ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書   作:リハビリ作者

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感想を受け、もう少し分かりやすい描写をしたほうが良いと思い、修整しました





第6話 聴聞会の結果と新生ティーパーティー

 翌日。聖園ミカの調聞会が開かれることとなった。ティーパーティーの面々に復活した百合園セイア、正義実現委員会、先生も参加している。アキナはナギサの隣に立ち、殺気と憎しみ、怒りの込められた瞳を向けながら、壇上の中央に立つ聖園ミカの行く末を見ていた。

 本当なら今すぐにでも神殺しで撃ち殺したいほど苛ついてはいるが、それをすればナギサに迷惑がかかるので、ギリギリのところで、拳を強く握りしめながら我慢していた。

 そして、桐藤ナギサが裁定書を読み上げる。

 

「では、ティーパーティーの聖園ミカさんに次の結論を下します。

 1つ、聖園ミカさんのティーパーティーとしての全権限を剥奪。個人邸宅及び個人の活動費、特別校舎での授業など、ティーパーティーとしてのすべての特権はこれより提供されません。

 2つ、パテル分派内で行われた会議にて、 聖園ミカさんのパテル分派における代表性について疑問が呈されたため、パテル分派は固有の権限を行使し、新しい代表を選出すること。ただし、新しい代表が選出されるまでは黒月アキナが代理でパテル分派の代表を務め、生徒会長代理を務める事とします」

 

 その言葉に、ティーパーティーのミカを含めた多くの生徒たちがざわめく。

 

「アキナが?」

「フィリウス分派なのに?」

「同じ分派から2人も生徒会長が!? そんなのは聞いたことないんだけど」

 

 その動揺も当然のこと。ティーパーティーにおいて、同じ分派から2人も生徒会長が出るなど前代未聞であるからだ。しかし、パテル分派の生徒たちは誰1人として驚いておらず、皆冷静だった。そしてそのざわめきを鎮めるように、パテル分派の1人が声を上げる。

 

「皆様静粛に。今回の件は、何度もパテル分派とフィリウス分派の者たちで協議を重ね、決定したことです。本来であれば、フィリウス分派の人間が2人も生徒会長になる状況は好ましくありません。しかし、私たちパテル分派は聖園ミカの失脚や今回の件の混乱もあり、すぐに新しい代表を立てることは不可能です。また、ティーパーティーへの参加資格を有しているヨハネ分派代表の首長、蒼森ミネ様は救護騎士団としての活動を優先する理由で、ティーパーティーへの参加を拒否。シスターフッドリーダーの歌住サクラコ様も、所属組織の活動を優先する理由で参加を拒否。サンクトゥス分派代表の百合園セイア様も万全とは言い難い状況。つまり、現時点で正式に活動可能なティーパーティーの生徒会長は、桐藤ナギサ様のみとなります。このままではトリニティ総合学園の運営は困難と判断し、パテル分派から新たな代表が立てられるまでの繋ぎとして、黒月アキナ様をパテル分派の代表代理と致しました」

 

 そして、桐藤ナギサが言葉をつなぐ。

 

「そういうことです。そして、黒月アキナさんが代表代理となったことで、パテル分派の者たちは新たな代表が立てられるまでの間、彼女の元で働いてもらいます」

「承知しております。パテル分派の全指揮権に関する書類、代表が持つべき機密書類等は後ほど、アキナ様に全て譲渡致します」

「ありがとうございます。それとアキナさん。分かってるとは思いますが」

「はい。ナギサ様の命令が無い限り、私も誰かを攻撃することはありません。たとえ、相手が聖園ミカや先生、アリウススクワッドであろうと。代理とはいえ、パテル分派の代表として、ティーパーティー生徒会長として相応しい行動を取る所存です」

 

 戸惑いの声はまだ多くあったが、パテル分派やフィリウス分派の者たちは全員納得してるということもあり、次第にその声は小さくなっていく。

 

