ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書   作:リハビリ作者

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第2話 事件の後始末

 エデン条約の事件が解決した数日後

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティーの執務室には、事件に関する大量の書類が積み上げられていた。

 アリウスの襲撃、エデン条約調印式の破壊、ユスティナ聖徒会。そして、トリニティ内部やアリウスで起きていた陰謀。黒月アキナはそれらに目を通し、静かに最後の報告書を閉じる。

 

「アリウススクワッドは行方不明。先生という方に聞いても居場所は言わないし、探すための協力もしない……ですか。さらにはアリウス自治区の方でも色々と問題が起きていて、救護騎士団とシスターフッドがその対処にあたっていると」

 

 その声には、いつもの冷たさが戻っていた。拘束から救出されて数日。救護騎士団の治療と本人の驚異的な回復力によって、アキナの傷はすでに完治していた。

 白と金を基調としたティーパーティーの制服。腰まで流れる金髪、そして、その傍らには黒い巨大なスナイパーライフルが担がれていた。名は『神殺し』。

 

「そして、私がアリウスに襲撃された件。情報提供者は聖園ミカ。あの女が私のの能力、戦闘パターン、行動予定。相当な量の情報を渡してたんですね。だからあんなことが」

 

 その声は平坦だったが、長年彼女の傍にいたナギサには分かる。これは怒っている時のアキナだ。むしろ、感情を表に出さない時ほど、彼女は危険だった。

 

「アキナ。ミカさんは恐らく」

「分かっています。恐らくあの女は、私を殺害するよう依頼したわけではありません。そういうことできる性格でもありませんし。推測になりますが、アリウスに私を足止めさせるつもりだったのでしょう。私という戦力が動けなければ、それだけ計画が進めやすくなるとでも思ったのでしょうね」

 

 アキナは怒りが抑えきれないのか、報告書を乱雑に置き、持っていたペンを握りつぶしてしまった。

 

「ですがアリウスは違った。奴らは、最初から私を排除するつもりでした」

 

 一人ならばまだ戦えた。しかし、アリウススクワッド全員と調印式を破壊するために準備された兵器群が相手では、さすがのアキナも敗北した。そして拘束され、ナギサの傍から引き離された。

 

「私は、自分が敗北したことも、捕らえられたこともそれほど気にしてません。しかし、ナギサ様を巻き込んだ。そしてトリニティを危険に晒した。それだけはどうしても許せません」

 

 アキナはゆっくりと『神殺し』を手に取り、怒りで強く握りしめた。

 

「直接、話を聞く必要があります」

 

 

 

 

 

 トリニティの地下。厳重な警備の奥に一つの牢がある。その鉄格子の向こうには、ピンク髪の一人の少女が座っていた。

 彼女は聖園ミカ。かつてティーパーティーを構成した三人の一人。そして。数々の事件に関与し、エデン条約の真の裏切り者だった少女。ミカがゆっくりと顔を上げると。

 

「……あ」

 

 最初に目に入ったのは幼馴染のナギサ。そしてその隣に立つ人物を見た瞬間、ミカの表情が固まった。

 

「……アキナちゃん」

「随分と好き勝手やってくれましたね。裏切り者」

 

 アキナの声が、牢内に響く。ミカはしばらく沈黙した。向けられる強い殺気と憎しみ。自分がどれほど恨まれてるのかということを心底思い知らされる。

 

「生きてたんだ」

「ええ。殺せなくて残念でしたか?」

「そんなわけないじゃん。本当に、生きてて良かった。サオリから話を聞いたときは、死んだとばかり思ってたから」

「そうですか」

 

 アキナは一歩、前へ進み、鉄格子をつかむ。

 

「あなたがアリウススクワッドに情報を流したことは確認済みです。私の戦闘能力、武器、行動経路、普段の配置。その結果、私はアスクワッドと兵器群の襲撃を受けました」

 

 ミカは何も言えずず、気まずそうに目を逸らす

 

「……本当は、あなたを足止めしつつ、ちょっとした嫌がらせをするつもりだった。あなたもセイアちゃんと同じで、アリウスとの和解案を嫌がってたから。だから、少しだけこらしめてやるぞって気持ちで」

