また別の日のこと。トレーニングルームには、勢いよく風を切る音と賑やかな声が響いていた。
「はいっ、イラスティグラブ!」
「あ……また捕まった〜!」
回避練習の最中、またしてもカマラの変幻自在なアプローチに一瞬の隙を突かれ、ペニーは『ラバーバインド』によって身体をぐるぐる巻きに拘束されていた。
カマラの力加減は実に絶妙で、激しい痛みや苦しさは一切ないものの、逃げ出そうとしても絶対に解けない強度でしっかりと全身が締め付けられる。
「う〜、悔しい……! カマラの軌道変化が凄くなってて来てる」
「ふふん、ペニーと何度も練習してるおかげで腕のコントロールが上手くなって……ん?」
ペニーをぐるぐる巻きにしたまま自慢げに胸を張っていたカマラだったが、トレーニングルームの隅に静かに佇んでいる『SP//dr』が目に入った瞬間、彼女の頭の中に閃光のようなアイデアが閃いた。
(待って……この状態のペニーって、球体みたいで収まりがすごく良いんじゃ……!?)
「ねえペニー、ちょっとゴメンねー!」
「えっ? ちょっと、カマラ何する気――」
ペニーが困惑の声を上げる間もなく、カマラは腕の伸縮を勢いよく解放すると同時に、ペニーをひょいっと真上に向かって放り投げた!
「ひうっわー!?」
突如として浮遊感に襲われ、ペニーは情けない悲鳴を上げる。
だが、宙に舞ったペニーが落ちてくる直前、カマラは自分の両手を巨大化させ、落下してくるペニーを巨大な手で丸ごと包み込むようにキャッチすると、手のひらの上でコロコロ、コロコロと楽しそうに転がし始めたのだ。
「ひゃー!? ちょっと、回ってる! 世界が回ってるよカマラ!」
「あはは! なんか収まりが良くて可愛い!」
ノリノリになったカマラは、今度はペニーをポーン、ポーンと軽いボールのように上に投げては手のひらでキャッチするトスをくり返し始めた。さらに巨大な右手から左手へ、左手から右手へと、まるでジャグリングのようにペニーを交互に投げ渡す。
「私はボールじゃないよー!」
手のひらの間をぽんぽんと往復させられながら、ペニーは目を回す。しかし、カマラの悪ノリは止まらない。
最後に両手でペニーをすっぽりと包み込むと、感触を楽しむようにギュッ、ギュッと大きな手で握り直した。
「わっ、あっ、わっ!」
押し出される空気とともに変な声を漏らすペニー。カマラはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべると、部屋の隅にいる愛機へ向けて大きく声を張り上げた。
「SP//dr! ペニーをキャッチしてね!」
「え、待っ…」
カマラはピッチャーさながらの豪快なフォームで大きく振りかぶると、腕を鞭のようにしならせ、ラバーバインド状態のペニーを前方に思いっきり投げ飛ばした!
「わあああっっー!!!」
弾丸のようなスピードでトレーニングルームの空間を切り裂いて飛んでいくペニー!