「そして3つ目の結論ですが、聖園ミカさんはこれから、パテル分派の生徒たちと黒月アキナさんで徹底的に管理されます。管理されるのは身柄だけでなく、彼女の持つ私物の全てです。今後、聖園ミカさんは私物の全てを自由に持つことを許されません。また、物資購入の際や外出の際にも、黒月アキナさんとパテル分派の生徒たちの許可を必要とします。これは、パテル分派たちの許可がなければ、彼女は飲水1本すら買えない、外を1歩も出ることを許されないということです。所持金もパテル分派と黒月アキナさんたちの管理下に置き、今後、彼女が自由に使えるお金は1円も与えません」

 

 その決定に、またもや多くの生徒たちが動揺し、ミカも目を見開いて驚くが、ナギサはそれを気にせずに続ける。

 

「今回、彼女は黒月アキナさんや百合園セイアさんの情報をアリウスに流し、さらにはアリウススクワッドをトリニティに招いて混乱を引き起こした。本来であれば即刻退学処分が妥当ですが、彼女はティーパーティー所属。トリニティ総合学園の機密情報を多く所持しています。もし退学処分を与えて学園を追放された時、彼女が裏社会やアリウスの者たちに機密情報を横流しすれば、トリニティは今度こそ滅ぶ可能性があります。ならばこそ、1度トリニティに閉じ込め、彼女が裏社会やアリウスとの連絡を取れなくなるよう、私物も含めた徹底的な管理が必要となります」

「待ってよナギちゃん! 私はもうそんなことはしないよ。今回の件で、自分がどんな失敗をしたか十分理解してる。もし退学になっても、情報を横流ししたりなんか」

「静粛に! 聖園ミカさん、今はあなたの意志を聞いているのではありません。最悪の可能性が起きた場合の話をしているのです。仮に貴方がやらないと言ったところで、それを素直に信用できるほどの信頼はありません。貴方は1度、私たちを裏切ったのですから」

 

 そう言い切られ、ミカの顔が悲痛に歪んで泣きそうになるが、ギリギリのところで彼女は堪えた。そんな中、先生が手を挙げて声を上げる。

 

「ナギサ。ミカは今回、自分のしたことを理解しているし、二度と同じことはしないと言っている。もう少し、彼女を信じても良いんじゃないのかな? 私としても、彼女の全てを縛り上げて苦しめるような判決は、出来れば認めたくない。これじゃミカは、やり直す機会も与えらず、未来を諦めるしかなくなる。それは、先生として許可できない」

 

 しかし、ナギサは首を横に振って肯定しない。

 

「先生。あなたの言いたいことは分かります。ですが、私は譲りません」

「……どうして?」

「今回の件は、あまりにも重大です。善意や希望、感情論だけで判断できる問題ではありません。今回の場合は、聖園ミカさんには徹底的な管理と監視が必要になる。自由を与える余地はない。私はそう考えています」

「……ナギサ。それは、ミカを信じられなくなっているだけじゃないのかな? 君はまた、補習授業部の時のように、見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じてる疑心暗鬼の闇の中にいるんだよ。そんな闇の中にいてはいけない。ナギサもエデン条約の1件で学んだはずだ。お互いに信じ合うことが大事だって。それなのに、ミカにこんな罰を与えるのは」 

「ちっ……調子に乗らないでください先生!」

 

 アキナが低い声を上げ、殺気を込めて睨みつける。

 

「シャーレの特権を持つとはいえ、所詮は部外者でしかないあなたが、どこまで踏み込めば気が済むんですか! トリニティにはトリニティの法があります。部外者が感情論で割って来ないでください。そういう所がムカつくんですよ! 鬱陶しい綺麗事をほざく前に、トリニティの事を少しでも理解したらどうですか!」

 

 そして一歩前に出ようとしたその瞬間、ナギサが手を出してそれを制す。

 

「アキナさん。下がって下さい」

「ですがナギサ様。あのクズ男は」

「下がりなさい。先生とは私が話をします。あなたは待機を。これは命令ですよ」

 

 穏やかだが、有無を言わせない声音。そしてナギサからの命令であれば、アキナは従う以外の選択肢がない。

 

