ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士) 作:シットライヌ
ラムリアースからオーファンへ
ラムリアースの風が、背に負った大剣の柄を撫でていく。 教団で支給されたメイスを捨て、あの傭兵上がりの師匠から教わった大剣(ツヴァイハンダー)と片手剣(カッツバルゲル)を帯びるようになってから、俺の足取りは驚くほど軽くなった。ファリスの司祭である父の元で育ち、教義に微塵の疑いも持たなかった頃の俺は、いくら祈っても神聖魔法を授かることはなかった。だが、ある凄惨な事件を機に教団の在り方に絶望し、強烈な疑念を抱いたその瞬間に、皮肉にも至高神ファリスの声が聞こえたのだ。己に合わないメイスを振るうのをやめ、身の丈に合った剣を振るえ。あの傭兵の教えは、奇しくも俺の信仰の形そのものだった。 聖戦士としての独り立ちを認められた俺、クライヴは今、聖地アノスへの巡礼の途にある。その資金稼ぎと道程の安全のため、俺はオーファンへ向かう隊商の護衛に志願していた。
「お前さんがファリスの神官戦士か。ガチガチの堅物が来るかと思っていたが、随分と実戦的な得物を持っているじゃないか」
豪快な笑い声を上げて近づいてきたのは、戦神マイリーの神官戦士であるドワーフのバルドだった。分厚いプレートメイルに身を包み、身の丈ほどもあるウォーハンマーとラージシールドを構える姿は、まさに動く城塞だ。俺も荒事は嫌いじゃない、と笑う彼と固い握手を交わす。神は違えど、背中を預けるには十分すぎる頼もしさだった。
俺たちのやり取りを、少し離れた荷馬車の上から楽しげに眺めている青年がいた。ハーフエルフのジュードだ。
「神様のご加護が二つもあるなんて、こいつは縁起のいい旅になりそうだね。野営の時は僕の歌で退屈させないって約束するよ」
彼はショートスピアを器用に回しながら、軽やかに飛び降りてきた。俺がファリスの教義に従い、非合法な生業の者と組むことを良しとしないため、斥候や野外活動の要として彼のようなレンジャーが選ばれたのだろう。
「騒がしい出立になりそうね……」
静かに呟いたのは、風の精霊を纏うように佇むエルフの精霊使いエレノア。そして彼女の隣には、分厚い魔導書を抱えた人間の魔術師ミレーヌが立っていた。
「騒がしいのは嫌いではありませんわ。それに、これだけ腕の立つ護衛なら、オーファンまでの道程で少しばかり古代の伝承を調べる余裕もありそうですし」
理知的な瞳を輝かせるミレーヌの言葉に、俺は思わず苦笑した。
「出発の時間だ! 護衛の皆、各自の配置についてくれ!」
隊商長の号令がラムリアースの広場に響き渡る。チェインメイルの留め具を確認し、俺は静かにファリスの聖印に触れた。アノスへの遥かなる旅路が、今ここから始まる。
ラムリアースを出発して数日。街道沿いの野営地は、パチパチと爆ぜる焚き火の音と、ジュードが奏でるリュートの穏やかな音色に包まれていた。レンジャー技能を持つジュードとエレノアの連携のおかげで、野営の準備は驚くほどスムーズに進んでいた。
「ほれ、食え。干し肉ばかりじゃ力が出ねえからな」
戦神マイリーの神官戦士であるバルドが、湯気を立てる野営鍋のスープを木椀に注いで俺に差し出した。受け取りながら礼を言うと、バルドは俺の背後に立てかけられた大剣(ツヴァイハンダー)と、腰の片手剣(カッツバルゲル)に視線を落とした。
「しかし、何度見ても珍しい得物だ。ファリスの神官戦士といえば、メイスやロングソードを真っ直ぐ構える堅苦しい連中ばかりだと思っていたがね。お前さんのそれは、ずいぶんと血の匂いがする実戦的な剣じゃないか」
俺は少し苦笑して、片手剣の特徴的な鍔を撫でた。
「……俺も昔は、教団から押し付けられたメイスを素直に振るっていたよ。教義に一切の疑問を持たない、ただの従順な子供だった。だが、どれだけ祈っても神聖魔法は使えず、武術の訓練にもついていけなくてね」
熱いスープを一口すすり、火の粉が舞い上がるのを見つめながら言葉を続ける。
