スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった 作:maricaみかん
エミリという名前は、私にとっては立場のひとつ。いくつかの名前と、いくつかの顔。今はリゲル学園で学生をしているというだけ。根本的に、私の本当はどこにもない。私はずっと、嘘まみれだった。
私は両親の顔も、本当の名前すらも知らない。状況から察するに、売られたんだとは思うけれど。
物心ついた時には、私は笑顔の訓練をしていた。いろんな種類の笑顔を使い分けられるように。
「もっと自然に。口を意識するだけではダメ。目も動くし、頰だって緩む。よく見て。こう」
甘えるような笑顔、楽しそうな笑顔、落ち着いた笑顔、明るい笑顔。その他にも、いろんな顔を作っていた。自分の顔と感情が、少しの関係も無くなるように。
狙った表情を作り出せるようになったのは、物心ついてからそう遠くなかった頃のはず。
幸いだったのは、虐待のような訓練はされなかったということ。むしろ、丁重に扱われていたとすら思う。
しっかりと理論立った教育。手取り足取り、人の心に溶け込む方法をひとつひとつ教わっていった。
表情だけでなく、仕草も声色も。そして、どんな話を選ぶのかも。
「一番大事なのは、弱さを人に見せること。続いて、相手に興味を持っていると示すこと。そして、不機嫌な姿を見せないこと」
そう、エースだったらしい教官に教わった。何度も何度も、刻みつけるように繰り返された。
彼女はとても美人で、だからこそスパイとして優秀だったってこと。私に対しても、ずっと優しかったから。もちろん、指摘は厳しかったけれど。
失敗するたびに、どういう理由でダメなのかを説明された。改善案も、一緒に考えてくれた。
「良い話をしようとするだけではダメ。とにかく、話し方を重視して」
「つまり、話の内容より声や表情、間が大事ってこと?」
「そう。後はタイミングだけ。よく理解できて、えらいわね」
「教官の教え方がうまいからだよ。私だけだったら、きっとダメだったと思う」
「ありがとう。あなたはとても優秀だから、きっと誰からも愛されるわ」
そんなことを言われながら、優しく頭をなでられたこともあった。期待の証だと信じられるだけの、とても穏やかな笑顔をしていた。
訓練で成果を出すたびに、うんと褒めてくれた。染み渡るような、優しい声で。
そんなことばかり、繰り返していた。話し方がある程度身についたら、気配の消し方や戦闘技術なんかも教わりながら。
どれも丁寧に優しく教わって、大事に大事に育てられていることを実感できたよ。怒鳴られたことも殴られたことも、ただの一度だってなかった。
もちろん、戦闘訓練では痛いこともあったけれど。それは当たり前のことだって、誰だって分かると思う。
教官はずっと、私が苦しくないように気を配ってくれた。いろんなことに、先回りして。
遊びみたいに教わったこともあった。トランプみたいに紙を選んで、お題の表情を作ってみたりとか。即興で、題材に応じた話をしてみたりとか。楽しいことの方が、圧倒的に多いくらい。
いつしか、心から信頼していた。同時に、期待に応えたいと思うようになっていた。
きっと、教官の技術によって与えられた感情。そう、今となっては理解できるんだけどね。
「あなたには、一番大事な任務を与えるわ。いつか、あなたにしかできないことを」
教官の言葉に、気合いを入れ直していたのを覚えているよ。
そんな私が最初に任された任務は、歴代最強と言われた近衛騎士の情報を集めること。
方法は、大きく分けてふたつ。ひとつは、幼い子供が騎士に憧れているという体で、街の人々に話を聞くこと。
「私、騎士様みたいになってみたい! だから、お話聞かせて?」
なんて、街で歩く男の人を捕まえて聞いてみたり。いろんな人に、似たような手を使ったかな。
「派手な炎で燃やしていてな。観客席にまで熱が届いてきたもんだ」
「歴代最強って、カイル様より強いはずはないんだが……」
「結局、概念には干渉できない程度。お嬢ちゃんも、本質を見抜くことだ」
