スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった 作:maricaみかん
その事実を知ったのは、朝のこと。いつものように、校庭の片隅で訓練していた時のこと。
剣を振っていたら、スティアが勢いよく駆け寄ってきた。顔を見ると様子がおかしいので、剣を消す。すると、スティアは悲痛そうに顔を歪めてから、詰め寄るような勢いで俺の肩をつかんだ。
「あんた、知らないの!? 今、エミリが大変なことになっているのよ!」
「エミリが? いったい、どういう……」
「話は後よ! とにかく着いてきなさい!」
そう言って、スティアは勢いよく俺の手をつかんで走る。明らかに全力で、激しく土埃を立てながら。とにかく急いでいるのは、明らか。
俺はただ、引っ張られるがまま。エミリに何があったのか、問いかけることもできないまま。
手が震えたのが、自分でも分かった。どんなことがあったのだろうか。取り返しが付く範囲なのだろうか。もしかして……。
嫌な想像ばかりが膨らんでいくのを、ただ足を早めることでごまかしていた。
たどり着いたのは、保健室。最悪の事態ではなさそうだと、軽く息をつく。だが、スティアが大変だと言うほどの事態。油断はできないと、軽く息を吸った。
「じゃあ、あたしはここまでね。エミリが一番話したい相手は、きっと……」
かすれたような声を出してから、スティアは去っていく。どこか、力なく。エミリが心配なのだろう。
それでも見送ることはせず、俺は扉を開く。奥にあるカーテンを開くと、ベッドに座るエミリがいた。右手が吊り下げられているのが、一目で分かる。
つまり、折れたということ。いったいどうして? 訓練での事故か? それとも誰かの……。
問いかけて、良いのだろうか。うまく言葉が出てこない。エミリの方を見ると、軽く右手が動いてから寂しそうな顔に変わった。口元が歪んでいるのが、目に残る。
きっと、俺の方に手を伸ばそうとして失敗した。普段のように、手を握ろうとして。見ていられなくて、目をそらしそうになってしまう。
ダメだ。一番苦しいのは、エミリのはず。俺が悲しんでいたら、余計に苦しめてしまうだけ。
落ち着け。一度深呼吸をしろ。とにかく、少しでもエミリのためになることを……。
「あはは、ダメだね。ソール君みたいに、頑張りたかったんだけどな……」
目を伏せて、弱々しい声で語っている。いつものからかいなんて、見る影もない。俺までうつむいてしまいそうだ。そんなこと、できやしないが。
俺は、エミリの笑顔が好きだったんだ。ちょっと過激なからかいを受けることが楽しかったんだ。
傷ついた顔なんて、少しだって見たくない。それくらいに、大事な友達だった。
唇を噛みそうになるのを、抑えた。やはり、大切なものというのは失ってから気づくものなんだな……。
それでも、まだエミリは生きている。腕を釣っているだけということは、折れただけ。まだ、先があるんだ。
せめて、少しでも前を向かないと。
「エミリ。俺にできることは、何かないか? 君が望むのなら、どんなことだって……」
「気にしなくていいよ。私が弱いのが、悪いんだから……」
エミリは俺から顔をそむけた。弱いのが悪い? それは、何かに負けたような物言いに聞こえる。大会までは、まだ先だったはず。
まさか、誰かにやられたのか? 悪意をもって、エミリを傷つけたやつがいるのか?
そうだとするのなら、俺は相手を許せそうにない。喉が粘りつくような感覚を抑えながら、俺は口を開いた。
「誰にやられたんだ……?」
「あはは、分かっちゃった? ソール君には、敵わないね」
頰を引きつらせて、失敗したみたいな笑顔をしていた。それを見た瞬間に、視界が赤く染まっていく。奥歯のあたりで、変な音が聞こえた。
抑えきれないものが、胸の奥から湧き上がってくる。
「誰にやられたんだ! エミリを、こんな風にしたのは誰だ!?」
「ソール君、怖いよ……」
エミリは悲しそうに眉を下げていた。声も、わずかにかすれている。それを見て、ハッとした。
そうだ。エミリの気持ちを無視して、俺ばかりが怒るわけにはいかない。彼女を傷つけてしまうことが最悪なんだから。
何より大事なのは、エミリが少しでも悲しまずに済むこと。それを間違えてはダメだ。
「あっ、ごめん……」
「ううん。気にしないで。私のために怒ってくれたのは、分かるから」
「ありがとう。それで、誰にやられたのかは、分かるのか?」
「分かるけど……。ソール君、もしかして敵討ちをしようとしてる?」
心配そうに、目を激しく揺らしている。本音を言えば、図星。俺はエミリを傷つけた相手を許せそうにない。
未来に向けて頑張ると、輝いていた姿。希望に満ちていた、明るい笑顔。それを奪った。エミリに苦しそうな顔をさせた。
