ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書 作:リハビリ作者
トリニティ自治区にて
エデン条約の事件が終わったからといって、トリニティの日常が完全に平穏になったわけではない。むしろ混乱に乗じて騒ぎを起こす者も大勢いる。
「おらぁっ! この辺りは俺たちの縄張りだ!」
「正義実現委員会だか何だか知らねえぞ!」
「ははははは! てめえらなんざ何人いた所で怖くねえんだよ!」
校舎から少し離れた通り。100人近くの不良生徒たちが興奮状態となって町を荒らしまくっていた。
そんな彼らの前に立つ三人の生徒。正義実現委員会所属、副委員長の羽川ハスミ。同じく正義実現委員会所属の仲正イチカ。そしてトリニティ三大分派の一つであるフィリウス派のNo.2、黒月アキナ。
「困ったっすねぇ」
イチカは頭を掻きながら、いつもの飄々とした調子で呟いた。
「話し合いで解決できれば一番楽なんすけど」
「その余地は十分に与えました。ここからは実力行使です」
ハスミが静かに答えた。不良生徒たちに冷たい瞳を向け、彼女は愛銃を構えて臨戦態勢を取っている。イチカも渋々ながらも、これ以上の交渉は無理だと判断して構えた。
「……ま、仕方ないっすよね。あいつらには、少しばかり痛い目を見てもらうとしましょう。頼りにしてるっすよ。アキナさん。一緒に頑張りましょー!」
「私はナギサ様の命令をこなし、障害となるものを排除するだけです。あなたがたも、あの不良たちにも興味はありません」
「……相変わらず冷たいっすねアキナさんは」
そんな中、不良の1人がアキナに気づいて嘲笑うように声を出す。
「ん? おい見てみろよ。あそこにいるのは馬鹿ナギサのワンちゃんだぜ」
「本当だ。無能な馬鹿ナギサの秘書であるアキナちゃんじゃないか! アリウスでのお怪我は大丈夫だったんでちゅかー?」
「あはははは! 知ってるかてめえら。あのナギサってやつ、セイアとかアキナが死んだと思って暴走してたらしいぜ。しかも噂によると、キヴォトス全ての生徒の味方を志す先生にも捨てられたとか」
「ぎゃははははは! そいつは傑作だな。ナギサは生徒にもなれないような馬鹿だったってことか」
その言葉が出た瞬間、空気が変わった。先ほどまであまり興味なさそうに、無表情で見ていたアキナの瞳に殺意と憎しみと怒りが宿り、不良たちを強く睨みつける。
「……ナギサ様を、侮辱しましたね」
殺意の込められた冷たく小さな声。不良たちには聞こえなかったが、近くで聞いていたイチカとハスミは即座に理解した。間違いなく怒っていると。
「あー、これ終わったっすね。私が昔、キレた時と同じ顔してるっす」
アキナが前に出ようとすると、ハスミが肩を掴み、止めようと説得する。
「待ちなさいアキナ。今回の任務は不良たちの鎮圧です。それは理解してますよね?」
「大丈夫です。ちゃんと理解してます。多分殺さないので安心してください」
「全く安心できる要素がないのですが!」
なおも引き止めようとするハスミを振り払い、アキナは前へと出て『神殺し』を持ち上げる。
『神殺し』はハスミの愛銃、インペイルメントと同じく巨大な狙撃銃のはずなのだが、彼女はそれを両手で握っていた。まるで大剣でも扱うように。
「私が先行します。お二人は援護を。ナギサ様を侮辱した愚か者共に、天罰を下すとしましょう」
そう言った後、彼女はとてつもない速度で大地を蹴り、30メートルほどあった不良生徒たちとの距離を1秒もかからずに詰めた。
「なっ!? なんだこの速さは!」
「迎撃しろ。この距離なら致命傷を与えられる!」
しかし、不良たちが引き金を引くよりも先に
──ブォンッ!!