「……承知致しました」

 

 アキナは渋々と一歩下がったが、先生から目を逸らさない。込められた殺気はより強くなっている。ナギサはそんな彼女を心配そうに一瞥した後、先生へ向き直った。

 

「先生。あなたがミカさんを救いたいと思っていることは理解しています。そして、今回の一件を通して彼女が変わったことも。互いに信じ合うことが大切ということで、私なりに理解してるつもりです」

「ならどうして」

「ですが信じるというのは、無条件に危険を許容し、盲信する事ではないと考えています。私は聖園ミカさんを永遠に閉じ込めたいわけではありません。未来を諦めさせたい訳でもありません。今後、彼女が本当に変わったと証明できれば、その管理を緩めることも考えています。しかし、今は、それを判断できるだけの時間が経っていません。私はティーパーティーのホスト代行として、トリニティの安全に責任を負っていますその責任を、希望と盲信だけに預けることは出来ないのです」

 

 先生は、ナギサの言葉を聞いてもしばらく黙っていた。そんな中、ゆっくりとミカへ視線を向ける。

 

 壇上の中央に立つミカは、俯いたまま拳を握り締めていた。自分のために先生がここまで言ってくれているのが嬉しかった。しかし、ナギサの気持ちも理解出来た。

 自分が何をしたのか、どれほど多くの人を巻き込んだのか、それを考えれば、簡単に「信じてほしい」と言える立場ではないことも分かっていた。先生はそんなミカを見つめた後、再び声を上げる。

 

「ナギサ。君の言っていることも分かる。トリニティの安全を守らなきゃいけないことも、ティーパーティーとして責任を負わなきゃいけないことも。でも、それでも私は反対する」

 

 アキナの眉が不機嫌そうに動き、睨む力が強まる。思わず神殺しを手に取りそうになるが、ギリギリのところで抑えた。

 

「まだほざきますか。部外者風情が」

「うん、何度でも言うよ。ミカを管理すること自体が悪いと言っているんじゃない。必要な監視や、行動を制限しなきゃいけない部分があることも理解してる。でも、飲み水一本を買うことすら許可制にする必要が、私物まで全て管理する必要が、本当にあるのかな?」

「先ほども申し上げました。最悪の事態を防ぐためです」

「その『最悪の事態』を防ぐためなら、ミカの自由をどこまでも奪って良いっていうの?」

「どこまでも、とは言っていません」

「でも、今の裁定はそう見えるよ。ミカは確かに重大なことをした。それは私も分かってる。だけど、ミカが自分のしたことを後悔していることまで無視することはできない。間違えた生徒に必要なのは、二度と間違えられないように檻へ閉じ込めることじゃない。間違いを認めて、その後どうするのかを一緒に考えることだ」

「ええ。それはごもっともな事だと思います。しかし、聖園ミカさんは元ティーパーティー所属の人間です。その人間がトリニティに内乱を引き起こし、いくつもの情報を横流ししたというのに、何の制限もない軽い処罰でなあなあになれば、被害者たちはどう思いますか? 彼女にやり直す機会を与えたい、未来を閉ざしてはならない。そんな薄っぺらい言葉で彼らは納得するでしょうか? 被害者たちだけではありません。彼女に自由があれば、トリニティの生徒たちは皆、自分たちの情報が裏社会やアリウスに横流しされないか不安に思う日々を送ることになるでしょう。それに、甘い判決を下したティーパーティーの権威はどうなりますか? ただでさえエデン条約の件で信頼と権威を落としてると言うのに、これ以上落ちれば、新たな混乱を招く可能性があります。その時、先生は責任を取れると、問題はないと言い切れますか?」

「……それは」

 

 流石の先生も押し黙ってしまう。いくらシャーレや大人のカードとしての力があるとはいえ、またトリニティで内乱が起きれば、先生が確実に止められる保証はない。先生は生徒に暴力を振るうことを良しとしないため、交渉などで対処するだろうが、それだけで内乱が止まるとは思えない。ゆえに、絶対に問題ないとは言い切れなかった。