「ですが、アリウススクワッドはあなたの想定通りには動かなかった。彼女たちは私を殺す気だった」

 

 アキナの瞳から、一切の温度が消え、冷たい殺意がぶつけられる。

 

「分かっていましたか?」

「……分かってなかった」

 

 ミカの声は小さくか細い。そして、悔しそうに手を強く握りしめる。

 

「私は……そこまでになるとは思ってなかった」

「思っていなかった?」

 

 アキナが笑う。しかし、そこには一切の笑みがなかった。

 

「それで済むと思っているのですか?」

 

 アキナが『神殺し』を構える。その巨大な銃口が、鉄格子の隙間から真っ直ぐにミカの額を捉える。それを見てナギサの表情が変わる。

 

「アキナ」

「ナギサ様。これは私と裏切り者の問題です」

「違います」

「ナギサ様」

「違う、と言いました」

 

 ナギサの声が強く響くが、アキナの指が引き金へ触れる。

 

「……この女は多くの罪を犯しました」

「分かっています。ですが」

 

 ナギサはアキナの隣へ歩み寄り、銃身に手を添える。

 

「あなたが裁くことではありません」

「私を殺そうとした相手です」

「直接ではありません」

「結果は同じです」

「違います」

 

 アキナの目が揺れる。ナギサは静かに続けた。

 

「結果が同じだからといって、全てを同じものとして扱えば、私たちはあの事件から何も学んでいないことになります。アキナ、銃を下げて下さい」

「……ナギサ様。私はあなたを守るために戦っています」

「知っています」

「なら、なぜ止めるのですか。この裏切り者はあなたの障害になっています。生かしておく価値はありません」

「ミカさんが障害になってるかどうかを判断するのはあなたではありません。私です。それに、あなたには誰かを殺してほしくないのです。身体の傷は治せます。ですが、誰かを殺してしまった傷はそう簡単に癒えません、もし今のあなたがそんな傷を負ったら、きっと壊れてしまう。だから止めるのです。銃を下ろしなさい」

「……それは命令ですか」

「命令です。従ってください」

 

 アキナは唇を噛む。悔しそうにしながらも、銃口はゆっくりと下がっていく。完全に床へ向けられ、カツンと銃床が床に触れた。その音を聞いてミカが初めて、アキナの顔を真っ直ぐ見た。

 

「ごめん。謝罪で許されるとは思ってないけど」

「当然です。私はあなたを許しませんし、理解もしません」

「分かってる。私のやったことは、本当に許されないことだったから」

「よくお分かりですね。正直、この場で八つ裂きにしてやりたいほど苛ついてますが、ナギサ様が止めるのであれば撃ちません。それだけです」

 

 ミカは俯く。しばらく誰も言葉を発しなかったが、ナギサが話し始めた。

 

「……行きますよ。アキナ」

「しかし、この裏切り者にはまだ聞きたいことが」

「今日は詳しい事情は聞けそうにありませんし、あなたも病み上がりです。それに、感情に動かされて短絡的になれば、見つめるべき真実も曖昧になります。まずは、互いに頭を冷やしてから改めて話しましょう。これは命令ですよ」

「……承知致しました」

 

 二人が歩き出してミカの前を去る直前、アキナは足を止めた。そして振り返らないまま、呟く。

 

「裏切り者。あなたは運が良い。今の私は」

 

 一瞬。アキナの声に、より冷たい殺意が込められ、ミカはその殺気に本能的な恐怖を一瞬感じた。

 

「ナギサ様に救われた直後ですから。もし、ナギサ様が私を救い出しておらず、命令していなかったら……私はあなたを殺していたでしょう」

 

 そう言って、アキナたちは牢を後にした。

 

 

 

 

 

 トリニティ総合学園の廊下。2人きりになって歩いていたその時。

 

「……あ」

 

 通路の向こうから、一人の大人が歩いてくる。失踪した連邦生徒会長が呼んだ大人、先生だった。

 

「2人ともここにいたんだね」

 

 穏やかな声。いつも通りの、どこか緊張感のない口調で話しかけてくる。ナギサは軽く会釈した。

 

「先生。何かご用件ですか?」

「ミカの様子を少し見に来たんだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アキナの表情が冷たくなった。

 

「……様子を見に来た?」

「うん。事件も終わったばかりだし。彼女も色々抱えているだろうから、改めて話をしようと──」

 

 ──パァンッ!! 

