スポ根みたいな異能力バトル世界で即死チートを持ってしまった 作:忘れられた女神
俺の鼻先に、大剣が突きつけられている。その持ち主である王女様は、あまりにも鋭い目をしている。焼き焦がすかのように、俺を睨むまま。
どちらかが死ぬまで戦えとも言われた。どう見ても、怒りに打ち震えている。
いったい、どこで間違ったのだろう。今となっては、振り返ることしかできない。
最初に王女様とふたりの部屋に案内された時、まず俺はひざまずいた。
「頭を上げて。私たちは、対等に競い合う関係よ。王女とか平民とか、強さの前では何の意味もないことよ」
そっと俺の肩に手を添えて、起き上がらせてくれる。真っ赤な瞳には、燃えるような熱情があった。
「ありがとうございます。俺はソール。一応、今年の
「知っているわ。英雄の孫娘、ユミナを破ったんだって。あたしはスティア。よろしくお願いするわ」
そう言って、手を差し出してくる。服で拭いてから、俺も返す。同じ制服の袖が、重なった。
柔らかさの中に、硬さがある。ユミナさんと同じ。スティア王女の努力を、言葉よりもはっきりと伝えてくる。
きっと、とても素晴らしい人。本気で友達になりたい。そう感じた。
「はい、こちらこそ。仲良くできると、光栄です」
「……固い手ね。これだけでも、分かるわ。あなたが、あたしより努力してきたってことが」
弾んだ声で語られる。褒められることは、とても嬉しい。
……まあ、俺は努力が確実に成功するからというのもあるが。今は、言っても仕方ないか。
「スティア王女こそ、とても努力してきたことが伝わります」
「うふふ、良いわね。あなたみたいな人と出会えただけでも、国から飛び出してきた価値があるってものよ」
「俺も、あなたが満足できる学園生活になるように頑張りますね」
「王女だからって、気を使わなくていいのよ。そんなんじゃ、強くなれないでしょ?」
「熱心なんですね。俺も、同じように頑張りたいです」
「なら、さっそく戦いましょうか。あたしの強さとアキレス皇国の誇り、見せてあげるわ」
唇の端を釣り上げて、獰猛に笑っていた。これもユミナさんのように、激しく。だから、きっと仲良くなれるはず。そう思えた。
「お手柔らかに、お願いします」
「あなたの
俺を見つめる眼差しは、とても強い。戦いに全身全霊をかけているのだと、見て取れた。
ただ、だからこそ言っておかなければならないことがある。これだけは、譲れない。
「
そう言うと、スティア王女はぽかんと口を開けた。まるで、予想外の言葉を言われたかのように。
「……えっ」
少しして、王女様は目を閉じる。何事かを考えるように、深く。
一度震えて、俺を見る。目の奥まで探るように、じっと。何かを察したように目を見開いて、うつむいていた。
次に俺を見た時、目がすっと細まっていった。激しい冷たさを覚えるほど刺々しく。どこまでもきつく、そして鋭く睨みつけてくる。
「そう。あたしには、本気を出すまでもないってわけ。甘く見ていると、痛い目見るわよ」
「違います。もし俺が……」
その先は、続かない。人を殺す能力だなんて、言えるはずがないだろ。
沈黙が、少しだけ場を支配する。とてもではないが、目を合わせられない。
スティア王女から、歯ぎしりの音が聞こえた。俺が何をしてしまったか、遅れて理解できた。
空気が冷えていく感覚が、強く伝わってくる。
「あんたが能力を使ったら、あたしとは勝負にすらならない。そう言いたいんでしょう」
口元を引き結びながら、低い声で淡々と告げられる。
「俺はただ、スティア王女を傷つけたくないだけで……」
納得できる言い方ではない。分かっていて、そう言うしかなかった。
目の前で、太ももに拳を叩きつけていた。乾いた音が、部屋に響き渡っていく。
スティア王女の拳は、ひどく震えている。凍えているとすら錯覚させるくらいに。
「それが肯定してるって言ってるのよ! ……バカにしてくれたものね」
喉が枯れそうな叫びの後、顔から一気に表情が消える。声色すらも冷え切っていた。一度だけため息を吐いて、スティア王女は俺に向けて軽く手を伸ばす。
「圧壊せよ、
「