 

「彼女に必要なのは、誰かと一緒に考えることではなく、自分が本当に変わったのだと、罪を受け入れてるのだと、トリニティの生徒たち全員に理解してもらうことです。そのためには、自由に制限がつくのは仕方のないこと。もちろん、ずっとこの処罰を適用するつもりはありません。聖園ミカさんが本当に変わったのだと理解してもらえれば、処罰は緩めていっても良いと思ってます。ですが、今はこの裁定を変えるつもりはありません」

 

 それは決定だった。ミカは俯いたまま何も言わない。その顔には悲しみも、悔しさもあった。しかし同時に、自分にはそれだけのことをするだけの責任があるという理解もある。

 先生もしばらく黙っていたが、しばらく経って、落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。

 

「……分かった。今はそれで良い。でも私は、この裁定そのものを受け入れたわけじゃない。ミカが本当に変わったと証明できるまで監視することには反対しない。トリニティの安全を守るために必要な措置なら、私も協力する。けど、ミカの未来まで奪うことは認めない。彼女がやり直すチャンスを得られるよう、私の方でも動くつもりだ。トリニティに混乱をもたらさないように動くなら、別に構わないよね?」

 

 その言葉を聞き、ナギサは少し不満そうにはしたが、説得は無駄だと判断したのか、呆れたようにため息を吐いた。

 

「……はあ。本当に混乱をもたらさないなら構いませんが。行動する前に、まずは私や黒月アキナさんと協議して下さいね。と言っても、先生はしばらくトリニティに出入りすることを許しませんので、協議すら出来ませんが」

「え!? それは一体どういうことなの!?」

「当然のことでしょう。あなたはテロリストのアリウススクワッドを逃がし、居場所についても何の情報も与えない。私たちの方でも、先生を無条件に信頼するわけには行かなくなりました。本当なら何かしらの罰則を与えたりしたのですが、シャーレの特異性故、どんな罰則を与えてもそれほど意味を成しません。それに今は、下手にシャーレを攻撃して連邦生徒会と事を構えるような事態になるのも遠慮したいので、この程度に留めておきます」

 

 その言葉には不満や苛立ちがひしひしと感じられており、先生は理解させられた。自分はアキナに嫌われてるだけでなく、ナギサからの信頼も失っているのだと。もし自分にシャーレの力がなければ、彼女は問答無用で厳しい罰を与えていたのかもしれないと感じた。

 

「その……ごめん。ナギサ」

「謝る必要はありません。シャーレを今回の件に巻き込んだのは私です。故に責任は私の方にあります。先生が何かしら気負う必要はありませんから」

 

 その言葉は一見気遣ってるようにも見えて、明確な拒絶が見え隠れしていた。落ち込む先生を見て、ミカが不安そうに先生を見つめる。

 

「先生、大丈夫?」

「大丈夫だよ。気にしないで。それよりミカ。君はこれから、大変なことになると思う。でも、きっとやり直せる機会はやってくるから、それまで諦めないでね。チャンスがないというのなら、私が何度だって作る。生徒が未来を諦める事なんてあってはいけないから」

 

 ミカは唇を噛み締めた。彼も辛い思いをしてるはずなのに、自分を気遣ってくれる優しさに、涙が零れそうになり、今すぐにでも先生に抱きついて甘えたくなったが、必死に堪えた。

 

「……うん。分かったよ、先生」

 

 そのやり取りを見ていたアキナは、苛立たしげに拳を握り、食い込んだ爪が血を流していく。

 まただ。この男は何度も、罪を犯した者に手を差し伸べる。

 彼女には先生が、シャーレの特権を利用し、我が物顔で他学園の法に介入して好き勝手してくる鬱陶しい存在に見えていた。

 自分なら、愛するナギサを傷つけた人間に、こんな言葉を掛けることなど絶対にできない。なのにどうして、どうして彼は、裏切り者である聖園ミカを信じられるのか。

 心の内で先生への警戒心はさらに強くなり、怒り、憎しみ、殺意、憎悪、あらゆる負の感情が膨らんでいく。

 

