いつものように軽快な風切り音が交錯するトレーニングルーム。回避訓練は、激しい攻防の末に一瞬の隙を突かれた形で決着を迎えた。
「それっ、『ラバーバインド』!」
「あっ、しまっ…わーっ!?」
これまでの攻撃をことごとく見切っていたペニーだったが、カマラの極限までしならせた腕の捕獲軌道は読みきれなかった。
しなやかな肉厚の帯が一瞬でペニーの全身を隙間なく包み込み、そのまま首から下を完璧な『ぐるぐる巻き』状態へと固定する。
ギュチチチチッ! グニューッ!
「あぐっ……うあはっ……ぐっ……!」
カマラは本気の力でペニーの全身をギューッと締め上げ始めた。肉体がミシミシと悲鳴を上げるほどの強烈な重圧。
そんなペニーの耐えっぷりを見て、カマラは心の底から誇らしげに目を輝かせた。
「本当に生身の耐久性も高くなったわね、ペニー! これだけの圧力を与えてもピンピンしてるなんて、身体能力の検査で『ミュータント遺伝子の発現なし』ってジャッジされるのが不思議なくらいだわ!」
「あぐっ……褒めて……くれて……ありがとう、カマラ……。訓練の……成果だよ……っ!」
強烈なラバーバインドの圧迫に顔を耐えつつ、ペニーはしっかりと返答してみせた。以前なら声すら出せずに喘ぐだけだった圧力を前にして、締め上げられながらも会話をこなせるまでに成長したペニー。カマラは「素晴らしいわ!」と大満足で腕を解き、彼女を床へ解放した。
「ふぅー……! ハァ、ハァ……効いたぁ……」
着地して息を整えるペニーに向かって、カマラは思わせぶりにニヤリと笑った。
「さて、ペニー! 回復したところで、さっそく準備してきた『新技』を試してみてもいいかしら?」
「新技! どんな技なの?」
カマラのアイデアと進化を楽しみにしているペニーは、体勢を整えた。
「それじゃあ、いくわよ……えいっ♪」
カマラは右腕をシュッと伸ばし、『イラスティグラブ』でペニーの胴体をしっかりと捉えた。そして、逃げる暇を与える間もなく一気に手元へと引き寄せ、正面からペニーの身体を胸元へと密着させた。
「えっ……近…」
ペニーが驚く間もなく、カマラは間髪入れずに空いていた左腕をシュルシュルと滑らかに伸ばすと、自分とペニーの身体をまとめて二人一緒にぐるぐる巻きに縛り上げてしまったのだ!
カマラの身長と、ペニーの小柄な身長。
しっかり密着した状態で自分ごと強固にバインドされたため、ペニーのつま先は床から完全に浮いて宙ぶらりんになり、目の前にはカマラの顔が至近距離で迫っていた。
「そして……『サバ折り』!!」
ギュチチチチッ……!
ミシミシッ!
「あぐっ!? !?」
カマラが両腕の巻き付けを極限まで締め上げ、同時に自身の体幹を使ってペニーの背中を反らせた。
自分自身の身体は柔らかくする事で力を逃がす。ペニーにはたまらない圧力が襲いかかる。カマラの身体とラバーバインドの腕、その二つの強固な力に挟み込まれる形で腰と胴体を強力に圧し潰される、まさに文字通りの『サバ折り』だった。
「これ……っ! 実戦で使えるの〜!? 自分も一緒に縛ってるじゃん!」
足をジタバタさせ、ペニーは必死に抗議の声を上げた。
カマラは至近距離でニカッと最高に眩しい笑顔を浮かべた。
「対ペニー専用よ!」
「やっぱり〜!!」
思わず呆れるペニー。だが、身体を挟み潰す圧力は少しも緩まない。ペニーは密着した状態でバタバタと抵抗してみせた。
「は〜な〜し〜て〜よ〜!!」
「ふふ、拒否しまーす! それにしても……近くで見ると、相変わらずキュートな顔ね、ペニー!」
まじまじと至近距離で自分の顔を見つめてくるカマラに、ペニーは叫んだ。
「ごまかさないでー!」
「うるさい娘には……こう!」
ミシミシっ!!
