ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士)   作:シットライヌ

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第7話

開かれた石扉の奥からは、カビと埃の匂いと共に、鼻腔を突くような香りが漂ってきた。高密度の魔力が長い年月を経てなお、この空間に滞留している証拠だ。

「......行きましょう。私の『ライト』の魔法で足元を照らしますわ」

ミレーヌの杖の先から生み出された淡い光の球が、暗厚な地下回廊へゆっくりと滑り出してい

く。慎重に階段を下り、俺たちは広大な石造りの地下広間へと足を踏み入れた。

「風の精霊たちが、何かに怯えて震えています......。気をつけて、この広間には『生きていな

い』のに『動く』ものがいます」

エレノアの切羽詰まった警告と同時だった。

広間の奥、光の届かない暗がりの中で、二つの巨大な真紅の眼光がヌラリと灯った。ズシン、ズ

シンと重々しい足音を響かせて暗闇から姿を現したのは、全身を青黒い金属の装甲で覆われた四

つ足の獣――古代カストゥールの魔力で駆動する魔法生物、青銅の魔獣(ブロンズ・ハウンド)

だった。

「ひっ......!? あ、あれは文献でしか見たことのない、古代の番犬......!」

学者のセオドールが悲鳴を上げて後ずさる。

 

侵入者を排除すべき外敵と認識した魔獣が、金属の牙を剥き出しにして咆哮を上げた。空気を

震わせる咆哮が響いた。

「相手にとって不足はねえ! 下がってな、先生!」

バルドが怒号と共に前線へ飛び出し、ラージシールドを構えて魔獣の突進を真っ向から受け止

めた。ドワーフの強靭な脚力が石畳を砕き、強烈な金属音が広間に反響する。だが、魔獣の圧倒

的な質量に、さしものバルドもジリジリと後退を余儀なくされていた。

「バルドの負担を減らす! ジュード、撹乱を!」

「了解!」

ジュードが俊敏な動きで魔獣の側面へ回り込み、関節の隙間を狙ってショートスピアを突き出

す。俺はその隙を見逃さず、背のグレートソードを抜き放った。

硬い金属の装甲相手に、ただ力任せに剣を叩きつけても刃がこぼれるだけだ。俺は剣の重心を正

確に捉え、自身の体重移動と遠心力を極限まで高めていく。狙うは、装甲が薄い首のジョイント

部分。

バルドが分厚い盾で青銅の魔獣の突進を真正面から受け止め、ジュードが側面から鋭い槍の刺

突で牽制する。魔獣の意識が完全に二人に削がれたその僅かな隙こそが、俺にとっての絶対的な

間合いだった。

「今だ、クライヴ!」

バルドの嗄れた叫びと同時に、俺は石畳を蹴って大きく踏み込んだ。

青銅の分厚い装甲で覆われた巨躯に対し、力任せの斬撃など何の意味も持たない。狙うべきは、

魔獣が苛立ちに任せて咆哮を上げ、頭部を振り上げた瞬間に露わとなる、首元の関節部のみ。

俺は自身の腕力ではなく、大地を踏み締めた反発力を腰へ、そして肩へと螺旋のように伝達さ

せた。剣の重心を正確にコントロールし、身体の捻りに合わせて大剣を円の軌道に乗せて振り抜く。長大な刃が空気を切り裂く風切り音すら、乗せられた遠心力によって恐るべき重低音へと変わっていく。生来の筋力に恵まれなかった俺が、傭兵の師匠から教わった、力ではなく理と重力で敵を粉砕する大剣術の極意だ。

「ふっ......!」

極限まで加速した大剣の刃が、魔獣の首元にある極小の装甲の隙間へ、寸分の狂いもなく吸い

込まれた。

 

硬質な金属がひしゃげ、弾け飛ぶ甲高い破壊音が地下広間に鳴り響く。絶大な遠心力を伴った俺

の一撃は、青銅の関節部を容易く粉砕し、無残に両断した。耳障りな断末魔の機械音を漏らしながら、魔獣の巨大な頭部が宙を舞い、重い音を立てて石畳に転がり落ちる。首を失った胴体は数歩だけ前方にふらついた後、背中の魔力炉から青白い火花を激しく散らし、轟音と共に崩れ落ちて沈黙した。