「ある事件があって、教団の在り方に絶望した。すべてを疑い、自分に合わないメイスを捨てた。そして、傭兵上がりの師匠からこの大剣の振るい方を教わった時……皮肉なことに、初めてファリスの声が聞こえたんだよ。盲信を捨て、自分の意志で剣を握った瞬間にね」
「興味深いお話ですわね」
魔導書から顔を上げたミレーヌが、理知的な瞳を瞬かせた。
「神は盲目的な服従ではなく、あなたが己の意志で正義を見定めることを望まれた……。信仰のパラドックスとして、非常に特異な事例ですわ」
「人間の心というのは、本当に複雑なのですね」
エレノアが焚き火に薪をくべながら、静かな声で微笑む。
「でも、その迷いこそがあなたの今の強さなのだと、風の精霊たちも囁いていますよ」
ジュードが楽しげにリュートを鳴らした。
「まぁ、教義がどうあれ僕にとっては最高だよ! クライヴのその物騒な大剣が魔物を蹴散らして、バルドのハンマーが僕らを守ってくれるなら、これ以上頼もしいことはないからね!」
焚き火の暖かさと彼らの言葉が、夜の冷え込みを和らげていく。アノスへの道のりはまだ遠いが、この一行ならどんな困難も乗り越えられそうだと、俺は自然と笑みをこぼしていた。
焚き火の火が細くなり、周囲の闇が深さを増した真夜中。見張りの交代を終え、俺とジュードは馬車の脇で周囲に目を配っていた。
「……ねえ、クライヴ」
不意に、ジュードが弄っていたショートスピアの柄を強く握り直した。ハーフエルフである彼の尖った耳が、微かな異音を捉えてピクリと動く。
「風下から、嫌な臭いがする。足音は……複数。囲まれかけてるよ」
ジュードの警告とほぼ同時だった。ガサガサと草むらを掻き分ける音と共に、暗がりから緑褐色の肌をした小鬼ども——ゴブリンの群れが姿を現した。その数は十を下らない。群れの後方には、頭一つ抜けて巨大なホブゴブリンが、錆びた山刀を構えてこちらを睨みつけている。狙いは隊商の積荷と馬か。
「総員起床! 襲撃だ!」
俺は腹の底から声を張り上げながら、背のグレートソード(ツヴァイハンダー)を引き抜いた。教団のメイスでは届かない間合い。だが、この大剣なら届く。
先陣を切って飛びかかってきたゴブリンの粗末な槍を、ジュードがショートスピアで器用に弾き落とす。その隙を見逃さず、俺は大剣の重量を活かした横薙ぎの一閃を放った。鈍い破砕音と共に、ゴブリン二匹がまとめて吹き飛び、暗闇の彼方へ転がっていく。
「ウォオオオッ! マイリー神官の血が騒ぐぜ!」
怒号と共に荷馬車の中から飛び出してきたのは、重装甲に身を包んだバルドだった。彼は瞬時に状況を把握すると、隊商の前に立ち塞がり、ラージシールドを大地に突き立てて鉄壁の防衛線を構築した。ウォーハンマーの強烈な一撃が、回り込もうとした敵の頭蓋を砕く。
「シルフよ、我が矢に風の加護を!」
後方からエレノアの凛とした声が響いた。放たれた矢が不可視の軌道を描き、ゴブリンの急所を正確に射抜いていく。
乱戦の中、敵の指揮を執るホブゴブリンが苛立ちを露わにし、俺に向けて突進してきた。振り下ろされる山刀。俺は刃の根元、リカッソ(刃の無い部分)に左手を添え、ハーフソードの構えでその一撃をガッチリと受け止める。
「ミレーヌ!」 「ええ、合わせて差し上げますわ! ──『エネルギー・ボルト』!」 ミレーヌの杖の先から放たれた純粋な魔力の塊が、ホブゴブリンの胸板に直撃した。衝撃で体勢を崩した巨漢の隙を、俺が見逃すはずもない。 「ふっ……!」 握りを戻し、大きく振りかぶったツヴァイハンダーを、唐竹割りで叩き込む。硬い肉を断ち切る確かな手応えと共に、ホブゴブリンの巨体が地響きを立てて倒れ伏した。
頭目を失ったことでパニックに陥った残存のゴブリンたちは、這々の体で闇の奥へと逃げ去っていく。俺は油断なく周囲の気配を探り、ジュードが小さく頷くのを見て、ようやく大剣を背中の鞘に収めた。 隊商の護衛としては初戦にしては上出来すぎる連携だった。深追いは無用だ。ゴブリンの残党を討ち漏らした懸念は残るが、俺たちの最優先事項はあくまで隊商を無事にオーファンまで送り届けることにある。バルドたちと短く言葉を交わし、俺たちはすぐさま陣形を立て直して夜の街道を急いだ。
今回はファリスの聖戦士が主人公で一人称スタイルです。