ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書 作:リハビリ作者
トリニティ総合学園から遠く離れた、ミレニアムサイエンススクール。晄輪大祭の開催を目前に控えたミレニアムでは、校内の至る所で準備が進められていた。
各競技会場の設計、通信設備の調整、参加者のデータ管理、警備システムの構築、そして膨大な予算の管理。
今回の晄輪大祭はミレニアムが主催校となっているため、トリニティ側の担当者である黒月アキナにとっても、ミレニアムとの協議は避けて通れないものである。
そして、アキナとイチカは今回の会議場所に向かい、ミレニアム内を歩いていた。イチカは周りにある数々の最新鋭の機械に目を輝かせている。
「すごいっすねー。あっちを見てもこっちを見ても見たこともない凄そうな機械ばっかり。まるでSF作品の中に入ったみたいっすよ。科学技術に力を入れているとは聞いてるっすけど、ここまでとは思わなかったっすね。アキナさん──じゃなくてアキナ様は、何か気になったりしないんすか?」
「特には。ナギサ様を支えるために必要な物があれば気にしますが、そうでないなら興味もありませんから」
「……相変わらずっすね。ナギサ様基準な所」
そんな雑談を交わしてると、周りにいるミレニアムの生徒たちも、アキナを見て小声で何かを話していた。
「……あれがトリニティ最強か」
「ティーパーティーの生徒会長代理って」
「元はフィリウス分派のNo.2だろ」
黒月アキナ。トリニティ最強という異名はキヴォトスでも有名な存在であるため、多くの生徒たちが知っていて、遠巻きに噂するものもいる。しかし、アキナは周囲の声を特に気にすることなく歩いていき、その隣をイチカが歩く。
「アキナ様」
「何ですか?」
「今日の交渉、くれぐれも喧嘩はなしで」
「私は喧嘩をしに来たわけではありません」
「それは分かってるんすけど。一応、念のためっす。ほら、アキナ様ってマジギレしたら、理性なくした私よりも、とんでもないことやらかしそうなんで」
その言葉にアキナは少しムッとしたが、そこまで気にすることでもないため、すぐに無表情に切り替わる。
「……まあ、言うだけなら構いませんが」
やがて二人はビルに辿り着き、案内人に今日の会議の事をを話した後、セミナーの会議室へ案内された。
そして扉が開くと、2人の少女が待っていた。1人は、腰まで伸びた菫色の髪をツーサイドアップにまとめた少女。もう1人は、腰まで届く白髪と紫色の瞳を持つ少女。菫色の髪の少女が立ち上がって挨拶する。
「初めまして。セミナー会計の早瀬ユウカと言います」
続いて、白髪の少女が柔らかな笑みを浮かべる。
「同じく、セミナー書記の生塩ノアです。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。ティーパーティー生徒会長代理、黒月アキナです。こちらは私のサポートで来ました仲正イチカです」
「よろしくお願いするっす」
イチカも頭を下げ、ユウカが返事をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。それではこちらへ」
アキナとイチカは席に座る。そして、ユウカがスクリーンを出し、今回の会議内容についての詳細をスクリーンに映して話し始めた。
「今回の晄輪大祭については、ミレニアム側でもかなり細かい調整が必要になっています。特に会場設備と予算、それから各学園への設備利用申請についての資料は昨日の夜に送りました。まだゲヘナ学園の方が到着してませんが、会議前に改めて説明を」
「必要ありません。昨日の夜に送られてきた資料は全て確認しました。いくつか修正案もまとめています」
そう言ってアキナは鞄から書類を取り出す。ユウカが受け取り、ページをめくる。
「……嘘でしょ」
「何か問題でも?」
「いえ、問題があるというより……これ、ミレニアム側の設備担当がまだ検討中だった部分まで修正案が出てますよ?」
「昨日の資料に設備仕様が載っていましたので、それを基に計算しました」
「計算……昨日の夜に読み込んで計算したっていうの?」
ユウカが困惑する中、ノアが興味深そうに資料を覗き込む。