「す、すごい......! 青銅の番犬を、たった一撃で......!」

物陰から震えながら事の顛末を見ていたセオドールが、畏敬の念すら込めた眼差しで俺を見つめ

ている。

「見事な太刀筋だったよ、クライヴ。君の剣は、まるで滝の流れのように無駄がないね」

ジュードが感心したように口笛を吹き、バルドも痺れた腕をさすりながら豪快に笑い飛ばした。

俺は刃こぼれがないことを指先で確認し、ゆっくりとツヴァイハンダーを背中の鞘へと収める。

型通りの教義に囚われていた頃には決して届かなかったであろう破砕の余韻が、両手に確かな熱

として残っていた。

魔獣という障害を排除した俺たちは、警戒を解かずに広間の奥へと進んだ。そこには、さらに

地下深くへと続く螺旋階段と、魔力的な光を放つ紋様が刻まれた荘厳な石の宝箱が一つ安置され

ている。

「不用意に触れてはいけませんわ、クライヴ。カストゥール王国の遺産が、何の防壁もなしに置

かれているはずがありません」

ミレーヌは魔導書を片手に進み出ると、荘厳な石の宝箱の表面に刻まれた紋様をじっと観察し

始めた。彼女の理知的な瞳が、古代ルーンの僅かな歪みを的確に捉える。

「やはり......。蓋を開けた瞬間に起動する『炎の爆発(ファイア・ブラスト)』の罠が仕掛け

られています。それも、この広間全体を吹き飛ばすほどの規模の術式ですわ」

「ヒェッ......! 古代の魔術師たちは、泥棒対策にそこまでやるのですか......」

学者のセオドールが顔を引き攣らせてバルドの背後に隠れた。

「解除できるか?」

「ええ、問題ありませんわ。本来ならカストゥール王国時代の魔法は強固で解除は難しいけど、これに関しては正しい手順を踏めば出来る仕組みになっているようね」

ミレーヌは杖の先を宝箱の鍵穴に当て、静かに古代語魔法の解除呪文を紡いだ。パキィンッ、というガラスが割れるような高い音と共に、宝箱を覆っていた見えない魔力の障壁が霧散する。

 

俺が慎重に分厚い石の蓋を押し上げると、中には豪奢なベルベットの布に包まれた品が眠って

いた。

鈍い光を放つ古代の金貨が数枚。そして、中央には透き通るような青い宝石があしらわれた銀の

指輪が一つ。

「これは......『精神の防壁』を張る古代の魔導具ですね。精神を操る魔法や呪いに対する強い

耐性を得られます」

セオドールが震える手で指輪を鑑定し、興奮気味に告げた。あの呪いの司祭のような輩と再び相

対した際、この指輪は間違いなく大きな助けになるだろう。ありがたく俺たちの戦力として加え

させてもらうことにした。

宝箱の探索を終え、俺たちは広間の奥に口を開ける螺旋階段へと向かった。

「風の精霊たちが、地下深くから吹き上がってくる冷気を怖がっています。......ここから先

は、本物の未知の領域です」

エレノアが弓を握り直し、囁くように言った。ジュードも口数を減らし、ショートスピアの切先

を前方へ向けて警戒を強める。

一段下るごとに、カストゥールの濃厚な魔力の気配が肌に纏わりついてくる。暗く長い階段を

下りきった先で俺たちを待っていたのは、青白い燐光を放つ苔に照らされた広大な地下水脈と、

その対岸に建つ無傷の『魔導研究所』らしき白亜の建造物だった。

だが、水脈には橋がかかっておらず、黒々と淀む水面下には、巨大な何かが蠢く不気味な波紋が

広がっている。

「あの中を無防備に泳いで渡るなど、正気の沙汰ではないな」

俺が淀んだ水面を見据えて呟くと、仲間たちも無言で頷いた。黒々と沈む水脈の底からは、確

かな殺意と巨大な質量が蠢く気配が這い上がってくる。得体の知れない脅威が潜む水中に飛び込

むのは、自ら死地に赴くようなものだ。

「エレノア、ミレーヌ。水中の正体を水面まで引きずり出せるか? 陸地で迎え撃つ態勢を整え

てから、確実に仕留める」

「やってみます。水霊ウンディーネよ、清らかなる怒りをもって淀みを掻き乱しなさい!」

エレノアが澄んだ声で呼びかけると、穏やかだった水脈の中央から突如として激しい渦が巻き

起こった。水底に潜んでいた何かが、予期せぬ激流に巻き込まれ、苛立ち紛れにもがく巨大な波

紋が広がる。

「そこですわね。......『エネルギー・ボルト』!」

 