 

 乾いた銃声が地下通路に響いた。

 

「……っ!?」

 

 先生の頬を、一発の弾丸が掠め、壁に着弾して粉塵が舞う。一瞬、誰も動かなかった。

 先生の頬には、細い赤い線が浮かんでいる。そして銃声の主、黒月アキナは、片手に小型のハンドガンを握っていた。銃口はまだ、先生へ向けられている。

 

「アキナ」

「失礼。手が滑りました」

「手が滑って発砲する人間がどこにいるのですか」

「ここにいます」

「堂々と言わないでください」

 

 先生は頬に手を当て、恐る恐る質問する。

 

「……アキナ?」

「あなたがアキナと呼ばないでください。吐き気がします」

「えっと……じゃあ、黒月さん。今、明らかに狙った?」

「さあどうでしょう。ですが、次は外さないかもしれません」

「アキナ」

「……失礼しました」

 

 そう言いながらも銃口は下がってない。そして先生は、彼女の冷たい目を見てようやく理解した。自分に対し、この子はかなり怒っている

 

「何か、怒らせるようなことをしたかな?」

「しましたね。数え切れないほど」

「そんなに?」

「今回のエデン条約事件。外部の人間でありながら、随分と好き勝手に動いてくれましたから。補習授業部を匿い、本来の依頼主であったはずのナギサ様と対立し、聖園ミカやアリウススクワッドを気にかけ、よく分からない行動をして暴れまわって」

「どんな生徒でも助けるのが、先生の仕事だから」

「気に入りませんね。そういう鬱陶しい綺麗事」

「即答だね」

「あなたのことは大嫌いです。今すぐにでも殺したいと思うほどには」

 

 その瞳には冷たく、明確な敵意と怒りが込められている。

 

「風の噂で聞きましたが、あなたはキヴォトス全ての生徒の味方を志しているとか」

「そうだね。できてるかは分からないけど、そうありたいと思ってるよ」

「笑わせないでください。止まるべきところで止まらず、守るべきところで危険へ踏み込み、余計な事に首を突っ込みまくって、挙句の果てに、テロリストのアリウススクワッドを逃がした。そもそも、キヴォトス全ての生徒の味方と言う時点で色々矛盾してるんですよ。どんな頭をしてれば、そんな馬鹿なことを思いつくのか不思議でなりません」

 

 空気がさらに冷え込み、アキナの放つ冷たい殺意が周囲を支配するように威圧する。先生は黙って聞き、アキナは続けて話をした。

 

「アリウススクワッドは私を殺そうとした連中です。さらにはトリニティを襲撃し、エデン条約を破壊し、多くの生徒を傷つけた」

 

 銃口が再び持ち上がる。

 

「それをあなたは逃がした」

「彼女たちにも事情があった」

 

 ──パンッ!! 

 

 二発目。しかし今度は銃声が響く前に、ナギサの手がアキナの腕を掴んでおり先生に当たらなかった。外れた弾丸は床へ撃ち込まれ、激しい音と共に破片が落ちる。

 

「アキナ」

「……離してください。ナギサ様」

「離しません。先ほど言ったばかりですよ。あなたに誰かを殺してほしくないと。銃を下ろしなさい」

「……命令ですか」

「はい」

 

 しばらくの沈黙を経て、アキナはゆっくりと銃を下ろした。

 

「……承知しました」

 

 カチリと安全装置がかけられ、ホルスターに収納される所をみて、先生は小さく息を吐いた。

 

