ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士) 作:シットライヌ
長きにわたる旅路の果て、雲を衝く白亜の連峰の狭間に、ついにその姿が現れた。
至高神ファリスの聖地、アノス。
幾重もの尖塔が天を突き、陽光を受けて黄金に輝く大聖堂を中心に、白大理石の美しい街並みが広がっている。だが、その神聖で静謐な空気の裏には、他者の侵入を一切拒むような重々しい権威と排他性が漂っていた。
「ここが聖地アノス……。風の精霊たちも、どこか緊張した面持ちで佇んでいますわ」
エレノアが微かに息をのむ。
「教義の絶対性を掲げる総本山だからね。僕たちみたいな旅のパーティは、歩いているだけで異分子扱いさ」
ジュードがスピアを担ぎ直し、周囲の巡礼者や武装聖騎士たちの厳しい視線をあしらうように笑う。
「ハッ! 綺麗な街並みだが、俺たちの通ってきた泥臭い街道に比べると息が詰まりそうだぜ」
バルドが豪快に首を鳴らす中、ミレーヌは冷徹に状況を見極めていた。
「クライヴ、ここからが本当の正念場ですわね。教団を飛び出した貴方がここへ戻ってきたとなれば、教団の上層部が放っておくはずがありません」
「……ああ。解っている」
俺は背中に負ったツヴァイハンダーの重みを感じながら、大聖堂へと続く大階段を見上げた。教義を疑わず、ただ与えられた命令に従ってメイスを握っていたかつての自分。そして今、自らの意思で大剣を背負い、力学的な理合いと仲間との対話によって数々の苦難を乗り越えてきた自分。
大聖堂の前庭へと一歩を踏み出したその時、甲冑の触れ合う冷たい金属音が響き、白銀と黄金の意匠を施された聖騎士隊が俺たちの進路を塞ぐように立ちふさがった。
「そこまでだ、脱走神官クライヴ」
隊の先頭から歩み出てきたのは、白銀の法衣を纏った気品ある男だった。かつて教団の修道院で、俺にファリスの教義と神聖魔術の基礎を叩き込んだ元上官、監察官ダニエル座長だった。
「……ダニエル様」
「落ちこぼれの神官戦士が、どのような面下げてこの聖地へ戻ってきたかと思えば……異国のドワーフにエルフ、怪しげな魔術師どもを引き連れ、あろうことかファリスの聖印を捨てて異端の剣を背負うとはな」
ダニエルの冷徹な目が、俺の背の大剣を蔑むように射抜く。
「神聖なる言葉を解さず、物理的な理合いと称して愚かな鉄塊を振るうか。教団の教義を裏切り、至高神の光から外れた哀れな迷い子よ。今すぐその大剣を捨て、罪を数えて平伏するならば、至高神の慈悲をもって慈悲深き牢獄に収容してやろう」
かつての俺なら、その権威に満ちた声とファリスの名のもとに行使される圧力に、言葉を失いひれ伏していたかもしれない。だが、今の俺の心には一点の迷いもなかった。
俺は歩み出ると、鞘に収まったままのツヴァイハンダーの柄にそっと手を添えた。
「ダニエル様。俺はファリスを捨てたわけでも、正義を忘れたわけでもありません。ただ……教団が押し付ける『絶対の教義』という盲信を捨てたのです」
「なに……?」
「俺はこの旅で目にしてきました。教義を盾にして現実の腐敗から目を背ける者、ファリスの名を借りて他者を蔑む者、そして暗黒の意図に利用される人々を。命を救うのは、無批判な信仰ではなく、己の眼で真実を見極め、自らの足で立ち、自らの腕で理(ことわり)を振るう力です」
俺の声には威圧も激昂もない。ただ、過酷な巡礼の旅路と、理合いを追求し抜いた大剣術がもたらす、静かな絶対の確信がこもっていた。
ダニエルはその言葉の奥にある圧倒的な強さと揺らぎなさに気付き、わずかに表情を歪めた。
「言葉巧みな言い逃れを! 神聖なるアノスの地において、異端の剣と歪んだ理合いが通用するか! 聖騎士隊、この不敬者を拘束せよ!」
一斉に剣を抜く聖騎士たち。だが、バルドが前に躍り出てラージシールドを床に打ち鳴らし、ジュードとエレノア、ミレーヌが俺の左右に整然と陣を敷く。
「おいおい、教団の偉いさんよ。俺たちのリーダーの『理』を、言葉だけで否定できると思うなよ!」
「クライヴの歩んできた道は、僕たちが一番よく知っているんだ」
仲間たちの力強い気配を背に受けながら、俺は大剣の柄頭を強く握り直した。
聖地アノス。かつて自分を縛り付けた過去の呪縛を断ち切り、自らの正義と新たな旅立ちを証明するための決戦が、今まさに始まろうとしていた。