ミレーヌが杖の先から純粋な魔力の塊を連射し、渦の中心へと正確に撃ち込んだ。鼓膜を打つ

着弾音と共に水柱が上がり、直後に腹の底を震わせるような悍ましい咆哮が地下空間に響き渡

る。

大量の水しぶきと共に姿を現したのは、鈍く光る青緑色の鱗に覆われた巨大な水蛇――古代カ

ストゥール王国の魔術師たちによって造り出されたであろう、狂暴な合成獣(キメラ)だった。

数メートルほど持ち上げられた鎌首の顎からは、石畳を容易く溶かして白煙を上げる強酸の唾液

が滴り落ちている。

「デカい図体してコソコソ隠れてんじゃねえぞ、トカゲ野郎!」

バルドがラージシールドを構え、ウォーハンマーを打ち鳴らして合成獣のヘイトを自身へと向け

させた。

「酸を浴びたら一溜まりもないよ! 距離を取って!」

ジュードが素早く後退し、ショートスピアから投擲用のダガーへと持ち替える。怯えるセオドー

ルを後方へ下がらせた俺も、背中のグレートソードを抜き放ち、水際ギリギリの絶対的な間合い

で大剣を下段に構えた。

「長期戦になれば、あの酸で足場を崩される。一撃で決めるぞ!」

俺の鋭い声に、バルドが瞬時に意図を察してラージシールドを斜めに構えた。合成獣が吐き出

した強酸の唾液が盾の表面を掠め、石畳をジュッと音を立てて溶かすが、ドワーフの老練な戦士

は一歩も退かない。

巨大な顎がバルドを丸呑みにしようと、水面からその長大な首を完全に持ち上げ、陸地へと大

きく身を乗り出した。

――その瞬間こそが、俺が待ち構えていた最大の『隙』だった。

「ふうぅぅ......ッ!」

肺葉の空気を細く吐き出しながら、俺は低く沈み込んでいた重心を一気に爆発させた。

狙うは、分厚い鱗に覆われていない顎の下、無防備に伸びきった柔らかい首筋のみ。

力任せに大剣を振り上げるのではない。大地を踏み込む反発力を腰の捻りへと変え、背中、

肩、そして腕へと螺旋状に伝播させる。剣の軌道を精緻にコントロールし、長大な剣を自身の身体を軸とした巨大な振り子へと変える。

空気を叩き斬る轟音。遠心力によって極限まで加速され、恐るべき質量兵器と化した大剣の刃

が、合成獣の首筋へと横薙ぎに吸い込まれた。

 

硬い鱗と分厚い肉を容易く断ち切る、生々しい破壊音。

俺の放った全力の一撃は、巨大な合成獣の首を寸分の狂いもなく一刀両断していた。

「ギ、ギャアァァ......ッ!?」

声にならない断末魔と共に、強酸を滴らせていた巨大な頭部が宙を舞い、広間の石畳にドスリ

と重い音を立てて転がった。首を失った胴体は、噴水のように血の飛沫を上げながら、力なく淀

んだ水脈の底へと沈んでいく。ザッパーンと大きな水柱が立ち、やがて水面は再び静寂を取り戻

した。

「ふぅ......」

俺は大剣についた血糊を鋭く振り払い、ゆっくりと背中の鞘へ収めた。

「お見事ですわ、クライヴ! あの巨大な合成獣を、たったの一撃で......」

ミレーヌが安堵の溜息を漏らし、ジュードが呆れたような、それでいて誇らしげな笑みを浮かべ

て俺の肩を叩く。

「本当に、君のその剣術はどうなってるんだい。力任せじゃないのに、威力が桁違いだ」

「ただのしぜんのことわりさ。相手の力が最も及ばず、こちらの遠心力が最大になる瞬間と軌道を叩き込

んだだけだ」

傭兵の師匠の教えを思い出しながら、俺は短く答えた。

「ヒェェ......。ファリスの神官戦士とは、皆これほどまでに恐ろしい方々なのでしょう

か......」

物陰から恐る恐る顔を出したセオドールが、信じられないものを見る目で俺と大剣を交互に見つ

めている。

「さあ、水中の脅威は排除した。これで安全に対岸へ渡れるはずだ」

俺の言葉に、エレノアが水面の安全を精霊の力で再確認し、静かに頷いた。

俺たちは、合成獣の血で濁った水脈を慎重に迂回し、岸壁の足場を利用して対岸の『魔導研究

所』へと足を踏み入れた。

白亜の石材で造られた研究所の内部は、外の遺跡の荒廃が嘘のように、当時の姿をそのまま留め

ている。廊下には魔力で輝く照明が微かに灯り、奥からはかすかな機械の駆動音すら聞こえてき

た。

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