『神殺し』が横薙ぎに振るわれた。巨大なスナイパーライフルが、真正面から不良生徒たちを吹っ飛ばした。
「ぐわっ!?」
続けて、振った勢いを利用して『神殺し』を回転させ、二人の不良を壁にめり込む程に叩きつけた。そして、とどめと言わんばかりに、壁にめり込んだ生徒をもう一回『神殺し』を叩きつけ、壁を破壊して奥へと吹っ飛ばしていった。
「ぎゃああっ!?」
「な、何だこいつ!?」
「銃で殴ってきやがった!?」
「結構便利なんですよね。神殺しをこうして振るうのは!」
アキナが剣でも振るかのように『神殺し』を振り回し、次々に不良たちを地に叩き潰していき、追撃で意識を奪っていく。
「くそ。調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「囲んでぶっ潰せ!」
さらに三人の不良生徒が同時に迫り、彼女に銃口を向ける。しかし、引き金が引かれる前に『神殺し』を振り回して2人を吹っ飛ばし、残る1人は視線を向けることもなく、銃を背面に向け、顔に当てて吹っ飛ばした。撃たれて吹っ飛んだ生徒は壁を突き破るほど吹っと飛ばされ、どこかへと消えていく。
先ほど吹っ飛ばした2人も、照準器を使うこともなく正確に顔を撃ち抜く。撃ち抜かれた不良たちは数十メートル吹っ飛んで意識を奪われた。
さらに、建物の屋上から、狙撃銃で狙おうとする不良たち3人に視線を向けることもなく、『神殺し』で正確に頭と胸、武器を狙い撃ち、武器を破壊して意識を奪った。
イチカはそのえげつない威力と、命中力の高さを見てドン引きしている。
「相変わらずえげつないっすねぇ。あの神殺しの威力」
「ええ。銃弾の威力だけなら、戦車の放つ砲弾をも上回ると言われるほどの規格外なもの。ですが、撃つ際に生じる反動はツルギですら耐えるのが難しいと言われています。それをあんな軽々と。しかも照準器を使わず、あれほど正確に屋上の敵や武器を撃てるなど、普通ではありません」
「いやー、トリニティ最強は伊達じゃないっすねえ。アリウススクワッドは、よくあんな怪物を倒せたとかんし」
言い終わる前に、神殺しの銃弾がイチカの頬を掠めた。アキナの方を見ると、露骨に嫌そうな顔をしている。
「イチカさん。今日は私の前でその名を出さないでください。ナギサ様を侮辱されたこともあって苛ついてるんです。次は頭を撃ちますよ」
「……はい。すいませんっす!」
その後、アキナは圧倒的な力で生徒たちを蹂躙していく。しかし、不良たちもやられるだけでは終わらない。
「舐めんなあ! 俺たちの本当の実力を見せてやるよ!」
不良の大声とともに、巨大な戦車が近づいてくる。流石に一人では荷が重いと判断し、ハスミが援護射撃しようとするが、アキナが止めた。
「援護は必要ありません。あんなのは私一人で十分です」
「しかし、あれをあなた1人に任せるのは」
「良いから黙って見ていてください。ずっと縛られてナマッてましたからね。あの戦車なら、良いリハビリ相手になりそうです」
「ちっ。ティーパーティーの犬ごときが調子に乗ってんじゃねえぞ。こいつでも喰らえ!」
戦車の大砲から巨大な砲弾がとてつもない速度で放たれるが、彼女は照準器も使わず、砲弾にピンポイントで『神殺し』の銃弾をぶち当て、威力を相殺して粉々に破壊した。
不良たちはぽかんとしており、何が起きたのかすら理解できていない。
「……は? な、何をしやがったあ貴様!!」
「遅いですね。巡航ミサイルの方が、まだ骨がありましたよ」
「舐めやがって。ならば、こいつはどうだあ!」
戦車に搭載された4門の機関銃が彼女を狙って一斉に放たれるが、彼女は超スピードでその攻撃を軽々と避けていき、壁を走って戦車に近づいていく。
「う、嘘だろ!? 壁を走るってどんな脚力してんだ。くそ、撃て、撃てええええ!」
再び機関銃の狙いが彼女に向けられるが、今度は撃たれる前に『神殺し』の銃弾を4発撃ち、機関銃だけを狙って破壊した。
「はあああ!? どういう精度してんだよあの銃は!」
そして一気に距離を詰め、銃の砲身を戦車の車輪と地面の間にある隙間にねじ込むように入れる。そしてスイングでもするかのように上に振り上げ、戦車を持ち上げて直立させた。
「ぎゃあああああ!? 何がどうなってるんだあああ!」
「終わりです。ナギサ様を侮辱した罪を懺悔して倒れてください」
アキナは戦車に向けて『神殺し』の銃弾を放ち、一撃で戦車を破壊した。
イチカは、その光景を見て絶句している。トリニティでは、素手で壁を破壊する聖園ミカや蒼森ミネをゴリラと呼ぶ生徒を見かけるが、真のゴリラは彼女なんじゃないかと思っていた。
そんな中、ハスミはその光景を不満そうな表情で見つめてるのを見かけ、気になったイチカが質問した。
「ハスミ先輩。どうしたっすか?」
「……相変わらず理解できません」
「何がっすか?」
「同じ狙撃銃使いとして、非常に複雑な気持ちです。狙撃銃をあんなふうに扱われるのは」
「まあ……気持ちは分かるっす」
「狙撃銃とは、あれほど接近して使う武器ではありません。殴打したり、戦車を持ち上げたりするなんて論外です」
「分かるっす」
「そもそも、あの重量をあの速度で振り回すこと自体ありえません。どんな筋力をしてればあんなことが出来るのですか」
「いやー、ほんと驚きっすよね。ていうか、私たちぼーっと見てるだけっすけど、良いんすかねこれ」
「仕方ないでしょう。援護しようとしても、アキナが全部叩き潰してしまいますし。やっと援護のタイミングが来たかと思ったら必要ないって言われますし」
「あははは……正義実現委員会の名折れっすね本当」
今回の鎮圧作戦。100人近くの不良相手にたった3人しか来なかったのは、必要なかったからである。
基本的にアキナが動く際、彼女の圧倒的な暴力で全てを叩き潰し、たまに、奇跡のような確率で生き残った敵をハスミとイチカが鎮圧する。これがいつものことだった。
2人が手持ち無沙汰になって隙を持て余してる中。
「まだだぁっ!」
後方にいた不良生徒がアキナの背後から撃とうとする。ハスミが援護しようとすると、その前に、アキナは突き刺すように『神殺し』を振るい、銃口で胸を突いて壁へ叩きつけた。
「ごはっ!?」
「終わりです」
──ズドオオオンッ!!