そんな感じで気前よく聞かせてくれる人もいれば、私を連れ込もうとする人もいた。
見当違いの方向を探しているのを見て、ほっと息をついたのを覚えている。たぶん、戦えば簡単に勝てたんだけどね。
とにかく、街で聞くのは順調だったかな。
もう一つの手段は、
分かったことは、とても厳しい訓練をしていたということ。そして、いろんなものを燃やそうとしていたこと。
「水よ、燃え上がれ!」
「鉄を焼き尽くせ!」
「音を燃やし切れ!」
最初の頃は、何度も何度も失敗をしていた。それでも、毎日毎日続けていたよ。体力も
徹底的に、
やがて水が蒸発するようになり、鉄が溶け、音が私に届かなくなったりもした。
だんだん強くなっていく姿を、ぜんぶ教官に報告していたよ。
「なるほど。ただの弱者では、終わらないということ……」
そんな風に、難しい顔をしていたりもしたかな。ちょっと怖くて困っていたら、すぐに笑顔を向けてくれたんだけど。
「ありがとう。とても良い仕事をしてくれたわ。やはり、あなたは私たちの希望ね」
そう、優しい手つきでなでてくれた。私も、自然と笑顔が浮かべられていたんだ。
他にもいくつかの任務を重ねて、私は経験と自信を積み上げていった。失敗もしたけれど、すぐに挽回できる程度。
せいぜいが、ダブルチェックで分かる偽情報に引っかかったくらい。その時でも、優しく慰めてもらえたんだ。
「次のあなたなら、絶対に成功できるわ。今回はまだ、実力が足りなかっただけ。あなたなら、私だって超えられるはずよ」
そんな風に、少しだって責められることなく。心の奥底まで、溶かされていくように。
だから、次は失敗しないようにって頭をひねった。訓練にだって力が入った。
後で振り返ってみると、適度な難易度になるように任務を振り分けられていたよ。
ひとりを探る任務から、複数人の情報をまとめる任務。そして、組織だった立ち回りを調べる任務まで順番に。
取り返しの付く範囲で失敗できるように、意図的に難しい仕事も。明らかにフォローが入っている任務は、相応に難しかったから。
やがて、私は教官のフォローもないままに任務をこなしていくことになる。着実に、成功を積み重ねていったよ。
その度に、教官は私を褒め続けてくれた。だから、もっともっとって努力できたんだと思う。
私にとって最大の任務がやってきたのは、十分な実力がついたと周囲に認められてから。その日は、教官に呼び出されたよ。
教官は私を見て、顔をほころばせる。そして、落ち着いた口調で話し始めたんだ。そっと、私の頬に触れながら。
「あなたは、これからエミリ・ビアンカ・オーロラという名前でリゲル学園に向かってもらうわ」
「そこの生徒たちと、仲良くなればいいってことですか?」
「半分はね。一番大事な相手は、とある生徒。エステル女王陛下によって入学させられた、謎の少年」
とても難しい顔をして、教官は語っていた。だから、私たちの邪魔をする人なんだって思ったくらい。
そんな感情だって、表に出すことはなかったんだけどね。自分が抱いている感情と関係なく、適切な表情や仕草を浮かべる。私にとっては、当たり前にできることだったから。
だから、仕事にとって必要な情報を冷静に確かめることができたよ。
「謎って、そんなに分からないことがあるんですか? 女王陛下まで動いているのに?」
「家族構成や交友関係については、もう分かっているわ。問題は、女王陛下が動く理由」
「強い能力を持っているとか?」
「おそらく、そう。けれど、能力は徹底的に隠されている。だから、あなたは対象と、ソール・ノイア・エクリプスと仲良くなってほしいの」
「そして、能力を探ってほしいってことですね」
「ええ。あなたに伝えられているということは、陛下はこの動きを見逃すつもり」
「女王陛下の敵が、なぜか動く前に潰されているんでしたっけ……」
陛下の能力は、おそらくは情報を集める能力。あるいは、部下に優秀な人がいるか。どちらであったとしても、隠れて動くということに意味はないほどの立ち回りだった。
