ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士) 作:シットライヌ
数日後、隊商はラムリアースとオーファンの中間に位置する宿場町に到着した。
「……なんだか、息が詰まるような場所だね」
町へ足を踏み入れた途端、ジュードが鼻をヒクつかせて呟いた。彼の言う通りだ。活気があるはずの交易路の宿場町にもかかわらず、通りを歩く人々の顔には一様に濃い疲労の色が張り付いており、皆が何かに怯えるように足早に歩き去っていく。
「風の精霊たちが、淀んだ気配を怖がっています。単なる病や飢えではありませんね」
エレノアが眉をひそめながら周囲を見渡した。隊商長が宿の手配に走っている間、俺たちは広場の中央で異様な光景に出くわした。
石畳の上に一人の女性が倒れ伏し、その傍らで幼い少女が泣き叫んでいる。だが、周囲の町民は遠巻きに見つめるだけで、誰一人として手を差し伸べようとしない。いや、正確には「差し伸べられない」のだ。倒れた親子の前には、豪奢な祭服に身を包んだ初老の男が立ちはだかっていた。その胸には、俺と同じファリスの聖印が鈍く光っている。
「これもまた、至高神ファリスが与えたもうた試練である。祈りが足りぬからこそ、その身に穢れを宿すのだ。痛みを耐え忍び、ただ神に懺悔しなさい」
威圧的な声で告げる司祭の言葉に、俺は奥歯を強く噛み締めた。かつて教団で俺を縛り付けていた、盲目的で狂信的な教義そのものだったからだ。
俺は背のグレートソードをガチャリと鳴らして歩み出ると、司祭を押し退けて女性の傍らに片膝をついた。
「な、何者だ! 余所者が神聖な儀式に干渉する気か!」
「ただの通りすがりの神官戦士だ。懺悔で傷が治るなら、俺たちの祈りは何のためにある」
司祭の怒声を無視して、俺は女性の額に手をかざした。ファリスの教義に疑念を抱いた俺だからこそ引き出せる、温かく力強い神聖魔法の光が掌から溢れ、女性の苦痛に歪んだ顔を少しずつ和らげていく。
「……クライヴ、気をつけて」
背後から歩み寄ってきたミレーヌが、俺の耳元で鋭く囁いた。
「この女性の衰弱、ただの病ではありませんわ。微かですが、古代語魔法の呪詛……それも、意図的に生命力を奪い取る術式の痕跡を感じます」
「呪詛だと?」
俺が立ち上がって司祭を睨み据えると、男は一瞬だけ狼狽したように目を泳がせ、舌打ちをして足早にその場から立ち去っていった。バルドがウォーハンマーの柄を肩に担ぎながら、低い声で唸る。
「きな臭い匂いがプンプンしやがるな。ファリスの坊主が、あんな呪いめいたもんを見過ごすたぁ思えねえが」
宿場町全体を覆う異様な疲労感と、それを利用して町民を支配しようとする地元の教団。この町には、間違いなく深い闇が巣食っている。
「まずは、この町で何が起きているのかを調べよう。あの司祭の態度は明らかにおかしい。俺が直接教会へ乗り込めば、角が立って口を閉ざされるだろうからな」
俺の提案に仲間たちは頷き、手分けして町の情報収集にあたることにした。ジュードとエレノアは町の外縁部や貧民街の様子を探り、俺とバルド、ミレーヌの三人は、宿場町で最も情報が集まるであろう大きな酒場へと足を向けた。
酒場の扉を開けると、そこはやはり異様な空気に包まれていた。本来なら交易商や傭兵たちの熱気で溢れているはずの昼下がりだというのに、客の数はまばらで、皆が一様に青白い顔で力なく酒杯を傾けている。
「ひどい有様だな……。まるで生気を吸い取られているようだ」
バルドが眉をひそめながら呟いた。俺たちは店の隅の席に陣取り、給仕の女性を呼び止めてエールを注文する。彼女もまた、ひどく疲労困憊した様子だった。
「すまない、少し話を聞かせてくれないか。この町の住人は、皆ずいぶんと顔色が悪いようだが、何か流行り病でも起きているのか?」
俺が銀貨を一枚テーブルに滑らせながら尋ねると、給仕の女性は怯えたように周囲を見回してから、声を潜めて話し始めた。
「……半月ほど前からです。夜になると、町のあちこちからすすり泣くような奇妙な声が聞こえるようになって……。その声を聞いた者は、翌朝にはひどい疲労感に襲われ、次第に起き上がれなくなってしまうんです」
「すすり泣く声、ですか」 ミレーヌが興味深そうに身を乗り出す。
「それは、町のどのあたりから聞こえてくるのかしら?」
「それが……はっきりとは分からないんです。ただ、声が大きかったと言う人は、大抵、町の北側にある古い墓地の近くに住んでいる人で……」
「古い墓地か」 俺は顎に手を当てて思考を巡らせた。アンデッドの仕業か、あるいは何者かが墓地を隠れ蓑にして呪術を行っているのか。いずれにせよ、あの怪しげなファリスの司祭が関係している可能性は高い。
「教会の司祭様は、これはファリス様の試練だと言って、毎日広場で祈りを捧げておられますが……一向に良くなる気配はありません。むしろ、お布施を払えない貧しい人たちから、次々と倒れていって……」
給仕の女性の言葉に、俺は思わず拳を握りしめた。神の教えを盾に取り、弱者から搾取する。かつて俺が絶望した、教団の腐敗そのものじゃないか。 「……なるほど、大体の事情は分かった。ありがとう」
俺は立ち上がり、背中のグレートソード(ツヴァイハンダー)の重みを確認した。腕力に頼るのではない、遠心力を利用した傭兵の剣術。あの厳しい訓練の日々が、俺の身体に染みついている。力を持たぬ弱者を踏みにじる奴らを、俺の剣で、俺の意志で断ち切るために。
「墓地を調べる必要がありそうだな」
俺の言葉に、バルドがニヤリと笑ってウォーハンマーを肩に担ぎ直した。
「おう。マイリーの裁きを下す時が来たようだな」
「ええ。呪詛の出所を突き止め、この不気味な現象を終わらせましょう」
ミレーヌも魔導書を胸に抱き、力強く頷いた。