スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった 作:忘れられた女神
エミリにデートに誘われてしまった。唐突としか言いようがなく。いや、嬉しいけど!
楽しそうな笑顔に見えるけど、これはどういうデートなんだ!? 男女がふたりでお出かけレベルのやつなのか、本気のやつなのか。
どっちなのかを聞いて、大丈夫なやつか? 空気が読めないとかって、嫌われたりしないか?
だが、当てずっぽうで勘違いするのも良くない気がする。いったい、何が正解なんだ!?
エミリは、ただ俺を見てニコニコしているだけ。俺の手を両手で包んで、ふんわりした笑顔を向けてくる。
「ふふ、緊張しなくていいよ。付き合うとかの話にはしないから」
そう言われて、息がこぼれた。安心したのか、がっかりしたのか。自分でもよく分からない。
とはいえ、まだ付き合うとか彼女とかは早い気がする。エミリのことはもちろん大好きだけど、そういう好きじゃない気もするし。
なんか付き合ってから好きとかを考えるって話も聞くけど、俺はそこまで器用じゃないぞ。
「じゃあ、どこか行きたいところがあるのか?」
「ソール君としたい話があるって感じかな。もちろん、楽しい時間にはしたいけどね」
エミリは穏やかに笑っている。少し落ち着いた感じの表情が、いつもと違う気もする。
たぶん、男女がふたりでお出かけレベルのやつだ。エスコートとかはできる気がしないし、できればエミリに任せたくはある。たぶん、俺よりは得意だろうし。
まあ、提案するだけしても良いか。そう遠くにはいかないだろうし、食事とかか?
「今なら、食堂も空いていると思うが」
そう言ったら、すぐに指を目の前に持ってこられて、左右に何度も振られた。ニヤニヤとしながら俺を見てくる。
なんか、失敗してしまったのか? エミリの反応からして、間違っていそうだけど。
どこがダメだったんだ!? エミリ、教えてくれ……。なんて言えないよ!
「分かってないなあ。ソール君らしくて良いと思うけどね」
「もしかして、恋愛関係は赤ちゃんレベルだと思われている……?」
「否定する要素、特にないんじゃないかな? デートしたこと、一度でもある?」
からかうような笑みで、唇が触れそうな距離まで近づいてくる。
もう、俺の情緒はメチャクチャだよ! エミリは可愛いし甘い匂いがするしでドキドキするし、同時にものすごく煽られてるし!
何をどうすれば良いのかも分からないよ! 本当に、どうしろと……? 俺は迷宮の奥深くに入り込んでしまったんだ……。
「それは……その……」
「ふふ、私がソール君の初めてなんだ。それは嬉しいかも」
頰に手を添えて、そっと微笑んでくる。この態度、もう俺のことが好きなんじゃないの!? いくら仲の良い相手が多いエミリでも、距離が近くないか!?
それとも、俺が知らないだけで今みたいなスキンシップは普通なのか……? 付き合うとかの話にならないって言われたばかりだし、あり得る……?
分からない。何も分からないよ! 誰か、答えを教えてくれ!
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、私が決めちゃうね。ちょっと悪いこと、しちゃおっか?」
首を傾けながら、後ろに手を組んで問いかけてくる。相変わらず、息が触れるような距離で。
ちょっと悪いことって、なに!? もしかして、えっちなこと!? いや、さすがに無いか……?
でも、本当になに!? ちょっと悪いことって響き、本当に悪いことな予感がするんだけど!?
ごくり。俺はつばを飲み込むことしかできない。もはや、ただ振り回されるだけ。子供を前にしたコマだよ。
「わ、悪いこと……?」
「辻斬りとか、最近話題になっているらしいよ。怖いよね……」
自分を抱きしめるようにして、少し震えている。とはいえ、顔は少しも怯えていない。からかうような表情のままだ。
いくらなんでも、エミリが辻斬りなんてことをしたがるわけがない。たぶん、流していいやつだな。
「さすがに冗談なのは分かるぞ……」
「やっぱり、分かっちゃうか。ちょっとした噂だしね。まあ、辻斬りって言っても人殺しってほど深刻じゃないんだよね。ミンタカ学園の生徒が犯人って噂もあるよ」
ミンタカ学園というと、ユミナさんも悪い噂があるって言っていたな。といっても、犯人が分かっているわけじゃなさそうだが。
なんというか、不良みたいなものなんだろう。それくらいなら、まあ普通か。
「俺は聞いたことがないが……」
「ふふ、やっぱり。じゃあ、本命だね。私の部屋とか、興味ない? ね、ソール君」
上目使いで俺のことを見てくる。エミリの部屋って、本当にえっちなやつじゃん! 何もしないとしても、異性の部屋に入るのはえっちだよ!
しかも、寮なんだぞ? 本当に悪いことじゃないか! ちょっとってレベルじゃない気もするけど!