「少し、いいかな」

「何でしょうか。セイアさん?」

 

 そんな中、百合園セイアが手を挙げて話し始めた。

 

「ナギサ。私は今回の裁定そのものには反対しない。ただし、その裁定が永久的なものになることには反対するよ。君は言ったね。ミカが変わったと証明できれば、管理を緩めるつもりだと」

「ええ。そのつもりですよ」

「ならば、その『変わった』という基準を曖昧にしないことだ」

 

 セイアは少しだけ皮肉っぽく笑った。

 

「さもなくば、期限のない罰というものは、罰を与える側にとって非常に便利な道具になってしまうからね」

「なるほど。確かに、その点については考える必要があります。私としても、聖園ミカさんを必要以上に苦しめることは避けたいので」

 

 隣からアキナが意見をする。

 

「しかしナギサ様。あの女が本当に反省しているかどうかなど分かりませんし、セイア様の意見を取り入れるのは」

「アキナさん。私はセイアさんの言うことには、一考の余地はあると思いますよ」

「ですが」

「大丈夫です。それに私は、聖園ミカさんを永遠に苦しめたいわけではありませんが、被害者たちのことを考えてないわけでもありません。今の段階では信頼を取り戻せていない。だから信頼を取り戻してもらうために罰と制限を与える。それだけですから」

 

 アキナは黙ってそれを聞く。ナギサの言葉といえど、裏切り者の聖園ミカをいつか許すというのは、容認し難いものがあり、胸の奥がざわつく。

 

 裏切り者にやり直す機会が必要なのか、ナギサ様が苦労してまでそんな慈愛を与える必要があるのか、裏切り者ごときがナギサ様を苦労させるのを黙認していいのか。

 

 そんな感情が心の中で渦を巻いて、アキナは無意識に拳を握っていた。そしてその様子を、セイアがちらりと見る。

 

「……アキナ」

「なんですか?」

「君も少し、手の力を抜いたらどうだい? さっきから拳を握り締めすぎだよ。随分と痛めつけてるじゃないか」

 

 アキナは自分の手を見る。いつの間にか血がかなり流れており、下には小さな赤い水たまりができるほどだった。

 

「失礼しました」

「別に謝る必要はないけれどね。君は相変わらず、ナギサに絶対の忠誠を誓ってるようだ」

「当然です。私がここにいるのは、ナギサ様のおかげですから」

「……そうか。まあ、君がそれで良いと言うなら、私としては何も言う気はないのだけど」

 

 セイアはそれ以上言わなかったが、どこか考えるような目でアキナを見ていた。

 

 

 ────────

 

 

 そして聴聞会は正式に終了し、新生ティーパーティーの生徒会長たちがお茶会場所に集まった。

 桐藤ナギサ、百合園セイア、そして、ナギサの傍らに立つ黒月アキナ。

 セイアにとっては、久しぶりに戻ってきた自分の居場所だった。以前と変わらない場所、積み上げられた書類にティーカップやナギサの好きな茶菓子の数々。彼女はそれらを見渡し、小さく息を吐いた。

 

「随分と懐かしいね」

「そうですね。セイアさんが戻ってきてくれて嬉しいですよ」

「私も、こうして戻ってこられたこと自体には感謝しているよ」

 

 その二人の会話を聞いていたアキナが、一歩前へ出る。

 

「……先ほどは言いそびれましたが、ご帰還お喜び申し上げます。セイア様」

「ありがとう」

「復活したからには、二度とナギサ様の足を引っ張らないよう努力してください」

 

 セイアが瞬きし、数秒黙ってしまった。ナギサの方も唖然としている。

 

「直属でないとはいえ、一応は元上司である私に凄い態度だね」

「私の上司は、今も昔も未来でも、ナギサ様だけです。あなたの部下になった覚えはありません」

「……即答か。相変わらずだね、アキナは」

「何か問題でも?」

「いや……問題があるとすれば、君自身ではなく──」

 

