スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった 作:忘れられた女神
ついさっきユミナさんに勝って、ちょうどいま再戦の約束をした。俺の手を握りながら、真剣な目を向けてくる。
まっすぐに俺と目を合わせながら、ユミナさんはゆっくりと口を開いた。
「絶対に、負けたままでは終わりません。私自身の、誇りにかけて」
とても穏やかな顔で、告げられる。今回は、獰猛な獣のような笑みじゃない。包み込むような暖かさがある。
だから、分かる。きっと、素晴らしい信念があるのだろう。俺との関係を、大切にしてくれているのだろう。
ユミナさんに釣られるように、俺の決意も深まっていく。絶対に、ユミナさんの人生を壊しはしないと。
能力は、何があっても使わない。理由だって、言えない。それでも、俺はできる限りの笑顔を浮かべた。
「何度だって、俺は勝つ。たとえユミナさんが相手でも、絶対に負けない」
「いえ、私は勝ちます。魂を燃やし尽くしたとしても、絶対に。他でもない、あなただからこそ」
そっと、俺の手を包み込むユミナさん。慈しむような目で、俺を見ていた。
友達として、ライバルとして、本気で競い合いたいという気持ちは分かる。いや、想像はできるというのが正確か。
俺にだって、誰かと本気でぶつかり合うことに対する憧れはある。それは否定できない事実。スティアとユミナさんみたいに、全力を出した結果として認め合う。きっと、最高の青春なんだろうな。
そして、俺には決して手に入れられないもの。それでいい。そうであるべきだ。
ユミナさんと戦ったからこそ、分かる。俺は、絶対に能力を使ってはならない。もし俺が死んだとしてもだ。
たとえ、これから告げる言葉で嫌われるのだとしても。俺には言うべきことがある。
はっきりとユミナさんに向き合って、俺は口を開いた。努めて、低い声を意識して。
「俺とユミナさんじゃ、勝負にならないよ」
「はい。ソールさんにとって、今の私では足りないんでしょうね。でも、構いません」
「どうして……?」
「私には、私にだけは、分かるんです。ソールさんの抱えているものが。だから……」
ユミナさんは、少しも揺れない瞳で俺と目を合わせる。澄み切っていて、見とれてしまいそうなくらいに。
吸い込まれそうな優しい笑みを浮かべながら、俺の手を握り直していた。
「あなたのためだけに、私は強くなる。どうか、覚えていてください」
そう言って、はにかんだ。まるで聖母のような、すべてを抱きしめてくれそうな笑顔で。
見たことないくらいに、綺麗だった。目を離すべきと知っていて、少しだって目を離せないくらい。
「ユミナさん……」
それしか、言葉が出てこなかった。ユミナさんは、笑顔のまま。ずっと、俺だけを見ていた。
「その……あたしもいるってこと、忘れてない……?」
遠慮がちな声が、後ろから聞こえてきた。
ユミナさんは弾かれたように手を離して、顔を覆ってしまう。すぐに後ろを向いたのに、顔を真っ赤にしているのが伝わってくる。
というか、耳まで真っ赤だ。なんか、どこかで見たことある光景だな。
「違うんです忘れていたわけじゃないんですカッコよくできたと思っていたわけじゃないんです良い雰囲気だなとか考えていたわけじゃないんです」
ユミナさんと出会った頃と、まるっきり同じだ。こういうところから、親しみを覚えたんだった。
やっぱり、可愛らしい人だな。戦っている時の修羅みたいな姿も素敵だけど、こっちも良い。
そんなユミナさんを、スティアはジトッとした目で見ていた。
「あたしは何も言ってないんだけど……。語るに落ちるとは、このことよね……」
「わ、忘れてください……!」
ユミナさんはずっと背中を向けたまま。戦いの時とは違って、スティアにされるがままだ。
まあ、実は俺もスティアのことを忘れかけていたんだけど。あまりにも真剣な空気に、飲み込まれていた。
だからといって、それを言っても誰も得しない。いくら俺でも分かるぞ。
黙っているのが正解。俺はもう、学んだんだ。
そう思って黙っていると、ユミナさんは俺の方を振り向いて頬を膨らませた。
「何か言ってくださいよ、ソールさん……!」
……あっ! そうだった!
前回と同じ流れなら、同じ対策が必要なのは当然。最近学んだことを意識しすぎて、以前学んだことを忘れていた。
うっかりうっかり。じゃないよ!
どうして、俺のコミュニケーションは弱すぎるんだ……。
誰にも勝てない最弱は、間違いなく俺じゃないか! もはや指一本で仕留められちゃうよ!
というか、何を言うのが正解かはまだ分からないんだけど!?
まさか、可愛いよとか素敵だよとか言うわけにもいかないし。気持ち悪がられてしまう。
だが、黙っているのも不正解。それなら、何かは言わないと。
そうだ。真剣な話に戻すのが正解じゃないか? これだ!
