ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書   作:リハビリ作者

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第7話 聖園ミカの新生活

 聴聞会が終わった後。聖園ミカは、トリニティ総合学園の一角にある監視用の部屋で暮らしていた。部屋の大きさは5畳程度。あるのは簡素な硬いベッドと小さな机、一脚の椅子。そして最低限の照明のみ。その部屋に小さなお手洗いと浴槽のない簡素なシャワールームが付いているだけであった。

 以前の彼女が暮らしていた部屋とは、あまりにも違う。お気に入りの家具や私物もない。可愛らしい服もない。ティーパーティーの制服もない。自由に使えるお金は一円たりともない。

 今着ているのは、ティーパーティーの制服ではなく、簡素な囚人服のような衣服

 ベッドに横になったミカは、天井を見上げる。天井も無機質な色で何の飾りも無い。

 

「だーれかいませんかー? お話しよーよー」

 

 当然、それに返事をする人はない。彼女は寝返りを打ちながら1台の携帯を手に取る。これだけが、外部と繋がるために与えられた道具であり、現在、彼女が所有を許されてる唯一の道具であった。

 

「……これ、電話することしかできないんだよね」

 

 手に取って画面を見る。インターネットには接続できない、モモトークも使えない、SNSも見られない、動画も見られない、登録されている連絡先はパテル分派の管理担当者と黒月アキナのみ。

 物資が必要になった場合、この携帯電話から連絡して申請する。外出したい場合も同じ。必要性を説明し、パテル分派やアキナの許可を得てようやく可能となる。それが現在のミカの生活だった。

 

「つまんなーい」

 

 以前なら、暇さえあれば誰かとモモトークで話していた。友達に連絡を取ることも出来たし、外に出て遊ぶことも、お茶会に参加することも自由。買い物だって、好きな物を好きなだけ買えた。に行くこともできた。以前は出来ていたことは、今は何一つ出来ない。

 最初は誰も応えるはずのない独り言を呟いたり、ベッドでゴロゴロしたりして無理やりにでも孤独を紛らわしていた。

 

 しかしそれも限界になり、1人しかいないという環境が、改めて自身のやったことについて思い知らされていく。

 

「……これが罰、かぁ」

 

 天井を見ながら呟き、聴聞会でナギサが読み上げた裁定を思い出す。

 

 ティーパーティーとしての権限剥奪、特権の剥奪。パテル分派と黒月アキナによる私物、金銭の管理。外出の制限。自分の行動全てにおいて、許可が必要になる生活。

 そしてナギサから告げられた言葉が頭のなかに響く。

 

『仮に貴方がやらないと言ったところで、それを素直に信用できるほどの信頼は、今の貴方にありません。貴方は1度、私たちを裏切ったのですから』

 

 彼女は携帯電話を胸元へ置く。胸の奥がまた痛くなってきた。自分がやったことは分かっている。アリウスに情報を流し、多くの人間を巻き込んだ。アキナやセイアを危険に巻き込み、命を落としかける事態となった。大切なのは幼馴染だったはずのナギサとも敵対することになった。

 それだけのことをしておいて、「信じてほしい」なんて簡単に言えるはずがない。

 それでも、実際にナギサの口から『あなたを信頼できない』と言われた時は、胸をナイフで刺されたような気がした。

 

「……ナギちゃん。私、本当に嫌われちゃったのかな」

 

 答える人はいない。ミカは天井を見上げたまま、唇を噛み、涙を流す。

 

「……やだなぁ」

 

 聴聞会では泣かなかった。先生が自分のために反対してくれた。セイアも、罰に期限や基準を設けるよう提案してくれた。それなのに自分が泣いてしまえば、余計にみんなを困らせると思った。だから堪えた。しかし1人になると、どうしようもなく寂しくなる。誰かと気軽に話すことも出来ない。

 

「寂しいよ……誰もいないし」

 

 孤独な環境。友達と繋がるためのツールも無く、暇潰しのための私物も何もない環境が彼女の心を苦しめていく。

 彼女は電話の画面を眺めるも、登録されている連絡先は変わらず、パテル分派の管理担当と黒月アキナのみ。どちらに掛けても、雑談相手になってくれるとは思えない。むしろそんな目的でかければ、彼女たちから軽蔑されるだろう。

 

「せめて……何か買えないかな」

 

 以前なら思い立った瞬間に買えた。コンビニに行けば買える。面倒なら売店でもいい。動きたくないと思ったら宅配や誰かに頼むという手もあった。しかし、今はそんな自由はない。

 

「……お菓子くらいなら、ワンちゃんあるかも?」

 

