翌日。トレーニングルームには、今日も変わらず風を切る鋭い音と、二人の元気な声が響き渡っていた。
「イラスティグラブ!」
「見切ったよ! ……スパイダーセンス!」
カマラが繰り出した高速の拳を、ペニーは寸前で軽やかに体をひねって回避してみせる。研ぎ澄まされた感覚が完璧に噛み合っていた。
「また避けられたっ! じゃあ、これはどう!?」
「避け…わわっ。追ってくる!?」
まっすぐ伸びたカマラの腕が、空を切った直後にぐにゃりと急カーブを描き、蛇のようにペニーを追いかけてきたのだ。
「これも『ラバーバインド』の技の内よ!」
「くっ……! 追いつかれる……ああっ!」
「そーれ、クルクルっと!」
「わーっ!?」
逃げ切れず、カマラのしなやかな腕がペニーの身体に一瞬で巻き付いた。ペニーは足首から肩までを隙間なく拘束され、あっという間にお約束のぐるぐる巻き状態へと捕らえられてしまう。
「ふふん! ここからはペニーの耐久訓練ね!」
カマラが腰に手を当てて宣言すると、腕の中で束ねられたペニーは腹を括ったようにうなずいた。
「うう〜……少しでも長く耐えてみせる!」
「その心意気やヨシ! しっかりと締め上げてあげる……えいっ!」
カマラが腕の肉体にぐっと力を込めると、ペニーの身体を覆う肉厚な帯が一気に収縮した。ミシミシ、ギチギチと音を立て、ペニーの生身の身体を締め上げて潰さんとする強烈な重圧が加わり始める。
「あぐっ……ぬぐっ……っはっ!」
「耐えれてるわね、ペニー。その調子よ!」
グッグッ、ギュッギュッ、ギュチギュチと音を立てて、カマラは伸ばした腕で容容赦なくペニーを締め続け、限界の負荷を与えていく。そのたびに、ペニーの口から苦しげな吐息が漏れ出た。
「あっ、うぐっ、んんっ……!」
「OK、ペニー! 前回よりも耐えれてるわよ!」
「うん……うああっ……!」
カマラの肉体から伝わる高圧力に、ペニーは何とか必死に耐え続けていた。しかし、数分間に及ぶ連続の締め上げに、とうとう身体の限界が訪れる。
「んんっ……もうっ……ダメっ……っはっ……耐えれないっ……」
ぐったりと全身の力が抜け、ペニーはカマラの腕の中で完全に降参した。
「ペニー、KOといったところかしら」
カマラはすぐさま締め付ける力をスッと抜き、ペニーが苦しくない程度の優しい抱擁へと切り替えた。そして自身の集中力を高め、腕を通じて『ヒーリングファクター』を発動させる。温かな回復の波動が密着した腕から直接ペニーの身体へと流れ込み、疲弊した筋肉と打撲感をじんわりと癒やし始めた。
「ううっ……腕の制御の精度がまた上がってる……締め付ける力も……」
呼吸を整えながら、ペニーは心底感心したように呟いた。カマラは胸を張って鼻高々に笑ってみせる。
「ふふん、私も成長しているもの! ペニーのおかげよ! それに私、ヒーリングファクターをコントロールできるようになったの。こうやってペニーを癒やすためにね!」
「あはは……ありがと」
「それに、なぜか分からないけど腕の耐久性も上がったのよね。腕を巻きつけたまま、相手を地面に思いっ切り叩きつけたりね!」
「本当に凄いよね。攻撃力も防御力も、ピーターとクイルに並んでるもんね」
「ええ!」
カマラの腕に巻かれて心地よい回復の温もりに包まれながら、ペニーはごく自然に会話を交わす。するとカマラはふと思わしげに首をかしげた。
「でも、もっと防御専用の技も考えないとね。どうしようかしら」
その言葉を聞いた瞬間、ペニーの頭の中にひとつのアイデアが閃いた。
(カマラなら出来ると思うけど……一応、確認しないと……)
ペニーはカマラの顔を見上げ、問いかけた。
「カマラ。この腕、もっと細かく動かせる?」
「細かく? その話し方だと、振動させる……とは違いそうね?」