気づけば陛下の敵は証拠とともに罪を明らかにされ、失脚したり死んだり。いつしか、誰も逆らわなくなっていたよ。
深淵を見通す魔女。そんな風に呼ばれているのを聞いたこともあるよ。
だから、私たちが生きていられるという事実が、見逃されているという証拠そのものだったんだ。
「ええ。今の私たちを見逃すあたり、よほど隠し通す自信があるのか、なんなのか……」
目を伏せて、悩むような顔をしていた。だから私は、迷わず頷いたんだ。少しでも、教官の心を軽くしたいって。
「任せてください。そのソール君と、必ず仲良くなってみせますから」
「焦らないでね、エミリ。心から、ソール君を大切に思うこと。まずはそこから」
「分かっています。自分すら騙せない演技では、誰も騙せませんから」
「ええ。ソール君に、すべてを捧げても良いと」
「だから、これまで私にハニートラップの任務は与えなかったんですね」
身奇麗な体で、ソール君を骨抜きにするために。いざという時に結ばれて、心を縛り付けるために。男の人は、そういうことを大事にするらしいから。
つまり、私はソール君を落とすために人生を使うってこと。
そう問いかけると、教官は薄く微笑んでいた。
「正しいわ。やはり、あなたは素敵よ」
「ありがとうございます。必ず、ソール君と幸せになってみせます」
「ええ、それでいいの。では、手続きは進めておくわね。頑張って、エミリ」
そう言って、頭に優しく手を置いてくれた。私は任務に向けて、ソール君の資料を徹底的に読み込んだよ。
基本的には真面目だけど、周囲と距離を取りがちなこと。女性関係は今までに確認されていないこと。人との争いを好まない性格だということ。
つまり、優しい人。誰かを大事にできる、とても素敵な人。そう、何度も何度も頭の中で繰り返したよ。リゲル学園の入学式まで、ずっと。
やってきた入学式からは、一通りの人と自己紹介をしたよ。ソール君にあからさまに近づきすぎると、周囲との関係が乱れちゃう。結果的に、ソール君に近づきにくくなるから。
「ふふ、よろしくね。あなたとなら、きっと仲良くできると思うんだ」
そんな心にもない言葉を、心を込めて。男の人なんて、誰でもデレデレになっていたくらい。
授業は免除されていたけれど、他の生徒と一緒に参加してみたりして。
私は順調に関係を作っていって、本丸を攻めることにした。
その時にはすでに、ソール君は校庭の片隅でただ訓練しているだけだった。そっちの方を見ると、数人の生徒に止められもしたかな。
「あいつ、良くない噂を聞くぞ……。なんか、裏口入学したとか……」
そんな情報を聞いたので、複数人に確かめてみたりもした。結果としては、明らかに情報操作を受けているというのが結論。
ソール君が女王陛下にねじ込まれたのは事実だけど、広まり方がおかしかった。他にも、事実無根の噂もあったから。ひどいのだと、女の人を妊娠させて捨てただとか。
組織の得た情報では、普通に生きている少年だった。能力を隠し通しているだけの。
つまり、どこかのエージェントが仕事をしているってこと。
私の知っている人は、リゲル学園にはいなかった。私の知らない別部門だったのか、別の組織なのか、あるいは女王陛下によるものなのか。
いずれにせよソール君は孤立していて、だから私にとっては都合が良かったんだ。
私はタオルと飲み物を用意して、まっすぐソール君のもとへ向かっていったよ。
とても顔が良いっていうのが、第一印象。切れ長の目に、整った鼻筋。ちょっと影のある雰囲気も、色気を出しているような。
だから、とても多い
そんなソール君は、ずっと剣を振って、
熱心な姿を、ただ見守っていたんだ。訓練の邪魔をしないように、離れて。
そして日が暮れてから、ソール君は息をつく。そのタイミングを見計らって、私は声をかけたんだ。
「お疲れ様。ずっと頑張っていて、すごかったね。これ、良かったら受け取ってほしいな」
ソール君は驚くこともなく、私の方を見て笑顔を浮かべていたよ。さっきまで、気配を消していたのに。
