ソードワールド二次創作小説(ファリスの聖戦士) 作:シットライヌ
研究所の廊下を進み、かすかな駆動音が響く扉をやり過ごして、俺たちは「資料室」と刻まれ
た(とミレーヌが解読した)部屋の扉を押し開けた。
室内には、カビ臭い空気とともに、壁一面を埋め尽くすほどの巨大な本棚が整然と並んでい
た。
「これは......まさに歴史の宝物庫ですわ!」
ミレーヌが感嘆の声を上げ、セオドールは歓喜のあまり涙ぐんですらいる。数百年という途方
もない時間が経過しているにもかかわらず、書物や羊皮紙の巻物は、部屋に施された保存の魔法
(プリザベーション)のおかげで風化を免れていた。
ジュードとエレノアが入り口で警戒を続け、バルドが退屈そうに欠伸を噛み殺す中、ミレーヌ
とセオドールは取り憑かれたように資料を読み漁り始めた。
「クライヴ、これを見てください!」
しばらくして、部屋の奥で別の資料を読んでいたセオドールの顔色が、スッと青ざめていくのが見えた。
「......ひどい......。彼らは、ただの魔導具を作っていたわけじゃありません......」
セオドールが震える声で読み上げたのは、この研究所の『実験記録』だった。そこには、先ほ
どの巨大な水蛇(キメラ)のような合成獣を生み出すため、あるいは強力な魔導兵器を稼働させ
るため、数多くの奴隷や捕虜の『生命力』を魔力に変換して抽出していたという、おぞましい事
実が記されていた。
「あの悪辣な司祭が町の人々にかけていた呪いと、原理は同じ......。カストゥール王国は、人
の命を燃料にしてこの強大な魔法文明を築き上げていたのか」
俺が低く唸ると、部屋の空気が重く沈んだ。
「記録によれば、この研究所の最深部にある『動力室』には、今もその生命力抽出の要となる
『賢者の石』の試作品が残されているようです。......そして、その石はまだ稼働していると」
セオドールの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。廊下の奥から聞こえ続けている、あのかすか
な機械の駆動音。
「放置しておくわけにはいかないね。もし誰かがその石を悪用すれば、またオーファンや他の
町で悲劇が繰り返される」
ジュードが真剣な表情で言い、バルドもウォーハンマーを力強く握り直した。
「ああ。この忌まわしい古代の遺産は、俺たちの手で完全に破壊する」
俺たちは資料室を後にし、不気味な駆動音が響き続ける『動力室』へと足を踏み入れた。重厚な金属扉を押し開けた瞬間、生暖かい突風と禍々しい魔力の波動が俺たちの全身を打っ
た。
広大な空間の中央に鎮座していたのは、脈打つ心臓のように明滅する巨大な魔晶石だ。赤黒く
濁ったその光は、かつて宿場町で悪徳司祭が起動していた呪いの陣と酷似した、おぞましい気配
を放っている。
「なんて禍々しい魔力......。あの石が、この遺跡の動力源として稼働し続けているというので
すか」
ミレーヌが顔をしかめ、エレノアも精霊たちの悲鳴を感じ取って耳を塞いだ。
「あれを壊せば、すべて終わるんだね。......だけど、そう簡単にはいかないみたいだ」
ジュードがショートスピアを構え、油断なく前方を睨みつける。
魔導石を守護するように、石の台座の前に巨大な影が立ち塞がっていた。
天井に届きそうなほどの巨躯。黒曜石のような未知の鉱石で構成された関節のない滑らかなボ
ディ。頭部にあたる部分に十字の赤い光が灯り、石室を揺るがすような重低音と共にゆっくりと
動き出す。古代カストゥール王国の魔術師たちが遺した無慈悲な番人、古代のゴーレムだ。
「へっ、青銅の犬っころの次は、デカい石ころのお出ましってわけか! 上等だ!」
バルドが闘志を剥き出しにし、分厚いラージシールドを構えて陣形の先頭へ躍り出た。学者のセ
オドールはあまりのプレッシャーに腰を抜かし、部屋の隅へとしがみついている。
「物理的な硬度もさることながら、あの装甲には強力な『魔法反射』のルーンが刻まれていま
すわ! 私やエレノアの魔法では、分が悪いです!」
後方からミレーヌが切羽詰まった声で警告を飛ばす。魔法の通じない強固な岩の塊。並の剣士で
あれば、絶望して剣を投げ出すほどの難敵だろう。
だが、俺は静かに背のグレートソードを引き抜いた。
ただ腕力で叩き斬ろうとすれば、刃が砕け散るだけだ。しかし、俺が修めた剣術は力ではなく理
で斬る。自身の精神を極限まで集中させ、遠心力と大剣の重心制御を完璧に行えば、あの硬大な
装甲の僅かな継ぎ目すら粉砕できるはずだ。
「バルド、ジュード! 奴の意識を左右に散らしてくれ。俺が正面から、装甲ごと叩き割る!」
神の加護と傭兵の技。俺はすべての力を長大な刃に込め、重装甲のゴーレムへと真っ向から踏