「うん。例えばだけど……片腕だけで、私を体の前で蝶々結びするとか?」
「それなら……たぶんできそう!」
カマラは頼もしくうなずくと、ペニーを拘束しているラバーバインドの力加減はそのままに、余った腕の先をさらにシュルシュルと滑らかに伸ばした。
そして、まるで器用な指先を操るかのように、巻きついた自分の腕自身を生き物のように複雑に交差させていく。シュルッ、シュルッと滑らかな音を立て、ペニーの胸の前で綺麗に腕の先を交差させると、最後はふんわりとした大きなリボンを作るように結び目を作り上げた。
ペニーへの締め付けの強さは一切損なわれないまま、胸の前には実に見事な『蝶々結び』が完成していた。
「うん! 我ながら完璧!」
カマラが満足そうに胸を張ると、胸元を飾られたペニーは目を丸くして感心声を上げた。
「わあー凄い! うん! これなら、私が考えた新しい防御技ができそうだね!」
胸の前で腕を綺麗に蝶々結びされたまま、ペニーは楽しそうに言葉を続けた。
「スパイダーマンのスパイダーネットや、私のSP//drのキャッチネットみたいに、伸ばした腕を複雑に絡ませず、格子状に編み込んで大きな『防御ネット』を作るの。これなら、カマラの腕の弾力で広範囲の攻撃をまとめて受け止められるんじゃないかなって」
「なにそれ、すっごく面白そう! やってみよっと!」
カマラは目を輝かせて乗り気になった……が、ふと目の前のペニーの姿――全身をラバーバインドでぴっちり縛られ、胸元に大きなリボン結びをあしらわれた完璧な『梱包状態』の親友――を見て、ハッと息をのんだ。
「あっ! ねねえペニー! 防御ネットを試す前に……今のペニーの写真、撮ってもいい!?」
カマラは食い気味に身を乗り出した。ペニーは胸のリボンを見下ろし、呆れつつもクスクスと笑う。
「もう……写真の流出には注意してね?」
「もちろん! あたしだけの秘密のフォルダーに鍵付きで保存するから!」
許可をもらったカマラは素早くスマホを取り出し、リボン梱包で拘束されたペニーの愛らしいソロショットをパシャリ。さらにすぐ隣に並び、満面の笑みでピースサインを作ってツーショットを激写した。
「よしっ、宝物ゲット! それじゃあ防御ネット、いくよ!」
カマラは満足そうにスマホを収めると、ペニーの胸のリボン結びとラバーバインドを一旦解いた。自由になったカマラは、右腕をシュルシュルと細長く伸ばすと、まるでレースを編み上げるかのように素早く交差させ、数メートル四方の見事な『肉体ネット』を作り上げてみせた。
「どう? こんな感じかしら!」
「すごい、完璧だよ! じゃあ、テスト用に小型SP//drを突撃させるね!」
ペニーが合図を送ると、小型SP//drドローンが、弾丸のようなスピードでカマラの網に向かって一直線に飛んで行った。
ポヨ〜ンッ!
ドローンが網に衝突した瞬間、カマラの肉体ネットは衝撃を滑らかに吸収し、そのままゴムのような弾力でドローンを安全にポーンと跳ね返してみせた。
「良いね! これなら広範囲のミサイルとか散弾状の攻撃も防げそう!」
「手応えバッチリ! コツを掴めばもっと一瞬で作れるようになりそうね!」
出来栄えに満足する二人だったが、網の感触を確かめていたカマラの頭に、ふと悪戯っぽいアイデアが閃いた。
「ねえペニー、生身でこの網に突撃して、人間がぶつかった時の弾力と感触を確かめてみてくれない?」
「うん、分かった!」
ペニーは特に何の疑問も抱かず、軽く助走をつけてカマラの肉体ネットに向かって勢いよく飛び込んだ。
ポヨンッ!と心地よい弾力を全身で受け止め、予想通りに身体が後ろへ跳ね返りかけた。
――まさにその瞬間。
「それっ!」
「うわ〜っ!?」
カマラが掛け声とともに網の四隅を一気に縮め、飛び込んできたペニーを網ごと包み込むように閉じ合わせたのだ!