「なるほど。こちらの予算配分を変更すれば、設備の一部を増強できるんですね」
「はい。ただし、その場合はこちらの警備費を少し削る必要があります。とはいえ、安全面に影響が出ない範囲で調整していますが」
「なるほど……ふふふ。これは頼もしい人が実行委員になってくれましたね」
そんな中、会議室の扉にコンコンとノックする音が響く。
「どうぞ」
ユウカが許可すると、扉が開く。
入ってきたのは、青い髪に青い瞳の少女。頭にはカチューシャをしており、手枷やカウベルといった独創的なアクセサリーを身に着けていた。4人は立ち上がって挨拶をする。
「失礼します。ゲヘナ学園、風紀委員会行政官の天雨アコです。今回、ゲヘナ側の晄輪大祭外交担当として」
アコはそこで、部屋にいるアキナを見た。
「……トリニティ?」
「初めまして。ティーパーティー生徒会長代理、黒月アキナです。こちらは私のサポートで来ました仲正イチカです」
アコの眉が僅かに動く。黒月アキナの名はゲヘナでも知られている。トリニティのティーパーティー生徒会長代理にして、元フィリウス分派No.2。そして、トリニティ最強とまで呼ばれる少女。
彼女は一度だけアキナを見てから、嘲笑するような笑みをわずかに浮かべた。
「なるほど。トリニティからは、相当な人材が出てきたというわけですね」
「……何か?」
「いえ。ただ、今回の晄輪大祭については、ゲヘナとしても色々と確認しておきたいことがありますからね。特にトリニティ側の警備体制についてです」
そう言ってアコは席に座り、小馬鹿にするような視線をアキナに向ける。
「資料はこちらにあります」
アキナがそう言って警備資料を差し出す。アコはそれを受け取った後、数ページほど目を通した。
「……随分と細かいですね」
「当然です」
「まあ、トリニティは最近色々ありましたからね」
その言葉に、アキナの眉が僅かに動いた。イチカはそれを見逃さない。
(来たっすね。こういう相手が)
アコはアキナの変化に気づいてないのか、それとも気にしてないのか、話を続ける。
「エデン条約だのアリウスだの、内部の問題だの、挙句の果てには傷跡を残したアキナさんが生徒会長代理。正直、今回の晄輪大祭を本当にまともに運営できるのかと思っていましたよ。まあこうして資料を見る限り、最低限の準備はできているようですが」
イチカやユウカ、ノアは話の内容をよく分かってないのかきょとんとしていたが、アキナは傷跡が何を指してるのか理解していた。
ゲヘナ学園がその事を知っていても大して驚きはしなかった。情報網に関してはかなりの力をもつゲヘナ学園ならば、救護騎士団やナギサが秘匿したとしても、混乱したトリニティから自分の情報を知るなど造作もないだろうと理解していたからだ。
その隣でイチカがそっと手を伸ばし、アキナの袖を軽く掴んだ。イチカは傷跡が何のことかは分からなかったが、それでもアキナの雰囲気が変わったことだけは察していた。
「……アキナ様。落ち着いてくださいね」
「私は落ち着いています」
「ならいいんすけど」
アコは2人を見て首を傾げる。
「何ですか?」
「いえ、何でもありませんっす」
イチカが笑顔で誤魔化す中、アキナは深く息を吐いた。
「ゲヘナ側から懸念事項があるのでしたら、全て伺います。今回の目的は、晄輪大祭を滞りなく進めることですから」
「……そうですか」
もっと反発してくると思っていたらしく、アコは少し意外そうな顔をした。そして少しばかり重い空気が流れる中、ユウカがそれを変えるように手を叩いて話をする。
「では、メンバーも揃ったので会議をしましょう。まずは、こちらの警備区域についてですが」
会議は始まった。ユウカが予算について説明し、ノアが設備面の確認を行い、アコがゲヘナ側からの要望を伝える。物資の搬入、参加者リスト、緊急時の避難対応、トラブルが起きた際の対応、様々な内容が話されていく。
その間にも、アコは時折トリニティへの嫌味を挟んだ。
「トリニティ側の設備が本当にこれで大丈夫なんですか」
「エデン条約の時のような混乱が起きなければいいですが」
「まあ、新生ティーパーティーはそういう失敗をしないと信じていますよ」