そうして、俺は決闘を挑まれることになった。スティア王女は、目をうるませてすらいた。
言い回しに失敗したのは、否定できない。それは認める。傷つけてしまったのだろう。申し訳ないと思う。
ただ、どう言い繕っても同じだったはずだ。スティア王女の望みは、決して叶えるわけにはいかないのだから。
とてもではないが、
だって、死ぬんだ。スティア王女の努力も信念も、何もかもを踏みにじって。本当に、ただあっけなく。アリを踏み潰すより、ずっと無造作に。
能力を使う戦いなんて、受けられるはずないだろ。どれだけ恨まれても、絶対にだ。
「なんと言われようとも、能力は使えません」
「死にたくなきゃ、本気を出しなさいよ。じゃないと、本気で……」
スティア王女の瞳は、少しだけ揺れている。きっと、俺のことを殺したいわけじゃない。強い言葉を使っているだけなんだ。
だから、どうか止まってくれ。俺だって、同じ気持ちなんだ。
「とにかく、危険なんです。俺は、あなたを殺したくなんて……」
「自分が殺される可能性すら、考えないってわけ?」
「それは……」
「良いわ。正式に、宣言する。
国に申請して、ハッキリと白黒つける。そこまでするほどに、怒らせてしまったようだ。
気持ちは、分からないとは思わない。スティア王女を軽く見ていると言われても、弁解は難しい。
だから、俺は頷いた。決して死なせはしないと、胸の奥で誓いながら。
すぐに、スティア王女は背中を向けて去っていく。強い足音を立てている姿が、とても印象的だった。
俺はただ、訓練に戻るしかなかった。
それからというもの、校庭の片隅での訓練を遠巻きに見つめるものばかり。ほとんどの人は、俺を見ながらひそひそと話していた。
みんなに囲まれていたユミナさんと少し目が合ったが、それくらい。みんなの波に流されて、名残惜しそうな目をしていたけれど。
一週間ほど、訓練を続ける。食事では周りの席が空いていたりしながら。ユミナさんが隣に座ろうとして、止められている姿も見た。貼り付けたような笑顔で去っていくのが、印象的だった。
ずっと、ただ訓練し続けた。ひとりぼっちのまま、ずっと。
俺に対する周囲の目線だけは変わって、ひたすら遠巻きにされるだけ。いつものように、ただカレンダーをめくり続けた。
昼に行われる
素早く振り下ろすと、地面に当たらずとも土煙が舞う。うん、悪くない。
剣に宿る力も軽く動かす。剣の外に出す感覚も確かめる。能力を使わないために、しっかり手札は用意している。これも大丈夫だな。手応えに頷いた。
もう一度振り下ろそうとすると、後ろに気配を感じた。足音を消しているようだが、俺には分かる。
振り向くと、金髪のちょっと派手な少女が真ん丸に目を開いているのが見えた。すぐに駆け寄ってきて、ニンマリと愛嬌たっぷりの笑顔を向けてくる。
「30秒も走らなきゃダメな距離で私に気づくって、すごいを通り越して気持ち悪いに入ってるよね」
「いきなり罵倒されるようなことは、した覚えがないんだが……」
額に手を当てて嘆く俺をよそに、彼女は耳元へと近寄ってくる。そっと、ささやくようにかたりかけてくる。
「今日も今日とてエターナルぼっちキングだね、ソール君」
「もっと罵倒をしろとは言ってないぞ!?」
「じゃあ、ソール君に友達はいるの?」
首を傾げながら言われた言葉が、俺に突き刺さった。
話し相手など、それこそいま目の前にいるひとりだけ。ユミナさんとは、学園では話せていないまま。
なら、目の前の彼女を友達だと言って良いのだろうか。いや、友達はいるのかと聞かれている時点で、カウントされていない可能性がないか?
俺はただ、うなだれるだけだった。
「そこでエミリって言えないあたりが、君のぼっちっぷりの証だよね」
「じゃあ、俺と友達だと思ってくれるのか?」
わずかな望みをかけてそう言うと、ゆっくりと目をそらされた。軽く頬をかきながら、口を結んでいる。
「私とソール君じゃ、釣り合わないかな……。生きている世界が、違うんだよ」
あっけなく、願いは打ち砕かれた。
ずっとひとりの俺と、誰とでも仲が良い愛嬌たっぷりの美少女じゃ、確かに生きている世界が違うだろうけど!