 少しだけ期待しながら、管理担当者へ電話を掛ける。数回の呼び出し音の後、パテル分派の者が応対する

 

「はい。パテル分派管理担当です」

「あ、もしもし? 私だけど」

「ご用件をどうぞ」

「えっとね。お菓子買いたいんだけど……ケーキとか、クッキーとか。あとチョコレートとかも」

「必要物資の申請でしょうか?」

「うん。そうそう」

「食品については、基本的に必要なものをこちらで用意しています」

「それは分かってるけど……ちょっとくらい、いいでしょ?」

「申し訳ありませんが、栄養管理上、現在のお食事で必要な栄養素は十分に確保されています。そのため、嗜好品の購入については必要性が認められません。申請は却下となります」

「……えぇ」

 

 ミカの顔から一気に力が抜ける。まさか碌に話し合うこともなく、門前払いされるとは思わなかった。

 

「お菓子だよ? 一個くらいは」

「必要性が認められません」

「チョコ一枚」

「必要性が認められません」

「クッキー1袋」

「必要性が認められません」

「……厳しすぎない?」

「規則ですので」

 

 電話の向こうの担当者は淡々としており、感情というものが感じられない。まるで、決められた自動音声で喋ってるロボットのような無機質感があり、電話してる相手が本当に生きているのか疑問に思ってしまうほどだった。そして、その遠い距離感が、彼女の心をナイフで抉るように傷つける。

 

「……そっか」

「他にご用件はありますか?」

「ううん。ないよ」

「承知致しました。それでは失礼します」

 

 プツッと通話が切れ、ツーツーと無機質な音が鳴る。彼女は通話の終わった電話の画面をを見つめていた。

 

「……冷たいなぁ」

 

 以前ならこんなことはなかった。パテル分派の生徒たちとはもっと気軽に話せた。冗談を言えば笑ってくれたし、ちょっとしたお願いなら、「ミカ様は仕方ないですね」と苦笑しながら付き合ってくれた。

 もちろん、今の状況なら距離を置かれるのも当然のことだと理解していた。自分がやったことを考えれば、距離を取られるのは当然のことである。

 

「……私が悪いんだけどさ」

 

 そう言いながらも、胸の奥が寂しくなる。誰かと話したい、難しい話をしたいわけでもない、自分の罪を許してほしいわけでもない。ただお話したい

 

「ほんと、寂しいなあ」

 

 モモトークを開けば、たくさんの名前が並んでいた。くだらないスタンプを送り合ったり、今日食べたものの話をしたり、今度どこへ遊びに行こうかと相談したりと。それができなければ、SNSを見て変な投稿をしてる人を見て笑ったり、美味しそうなお菓子に目を輝かせたり。そんな当たり前の日常が、今は果てしなく遠く感じられた。

 

「……みんな、今頃何してるんだろ。ナギちゃんは仕事をしているだろうし、セイアちゃんは久しぶりにティーパーティーへ戻ってきたし、仕事の手続きをしているんだろうね。先生は、また誰かのために走り回っているはず……アキナちゃんは、ナギちゃんの隣にいるのかな」

 

 きっとそうだ。自分が失った場所に、今はアキナがいる。ナギサの隣にいて、雑談を交わすのは自分ではなくアキナだ。セイアとお喋りをするのも彼女だ。そう考えると、胸の奥が痛んで苦しくなる。

 

「別に、アキナちゃんが悪いわけじゃないのにね。私が勝手に失っただけだもん」

 

 自嘲するように笑う。聴聞会でナギサの隣に立っていたアキナは、自分を睨みつけていた。

 当然のことだ。自分はアキナをアリウスに狙わせ、セイアも巻き込んだ。ナギサの事も傷つけた。ナギサに忠誠を誓う彼女からすれば、許せないのは当たり前の事だろう。

 

「……改めて考えなくても、本当に最低なことしたんだなぁ」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。狭い部屋で1人になり、誰にも話すことの出来ない孤独な環境。何のごまかしも許されない無機質な空間で、ミカは改めて、自分自身と向き合い、自分が何をしたのかを思い知っていた。

 

「アリウスに情報を渡した……アキナちゃんやセイアちゃんも襲わせて……トリニティもめちゃくちゃにして」

 

 セイアもアキナも今は生きている。しかし、もし何かが違っていたら。先生やナギサたちが間に合わなかったら。考えれば考えるほど、背筋が冷たくなってしまう。

 特にアキナの方は本当に危なかった。彼女はアリウススクワッド全員から襲撃され、巡航ミサイルによる攻撃も受けて重傷を負った。拘束されたのも、スクワッドたちが殺しきれなかったから、仕方なくそうしただけのこと。もし襲われたのが彼女以外だったら、間違いなく殺されていただろう。