「ああ〜っ、腰が〜!!」
カマラがさらに腰のひねりと腕の締め付けを強め、ペニーの身体を密着プレスする。絶叫するペニーに対し、カマラはいたずらっぽく耳元で囁いた。
「大丈夫よ、腰が砕けたら私が責任を持って介抱してあげるわ!」
「下心丸見えっ!」
「酷いわね、ペニ〜? じゃあお仕置きに、もっと抱き絞めてあげるわ! そーれっ!」
「アーッ!!」
カマラの体温と柔らかな肉体、そして容赦のないラバーバインドの強圧に挟まれ、ペニーの悲鳴とも歓声ともつかない声がトレーニングルームいっぱいに響き渡る。
結局の実ところ、この強烈な抱き締めも、距離の近さも、ペニーとカマラにとってはたまらなく愛おしいスキンシップだった。二人の弾けるような笑い声が、温かな空気とともにいつまでも部屋に満ち続けていた。
「もう……ダメ……ギブアップ……!」
「は〜い!」
ギブアップの宣言を聞いた瞬間、カマラは『サバ折り』の強力な圧力をすっと解除した。
だが、ペニーを解き放って床に落とすような真似はしない。そのまま滑らかに腕の帯を解き直すと、ペニーの体を包み込むような優しい『ラバーバインド』へと切り替えた。
密着した肉体から、温かな回復の波動(ヒーリングファクター)がじわじわとペニーの全身へ染み込んでいく。過酷な圧迫に悲鳴を上げていた腰や肋骨の筋肉が、まるで陽だまりに溶けていった。
「もうっ……本当に腰が砕けるかと思ったよ……」
カマラの腕の温もりに包まれながら、ペニーは呆れたように小さく息を吐いた。けれど、その表情には怒りの色など微塵もなく、どこか愛おしそうな柔らかい笑みが浮かんでいた。
身体を包む心地よい重圧と回復の感覚を味わいながら、カマラはペニーの横顔をじっと見つめていた。そして、ふと思いついたように、ずっと胸の奥に抱いていた素朴な疑問を口にした。
「ねえペニー。……結構あたしの無茶な新技の実験とかに付き合ってくれてるわよね?なんで?」
「えっ?」
尋ねられたペニーは、カマラの腕の中で少し照れくさそうに微笑んだ。
「どうしてって……カマラとはすごく気が合うし、それに私の生身の鍛錬にもなるから…」
言いかけたペニーの言葉が、ふと途切れた。
「……っ」
ペニーはそれ以上言葉を続けることができず、すっと視線を床へと落とした。
さっきまでの弾けるような笑顔が消え、瞳に静かで深い暗がりを落とす。いつも前向きで、SP//drのパイロットとして健気に振る舞うペニーが見せた
ほんの一瞬の「影」
(……あの目元……)
カマラはその表情を知っていた。ヒーローとしての重圧に押し潰されそうになった時、あるいは大切なものを守れずに失意に暮れた時あるいは迫害された時にかつて自分が鏡の中で目にした、自分自身の目元と全く同じ影だった。
カマラは息を呑み、ペニーを抱きしめている腕の力をそっと、けれど確実に温かく強めた。
アベンジャーズのデータベースや、自分たちの世界のスパイダーマンの記録。そしてこれまでの戦いを通じて、カマラは知っていた。
『スパイダーマン』という名を与える運命が、どれほど残酷で、どれほど大きな代償をその背中に背負わせるものなのかを。
カマラはペニーへ慎重に問いかけた。
「……今、何か思い出した?」
「……」
「聞いてもいい?」
「…うん」
「……確認なんだけど。ペニーは別の世界で『スパイダー』として戦い続けてきたんだよね?」
「……そうだね」
ペニーは伏せた目のまま、静かに頷いた。
カマラはペニーの顔をのぞき込むと、無理に問い正すような真似はせず、穏やかなトーンで言葉を重ねた。
「何があったのか……聞いても、いいかしら? あ、もちろん話したくないなら無理には聞かないわ! 決して尋問したいわけじゃないの!」
慌てて手を横に振るカマラの必死な配慮に、ペニーは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。どこまでも自分を気遣い、傷つけまいとしてくれる親友の温もり。
ペニーはゆっくりと顔を上げ、ほんの少しだけ悲しげに、けれど心からの親愛を込めて微笑んだ。
「……優しいね、カマラ」
その言葉に、カマラは背筋を正し、力強く誇らしげにうなずいてみせた。
「……だって、それが私の憧れているヒーローの姿だから。ミズ・マーベルとして、ヒーローとしての矜持よ」
大好きなヒーローとしての誇りと、目の前の一人の少女を支えたいという真摯な情熱。カマラの真っ直ぐな瞳には、微塵の迷いもなかった。
この親友になら、自分の全てを預けてもいい。そう心から確信したペニーは、意を決して、これまで誰にも語ることのなかった自分の過去を静かに紡ぎ始めた。
「実はね、私……もう家族はいないの。……友達もね」
次の話は火曜日頃に出す予定です。