アキナはその度に僅かに眉をひそめる。だが反論しない。言い返すこともない。ただ必要なことだけを答える。
イチカはそんな彼女を見て、内心で感心していた。
(ちゃんと我慢してるし、受け答えもできてる。これなら、最初から私いらなかったんじゃ)
そう思っていたその時、コンコンと再び扉が叩かれた。
「どうぞ」
ユウカが許可すると扉が開き、先生がやってきた。
「こんにちは。みんな」
「先生!」
「先生。お疲れ様です」
「あら。先生もいらっしゃるとは意外でした」
ユウカが嬉しそうに挨拶し、ノアも挨拶した後、アコもどこか嬉しそうに話す。そして、ユウカが立ち上がって駆け寄る。
「どうしたんですか、こんなところに?」
「ちょっと晄輪大祭の件で確認したいことがあって」
そして先生がアキナの姿を確認した瞬間、表情を固くした。
「……アキナ」
「アキナと呼ばないで下さい。吐き気がします」
短い言葉。それだけで室内の空気が変わった。エデン条約への介入、ナギサとの敵対、アリウススクワッドを逃がしたこと、調聞会でのミカの弁護、アキナにとって決して忘れられるものではなかった。先生もそれを理解している。ゆえに、何と声をかければいいのか分からない。
二人の間に、重い沈黙が落ちる。そして。
「……失礼します」
アキナが立ち上がり、イチカが目を丸くする。
「今回の協議、私がこれ以上参加する必要性はないと判断しました。戻ります」
「ちょ、アキナ様!?」
イチカが慌てて立ち上がり、アキナの腕を掴む。
「どこへ行くんですか!」
「トリニティです」
「いやいやいや! まだ会議終わってないっす!」
「残りは皆さんで進められます」
「進められるかどうかじゃないっすよ!」
「もう、私がいなくても問題ないでしょう」
「問題大ありっす!」
アキナは真顔のまま扉を見て、イチカから離れようとするが、掴んでる腕は離せない。
「離してください」
「嫌っす」
「イチカさん」
「嫌っす。アキナ様。ここで帰ったら、むしろ変に思われるっすよ」
「構いません」
「私が困るんすよ!」
「あなたが?」
「そうっす!」
イチカは必死だった。ここでアキナを帰したら、ナギサに何と言えばいいのか分からないし、外交がめちゃくちゃになる可能性もあるからだ。
「アキナ様、これは外交の仕事っすよ」
「……分かっています」
「だったら、最後までいてください」
アキナは無言でイチカを見る。その瞳には、先ほどまでの冷静さとは違う、明確な拒絶があった。先生と同じ空間にいること自体が耐え難いという怒りが籠もってるのが見て理解出来た。
「私は、あの人と同席している必要はありません」
「あります」
「ありません」
「ありますって!」
イチカが珍しく強い口調で言い返し、流石のアキナも少し驚いてしまった。
「アキナ様。さっきまでちゃんと会議できてたじゃないっすか! アコさんに嫌味を言われても、ちゃんと流してたでしょう?」
「それは仕事ですから」
「だったら、今も仕事してください」
「……先生がいるからです」
「そこっすよ! 私が言いたいのは、そこを何とかしてくださいってことなんすよ!」
「無理です」
「即答!?」
ユウカは二人のやり取りを呆然と眺めていた彼女はエデン条約の1件を詳しく知らないため、何が起きているのか、まだ理解しきれていない。先生に対して、アキナがここまで露骨な敵意を向ける理由も。
そんな中、ノアは口元に手を添え、静かにアキナを観察していた。
「どうやら……単純な相性の問題ではなさそうですね」
「ノア?」
「ユウカちゃん。先ほどのアキナさんの反応。あれは、かなり根深い感情だと思います」
「……そうなの?」
「ええ。ですが、今ここで事情を尋ねるのは適切ではないでしょうね」
「それは……確かにそうだけど」
一方、アコは腕を組みながら2人を見ていた。
「……なるほど。あなたが先生をそこまで嫌っている理由、少し興味がありますね。もしかして」
「アコさん! 今それ聞くのは絶対駄目っす!」
「私は事情を聞こうとしただけですが? なんせ、先生は多くの人から慕われてます。それをここまで拒絶するとなると、アキナさんに何かしらの問題があるのかと思いまして」
「アコさん」
イチカが割って入る。いつもの軽い調子ではなく、重苦しい雰囲気さえ漂わせてる。