鈍感なのか、本当は気付いていたのか。そんな疑問を隠しながら、タオルと飲み物を手渡していく。
迷わずに受け取られて、優しい顔が返ってきたんだ。
「ありがとう。えっと、君は……」
「エミリって言うんだ。仲良くしてくれると、嬉しいな」
「俺はソール。俺も、仲良くしてくれると嬉しい」
あんまり自己紹介はうまくなくて、やっぱりソール君は人に慣れていないんだなって。いきなり冗談を言う人もつまらないことが多いけれど、発言に何の工夫もなかったから。
それも、ソール君の誠実な一面ではあった。私はそう刻み込んでいたけれど。
手を差し出すと、まずタオルで手を拭いてから握り返してきたんだ。それも手慣れていないって感じで、ちょっと可愛いって思いはしたかも。
ふんわりとした笑顔で手を握りしめると、目をそらしたりなんかしちゃって。子犬みたいっていうのが、素直な印象だったよ。
手を離すと、すぐにゴクゴクと音を立てて飲み物を飲んでいったりしてね。照れているのが丸わかりで、面白いったらなかった。手のひらの上としか、言いようがなかったし。
それで渡した飲み物を飲み終えて、すぐにこっちを見てきてね。
「これ、お金かかったよな……? あんまり高いやつだと、その……」
なんて言ったりして。返そうとする意志もあって、でも高いと返せないって現実的なところもあって。
優しいのは本当なんだって、あらためて実感できたかな。無理しなくても仲良くできそうだって、素直に思えたよ。
少なくとも、私を傷つけてこようとはしない。そう思えるだけの態度ではあったから。
また手を握り返したら、今度は目をあちこちに向かわせたりなんかもして。ほんと、どうとでもできそうだった。
「気にしないで。手作りだし、別にお金もかかっていないから」
「手作り!? それでこんなに美味しいんだ……」
なんて、無自覚っぽい顔でこぼしてみたりして。実際に手作りだったから、喜んでもらえたのは嬉しかったんだけどね。
こういうところでは、嘘をついたりしない。普段は誠実に生きるからこそ、騙したい時に騙せるもの。
だから、ちゃんとソール君のために手間ひまをかけたんだ。しっかり味わってくれたのは、高得点だったね。
「ふふ、喜んでくれるのが一番のお礼だよ」
「そうか。なら、ありがとう。その代わりに、手伝えることがあったら何でも言ってくれよ」
なんて、まっすぐな笑顔で返してきたりもして。誠実で優しい人という印象は、確かに本物だった。私は、胸に刻みつけていたよ。
その日から、私たちの関係は始まったんだ。
私はソール君の訓練を定期的に手伝ったし、代わりに力仕事を手伝ってもらったりなんかもして。
といっても、自分でも解決できそうな程度のものだったんだけどね。本当に困るようなら、スパイなんて務まらないし。
でも、タンスなんかの重い荷物だって、嫌な顔一つせずに持ってくれた。私が歩くペースには、必ず合わせてくれた。そういう人だとは、確かめられたんだ。
慣れてないから発言が甘いだけで、根本的にはとても優しくて誠実な人だって。
だから私は、簡単に笑顔を浮かべられたよ。
「お疲れ様。手伝ってくれて、ありがとう」
「当たり前だ。エミリには、これまで何度も手伝ってもらったんだからな。また、何でも言ってくれ」
なんてまっすぐに言ってくれて。私が手を握り返したら、耳まで真っ赤にしていたりして。
「ふふ、実は下心があったりして?」
「俺をナンパ男だと思ってたりする!?」
ちょっと冗談を言えるかなと思ってみたら、目を白黒させながら反応してくれたりもした。表情がコロコロ変わって、やっぱり子犬みたいだなって。
私たちの関係は、本格的に深まっていったよ。気軽な会話ばかりをして、笑顔を浮かべる機会も多くなっていった。
ソール君が私の言葉に反応するたびに、私は笑顔になった。気づけば、表情を意識することもないままに。
演技が染み付いていたのか、それとも本当に楽しかったのか。今となっては、分からない。本当に楽しかったのなら、どんなに素敵だろう。そう思ってみたりもしたよ。