み込んだ。
バルドの咆哮とジュードの牽制が、ゴーレムの頭部に灯る赤い十字の視界を両脇へと引き付け
る。その一瞬の死角を突き、俺は黒曜石のような巨躯の懐へと深く潜り込んだ。
腰の捻りから生み出された遠心力が、グレートソードの長大な刃を極限まで加速させる。狙う
は、右脚の膝裏にあたる駆動部。
だが、古代カストゥールの叡智は俺の想定する物理法則を容易く凌駕した。
ゴーレムは己の関節構造を完全に無視し、下半身はそのままに上半身だけを瞬時に百八十度旋回
させたのだ。
「なっ......!」
俺の刃が到達するより一瞬早く、丸太のような剛腕が胴体を真横から薙ぎ払った。
肋骨が軋む不気味な音と共に、俺の身体は石室の壁まで吹き飛ばされた。肺の空気を強制的に吐
き出され、視界が白く明滅する。そこへ、ゴーレムが大地を揺るがしながら歩み寄り、トドメと
ばかりに両腕を高く振り上げた。
死の影が覆い被さったその時――。
「うちのリーダーを、舐めてんじゃねえぞッ!」
分厚いラージシールドを掲げたバルドが俺の前に割り込み、ゴーレムの豪腕を正面から受け止
めた。ドワーフの強靭な両脚が石畳を砕いてめり込み、強烈な負荷にバルドの口端から血が吹き
出す。
「今だよ、クライヴ!」
同時に、壁を蹴って跳躍したジュードが、ゴーレムの顔面で明滅する赤い十字の光源へ槍を深く突き立てた。センサーを潰され、巨体が苛立ちに任せて大きくよろめく。
「大地の精霊よ、少しの間、横によけて!(トンネル)」
エレノアの祈りと共に、ゴーレムの直下にある石畳が陥没し、数トンの巨体のバランスを完全に奪い去った。
「直接魔法が効かないなら......剣を強化しますわ! 彼の刃を導く魔力を、『エンチャント・ウェポン(魔力付与)』!」
ミレーヌの杖から放たれた魔法が、俺の大剣を力強い魔力が包み込む。痛む身体を叩き起こし、俺は再び大剣を構えた。
仲間たちが命懸けで作ってくれた、一瞬の勝機。
俺はミレーヌの追い風を推進力に変え、重力と遠心力のすべてを刃に乗せた大回転の斬撃を放っ
た。
「砕け散れぇぇぇッ!」
極限まで加速した大剣が、バランスを崩して無防備になったゴーレムの胴体の継ぎ目へ、雷の
ごとく直撃する。
鼓膜を破るようなすさまじい破壊音。魔法反射の装甲ごと、黒曜石の巨躯が真っ二つに両断さ
れ、膨大な魔力の火花を散らしながら轟音と共に崩れ落ちた。
ゴーレムの残骸が完全に沈黙した石室の中心で、元凶である『賢者の石』の試作品だけが、な
おも生き物のように赤黒い脈動を続けていた。
「中途半端な破壊では、蓄積された魔力が暴走する危険がありますわ! 一撃で、核となる中心
部まで完全に粉砕しなければ......!」
ミレーヌが叫ぶ中、俺は荒い息を整えながら、禍々しい光を放つ石の台座へと歩み寄った。
人々の命を啜り、狂った魔法文明の礎となった呪われた遺産。これ以上の悲劇を生ませるわけ
にはいかない。俺は両足を大きく開き、自身の身の丈ほどもある大剣を高く振り上げた。
全身の筋肉が先ほどの激闘による悲鳴を上げているが、剣の軌道を制御するのに過度な腕力は
必要ない。
心を無にし、刃の切先から自身の足元までを貫く重心の線を感じ取る。大きく息を吸い込み、大
地を踏み締めた反発力を腰へ、背中へ、そして腕へと螺旋のように伝播させた。自身の身体を軸
とした巨大な独楽のように、遠心力と重力のすべてを長大な刃の先端へと集約していく。
「消え失せろ......!」
裂帛の気合いと共に放たれた大剣が、空気を引き裂く轟音を伴って『賢者の石』の上部へと振
り下ろされた。
強固な魔力の防壁ごと、純粋で圧倒的な物理的破壊力が石の核を正確に打ち据える。
パキィンッ......! という甲高い亀裂音が響いた直後、巨大な魔導石は断末魔のような眩い光の
瞬きを放ち、無数の破片となって粉々に砕け散った。
石室を満たしていた禍々しい魔力の気配が嘘のように霧散し、研究所の奥底から聞こえ続けてい
た不気味な駆動音も、完全にその沈黙を遂げる。
「......やったね、クライヴ。これで、この遺跡の機能は完全に停止した」
ジュードが肩の力を抜き、バルドも
「ドワーフの石頭より硬いモンをカチ割りやがって」
と豪快に笑いながら座り込んだ。エレノアも精霊たちの安堵の声を聞き届け、静かに微笑んでいる。
「あ、ありがとうございます......! 皆様のおかげで、オーファンのみならず、この地方全体の
危機が救われました」
腰を抜かしていたセオドールが、涙ぐみながら俺たちに深々と頭を下げた。
俺は刃こぼれ一つない大剣を鞘に収め、頼もしい仲間たちの顔を見渡した。古代の遺産を巡る
オーファンでの冒険は、これにて無事に幕を下ろした。