「ユミナさんの気持ちは、嬉しいよ。でも、どうか自分のために強くなってくれ」
「どうしてそこに話を戻すんですか……! 私の失敗は、放っておいてくださいよ……!」
ユミナさんの頬は、また膨らんだ。もうパンパンだ。ハムスターも負けそうなくらい。
また、失敗してしまった。俺は、何度間違えれば良いんだ……?
「ソールってば、あたしと初めて会った時も会話が下手だったものね。仕方ないわよ」
「それはそうなんですけど……!」
「当たり前のように肯定された!?」
もしかして、俺が会話が下手だというのは、もはや公然の事実なのか? エミリも似たようなことを言っていたし。
まあ、スティアを怒らせてしまったのは失敗だったけど! 結果的には仲良くなれたとはいえ、会話としては相当やらかしていたけど!
「あっ、ごめんなさい。ソールさんを悪く言う意図はないんですけど……」
「慰めないで! 余計にみじめになってくるから! 後生だから!」
「あはは! ユミナってば、やっぱり天然よね」
「天然と言いましたか!? この私を!? どこが!?」
ユミナさんは目を激しく開いて詰め寄っている。言っちゃったよ、もう。
スティア、全方位に攻撃してきているんだけど。本当に楽しそうにしているので、責めるに責められない。
なんというか、幸せだなって顔で笑っているんだ。まるで、軽快な会話が初めてみたいに。
まあ、ありえなくもないか。王女様で、実力者だものな。周囲がみんな頭を下げるばかりでも、何もおかしくはない。
それに、なんだかんだでユミナさんの声も軽いからな。本気で怒っている感じではない。
やっぱり、ユミナさんとスティアは相性がいいんだろうな。俺の会話が下手だという話題で思い知りたくはなかったけど!
まあ、いい。本当は良くないけど。
とりあえず、とりなしておこう。それが今は正解のはず。
「まあまあ。そろそろ疲れたし、食事にでもしないか?」
「良いわね。太陽も高くなってきたし、良い頃合いよ」
「ずっと戦ってばかりでしたし、美味しく食べられそうですね」
スティアもユミナさんも乗ってくれた。助かる。
そのまま、俺達は連れ立って食堂へと向かっていく。大体いつでも空いていて、注文すれば食事が出てくるんだよな。
まあ、普通の生徒は授業をしていたりもするが。免除されているのは、俺の知っている分には5人だけ。
なんか、俺は
いや、気にしなくて良いか。そのおかげで、こうしてユミナさんたちと仲良くできているんだし。
授業で誰かと仲良くなる機会を失っていたのかもしれない。それも、別にいい。たぶん、以前一緒に訓練していた人みたいになっただけだ。
気を取り直して、食堂に向かっていく。そうかからずに、たどり着いた。
食堂は、まだがらんとしている。昼休みには、少し早いみたいだ。
「じゃあ、あたしから注文するわね。揚げ物定食、3人前で!」
「スティアさん、私は別のものを頼みたいのですが……」
「え? ……ああ、3人前はあたしの分よ。ふたりは、好きなものを食べて。追加で、丼も3杯ちょうだい!」
「どれだけ食べるんですか!? それでよく太りませんね……」
「あたし、太ったことはないのよね」
「それだけ食べて!? まあ、私も太ったことはありませんが……」
「動いてれば、勝手にどうにかなるのよね」
「多くの女性を敵に回しそうですね……」
ユミナさんは、ジトッとした目でスティアを見ている。ダイエットの話は時々聞くし、分からないでもないか。
とはいえ、スティアにも悪気はないのだろう。とりなしておくか。
「まあまあ、ユミナさん。俺達も頼もうか。じゃあ、俺は焼肉定食と丼で」
「ソールさんは、男の子らしい量ですね……。私は、野菜炒め定食でお願いします」
「はいよ! すぐに席に運ぶから、ゆっくり食べていきな!」
おばちゃんが注文を受けてくれたので、とりあえず席につく。
「この食堂、いくらでも食べられるから良いのよね」
晴れやかな顔で言っている。スティアって、もしかして皇国ではお腹いっぱい食べられなかったとか?
そうだとすると、王女なのに冷遇されていたみたいな話になりかねないが……。
いや、よそう。聞いても空気を悪くするだけだ。本人が言いたいのなら聞くつもりはあるが、わざわざ掘り下げるようなことじゃない。
スティアはしっかり学園生活を楽しんでいる。それを支えるのが、大事。真実がどちらであったとしても。
俺は素直に、スティアの言葉に返事をした。
「かなり美味しいよな。実家では食べたことのないようなメニューも多い」
「そうなんですね。自由に注文できると思えば、確かにメニューの幅は広いですか」
ユミナさんは、なんか普通の顔をしている。英雄の孫娘だけあって、豪華な食事は食べ慣れているのかもしれない。
なんというか、美味しさに感動してないように見える。
「はいよ、おまたせ! しっかり食べていきな!」
おばちゃんにメニューを渡され、俺は手を合わせる。ユミナさんも続いて、スティアは首を傾げていた。
「これは、食事の前にする挨拶というか……。アキレス皇国では、しないのか?」
「ああ、なるほどね。分かったわ。これからは、あたしも合わせるわね」
そう言って、スティアは両手を合わせる。直後、吸い込んでいるんじゃないかという勢いで食べ始めた。
ユミナさんは軽く目を見開いていたが、すぐに食事を進める。優雅な感じで、ゆっくりと食事を口に運んでいた。
というか、俺も食べないとな。肉を口に運んでから、ご飯をかきこむ。
うん、うまい。肉の味もしっかりしているし、タレも濃い。ボリュームがあって、運動後には最高だ。
食事に集中して、食べ終える。すると、なんか視線を感じた。
とりあえず食器を置くと、ふたりとも俺の方を見ている。ちょっと、恥ずかしくなってきたんだが。もしかして、変な食べ方をしていたりしたか?