「それ以上は、今はやめておいた方がいいっす」
「……あなたに指図される筋合いはありませんが?」
「指図じゃないっす。お願いっすよ。これはトリニティの問題なんで、他学園に立ち入られるのは困るっす」
イチカはアキナの腕から手を離さず、そのまま彼女の横に立っている。
「アキナ様が先生を嫌ってる理由は、今ここで話す必要はないっす。少なくとも、晄輪大祭の会議とは関係ないっすから」
「……まあ良いでしょう。こちらとしても、無闇に藪蛇を突く気はありませんし」
「ありがとうございます。それとアキナ様。今帰ったら絶対駄目っすよ」
「……なぜですか」
「ナギサ様に怒られるからです」
その名前が出た瞬間、アキナの瞳が僅かに揺れる。イチカはそこを逃さなかった。
「……ナギサ様が?」
「はい。今回、アキナ様が晄輪大祭の担当を任されたのは、ナギサ様が信頼してるからでしょう?」
「そうですね」
「だったら、そのナギサ様から任された仕事を、先生が来たからって途中で投げ出すんですか? 私はアキナ様が先生を嫌ってることについては当然のことだと思ってます。私だって同じ立場だったら、先生を理性が吹き飛ぶほど嫌ってたと思います。でも、例えどれだけ嫌なことでも、今回の仕事より優先することじゃないっすよね?」
アキナは答えずに沈黙を続け、イチカはさらに続ける。
「アキナ様がここで帰ったら、ミレニアムとゲヘナとの調整を途中で放り出すことになります。そうなったら、後でナギサ様に報告しないといけないですよ。『先生がいたので帰りました』って」
アキナの表情が明らかに険しくなった。しかし、それは先生に対する怒りではない。むしろ、自分自身への苛立ち、ナギサに迷惑をかけることへの自分への怒りだった。
「それは。ナギサ様に、ご迷惑をかけますね」
「はい。だから、ここは耐えてほしいです」
「……分かりました」
アキナはゆっくりと戻り、拳を強く握り締めながらも、静かに腰を下ろす。
「会議を続けましょう」
ユウカはその一連のやり取りを呆然と見ていた。何が起きているのか完全には理解出来ていない。
だが、一つだけ分かったことがある。このアキナという少女は、桐藤ナギサに対して高い忠誠を誓っているのだと。
「……凄いわね」
思わず呟くと、ノアが隣で微笑んだ。
「ええ、本当に凄いです。先ほどまで、あれほど先生を拒絶していたのに。たった一言で席に戻りました」
アキナはもう先生の方を見ていなかった。目の前の資料だけを見つめ、何事もなかったかのように会議へ意識を戻している。
「……あの人、かなりナギサさんを信頼してるんですね」
「そうみたいね」
「まあ、それだけではないと思いますけど」
「え? どういうことよ。ノア」
「いえ。今は会議に集中しましょう」
その一方で、アコはまだアキナを見ていた。先ほどまでの反応、先生を見た瞬間の徹底的な拒絶、そしてナギサの名前が出た途端に態度を変えたこと。
アコは行政官として、人間同士の関係性を見ることにも慣れている。だからこそ、その異様さが気になった。
「……黒月アキナ」
「何でしょう」
「あなたは、本当に先生が嫌いなんですね」
「……はい」
「理由は?」
「お答えする必要はありません」
「……そうですか」
アコは少しだけ目を細めた。だが、それ以上は追及しなかった。これ以上聞いたとしても意味は無さそうだし、何より会議の主旨からずれるのも好ましくないと思ったからだ。
「では、会議に戻りましょう」
「ええ」
先生も含めて全員が席に着き、ユウカがスクリーンを操作する。
「それでは、次の議題です。各学園の警備区域についてですが」
会議は再開された。先ほどまでの空気が完全に元通りになったわけではない。しかし、少なくともアキナは席に残り、仕事に集中した。
ユウカが予算について質問すれば即座に回答し、ノアが設備について確認すれば必要な資料を提示する。ミレニアムからの要望があれば、アキナが資料を見て、正常な範囲で動かせるように調整していく。
「ミレニアム側からの要望については、警備区域の一部を変更する条件なら可能です。ただしその場合、そちらから警備員を一定数配置して貰わないといけませんが」
