ドアを隔てた廊下の影で、二人の先輩ヒーローが静かに佇んでいた。偶然通りかかったところで聞こえてしまった2人の過酷な過去。足音を殺したまま、二人はゆっくりとドアから距離を取った。
「……はあっ」
ピーター・パーカーは重い溜息をつき、複雑な表情で天井を見上げた。
「ペニーがこの世界のメイ叔母さんを見る視線が、やたら温かくて優しいのには気づいていたけど……僕みたいな悲劇は起きて欲しくないって願ってたのにな。やっぱり、スパイダーマンの宿命なのか……」
隣を歩くスター・ロード――ピーター・クイルも、珍しく厳しい表情で腕を組んでいた。
「お前さんも中々大変な人生だったし……俺様だって色々と壮絶な目を潜り抜けてきたが…『大いなる力には大いなる責任が伴う』にしたって、限度ってもんがあるぜ。本当によう……」
「……自分で言うのもなんだけど、僕も大概酷い目に遭ってきたと思ってた。でもペニーの方が……いや、ミズ・マーベルが言ってた通りだな。どっちが辛いなんて比べるのは違うよね」
「違いないな」
クイルは小さく肩をすくめ、ピーターもしっかりと頷く。
「だね。……あ、今回のことはキャプテンとスタークさんには共有しておこう。盗聴に近い形になっちゃって二人には申し訳ないけど…」
「まあ、必要なことだ。仕方ねえ。……俺たちは明日からも今まで通りに行ってやろうぜ。あいつら、腫れ物扱いされるのを一番嫌がるだろうしな!」
「同感」
二人は拳を軽く合わせると、静かに廊下の暗がりへと姿を消していった。
そして――夜も深まった部屋の中。
涙を流し尽くし、胸の支えをすべて打ち明けたペニーは、またしてもカマラの『ラバーバインド』によって身体をまるごと優しく包み込まれていた。
カマラの心地よい体温と、じんわりと身体を癒やすヒーリングファクターの波動が、ペニーの心と身体をどこまでも温かく満たしていく。
「ふふ、今日はこのまま、一緒に寝よっか」
カマラはラバーバインドでペニーを大事に抱え直すと、二人ぶんのスペースがあるベッドの上へそのままゴロンと横になった。
「うん……おやすみ、カマラ」
「おやすみ、ペニー」
互いの温もりに守られるように、二人は静かに目を閉じる。
どんなに過酷な運命が待ち受けていようとも、もう一人で抱え込む必要はない。固い絆で結ばれた二人の顔には、どこまでも穏やかで、満ち足りた寝顔が浮かんでいた。
少しした深夜。しんと静まり返った部屋の中で、ペニーはふと目を覚ました。
窓から差し込む月光が、静まり返った室内をかすかに照らしている。
覚醒しかけた意識の中で、ペニーは自分の身体が不思議な温もりと適度な重圧に包まれていることに気づいた。首から下が、モチモチとした肉厚な弾力によってすっぽりと隙間なく巻き上げられている。
カマラの『ラバーバインド』だ。
ぐっすり眠っている間も解けることなく、ペニーの身体を優しく包み込み続けている彼女の腕。強烈な力で締め潰してくるスパーリングの時とはまるで違う、熱を逃がさないように、そして大切な存在を守るようにぴっちりと密着したその感触は、まるで最高級のオーダーメイド寝袋にくるまれているかのようだった。
「ふふ……」
身動きは一切取れないけれど、全身に伝わるカマラの体温と、微かに感じる規則的な鼓動と寝息が、たまらなく心地いい。
ペニーは首だけをそっと動かし、すぐ目と鼻の先で穏やかな寝息を立てているカマラの横顔を見つめた。
普段は賑やかでお調子者で、ヒーローとしてまっすぐで熱い親友。けれど、こうして間近で寝顔を見ていると、自分より少し背が高くて、お姉さんらしい落ち着いた可愛らしさがあった。
(お姉ちゃんがいたら……こんな感じだったのかな……)
ふと、そんな思いが胸をよぎる。
幼い頃に父親を亡くし、大切な家族も、生まれて初めてできた友達もすべて凄惨な事故で失ってしまった自分。ずっと一人でSP//drに乗り、誰にも弱音を吐けずに抱え込んできた痛みの記憶。
けれど
今日――自分はカマラにその過去をすべて打ち明けた。
他の誰でもない、カマラになら話せると思えたから。そしてカマラは、その残酷な悲劇を受け止め、涙を流し、大きな腕で自分をまるごと抱きしめてくれたのだ。
『どっちが辛いなんて、比べるものじゃないよ』
カマラ自身も大きな傷を抱えながら、それでも笑って前を向こうとしている。
過去の重さを誰かと比べて落ち込む必要なんてない。大切なのは、これからどう前を進んでいくか。
(前を……進むしかないんだよね)
そう心の中で呟きながら、ペニーはまぶたを少し重くした。
けれど、今夜だけは。今この瞬間だけは、余計な運命や使命の重さをすべて忘れて、全身を包み込むカマラの温もりを目一杯に享受する。
拘束された温かい腕の中で、ペニーは満ち足りた吐息をそっと漏らした。
(本当にありがとう。大親友で、大好きなカマラ……)
もう、自分は一人じゃない。
頼もしくて、温かくて、世界で一番優しくて愛おしい親友の顔を見つめながら、ペニーは心の中で静かに言葉を付け加えた。
(……私の、ヒーロー)
温かなラバーバインドの心地よさに包まれながら、ペニーは静かに目を閉じ、再び温かく深い夢の中へと落ちていった。
ペニーの過去編は一旦ここまで。
次からは日常パートに戻ります。