「さっきまでの話は何だったんだ!? 俺の希望を返してくれよ!」
「王女様から
「そんな解説をしてくれと頼んだんじゃない! 俺の心が壊れちゃうだろ!」
エミリは人差し指をあごに当てて首を傾げている。まるで、よく分からないことを聞いたように。
俺は普通のことを言っているはずなのに、なんて顔をするんだ。これじゃあ、俺が変な話をしたみたいじゃないか。
「ソール君の心と鉄をぶつけたら、たぶん鉄が砕けると思うけど……」
「俺を何だと思っているんだ? もう、何を言われても怒らないぞ……」
「結構図太い人だとは思ってるかな。私に色々言われても、平気な顔をしてるし。……ね?」
唇が触れそうなくらいに、近づいてくる。とんでもない美少女の顔が、目の前いっぱいに広がっている。
明るい金髪と真っ白な肌は陽光に照らされて輝いており、唇は吐息ですら揺れるほどプルップル。澄んだ目に見つめられると、吸い込まれそうだ。
……くっ。エミリの暴力的な魅力の前に、太刀打ちできない。
ここまで美少女じゃなければ、もっと早く逃げ出せたかもしれないのに。俺はエミリという沼に沈んでしまっている。
対抗しても、絶対に勝てない。俺はあっけなく仕留められる運命なんだ……。
「そ、それより。どうして俺のところに来たんだ?」
「あー、逃げたね。それで、どうしてなんだと思う?」
「……なんだろうな。なんとなく?」
「ハズレー! 正解はー、王女スティア様と
勢いよくバツ印を作って、ニンマリとしている。
「どうしてそんなに楽しそうに……?」
「ソール君は覚えてないかなーって。聞く友達も、いないもんね?」
指を立てながら、胸を張って宣言してくる。どうしても視線が吸い寄せられてしまうのは、悲しき男子のサガ。
俺の目を見てニヤニヤしているあたり、絶対に気づいている。この魔性の少女は、どこまで狙っているんだ。くっ……。
「いくらなんでも、覚えているぞ……」
「ほんと? 相手を殺しちゃいけないこととか、分かってる?」
「当たり前だ。絶対に、誰かを殺したりするもんか」
たとえ死ぬまでというルールだったとしても、変わらない。
そもそも
うん。やはり、何があっても能力を使ったりしない。どれだけ痛めつけられようと、絶対に。
なんて、スティア王女はそんなことしないだろうけど。
「いくらスティアさんに殺し合いって言われたからって、忘れちゃダメだよ?」
エミリは俺の額をツンと押す。楽しげな笑みを、口元に浮かべながら。
よくもまあ、スティア王女の言葉を知っていたものだ。それとも、みんな知っているんだろうか。
みんなが俺を見てひそひそ語っていたのを思い出す。あれは、まさか。
俺は王女様にケンカを売ったって広まったということか!? だから、ユミナさんとも遠ざけられていたのか!?
まずい。このままじゃ、俺の青春は終わってしまう。本当にエターナルぼっちキング一直線だ。
エミリの言葉を事実にしてしまうのか? 俺は、ずっとひとりぼっちなのか?
……いや、考えても仕方ない。少しだけ息を吸って、目を閉じる。
どの道やることは同じなんだ。今はただ、エミリとの会話に集中しよう。
「三歩で忘れたりはしないぞ……。国に選ばれた審判が、裁定をするんだろ?」
「分かってるのなら、良いかな。えらいえらい」
「子ども扱いされている……」
「じゃあ、頑張ってね。絶対に、ソール君なら勝てるよ。誰よりも頑張ってきたの、知ってるから」
俺の手を握って、さっきまでとは違う真剣な顔で語りかけてくる。どこまでも、俺のことを信じているみたいに。
だから、俺の返事は決まりきっていた。
「分かった。王女様に勝って、仲直りしてみせるさ」
「うん。きっと、スティアさんだってソール君のことを……」
言い切る前に、エミリは首を振って背中を向ける。
背中越しに軽く手を振って、振り返らずに去っていった。
俺は
誓いを込めて、剣に宿る力を少しだけ操作していく。よし、今日も調子はいい。これなら、能力は使わずに済む。
剣の握りを深めて、最後に鋭く振りぬいた。そして、剣を消していく。
戦いの場である学園の闘技場に向かい、俺はぽかんと口を開けることになる。
「
ついこの間に見たばかりの、冷たく美しい顔。彼女は、俺を見て意味深に微笑む。俺にメダルをかけてくれたことは、ちゃんと覚えている。
そう。我がアルテミス神聖王国の女王様が、俺達の審判だった。
つまり、女王様にまで俺達の話が伝わったことになる。
……嘘だろ?