普通の人間ならショックで気絶しかねない勢いだったが、待機状態だったSP//drの光学センサーが瞬時に反応した。ガシャンッと重厚な音を立て、SP//drは飛んできたペニーを見事なフォームでキャッチしてみせた。
「ふう……! ナ、ナイスキャッチ、SP//dr……」
SP//drの手の中で拘束が解けたペニーは、フラフラと足元を揺らしながら床に降り立った。そして、目を回して赤くなった顔を膨らませ、カマラに向かってトコトコと歩み寄ると、プンスカと全身で怒りを表現した。
「もうっ! カマラったら酷いよ! 突然投げ飛ばすなんて聞いてないよ!」
「あはは、ゴメンゴメン! でもさ、SP//drが絶対受け止めてくれるって信じてたし! それにね……」
カマラは腰に手を当てて、ニッコリと誇らしげな笑顔を向けた。
「ほら、前回の耐久実験の成果がちゃんと出てるじゃない! 私に投げられたり転がされたりしても、ペニーは全然平気だったでしょ?」
「……! 目は回ったけど、確かに……!」
カマラの言葉にハッとしたペニーは、自分の手脚を確かめた。あんなにぶん回されて放り投げられたというのに、身体にはどこも痛みがなく、酔いもすぐに収まっている。先日の過酷なテストを経て、自分の生身の耐久性とG耐性が確実に向上しているのを実感できた瞬間であった。
「うん、良い傾向ね!」
ペニーは納得したようにうなずき、カマラに向けてビシッと自信満々なグッドサインを作ってみせた。
……が、一瞬遅れて本来の目的を思い出して正気に戻ったペニー。
「って、それでごまかさないでー!」
「きゃー! バレたかー!」
逃げ出そうとするカマラに向かって、ペニーは「えーい!」と勢いよく生身で飛びかかった。
だが、カマラは余裕の笑みを浮かべると、本気ではない手加減した巨大な両手を正面でパンッ!と合わせた。
「ぴひゃっ!?」
勢いよく突撃したペニーは、カマラの巨大な両手のひらの隙間にすっぽりと閉じ込められてしまった。
「ふふん、甘いよペニー! ――あ、そうだ」
何かを思いついたカマラは、ペニーを挟み込んだまま、巨大な両手をズリズリ……ズリズリ……と交互に上下へ擦り合わせ始めた。
「わ、わわわっ!? なにこれ、体がズリズリされてる!?」
「 これ、相手をすり潰す新技にできそう♪」
「すり潰さないでー!? もうーっ!」
巨大な手の中で揉みくちゃにされながら、ペニーはキーキーと声を上げた。
生身の人間が食らえばひとたまりもなく気絶してしまうような破天荒な技の数々。けれど、お互いの強さと耐久性を熟知している2人だからこそ成立する、容赦のない「戯れ」の時間だった。
文句を言いながらも、ペニーの瞳には楽しそうな輝きが宿っている。カマラもまた、無邪気な笑い声をトレーニングルームに響かせていた。
そんな頼もしくも微笑ましい2人の笑い声は、訓練が終わった後もしばらくの間、温かく部屋を満たし続けていた。
そしてまた別の日。
トレーニングルームには、2人だけの賑やかな会話が響いていた。
「それっ。クルクルっと!」
「わーっ!?」
カマラの軽快な掛け声とともに、彼女の片腕が滑らかに伸び、宙を舞った。次の瞬間、ペニー・パーカーの全身――顔だけを残した首から下のすべてが、カマラの弾力ある腕によって隙間なくぐるぐる巻きに拘束されていた。
「うーんっ……やっぱり逃げられない〜……」
顔だけをちょこんと出した格好で、ペニーは降参するように吐息をつく。
「ふふっ。簡単に逃げられたら悪党を捕まえられないわよ」
カマラはペニーを苦しめない絶妙な加減を保ちつつ、伸ばした腕で程よく締め上げながら自慢げに胸を張った。
「むーっ……ん?」
拘束されたまま身動きの取れないペニーだったが、ふと、この状況の中で新たな疑問が頭に浮かんだ。
「ねえ、カマラ」
「ん? どうしたのペニー?」
「あのね、そのポリモーフって、手足しか伸ばせないの?」
ラバーバインドでキュッと縛られながら尋ねるペニーに、カマラは腕を伸ばした状態のまま指をあごに当てた。