凄まじい轟音と共に、強烈な反動が彼女の身体を僅かに後方へ押す。零距離で放たれた弾丸は不良の胸に直撃し、壁を貫いてどこかへ飛んでいってしまった
こうして、100人近くいた不良と1台の戦車という大戦力は、たった1人の生徒の前に沈黙した。
数分後。正義実現委員会の拘束部隊が到着し、不良生徒たちは全員探し出されて拘束され、連れて行かれていた。
アキナは『神殺し』を肩に担いでおり、まるで何事もなかったかのような表情をしている。ハスミはそんな彼女を見つめていた。
「……アキナ」
「はい」
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「あなたは、私と同じ分類の武器を使用しているという自覚はありますか?」
「あります」
「では、狙撃とは何だと思いますか?」
「遠距離から敵を撃つことです」
「正解です」
「しかし、近距離から撃ってはいけない理由はありません。むしろ私の場合、遠くからコソコソ攻撃するよりも近距離で撃ちまくるほうが性に合ってます。それに、遠くの方にも何回か撃ってましたよ。屋上にいた不良たちを倒す時とか」
「……まあ、それはそうなんですが」
「ハスミさんは何が不満なのですか。戦いは問題なく終わらせたはずです。多少使い方が違うからといって、いちいち文句を言われたくないのですが」
「しかし、正しい扱い方を知っておいて損はありません。銃器の扱いについては後日、この私が指導を」
「必要ありません。私の戦闘方法は完成されています。これ以上変える必要はありません」
ハスミはそれを聞き、先ほどの戦闘を思い返していた。狙撃銃を振り回し、殴り、吹き飛ばし、零距離で撃つ。そして。照準器も使わず、恐るべき精度で敵を撃っていく。確かに結果だけ見れば、効率的だった。
「……否定しづらいのが余計に困りますね」
「なので、できれば口出ししないで頂けると助かります」
「いや、それとこれとは話が別です。あなたは一度、照準器や狙撃銃が何のためにあるのか知る必要があります」
「ありません。これ以上くだらない話をするなら、もう私は行きますよ。既に1時間以上もナギサ様と離れています。これ以上離れると、私の精神に異常をきたします」
アキナがそういって去ろうとすると、隣にいたイチカが、自分をじっと見ている事に気づいた。
「……? 何ですか」
「いやぁ。やっぱり昔の私と似てるなあと思いまして。その件もふまえ、改めてあなたと話してみたいなーと」
「私と? 何を話すのですか?」
「色々っすよ。アキナさんって、普段あんまり喋らないじゃないっすか」
「必要がないので」
「ですよねぇ」
「それに、私は人付き合いが得意ではありません」
「知ってるっす」
「……なぜ知っているのですか」
「有名っすから。トリニティで『ナギサ様以外にはめちゃくちゃ冷たい人』って」
「誰がそんなことを」
「みんなっす。アキナさん、人付き合いはもう少し丁寧にやっても損はないっすよ〜。でないといざというときに困るのはアキナさんですから」
2人が話すところを見て、心配したハスミが横から口を挟んでイチカを諌める。
「イチカ。あまりからかわないように」
「からかってないっすよ。むしろ、本気で心配してるんす」
「心配? 私の何を心配すると。今回の鎮圧作戦も問題なく片付いたはずですが。怪我もしていませんし」
「怪我も心配っすけど、それ以上に不安になることがあるんすよ。さっきの不良たちとの戦い。ナギサ様を馬鹿にされた瞬間、アキナさん、完全に頭に血が上ってたっすよね」
アキナは肯定も否定もせず無表情で押し黙る。その沈黙が、既に答えを語ってるようなものだった。
「分かるんすよ。そういうの。私も昔、似たようなことがあったんで」
「あなたが?」
「意外っすか?」
「正直に言えば。あなたは組織間の外交や仲裁をできるほどコミニュケーションに長けてますし、頭に血が上る光景は想像できません」
「あはは。そう言ってもらえると嬉しいっすね。でも私、こう見えて結構短気なんすよ。ストレスが限界超えると、怒って何もかも無視して暴れまくって。怒りのままに力を振るったりして何もかもめちゃくちゃことは、過去に何回もあったっす」