網の網目から、ペニーの頭、両手、両脚だけがポン、ポンと外に飛び出した格好で、胴体部分は完璧に拘束されてしまっていた。まるで網袋にすっぽり収まった大きな魚のようだ。
「あはは! 予想通り! これ、防御だけじゃなくて相手を閉じ込める拘束技にもできそう! 上手く応用すれば、包んだまま遠くへ投げ飛ばすこともできるかも! 練習しよっと!」
「う〜、やられた〜……!」
網から手足をバタバタと出させながら、ペニーは悔しそうに顔を膨らませた。だが、すぐに持ち前の探究心が勝り、網の中で体を揺らしながらカマラに尋ねた。
「でも、これすごいね……! カマラ、この状態から網目をギューッと絞って、もっと締め付けることはできそう?」
「んー、締め付けること自体は簡単に出来ると思う! でも……絞りすぎたら後で網目が絡まって、上手く解けるかがまだ心配だから、今は保留かな。網目を無くしてシート状にすれば、そのままぴっちり包み込めそうだしね!」
網に収まったペニーを抱え直しながら、カマラは嬉しそうに目を細めた。
「うん! 新しい技の開発のしがいが、すっごくあるよ!」
「ふふ、そうだね。カマラの可能性は無限大だね」
網袋の中で身動きが取れないまま、ペニーは誇らしげな親友の笑顔を見上げて、心からの温かい笑みを送るのだった。
カマラが作った片腕の肉体ネットにすっぽりと包まれ、網目から手足と頭だけをぽこんと出しているペニー。
網袋のようになったペニーを抱え直しながら、その構造をまじまじと見つめていたカマラの瞳が、ハッと大きく見開かれた。
「あ……! ペニー、見てて思いついちゃった! ネットの仕組みを使った、また新しい技があるの!」
一旦ペニーを解放する。ペニーはやる気満々だった。
「ペニーってば、普通なら『また変な実験をするんでしょ』って嫌がるところなのに、いつもこうして進んで試させてくれるんだから……本当にありがとう!」
「ふふ、お互い様だよ。それにカマラの技が進化するのは、私のトレーニングにもなるしね!」
信頼に満ちたペニーの言葉に胸を熱くしながら、カマラはペニーを縛っていた網をシュルシュルと解いた。
「よしっ、それじゃあペニー、そのままそこに立って動かないでね!」
自由になったペニーが床にすっと立ち、体勢を整える。
次の瞬間、カマラの右腕が生き物のようにしなやかに伸びた。だが、ただ巻き付くのではない。カマラの腕はペニーの胴体、そして左右の手首や足首の隙間をすり抜けるようにして、一瞬のうちにペニーの身体そのものを軸にして滑らかに『網状』に編み直されていったのだ!
「えっ……! 私の身体の上で直接腕を編み込んでる……!?」
意図を察する間もなく、ペニーの全身はカマラの編み込まれた腕によって完璧に包囲されてしまった。
「いくよ、キュッと……!」
カマラが腕の肉体に軽く力を込めた、その瞬間。
ギュチッ……!
「っ!?」
ペニーは目を見張った。単に全身を圧迫されるのとは明らかに違う感覚。格子状に編み込まれたカマラの腕の結び目が、ペニーの肘、膝、肩、そして手首の可動域に寸分違わず噛み合い、完璧な角度で関節を固定してきたのだ。
身動きを取ろうと少しでも力を入れると、網目が関節技のように関節がロックされて身動きが取れなくなる。
「すごい……! カマラ、これ……ただの拘束じゃなくて、関節技みたいに力て逃げないようになってる……!」
「ふふ〜ん! 」
驚くペニーに対し、カマラは誇らしげにニヤリと笑ってみせた。
「実はね、スパイディが敵を絡め取る時の『スパイダーネット』の網目の角度と張力を参考にしたの! 敵が暴れようとすればするほど、自分の力で関節が極まっちゃう構造にしてあるんだ〜!」
「スパイダーネットの構造を自分の体で再現しちゃうなんて……!」
ペニーは関節を完璧にロックされ、完全に動けない状態でありながら、心底感心したように目を輝かせてカマラを称賛した。
大好きな親友からその豊かな発想力と技術を絶賛され、カマラの頬がパッと桃色に染まる。
「えへへ……! 憧れのヒーローの技を研究した甲斐があったわ! それにペニーに褒められるのは一番嬉しい!」
嬉しさを隠しきれないカマラは、網目をゆるめてペニーの関節への負担を減らしつつも、そのまま自慢の肉体ネットでペニーを抱きかかえるようにして、弾けるような笑顔を浮かべるのだった。
次回から話が少し動きます。