「えっと、その……」
「じゃあ、行こっか。ソール君と私の秘密、だね」
そう言って、そっと俺の手を取った。エミリは鼻歌交じりに、軽やかに歩き出す。俺はただ、手を引かれるままになるだけ。
確かに、みんな授業中だけど。バレたりしないよな……? みんなに噂されたりしたら、もう立ち直れないぞ。
ユミナさんとかスティアとかレイラに知られて、ちょっと冷たい目で見られたり……。
ブルリと震えてしまった。だが、別の案を出すこともできないまま。こんなの、勝てない……。
エミリの手は暖かくて柔らかいし、やっぱり甘くていい匂いがするし。俺の心臓は、もうおかしくなりそうだ。いや、もうとっくにおかしくなっているのか?
まさに、一寸先は闇。いや、エミリとのデートが闇なはずはないんだけど。でも何も見えないよ!
気づいた頃には、いつの間にかエミリは自室の扉を開けていた。いったい、俺は何をしていたんだ……?
エミリに手を引かれるままに、俺も部屋に入っていく。優しくて甘い香りは、部屋の中にも広がっていた。
ぬいぐるみとか大きな鏡とかがあって、化粧品らしきものが入った棚もある。壁紙とかも、明るい印象。なんか、イメージ通りの女の子の部屋って感じ。
本当に入って良かったのか? 今からでも、別の場所に行った方が……。
「ようこそ、ソール君。来てくれて、とっても嬉しいよ」
はにかむエミリの姿を見て、逃げるという選択肢はなくなった。だって、言葉通りにとても嬉しそうなんだから。エミリの気持ちを、台無しにはできない。
だけど、どうすれば良いんだよ! 俺には何ひとつとして分からないよ!
「あ、ああ……」
「とりあえず、料理を作ってくるね。そこのベッドにでも座って待っててね」
そう言って、明らかにエミリのものに見えるベッドを指差される。ちょっと明るいピンクのシーツが被せられた、ふたりくらい入れそうなベッド。
おずおずと座っていくと、にこやかに頷いてからエミリはキッチンに向かう。
とにかく意識してじっとしているが、なんかいろいろ見て回りそうになってしまう。
そもそも、ベッド自体もなんか良い匂いがするし。ちょっと甘酸っぱい感じの、脳にまで直撃しそうな匂い。
いや、あんまり意識しちゃダメだ。首を振って、うつむいて目を閉じる。すると、匂いがさらに強まった気がした。
目を開けたらエミリの部屋をジロジロ見てしまいそうだし、目を閉じたら変な気分になりそうだし、どうすれば正解なんだ!?
こんなにも緊張しているのは、生まれて初めてかもしれない。
落ち着け……。なんか羊でも数えて……って、寝るんじゃないんだから!
寝ちゃったらおしまいだよ! エミリのベッドで眠るとか、大変な話すぎるよ!
じゃあ、難しい問題でも……。
「ソール君、眠くなっちゃった?」
そんな言葉が聞こえて、目を開く。すると、料理を持ったエミリが俺のことを見ていた。俺の様子を確認して、ゆっくりと唇を緩める。
「ああ、緊張しちゃっただけなんだね。じゃあ、テーブルに来てね」
「う、うん……」
テーブルに座ると、エミリは鼻歌交じりに皿を置いていく。肉料理もサラダもスープもあって、手が込んでいるのがよく分かる。少なくとも、俺には作れないレベルの料理だ。
エミリの魅力は、あまりにも高すぎる。可愛くて誰とでも仲良くできて料理上手って、非の打ち所がないんじゃないか?
もう、とんでもない欠点でもないと釣り合う人がいないんじゃないだろうか。なんて、エミリにひどい欠点なんてあるはずもないか。
そんな考え事をしている間に、エミリは並べ終えた様子。こっちを見て、ニコリとした。
「じゃあ、食べてくれる? 私の愛情、召し上がれ」
愛情って言われちゃったよ! これ、本当に俺のことが好きなんじゃないの!?
いや、でも聞いたらたぶん食事どころじゃなくなってしまう。せっかくエミリが作ってくれたんだから、一番おいしく味わいたい。
頑張れ、俺! 落ち着いた姿を演出するんだ!
「た、食べっ……」
ダメだ。完全に失敗した。どうして俺は、こんなにも弱いんだ……。
エミリは獲物を見るように目を細めだしたし、もう終わりだよ!