 しかし、セイアはその続きを言わず、ナギサの半歩後ろに立つアキナを見つめた。

 その距離は、まるで彼女がそこにいることが当然であるかのようだった。ナギサが座ればアキナも近くに立つ、書類を取れば、アキナがすぐに次の書類を用意する、疲れた様子を見せれば、誰より早く気づく。

 そして、ナギサが何気なくアキナへ視線を向けるだけで、彼女の表情が柔らかくなる。

 

「……アキナ。一つ聞いてもいいかな?」

「内容によりますが、どうぞ」

「君は、ナギサの命令なら何でも聞くのかい?」

「当然です」

「命令の内容が、君自身にとって不利益になることでも?」

「はい」

「命を捨てろと言われても?」

「……ナギサ様がそのような命令をなさることはありません」

「質問への答えになっていないよ」

「ですが、私には必要のない仮定です。まあ、本当にそんな命令をしたのなら、ナギサ様には何かしらの考えがあるということ。私は躊躇せず命を捨てられます。元よりこの命は、ナギサ様のためだけにあるもの。私の命ではありませんから」

 

 その答えに、セイアは目を細める。

 

「そうか。では、質問を変えよう。ナギサが間違った判断をしたら? その時、君はどうする?」

 

 周囲の空気が一瞬で静かになり、緊張感が包み込んだ。ナギサもじっとアキナを見ている。

 

「セイアさん。その質問は」

「少し気になってね。今日の聴聞会でも、君は随分とナギサの判断を支持していた」

「当然です」

「君が昔からそうだ。ナギサの判断を絶対に疑わない。私やミカの判断は疑うくせに」

「疑う理由がありません。ナギサ様は優れた方ですから」

「ナギサが優れてるのは、私も否定しないよ」

「ならば問題ないでしょう」

「問題はそこじゃない。君が、ナギサを1人の人間として見ているのかという話だ」

 

 アキナの表情が少し固まるが、セイアは続ける。

 

「君にとってナギサは、上司であり、恩人であり、尊敬する人でもある。けれど、それだけではないように見える」

「……随分と踏み込んできますね。そんな人でしたか?」

「今回の件を経て、色々考えることがあった。そして、解決しなければならないと思ったことも数多くあった。そう思ったから踏み込んでるだけさ」

 

 アキナは黙ってセイアを見つめていた。普段なら、誰かにこれほど踏み込まれれば、即座に話を切り上げる。

 だが、セイアは、ナギサの古くからの仲間。そして、先ほどの聴聞会でナギサの裁定に対して一方的に反発するのではなく、ミカの処遇に期限や基準を設けるよう提案した人物でもある。だからこそ、アキナは完全には無視できなかった。

 

「……何が言いたいのですか?」

「別に難しいことじゃないよ。君はナギサを尊敬している。それは分かる」

「当然です」

「恩人として感謝していることも、上司として忠誠を誓っていることも」

「その通りです。今更何を」

「そして……愛している」

 

 アキナの表情が完全に固まった。ナギサが持っていたティーカップも、ピタリと止まる。

 

「セイアさん」

「何かな、ナギサ」

「その話は……」

「私は事実確認をしているだけだよ」

 

 セイアは淡々としているが、アキナは顔を真っ赤にしていた。

 

「違います」

「ほう?」

「私はナギサ様を敬愛しています。誰よりも尊敬し、忠誠を誓っています。それだけです」

「それだけ? なら、どうしてそんなに顔が赤いんだい?」

 

 アキナは反射的に自分の頬へ手を当て、それを見たナギサが少しだけ微笑む。

 

「確かに、少し赤いですね」

「ナギサ様まで……」

 

 彼女は気まずそうに目を逸らし、セイアはそんな姿を観察するように見つめている。

 