「助かった」

「勘違いしないでください。あなたを許したわけではありません。ナギサ様が止めたから、撃たないだけです」

「それでも十分ありがたいかな」

「……私はあなたの判断を理解できません」

「そうだろうね。アリウススクワッドを逃がしたことについても、君が怒るのは当然だと思う。でも、彼女たちは単純な悪人じゃなかった」

「私には関係ありません。どのような事情があろうと、許すつもりはありません」

「うん。君は被害者なんだし、彼女たちを許せないと思うのも当然だよ。もしかしたら、君のように恨んでる人は他にもいるかもしれない。それでも、彼女たちを捕まえるなんて事は出来なかった。確かに罪を犯した生徒たちだ。でも、彼女たちはおかしな環境で狂った教育を受けさせられ、自分の人生に責任を持つことも出来ないほど、ベアトリーチェに道具として扱われ、ずっと苦しんでいた。そんな彼女たちをこれ以上苦しませることは、大人として出来なかったんだ。子供たちが苦しむような世界を作った責任は大人が背負わないといけないからね」

「だから逃がしたと? 本当に理解不能ですね。吐き気がします。ところで、キヴォトス全ての生徒の味方を志す割には、アリウススクワッドを探したいと思う私の味方はしてくれないんですね」

「彼女たちは、まだ自分たちが本当に生きて良いのか模索してる最中でもある。私としては、頑張って生きようとしてる生徒たちを邪魔したくないし、私自身が彼女たちの不利になるような行動は取りたくない」

 

 アキナは黙ったまま先生を見ている。彼の言葉は、彼女が最も嫌うものだった。綺麗事、理想論。思わず神殺しを向けそうになってしまうが、ナギサが監視するように見つめてることもあり、ギリギリの所で踏みとどまる。

 

「鬱陶しい大人ですね。あなたは誰にでも手を差し伸べようとします。でも、もしそれが間違っていたら、助けた相手がまた罪を犯したらどう責任を取るのですか?」

「……そうだね。もしかしたら間違うこともあるかもしれない。私の助けた生徒が、また誰かを傷つけるかもしれない。でも、だからって、最初から誰かを見捨てるのも違うと思っている。大人は子供たちのため、責任を負うものだからね。もし助けた生徒たちが何か間違いを犯したとしても、その責任は私が取る」

 

 その言葉をアキナは理解できなかった。いや、正確に言うなら理解したくなかった。自分を襲った者、自分からナギサを奪った者、自分を殺そうとした者。

 そんな相手をなぜ助けるのか、なぜ逃がすのか。そんな理由など理解したくもない。

 

「……いつか、その甘さで誰かを傷つけますよ」

「かもしれないね。でも、私は自分が正しいと思う道を突き進む。どんな生徒も決して見捨てないし、殺させはしない。君がアリウススクワッドを見つけて殺そうとするなら、絶対に止める」

 

 その言葉が、態度がアキナの神経を逆撫でする。しかし、ナギサに命令された手前、殺すようなことはできず、拳を強く握りしめる。

 

「覚えておいてください。私は、あなたを信用しません。監視もします。ナギサ様に余計な影響を与えるようなら」

 

 アキナの視線が、一瞬だけ『神殺し』へ向く。先生はそれを見て何をされるかを察した。

 

「できれば穏便に頼みたいな」

「善処します」

「全然安心できない」

 

 その様子を見ていたナギサが、深いため息をついた。

 

「アキナ、先生への威嚇は禁止です」

「威嚇ではありません」

「では何ですか?」

「警告です」

「同じようなものです」

「違います」

「違いません」

 

 アキナは不満そうに黙り込み、先生は少し笑った。

 

「大変そうだね。ナギサ」

「……誰のせいだと思っているのですか。先生のやったことについても、後日改めてお話をお聞きします。分からないこともたくさんありますから」

「お手柔らかにお願いします」

「そうなるかは先生次第です。では、私たちはこれにて」

 

 そうして、アキナたちは先生と別れて廊下を歩く。

 

 

 

 現時点でのアキナにとって、先生は【ナギサ様の依頼を断り、トリニティうろつき、勝手な理想論を掲げ、敵まで助ける、非常に鬱陶しい大人】。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

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