「……驚きました。あなたにそんな過去があったのですね」
「無表情で言われても説得力ないっすねえ。まあ、そんな過去があったからこそ、アキナさんを見てるとちょっと心配になるんす。怒ること自体は悪くないっす。大切な人を馬鹿にされたら怒る。それは普通のことっすから。でも、怒ったまま力を振るうことに慣れちゃうと、いつか自分でも止められなくなる。今日だって、ハスミ先輩が止めなかったら、私も止めに入ってたっすよ。アキナさんには、私がしたような後悔をしてほしくない。何もかもめちゃくちゃに壊して、人間関係もズタズタになって、自分が本当にやりたかったことすら忘れて悔やんで……ああいう思いをするのは、私だけで十分っすから」
イチカは珍しく茶化すことも飄々とすることもなく、心配そうに見つめ、過去を悔やみながらも真面目に話していた。そしてしばしの沈黙が流れる中、アキナはぽつりと口を開く。
「……私は、ナギサ様を侮辱されることだけは、耐えられません。拘束されていた時も……ずっとナギサ様のことを考えていました。いなくなったことで、ナギサ様に迷惑をかけていないか。私を助けようとして、危険な目に遭っていないか」
アキナは『神殺し』へ視線を落とす。瞳には、先ほどとは違う感情があった。怒り、恐怖、不安、そして執着。
「ようやく戻れたと思ったら、今度は、ナギサ様を侮辱されて。あの不良共は、ナギサ様がどれだけ苦労してたのか、どれだけトリニティのために頑張ってきたのか。その努力どころか実績すらろくに知ろうともせず侮辱した。だからこそ、私の中ではあれを許すという選択肢はありませんでした。あったのは、潰すという選択肢だけ」
彼女は踵を返し、歩き始める。
「私にとってナギサ様は、救世主にして絶対なる指導者です。あの方の判断を正しいものへと変えるため、障害となるものを薙ぎ払うのが、剣である私の役目。ゆえに、ナギサ様 を侮辱する愚か者たちには相応の天罰を与えます。全てはナギサ様の重荷を少しでも減らせるようにするために。あなたの言う後悔をすることはありません。私の人間関係など既にズタズタですし、ナギサ様との繋がりさえあれば、他に気にするものもない。自分が本当にやりたいことも理解してる。何の問題もありません」
そう言って去ろうとする直前、イチカが話しかける。
「問題ないなら、今はそれで良いっす。でも、アキナさんが剣になってナギサ様の障害を薙ぎ払うなら、私は鞘になるっす。あなたが必要以上にいろんな人を傷つけないように。あなたの怒りを少しでも抑えられるように。あんまりやりすぎると、ナギサ様も悲しみそうっすからね」
「余計なお世話です」
「はい余計なお世話っす。そんなこと理解してますよ。それでも、あなたのことは放っておけませんし、こっちが勝手に世話を焼くのは自由っすからね」
アキナは不機嫌そうな目で睨みつけるが、イチカは全く動じず、発言を撤回する気配はない。しばらく睨みつけた後、彼女はため息を吐いた。
「……はあ。じゃあどうぞお好きにしてください。あなたが鞘になるなど、そんなこと出来るとも思いませんが」
その言葉を最後に、彼女はイチカたちの元から去っていった。イチカとハスミは、それをじっと見つめていた。完全に見えなくなるまで去ると、ハスミが口を開く。
「珍しいですねイチカ。あなたがあそこまで自分のことを話すなんて。それに、昔は短気だったことなんて、私でさえ初めて知りましたよ」
「まあ、普段はバレないように隠してるっすからね。今は理性的な立ち居振る舞いができるようになってますけど、当時はめちゃくちゃ苦労したっすよ。ま、そんな私だからこそ、アキナさんのことは放っておけなくて」
「なるほど。しかし、アキナの鞘になるとは面白いことを言いましたね。あの切れ味を抑えるのは大変ですよ」
「すよね〜。ま、できる限り頑張るっすよ。委員会の立場としても私個人としても、アキナさんには元気でいて、自分の抱えてる荷物を少しでも減らしてほしいっすから」