そう思ってふたりの方を見ると、もう食べ終えていた。
俺より少なかったユミナさんはともかく、スティアまで? 首を傾げそうになるが、気を取り直して食器を整理する。
「ふふ、男の子という感じの食べ方でしたね。見ていて気持ちよくもありました」
「分かるわ。ちょっと雑っていうか。いえ、文句があるわけじゃないんだけど」
なんというか、ふたりから目をそらしたくなってくるな。食べるところをじっと見られていたというのは、思っていたより恥ずかしいぞ。頰をかいてしまう。
これは、うっかり先に食べ終えなくて正解だったかもな。ふたりの食べ方を見ていたら、怒らせていたかもしれない。
「まあ、これくらいが普通じゃないか? あんまり詳しくはないが……」
「そうだと思いますよ。お祖父様も、似たようなものでしたから」
「ユミナのお祖父様って、例の英雄よね。やっぱり、強かったの?」
スティアに問いかけられて、ユミナさんは少しだけ困ったような笑顔になった。
「どうなんでしょうか。今の私より強いかどうかは、分かりません」
「あっ……。ごめんなさい」
「いえ、気にすることじゃありませんよ。亡くなったのは、ずっと昔ですから」
ユミナさんは、懐かしむように遠くを見ている。
話に聞くところによると、俺達が物心ついてから遠くないくらいの時期に亡くなったらしい。きっと、感情の整理はついているのだろう。
まあ、だからといって引っ張るような話でもないか。そこまで話したそうにも見えないし。
不自然じゃない範囲で、話をずらしてみよう。
「ユミナさんなら、いずれ歴史に名を残しそうだよな」
「それを言うのなら、ソールさんこそ。あなたは、この私を打ち破ったんですよ?」
「あたしも、負けていられないわ。もっともっと、強くならないと」
「そうですね。良い出会いに恵まれました」
「アルテミス神聖王国に来て良かったわ。いえ、リゲル学園かしら」
「そうですね。ミンタカ学園あたりは、あまり良い噂を聞きません」
「アルテミス神聖王国では、2番手くらいに名前が上がっていたわね。ひどいの?」
まあ、俺にも少しくらいは悪い噂が聞こえてくるくらいだ。といっても、ほぼエミリ経由なのだが。
知っていることと言えば、リゲル学園はやっかみを受けていて、たまにからまれることもあるってくらい。
そのあたりは、ユミナさんの方が詳しいかもしれない。
「少なくとも、入学は止められていましたね。不名誉だからと」
「そうなのね……。ここでソールやユミナと出会えたんだから、リゲル学園に来て良かったわ」
「私もです。せっかく強い人と戦えるんですから、活かさないと」
「やっぱり、強い人と戦うって大事なのね。ねえ……」
スティアが神妙な顔で何かを言いかけた頃、食堂がざわめきだした。授業を終えた生徒たちが、一気に入ってきたらしい。
話が途切れてしまったので、スティアの方を見る。目を伏せて、何かを考え込むような顔をしている。
待っていると、何事かを思いついたような様子で勢いよく立ち上がった。
そして、大きく口を開く。
「ちょうどいい機会だから、宣言しておくわ! あたしは、誰の挑戦でも受ける! もっともっと、どこまでも強くなるために! さあ、自分の力に自信があるのなら、挑んでらっしゃい!」
スティアの宣言を受けて、食堂はしんと静まり返る。奇異なものに向けるような目も、いくらかあった。それでも、スティアは堂々としたまま。
静かな中で、誰かが立ち上がった音が聞こえた。
食堂中の視線が、一気に集まる。
立っていたのは、黒髪を後ろで結んだ凛とした少女。彼女は、一直線にスティアに向けて歩いていく。
「あれ、
「身の程ってのを、わきまえてないのか……?」
そんな声など聞こえていないかのように、少しだって足を緩めない。まるでブレない心を、示しているみたいに。
やがて、スティアの元へとたどり着く。
そして、ちらりと俺を見る。目をそらしそうになって、やめる。
彼女はため息だけついて、スティアを堂々と指さした。
「誰の挑戦でも受けると言ったね。なら、僕と戦ってもらおうか」
そう宣言したのは、レイラ。
かつて、俺と一緒に訓練していた相手だった。