「どもっちゃって、かわいいねー。やっぱり、ソール君はこうじゃなくちゃ」
「え、えっと……」
「ふふ、遠慮しないで食べちゃって。ソール君のためだけに作ったんだから」
エミリは暖かい笑顔で料理に手を向ける。
うん、そうだな。エミリが真心を込めて作ってくれた料理、最高の味で食べないと損だ。
食事に目を向けると、湯気が出ている。今のうちに、ちゃんといただこう。
「ああ。しっかり味わわせてもらうよ」
「どうぞ。ソール君が喜んでくれたら、嬉しいな」
エミリにうながされるままに、俺はまず肉料理から一口食べる。ガッツリした味がするのに、どこか深みも感じる。
続いてサラダを食べると、一気に口の中がスッキリしていった。酸味で濃い味の肉をリセットする感じなんだな。
ちょこちょこスープも挟むが、優しい味がする。野菜とベーコンが入っていて、それなのにスルスルと進んでいくような。
夢中になって食べ進めて、気付いたら無くなっていた。
エミリは自分の分にも手を付けないまま、ただにこやかに俺のことを見守ってくれていた。
「ふふ、何も言わなくてもソール君の気持ちは分かるよ。じゃあ、私も食べようかな」
そう言って、エミリはゆっくりと食べ進めていく。小さく口を開けて食べていく姿ですら、とても可愛い。
今みたいなエミリを見たら、たぶんみんな惚れるんじゃないだろうか。なんて、今でも絶対モテモテか。
エミリを食べ終えるのをのんびりと待っていると、それだけで時間が過ぎていった。
「じゃあ、食器を片付けてくるね。ゆっくりしててね」
「手伝わなくて良いのか?」
「誘ったのはこっちなんだから、気にしなくていいよ。それに、こういうのも楽しいし」
本当に楽しそうな顔をしていたので、たぶん手伝ったら邪魔になるんだろう。できれば皿洗いくらいはしたいが、俺の気持ちを押し付けるのも違うよな。
ということで、鼻歌交じりに皿を洗うエミリの様子を見ていた。その間、ずっとエミリは笑顔だった。
戻ってきたエミリは、俺の隣にゆっくりと座る。そして、肩をあずけてきた。
これ、もう付き合ってる人がするやつなんじゃないの!? エミリは、どこまで本気なの!?
ただ固まるだけの俺を見て、エミリはクスクスと笑う。
「こういうところは、変わらないね。最近のソール君は、ものすごく変わったけれど」
俺の目を見ながら、真剣なトーンで話し始めた。つまり、真面目な話だ。俺は背筋を正す。
それを見て、エミリは柔らかい雰囲気になっていった。
「俺が変われたのなら、それはみんなのおかげだ。もちろん、エミリのおかげでもある」
「やっぱり、ソール君は優しいね。スティアさんを受け入れて、ユミナさんとも仲良くなって、レイラさんとも仲直りして」
「それは、みんなが優しかったからだよ。だから、同じように返せたんだと思う」
「ソール君が頑張ったからでもあるよ。あなたは、前よりずっと素敵になったよ」
胸に手を当てながら、そっとはにかむ。俺のことが、本当に素敵だと思っているというように。
エミリの気持ちが、胸の奥底まで届いてくるように感じた。
「エミリがずっと支えてくれたからだよ。たぶん。俺ひとりじゃ変われなかった」
スティアとの決闘の時も、レイラと仲違いしてしまった時も、ずっと隣にいてくれた。真剣に、俺が一歩を踏み出そうとするのを見てくれていた。いつだって、心から応援してくれていたんだ。
俺の言葉を受けて、エミリは口元を緩めた。俺の気持ちが、強く伝わったんだろう。
「そっか。ソール君は、私がどんな子でも友達でいてくれる?」
「どんな子でもって、エミリはエミリじゃないか?」
「じゃあ、ソール君をずっと騙していたとしても?」
俺の目だけを見ながら、問いかけてくる。もしかしたら、隠し事があるのかもしれない。
だとしても、同じことだ。エミリが支えてくれた事実は、決して無くなったりしない。だから、迷う理由なんてどこにもないんだ。
俺はただ、エミリとしっかり目を合わせて頷いた。
「エミリが俺を騙すのなら、きっと理由があるんだと思う。俺は、そう信じる」
「……そっか。ねえ、ソール君。私も、あなたみたいに変わりたいなって」
ずっと俺だけを見ながら、落ち着いた笑顔を見せてくれる。
今のが、エミリのしたかった話なんだろう。きっと、強い決意。なら、俺も真剣に向き合うだけ。
「エミリは、たぶん今のままでも素敵だと思う。だけど、それじゃダメなんだろ?」
「うん。だからね、まずは小さな大会に出てみようって。私なりに、少しでも結果を残せたらって」
「もちろん応援するよ。本番だって見に行くさ」
「ソール君が応援してくれるのなら、私は頑張れるはずだよ」
「任せてくれ。エミリなら、きっとできるさ」
「ありがとう。見ていてね、ソール君」
俺の手を両手で包みこんで、ギュッと握りしめる。そして、胸元に抱えて微笑んだ。
その姿は、女神もかくやと言うほどにキレイだった。
「もちろん、見ているさ」
「じゃあ、今日から頑張らないとね。ソール君にも、たまに手伝ってもらったりして」
そう言って、エミリはまた微笑む。花開くより、よほど鮮やかに。だから、エミリはきっともっと素敵になるって思ったんだ。最高に輝く未来が待っているって。
だが、そうはならなかった。
3日後のことだった。エミリが辻斬りによって右腕を折られたのは。