「構わないわ。こちらは警備に余裕があるし、それぐらいの条件なら問題ない。警備員の移動と配置の資料は後ほど作成するわ」
「了解しました。それと、ゲヘナ学園の搬入計画についてですが」
そして会議がある程度落ち着き、一度休憩時間になった頃。アコはぽつりと呟いた。
「……嫌いな先生がいても仕事はできるんですね」
「当然です。ナギサ様から任された仕事ですから」
その答えに、アコは一瞬だけ黙り、そして小さく息を吐く。
「なるほど。そこまで徹底しているわけですか」
「何か?」
「いえ……こちらとしても、仕事ができる相手なら話は早いです。トリニティ最強は野蛮人という評価でしたが、その評価は改めなければならないようですね」
「それは何よりです」
先生は少し離れた場所で、その様子を見ていた。アキナと目が合うことはない。彼女が意図的に視線を合わせないようにしているのが、先生にも分かった。
エデン条約の件や調聞会の件、そして彼女と初めて会った時に銃を向けられた件。先生の胸には、言葉にできない重さが残っている。だから、今は何も言わなかった。何を言ったとしても、今の彼女には届かないだろうと思ったから。
そして、朝から数時間続いた会議は終わり、資料の最後のページが閉じられた。
「本日の議題は以上です」
ユウカがそう告げる。
「他校との細かい調整についてはこちらでまとめ、数日後に予定表などをお送りします」
「分かりました。本日はありがとうございました」
立ち上がったアキナの隣で、イチカもぐっと伸びをしながら立ち上がる。
「いやぁ……何とか終わったっすね。アキナ様」
「何ですか?」
「今日はちゃんと、最後までやり切りましたね」
「当然です」
アキナはそう答えた後、ほんの少しだけ間を置く。
「……ありがとうございました」
「え?」
「あなたが止めてくれなければ、私は帰っていたでしょうから。そうなれば、ナギサ様に迷惑をかけていました」
イチカは少し驚いたあと、笑った。
「どういたしましてっす。そう言ってくれるなら、鞘としての役割をこなせたみたいでほっとしたっすよ」
そして、アキナとイチカが会議室を出ようとしたその時。
「黒月さん」
先生から声が掛かる。アキナの足が止まり、イチカも振り返った。しばらく沈黙した後、アキナは振り向かずに答える。
「……何ですか」
「今日は、会議を最後まで続けてくれてありがとう。その……出来れば、君と少し話したいことがあるんだけど」
「それは、晄輪大祭についての話ですか?」
「いや。晄輪大祭というよりは君個人の話で」
「申し訳ありませんが、今の私には、あなたと仕事以外で話す事はありません」
冷たい声。そして明確な拒絶。明らかにこれ以上話したくないという雰囲気をひしひしと感じられた。
「晄輪大祭について必要な話があるのであれば、仕事として対応しますので、詳細を送ってください」
「……分かった」
それだけ告げると、アキナは歩き出した。イチカも慌てて後を追う。
「アキナ様、待ってください!」
二人の姿が廊下の向こうへ消えていく。その背中を見送りながら、ユウカは小さく呟いた。
「……一体、何があったのかしら。先生をあそこまで毛嫌いするなんて」
ノアは珍しく微笑みを止め、何かを観察するような目でアキナを見ていた。
「いつか本人が話したくなった時に、分かるのかもしれませんね。どうやら、かなり根深い問題のようですし。恐らくですが、先生としての活動方針が最悪な形で彼女やトリニティに被害を与えた、とかなんですかね? 先生」
「……その質問は、返答に困るんだけど」
「ふふふ。申し訳ありません。ただ、ユウカちゃんはともかく、私は先生のことをよく知りませんから、色々気になってしまいまして。生徒の味方についてとか、先生にとって、私たちはどういう存在なのかとか……いえ。今はこれ以上追及するのはやめましょう。晄輪大祭には関係ないことですから」
ユウカは気になる所はあったが、ノアが会話を終わらせてる以上、聞いても素直に答えてくれるとは思わなかった。
先生はノアが何を気にしてるかまでは分からなかった。だが、自分の活動方針に対して信用していないと、言外に示してるような含みを感じさせるその言葉は、先生の心にしこりを残した。