ソール君に能力が通じていないって気づいたのも、仲良くなる中で。すごい人なんだなって褒めたくなったけれど、能力を言うわけにもいかなくて口をつぐんだりもしたよ。
私はただ、黙り込む。その時にソール君が心配そうな顔をして、ごまかして。私が胸を抑えたのは、演技だったのか本心だったのか。
いつしか、私は自分の心が分からなくなっていたんだ。
そしてソール君は、レイラさんと一緒に訓練をするようにもなった。だんだん技が洗練されていく姿を、私はずっと見守っていたよ。
レイラさんと一緒にいる時は、ソール君に近づけない。それを邪魔に思ったりもしながら。
ただ任務のためだったのか、嫉妬が沸き起こっていたのか。私は自分を騙せているのか、ソール君に何かしらの感情を持っているのか。なにも、判断がつかないままに。
最終的には、ソール君は
本戦に出場することになったソール君を、私は笑顔で送り出したよ。その応援に、明るい笑顔で返してくれたんだ。
結局、ソール君は勝ち進んだ。しっかりと、情報を読み込んでいたよ。
優勝した報告を受けて、それでもソール君の能力は分からなかったけれど。
大会の期間中にスティアさんの案内をしたりして、戦いの話なんかもしたり。私とスティアさんじゃ勝負にならないって言ってみたりね。
今はともかく、当時のスティアさん相手になら簡単に勝てたと思う。それこそ、本当に勝負にならないくらいには。
先に能力を発動して隠れてしまえば、きっとどうとでも料理できたから。
ソール君に注目するように、話を誘導してみたりしてね。結果的に
下心を隠しつつ、私はソール君と話す。胸の奥にある、もやもやした気持ちすらも隠しながら。相変わらず、
私たちが生きる世界が違うという言葉は、からかいだったのか本心だったのか。
ハッキリ言って、ただの事実だと思うんだけどね。スパイという暗部として生きる私と、
ソール君が私に突っ込みながら顔を変える姿を見て、私は何を感じていたんだろう。いつも通りの笑顔は、浮かべられていたはずだけれど。
その
私にとって良くない状況だと、すぐに分かった。ちょうどその手前くらいに、ソール君の能力を知りたいという組織の催促もあった。
結果として、私は舞台を用意することになる。まずソール君とデートをして、それから状況を反転させること。
だからまず、最高のデートをプランニングしたよ。学園の中でできるように、おうちデートのような形で。
どんな料理を作れば喜んでくれるかなって、いっぱい考えた。どんな言葉をかけようかなって。
ガッツリした料理が好きなのは知っているけど、栄養バランスも大事だよねとか。どこまで頑張ったってアピールしようかなとか。
部屋の中も、ソール君の好みに合わせた方が良いよねって。できる範囲で、調整もした。
何度も何度も頭の中で計画を練り直して、そしてソール君をデートに誘う。
ソール君は、最高に喜んでくれた。だからこそ、私の怪我で悲しんでくれる。そう確信しながら、話を進めていったよ。
私がソール君を騙していたとしてもって言葉は、計画の成功を確かめるためのものだったのかな。それとも、弱さをみせるためだったのかな。あるいは、私の……。
間違いなく、ソール君は私を肯定してくれる。そう思いながら言っていたことだけは、確かだったけれど。
デートを終えて、私は動き出した。事前に用意された、ビリーという標的に向けて。
どうにも、
そもそも素行が悪かったから、騎士としては的確じゃないって判断されていたらしいんだけれどね。それを、周囲の無理解やリゲル学園の優遇って方に考えを動かしていく。少しずつ、吹き込んで。いずれ爆発するように。
状況からして、私の組織だとは思う。ミンタカ学園にいるエージェントは、私には知らされていないけれど。スパイというものは、余計な情報を知らないということも大事だからね。いざって時のために。
ビリーの動きは組織から知らされていたから、わざわざリゲル学園の制服を目立つように来て目的の場所に向かう。
ちょっとビリーの顔を見て悪い笑顔を浮かべたら、それだけで顔を歪めて戦いを挑んできた。