 

「……私、取り返しのつかないことをしてたんだね」

 

 今まではそこまで考える余裕がなかった。否、考える余裕がないように忙しい振りをしてたのかもしれない。

 目の前の事に集中して他のことに思考を裂けない振りをし、罪から逃げ続けていた。

 聴聞会でも、ナギサに裁定を告げられたり、先生が自分を庇ったり、セイアも、自分がやり直せる可能性を残そうとしてくれたり色々あって考える暇もなかった。

 

「……違う。考えないようにしてたんだ。口では反省してるとか言っておきながら、考えることから逃げて」

 

 一人になった今なら分かる。反省してるとか口で言いながら、結局は逃げてばかりいたのだと。皆が変わっていく中、自分だけは何も変わらず、愚かな事ばかりしてたのだと。

 

「……ごめんね、アキナちゃん。セイアちゃんもごめん。ナギちゃんも……ごめんなさい」

 

 彼女の目からまた涙が落ちる。涙を拭っても次から次へと溢れて止まらなかった。懺悔する思い、本当に伝えたい人たちに伝わらない後悔と謝罪の思い、どうしょうもない自分への嫌気。様々な感情が渦巻いていた。

 

「私、なんであんな事したんだろ……こんな結末に持っていくために……やったわけじゃないのに」

 

 初めは、アリウスとの和解のために動いていたはずだった。それがいつのまにかセイアやアキナを傷つけ、ナギサを裏切り、トリニティを混乱に陥れてしまった。

 

「理由があったからって……許されるわけないよね」

 

 傷つけた事実、危険に晒した事実、裏切った事実は消えない。そして、多くの人間を巻き込んだことも。全部、自分が背負わなければならない罪だ。

 ミカは奮起するように涙を拭う。もう泣いてばかりいられない事は理解した。今の自分がやるべきなのは、メソメソと泣き喚く事では無い。筋違いの怒りをぶつけることでもない。

 

「……私にできることって、何だろう」

 

 罰を受ける。それは分かっている。今の生活はそのためにある。自由を奪われること、私物を管理されること、お金を持てないこと、外出にも許可が必要なこと。何もかも、自分の行動に責任を取るためのものだ。しかし。

 

「ただ罰を受けてれば良いのかな……そんなわけ無いよね」

 

 ナギサは言った。『信頼できない』と。セイアは言った。永久的な罰にしてはいけない、と。先生は言った。やり直す機会を作る、と。誰も「何をしても許されない」とは言っていない。「もう二度とやり直せない」と決めつけていない。

 

「……だったら、やり直さなきゃ。まずは……自分が何をしたのか、ちゃんと忘れないこと」

 

 今までの彼女なら、苦しいことから目を逸らしたかもしれない。誰かに甘えたかもしれない。冗談を言って、笑って、いつもの調子に戻ろうとしたかもしれない。だが、今はそんな事をしない。どれだけ辛くても逃げないと決めた。

 

「アキナちゃんが、私を許してくれなくてもいい。セイアちゃんに、すぐに許してもらえなくてもいい。ナギちゃんに……すぐに信じてもらえなくてもいい」

 

 それは、とても苦しいことだ。大切な幼馴染に信じられないというのは心が苦しい。だが。

 

「……私が『信じて』って言える立場じゃないもんね」

 

 今は、信頼を取り戻すために行動する。ただ信じてほしいと、子供のように喚いてる場合ではない。

 

「じゃあ……何をすればいいんだろ」

 

 ミカは考え込む。最初に思いついたのは謝罪。それは必要だが、何度「ごめんなさい」と言っても、起きたことは消えない。ならば。

 

「ちゃんと責任を取る。それも大事だけど……トリニティのために、何かできることは」

 

 彼女は必死に考え続ける。自分が持っているもの、ティーパーティーで得た知識、パテル分派と共に行動して得てきた物をフル活用し、自分に何が出来ないか考えていた。

 

「……行動で見せなきゃ」

 

 いつか、ナギサが「もう一度だけ信じてみよう」と思える日が来るまで。アキナが、ほんの少しでも自分への警戒を解いてくれるまで。セイアが「もう大丈夫だ」と言えるようになるまで。そして、先生が自分を見て安心してくれるようになるまで。

 どれだけ長い時間がかかっても償い続ける。絶対に諦めたりしない。

 

「皆変わってるんだ。私も変わらないと。もう、あんな過ちを犯さないために」

 

 聖園ミカは、確かな1歩を歩こうとし始めていた。

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