「うーん……ペニーも知っての通りだけど、身体を柔らかくしたり、全体を巨大化させたり縮小させたりするのは全身でできるよ。でも、任意で伸ばせるのは基本的に手足だけね。体幹とか頭の一部だけを伸ばすのはできないわ。鍛錬すればできるようになるかもしれないけど……現時点だとそんな感じかな」
「なるほど」
興味深そうに耳を傾けるペニー。カマラは会話中もラバーバインドを解こうとしないし、ペニーも全身を締め上げられて拘束されている状態を全く気にする様子がない。
「でもね、首は伸ばせるんだけど……」
「けど……?」
「……首は弱点なんだって、改めて思い知ったわ……。首を長くして、それを相手に巻き付けようとすると……」
「付けると……?」
カマラは目を閉じ、嫌な思い出を振り払うかのように頭をブンブンと横に振った。
「……自分の首が締まるわ」
「あはは! 日本のことわざにある『自分で自分の首を絞める』そのままだね!」
「ホントそれ……。それに、日本にはそういう首が伸びる妖怪がいるでしょ? きっとミュータントよ」
「ろくろ首だね。ミュータント遺伝子が覚醒した人間説……確かにそれはありそうだね」
ペニーがくすくすと笑うと、カマラは思い出したように言葉を続けた。
「あとは指ね。指だけを何故か伸ばせないのよね。やっぱり繊細で大切な部位だからかしら」
「成る程ね……じゃあ、お尻とか胸を大きくすることはできるの?」
何気ない疑問として投げかけられたその言葉に、カマラの動きがピタリと止まった。
「変装として全体の形を変えるくらいなら何とか出来るけど、任意でそこだけ大きくするのは出来ないわ……って、ペニー!!」
ギュチーッ!と、カマラの腕がラバーバインドの締め付けを突如強めた。
「あわわわわわっ! ゴメンゴメン! 身体が潰れちゃう〜!!」
「もうっ……まあ正直、能力に目覚めてすぐの頃に試してみたことはあるけど……できなかったわよ」
「いろいろ試してみたんだね」
「ええ。そこは若気の至りってやつかしら」
「……カマラってお年寄りだっけ?」
「…………」
一瞬の静寂。
「ペニー……?」
「あ、ヤバ」
カマラの目がまったく笑っていない。ペニーのスパイダーセンスが警報を打ち鳴らした瞬間、カマラのもう片方の腕がシュバッと伸びた。
あっという間に両手でペニーの身体は何重もの肉厚な腕によってぐるぐる巻きにされてしまった。身体の自由は文字通り完全に奪われる。
「あわわ……私のスパイダーセンスがヤバいって言ってる……」
「すーっ……」
カマラはあえて音を立てて大きく息を吸い込むと、ペニーの全身を隙間なく覆う両腕に目一杯の力を込め、容赦のない締め付けという名の“制裁”を開始した!
ギュチチチチッ!! グニューっ!
「ああああっ! ゴメン 離して〜! 潰れちゃう〜!」
「そのままぺちゃんこにして、絞り上げてあげるんだからッ! それそれそれ〜っ!」
「降参っ! こうさっ……ひゃあああっ〜〜〜!!!」
「ぜっっったいに離してあげないわッ!!」
ギューッと力いっぱいに加わるラバーバインドの圧迫感。部屋中にペニーの悲鳴が響き渡る。
軽口を叩いて怒らせてしまったものの、実のところ、ペニーはこのカマラの強力なラバーバインドで全身を締め上げられる時間がたまらなく楽しかった。
物理的な重圧は自分の身体の鍛錬にもなるし、何よりこうしてくだらない冗談を言い合いながら無邪気に戯れる時間が、2人の絆を何よりも深く確かなものにしてくれていると感じていたからだ。
「もう一回言ってごらんなさい! お年寄りですって!?」
「言わない! もう二度と言わないから〜! ひゃわあああ〜っ!」
「今日はこのままはずっっっとあたしの腕で、抱き絞め続けてあげるわ!!」
「ひえええっー! やめてーっ!! あああっ! 骨がミシミシ言ってるー! 」
大切な親友2人の、愛おしくも賑やかなひとときのじゃれ合いだった。
しばらくこんな感じの話が続きます。