相手の顔も想像できない。それでも、壁か何かを殴りつけたいほどだ。エミリの前ですることではないから、耐えていられるだけ。今だって、体は震えているんだ。
きっと、俺はどれだけのことだってできる。できてしまう。
だが、それは俺の都合だ。エミリが一番笑顔に近づける道を選ぶべき。誰を優先すべきかだけは、間違えてはならない。
強く握りそうになる拳を、背中に隠した。エミリは、きっと俺の痛みに気づいてしまうから。
「エミリが望まないのなら、しない。だけど、俺としては……」
「ソール君の気持ちは、嬉しいよ。けれど、
「そんなの、少しも関係ない。エミリが嫌だというのなら、敵討ちはしない。だから、ハッキリ言ってくれ」
「ねえ、ソール君。私のために、人生をかけてくれるの?」
瞳をうるませながら、問いかけられる。どこか幼さすら感じさせる口調で。
エミリは、復讐を望んでいるのだろうか。嫌だとだけ言ってくれたのなら、俺は止まれる。止まってみせる。
だが、エミリがただ俺の未来を心配しているだけだというのなら。少しだってためらいはしない。するものか。
もし少しでも復讐を望んでいるというのなら、俺は……。
そんな気持ちを込めて、頷いた。
「当たり前だ。俺たちは友達だろ? そのために人生をかけることに、迷う理由なんてない」
「ハッキリ友達だって言うんだね……。もう、ソール君もエターナルぼっちキング卒業か……」
エミリは少しだけ遠くを見ていた。どこか、何かを懐かしむように。
エターナルぼっちキングと言われた時は、エミリのことを友達だと呼べなかった。こんなことがきっかけで、呼ぶことになるなんてな。
ため息を付きそうになって、抑える。俺はただ、エミリに向き合うだけ。それだけ。
「それで、答えを聞かせてくれるか?」
「私は、ソール君の気持ちを大事にしたい。だけど、ソール君に未来を不意にしてほしくもないんだ」
「そうか……。だったら……」
復讐は諦める。そう言おうとした瞬間に、エミリはまっすぐに俺に向かい合ってきた。左手で、俺の手を握りながら。
じっと俺の目だけを見て、静かに向かい合う。
それからエミリは少しだけ目をさまよわせて、軽く息を吸って、また俺を見てきた。
「ひとつだけ、手段はあるよ。とっておきの手が」
「聞かせてくれ。エミリのためなら、俺は迷わない」
「
「負けたらすべてを失う、か?」
「……うん。それでも、ソール君は私を選んでくれる?」
どこか恐れるように、上目使いで俺を見ていた。俺は一瞬だって間を置かずに、ただ頷く。
「言っただろ? 迷う理由なんて、どこにもない」
「……そっか。じゃあ、教えるね。犯人は、ミンタカ学園の生徒。名前は、ビリー。辻斬りの正体だよ」
今、辻斬りと言ったよな? エミリの言っていた噂は、本当のことだったのか……。
冗談として流さず、本気で向き合ってさえいれば。そうすれば、エミリは傷つかずに済んだんじゃないのか?
俺達の姿を見て、頑張りたいと言っていた。それだって、結果的にエミリを追い込むきっかけになったんじゃないのか?
なら、どちらも俺のせいじゃないか……。唇が、強く震えた。
いや、後悔しても遅い。エミリが右腕を折られたという事実は、決して無くなったりしない。
だったら、俺のやるべきことはひとつ。エミリの味わった痛みを、思い知らせてやるだけ。この胸にある怒りとともに、ただぶつけるだけ。
「辻斬りを仕掛けられた時に、顔を見たのか?」
「うん。リゲル学園の生徒も、大したことないなって」
ミンタカ学園か。色々と話を聞いていたな。悪い噂ばかりではあるが。
アルテミス神聖王国では二番手くらいの学園。ぶっちぎりのトップがリゲル学園で、他はどっこいどっこいという話も聞くが。
俺はなんか推薦で受けて勝手に受かったから、その辺の事情には詳しくない。
だが、分かることもある。ビリーとやらは、つまらない欲のためにエミリを傷つけた。辻斬りなんてするくらいだから、真っ当に試合を挑む度胸もないのだろう。
おそらく、ミンタカ学園だという劣等感程度の感情でしかない。所詮は、
自分より弱いやつを探して、悦に入っているとしか思えない。
エミリは何度も俺と楽しい時間を過ごしてくれた。からかいながらも、ずっと俺を信じてくれていたんだ。
スティアと決闘した時も、レイラとすれ違った時も、支えてくれた。
そんな人を、くだらない理由で傷つけたんだ。
許せるわけ、ないだろ。
少なくとも、エミリが受けた傷の分は返してやる。相応の報いを受けさせてやる。
ビリーとやらの能力になら、即死を使っても問題ない。それくらいなら、死にはしない。せいぜい、二度と能力を使えなくなる程度。
エミリの希望を奪った相手だ。たとえ未来の希望を無くしたとしても、知ったことか。
どんな罪を犯したのかを、その身をもって思い知らせてやる。
「分かった。エミリ、俺を見守っていてくれ。怪我に響かない範囲で、だが」