ハッキリ言って、遊び半分でも勝てる相手だったとは思う。極端な話、殺そうと思えば5秒もいらない程度の。
そこを、ちょっとだけ追い詰めた段階でわざと右腕を折られたんだけど。相手の能力を使わせて、右手に当たるように誘導して。
折れた瞬間、ビリーは口元を楽しげに歪めていた。鼻で笑っていた。お前にはお似合いだとすら言った。だから、訪れる未来に同情もしないんだけどね。
それで、ソール君を
私のために顔を歪める姿を見て、気づけば私は手を伸ばしそうになっていたよ。右腕を吊っていたから、伸ばせなかったんだけどね。
ソール君は、その瞬間に決意を深めた顔をしていたよ。苦しそうに、私を見ながら。
ただ私のために、人生すらもかけようとしていた。ソール君を騙している、私のためだけに。
止めようか、悩んだ。だけど、言葉は出てこなかった。半分は、仕事のため。
きっともう半分は、抑えきれない気持ちのせい。ソール君が私のためにどこまでもしてくれて、嬉しい。そんな感情も、否定はできなかったから。
簡単に、
組織たちはみんな、その
やってきた女王陛下によって、ソール君は能力の使用を禁じられたんだけどね。
女王陛下は、いくつもの会談を中止してまでソール君のもとへとやってきた。それほどの何かがソール君にある。関係者は、誰もが理解していたと思う。
いったい、何を知っているの。ソール君は、どうして能力を使わないの。そんな疑問は、応援の裏に隠していたよ。
私はただ、ソール君の
腕は、もう治っていた。怪我の影響を隠すことで、体の治癒力を高めていたから。もう自由に動く手を、それでも吊るしながら。
ソール君を、ただ見つめながら。いつもの子犬みたいじゃない、修羅みたいな顔を見ながら。
結果は、あっけないもの。ビリーはあっさり負けるだけだった。
それで、近衛騎士はソール君の戦いに言いがかりをつける。女王陛下が一蹴して、ソール君は陛下への信頼を深めているようだった。
私には、簡単に分かったよ。近衛騎士に、あえてソール君の敵を演じさせたんだって。今の近衛騎士は、ただ実直なだけの人だから。
そう。女王陛下が近衛騎士に命じたんだ。ソール君の敵になるようにって。そこからかばって、女王陛下はソール君の好感度を稼いでいた。
もっと言えば、
スティアさんとの
女王陛下は、ずっとソール君の味方で居続ける。そう演出するためだけに。
私も、似たようなもの。だから、当たり前のように気づけた。
ソール君だけが、違ったんだ。彼だけが、ただまっすぐだった。誠実だった。
燃えたぎるような復讐心を抑えて、ただ私の心を尊重してくれる。私の幸せだけを、考えてくれているって。
私に復讐するか許すかを選ばせたのも、その証。もっと言えば、私が選びたくないって言えば決断だって背負ってくれるつもりで。
結局、ビリーの騎士としての資格を剥奪することを選んだ。女王陛下は、ビリーの能力を奪うって解釈したみたいだったけれど。
それで、ソール君はビリーにすら同情しているようだった。私は、虫が潰れたくらいにしか思っていなかったけれど。
女王陛下に誘惑されて、デレデレになって。それでも、最後には私を優先してくれた。
その時に私がかけたソール君にはふさわしくないって言葉。それは、正しいと思う。だけど、間違いなく打算もあるんだ。
自分を悪く言いさえすれば、ソール君は私を気にかけてくれる。絶対に、私とは距離を取ったりしないって。
むしろ、心配になって距離を縮めるくらいだと思う。ちょうど、弱さを見せる形になるから。任務としては、とても都合が良い。
私はどこまでも、ソール君の気持ちを利用するだけ。ずっと私を大事にしてくれるソール君を、それでも。
ソール君の心から困ったような顔を見ながら、私は打算を働かせ続ける。
そんな私にも、本当の気持ちはあるはず。嘘だらけな私の、たったひとつの真実。
いつか、あなたに言いたいこと。決して、今は言えないこと。
大好きだよ、ソール君。
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