「ねえ、カマラ。ちょっと付き合ってほしい訓練があるの」
アベンジャーズのトレーニングルーム。ア汗を軽く拭ったペニー・パーカーは、愛機『SP//dr』のコックピットから降り、愛用のスニーカーを床に響かせながらミズ・マーベル――カマラ・カーンへと歩み寄った。
「えっ、なになに!? ペニーから訓練の誘いなんて珍しいじゃん! 私にできることなら何でも言ってよ!」
カマラは目を輝かせ、巨大化させた自分の拳をぽんと手のひらに打ち鳴らした。憧れのヒーローたちに囲まれる日々の中で、歳の近いペニーから頼られることが、カマラには無性に嬉しかった。
「実はね、生身での回避と反射のトレーニングをしたいの。SP//drに乗ってるときは機体のセンサーでかわせる攻撃も、生身だとどうしても自分の眼と感覚だけが頼りになるでしょ? だから……カマラのイラスティグラブで避ける練習をさせてほしいんだ」
「私のイラスティグラブで!? いいよいいよ、任せて! 伸ばすスピードや角度も色々工夫してみせるわ!」
断る理由なんてどこにもなかった。カマラは両手を腰に当てて「ふふん」と胸を張る。
「でも、怪我はさせないようには手加減するからね! 弾力は柔らかめにしておくから!」
「うん、ありがとう。頼むよ!」
こうして、2人だけの特別回避訓練がスタートした。
広々としたトレーニングルームの中央で、二人は一定の距離を取って向かい合った。ペニーはふぅーと深く息を吐き出し、膝を軽く曲げて重心を低く落とした。視線をカマラの肩へ向け、生身の動体視力と反射神経を研ぎ澄ませていく。
「それじゃあ……いくよ! イラスティグラブ!」
カマラの威勢の良い掛け声とともに、彼女の右腕がバネのようにしなり、一直線にペニーの肩を目掛けて伸びてきた。
(速い)だが、ペニーの研ぎ澄まされた集中力はその軌道を捉えていた。
(右から…!)
ペニーは滑らかなステップで上体をわずかに左へ滑らせる。カマラの伸ばした腕はペニーの左腕の数センチ横を空切り、壁に届く前にしゅっと元通りに縮んだ。
「よし! 一発目、回避成功!」
「やるねえペニー! だけど、次はもっとスピード上げるよ!」
カマラは嬉しそうに笑うと、今度はもう少し早く腕を繰り出した。次は連続とシュッ、シュッと風を切る音がトレーニングルームに響く。
ペニーは身軽さと高い反応速度で、カマラの繰り出す「イラスティグラブ」を次々と見切っていく。体さばきはSP//drの操縦で培った軽やかさだった。
しかし、相手は実戦経験も豊富で攻撃が異彩な変幻自在のヒーローだ。
「甘いよ、ペニー! 軌道変化!」
「っ!?」
まっすぐ伸びてくると踏んでいたカマラの腕が、途中でぐにゃりと曲がり、蛇のような軌道を描いてペニーの足元へと潜り込んだ。
見切ったはずのタイミングがズレる。ペニーが宙へ跳んで回避しようとした瞬間、足首にカマラの手がしっかりとしがみついた。
「捕えた!」
「うわっ!?」
「そしてラバーバインド!」
「うわわっ!?」
イラスティグラブで一気に距離を詰められた瞬間、カマラの腕がゴムのように長くしなやかに伸び、ペニーの身体へ一気にぐるぐるっと絡みついた。
弾力のあるカマラの腕が、ペニーの胴体から両腕、両足までを優しく、けれど絶対に解けない完璧な密度と力で包み込む。まるで巨大なクッションに巻き込まれたような格好で、ペニーはすっかり身動きが取れなくなってしまった。
「あはは! ごめんねペニー。引っかけちゃった!」
「う〜! 今の軌道変更はズルいよカマラ……完全にはめられた……」
モチモチとしたカマラの腕の中で、ペニーは苦笑いを浮かべた。巻きついた腕はもちろん痛くはない。怪我をしないよう、カマラが絶妙な力加減と柔らかさで拘束してくれているのが伝わってくる。