「まあ、君がナギサを愛してることについて、とやかく言うつもりはないよ。ただね、アキナ。君は『ナギサのため』という言葉ばかり出してくる。それが不安なのだよ」

「? それの何が問題なのですか?」

「君自身の気持ちが、その言葉の中に全部埋もれてしまっていることさ。君は全ての感情を、『ナギサ様が傷ついたから』、『ナギサのため』で終わってしまう。そこには君自身のエゴが存在しない。君自身のやりたいことが見えてこないんだ」

「セイア様が何を仰りたいのか、よく理解出来ないのですが。私はナギサ様を支えたい。それだけです。それが私の役割で、私の望み。それ以上のことを考える必要など」

 

 不意に、彼女は言葉を止めた。昨日、ハナコにも似たようなことを言われたことを思い出した。そして執務室に戻った夜、ナギサからも言われた。

 

『あなた自身が何をしたいのか。それも大切なことです』

 

 胸の奥がざわつき、拳を握りしめる。セイアはその変化を見逃さなかった。

 

「どうやら、少しは心当たりがあるようだね」

「ありません」

「そうかい。なら、今はそういうことにしておこう」

「……納得していない様子ですね」

「していないよ。でも、今はこれ以上突いても意味はなさそうだからね」

 

 笑みを浮かべながらそう答えるセイアに、彼女は少しだけムッとした。その様子を見ていたナギサが、小さく笑う。

 

「アキナ。セイアさんは、あなたを責めているわけではありませんよ」

「……分かっています」

「本当に?」

「……たぶん」

「ふふ」

 

 ナギサが笑う。その声を聞いた瞬間。アキナの険しかった表情が、ほんの少し緩んだ所を、セイアは見逃さなかった。そして思う。

 

 やはり、黒月アキナは危うい。

 

 アキナにとってナギサは、信頼する相手という言葉だけでは足りない。感情が揺れ動く発端、価値観、生きる目的、自己評価、安心できる居場所、それら全てがナギサという一人の人間へ結び付いている。しかし、そのことに彼女自身が気付いておらず、ナギサも気付いてはいるのだろうが、あまり強くは言えない様子だ。

 

「……アキナ。一つだけ覚えておくといい」

「何でしょう」

「ナギサを支えることと、ナギサに自分の人生を預けることは、似ているようで違う。今すぐ答えなくていい」

 

 セイアはそっと紅茶を飲み、そして話を続ける。

 

「君は、自分自身について考えることに慣れていないだろう。それにアリウスの1件もあるから、ナギサもあまり強く出れないのだろう」

 

 ナギサはそれを聞き、気まずそうに目を逸らす。

 

「すいません。本当なら私が」

「ナギサが責任を感じることではないさ。でも、そういう所はいずれ直していかないといけないことは明白。だから、目いっぱい時間をかけて、皆で協力して、黒月アキナを矯正して行こうじゃないか」

「……勝手に決めないでください。それに、私の矯正など必要ありません」

「私たちは必要と思うから矯正するんだよ。ま、この話は今はこれまでにしようじゃないか。せっかくの新生ティーパーティーのお茶会だ。湿っぽい話ばかりしても盛り上がらないからね。さ、アキナ。君もそろそろ紅茶を飲みたまえ。ずっとそこにいては肩が凝るだろう」

「そうですね。アキナのために用意した茶菓子もあるので、ぜひ食べてください」

「……ナギサ様がそうおっしゃるのであれば」

 

 セイアは話を終え、お茶会を楽しみ始めた。これ以上踏み込んでも、今のアキナには逆効果だと判断したからだ。

 アキナはナギサからもらった茶菓子を食べながらも、先ほどの会話について少し考え込んでいた。今更生き方を変える必要などない。そのはずなのに、昨日の事も合わせ、会話の内容が頭の中に響いていた。

 

 外では夕暮れの光がトリニティの街並みを淡く照らしている。

 新生ティーパーティー生徒会長たち。桐藤ナギサ、ユリそのセイア、そして代理として加わった黒月アキナ。

 かつてとは形を変えてしまったが、それでも、3人の生徒会長が同じ卓を囲んでいるという事実だけは変わらなかった。

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