。私の最高裁は、弁護士先生が引き伸ばしてくれる。だからあなたは、あなたの事を護ってくれる唯一無二のパートナーを見つけ出すの。その額の傷は、あなたの限界の表れよ」
いつから気付いていたのかアリアの額の傷を見て叱るように言うかなえさん。その悲痛な声はを聞いているだけでも胸が締め付けられるようだった。
「ママっ!」
「アリア……!」
「時間だ!」
何時までも終わらない会話に痺れをきたし、管理官がかなえさんを羽交い締めする形で無理矢理引っ張っていく。
「やめろっ! ママに乱暴するな!」
アクリル板をガンガン叩き叫ぶアリア。しかしアクリル板は割れもしなければへこみもしない。
そして悲痛な目で見つめ合うアリアとかなえさん。しかし、かなえさんは管理官に連れられ、面会室の鉄扉をくぐる。
ガチャン……
その音は入ってきた時よりも重く、俺達にのし掛かるのであった。
「……………………」
「……………………」
先程よりも重い沈黙のまま、駅を目指すアリアについて行くだけの俺。
ふと。立ち止まるアリア。当然俺も止まる。
そして、アリアの足元にポタポタと水滴が落ちる。……アリアの涙だろう。
「アリア……」
「泣いてなんかない」
明らかな涙声でそう言って震えるアリア。そんな俺達を通行人が奇異の目で見ている。正直その視線はこれ以上ないくらい不快だった。
「おい……アリア」
アリアの顔を覗き込むと……両目に沢山溜め込んでいたであろう涙が、閉じられた目から溢れ出ていて。
「う、う……くぅ……うぇ、うぁあぁあああぁぁあぁぁ!」
遂にアリアは堪えきれなくなった涙と声と感情を爆発させた。
「うぁぁああああ……ママぁー……ママぁああああ……!」
ざぁー……
アリアの慟哭に反応するように雨が降ってきた。アリアの顔を、髪を、服を濡らしていく。
通行人達の奇異な目はなくなったが。なんという事はない。そんな事はもうどうでもいい。
……この雨が、アリアの悲しみを洗い流してくれればいいのに。
立ち尽くし、泣き続けるアリアに何かしてやれる事は出来なくて。無力感を噛み締め、そんな事を思いながら、俺も立ち尽くすしかなかった。
よし、あと二、三話くらいで終わらせたいです。感想、御意見お待ちしてまーす。