「はい、解放〜! さあペニー、もう一回いってみよう!」
カマラが腕をすっと縮めると巻きついていた拘束が解け、ペニーは軽やかに着地した。
「よし……もう一回お願い! 次は絶対見極めてやるんだから!」
それからというもの、訓練は何回も繰り返された。
カマラはイラスティグラブのスピードを変えたり、背後から狙ったり、フェイントを混ぜたりと手を変え品を変え繰り出してくる。
「上っ!」
「引っかかった!」
「えっ下ぁ!?わあっ!」
上から来る腕に気を取られた瞬間、床すれすれを這ってきたもう一本の腕が全身にギュチッと巻きついた。
「カマラ、二本使うの反則!」
「両腕あるんだから合法でーす!」
とペニーも最初の1、2回は惜しいところまで避けるのだが、カマラの変幻自在なアプローチに一瞬の隙を突かれ、身体が追いつかずそのたびに捕まり、ラバーバインドで身体を締め付けられる。
「きゃあ! また捕まった〜!」
「ふふん、ラバーバインド大成功! ペニーの回避のクセ、ちょっと分かってきちゃったかも!」
「くやしい……! もう一回! 腕が解けたらすぐ次いこう!」
ぐるぐると拘束されては解放され、また向かい合って集中を高める。怪我の心配がない安全で実用的なスパーリングだからこそ、2人は限界まで反復練習を重ねることができた。
何度もラバーバインドの柔らかな拘束感を味わいながら、ペニーの脳内ではカマラの肩の動き、腕が伸びる瞬間の筋肉の収縮、動きの前兆がペニーに着実に蓄積されていく。
そして、十数回目。
「ハァ……ハァ……よし。カマラ、ラスト一回! 」
「オッケー! ラスト、私の最高速のイラスティグラブ、受けてみて!」
ペニーは額に汗を浮かべながら、カマラと真剣な眼差しを交わす。
カマラが大きく踏み込んだ。限界まで引き絞られた彼女の腕が、弾丸のようなスピードで弾け飛ぶ。フェイントも軌道変化も織り交ぜた、この日一番の鋭い「イラスティグラブ」。
空間を切り裂いて迫るカマラの手。
ペニーの思考がスローモーションに沈み込んだ。見えている。伸びる腕のしなり、空気を押し出す圧力、そして曲がる角度の予兆――。
(今……っ!)
ペニーは最小限の動作で身を翻した。カマラの指先がペニーの腕を前髪をかすめ、空を切る。 そして腕の動きを変えてがそれも避けきる
「なっ……伸びる軌道を変えても!?」
もう一度軌道を変えてカマラに伸ばす。腕を掠めたが避けきった。
「惜しい! 今ちょっと触った!」
「でも捕まらなかったもん!」
「凄いよペニー!!」
カマラは叫ぶと、自分も手を叩いて跳び上がった。
「私の最高速のイラスティグラブの動きを読んじゃうなんて、やっぱりペニーの反射神経は凄いわよ!」
「ううん、カマラが何度も付き合ってくれたおかげだよ。イラスティグラブの避ける感覚、身体がしっかり覚えてくれたみたい」
カマラが満面の笑みで右手を出した。ペニーも右手を出してパシッと爽快なハイタッチの音がトレーニングルームに響き渡る。
何度もぐるぐる巻きにされてクタクタになったものの、ペニーの心には晴れやかな達成感が残っていた。カマラもまた、大好きな友達の成長を間近で見られたことが嬉しくてたまらない様子で、ニコニコと笑顔を咲かせている。
「ふう……良い運動になったわね。ねえペニー、このあと一緒に冷たいスムージーでも飲みに行かない? 」
「 行く行く! カマラとのスムージーなら、ラバーバインド十回分以上の価値があるね!」
「何それ! 私のラバーバインド、安すぎない!?」
二人は顔を見合わせ、同時に吹き出し、楽しそうに声を上げて笑い合い、肩を並べてトレーニングルームを後にした。