「もちろんだよ。ソール君が頑張る姿を、私はずっと見てきたんだから」
「じゃあ、行ってくる。ミンタカ学園だな」
「うん。せっかくだから、手袋を用意していくと良いかも」
「そうか。そうだな。後は任せてくれ。絶対に、叩き潰してやるさ」
「ソール君、ごめんね……」
悪いことをした子供みたいな顔で、俺に頭を下げてきた。消えそうな声で、ささやくように。
エミリが悪いはずはない。悪いのは、辻斬りなんてことを仕掛けたビリーだけだ。
そんな気持ちを込めて、俺は胸のあたりで拳を握った。
「謝ることじゃない。エミリは何も悪くないんだから。それよりも……」
「そうじゃなくて……、いや、違うね」
「エミリ……?」
「ごめんね、変なことを言って。ソール君の気持ちは伝わったよ。あなたらしいよね」
「そうか……」
「じゃあ、ありがとうだね。私のために戦ってくれて」
「戦うだけじゃなくて、勝つさ。エミリ、また」
エミリは、精一杯の笑顔を浮かべて手を振ってくれた。それだけで、十分だった。
俺は保健室から出て、手袋だけ用意してミンタカ学園に向けて駆け出していった。最初から最後まで全力で、一度も止まること無く。道を駆ける馬を置き去りにしながら。
なんとか、日が傾く前にはたどり着くことができた。そこの生徒たちに、ビリーの居場所と特徴を訪ねていく。顔をひきつらせていたが、すぐに答えてくれた。手がかりを頼りに、相手を探す。
ミンタカ学園は、とにかく全員が急いでいるよう。だから、あまり周囲を見ていない。探すのは楽。
そう時間もかからずに、目的の相手は見つかった。髪を刈り上げた、軽薄そうな男。特徴からして、間違いないだろう。
俺はただ、ビリーの前に立つ。相手はすぐに、片眉を上げた。
「
「お前が、ビリーか?」
相手は口元を歪めて、俺をにらんでくる。だが、知ったことか。俺もただにらみ返すだけ。呆れたように、相手は頭をかいていた。
「まったく、まともに会話くらいしろよ……」
「ビリーかと聞いている。答える頭すら持っていないのか?」
「ああ、俺様がビリーだ。それで?」
合っているのを確認して、俺は手袋を相手の顔面に叩きつける。当たった手袋は、ひらりと地面に落ちていった。
歯を食いしばった様子で、ビリーは苦々しい顔を向けてきた。
「拾え。決闘の作法くらい、お前でも知っているだろう? お前に、
「はっ、悪くねえ。俺様の力を示す良い機会だ。なんなら、この場でやってやっても……」
俺に対してすごむビリーの喉元に、
「お前ごとき、今この場で叩き潰してやっても良い。だが、しっかりした場を用意してやると言っているんだ。立場をわきまえろ」
「思ったよりも、乱暴なものだな? 騎士道とやらは、良いのか?」
「黙って手袋を拾え。それだけが、お前に許されたことだ」
不満そうに、ビリーは手袋を拾った。それを見て、俺は帰るために背中を向ける。
即座にビリーは殴りかかってきて、俺はただ心臓のあたりに拳を叩きつけた。ビリーは膝をついて、うなっている。
それを背中に、今度こそ俺はリゲル学園へと帰っていった。
リゲル学園に話を通すと、開催は1週間後になるとのこと。それまでの間、俺は部屋にこもり続けていた。少しでも、能力を正確に操作するために。
誰が来ても、部屋の中には入れなかった。もし顔でも見てしまえば、悲しそうな顔をされてしまえば、きっと能力を使えなくなってしまうから。
心臓が冷える感覚を強く覚えながら、俺は能力の使い心地を確かめていく。無機物だけを殺して、粉になって消える姿をながめながら。証すら残さず空気に溶けていく姿に、わずかに哀れさを覚えながら。
どこか、後戻りできないような何かを感じていた。それでも、俺は能力を使い続けた。時間の感覚も分からないまま、ひたすらに。
カレンダーだけが、俺に時間を教えてくれていた。
やがて訪れた
女王様のことなんて、気にしていられない。俺はただ、ビリーを叩き潰すだけだ。
「ビリー、覚悟はできたか? 今日がお前の終わる日だ」
「はん! あの時は不意打ちを受けたが、今度は油断しねえ。怒れ、
ビリーが槍を出すのに合わせて、俺も漆黒の剣を出した。
さあ、やってやる。エミリの味わった苦しみを、徹底的に思い知らせてやる。
そんな俺達をながめながら、女王様は楽しげな笑顔で俺の方を見る。おもちゃ箱を前にした子供みたいに、とてもワクワクした顔で。
ビリーには少しも目を向けることなく、ゆっくりと宣言した。
「我が国が誇るソールと、ただの小物では勝負になるまい。アルテミス神聖王国女王、エステル・クレスメント・アルテミスの名において命ず。ソール、ただ剣技のみで、この愚か者を打ち破ってみせよ」
……えっ?
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