ブルーアーカイブ 桐藤ナギサの秘書 作:リハビリ作者
その日の夜。アキナはシャワールームで体を洗ってる最中、腹と胸の下に残る傷跡を見ていた。
それは大きな火傷の跡となっていて、救護騎士団でも完全には治すことの出来なかったものである
「⋯⋯この傷」
それは、アリウススクワッドと戦った時につけられた傷であり、彼女にとって忌まわしいものであった。
その傷を見ると、どうしてもあの日のことを思い出してしまう。聖園ミカに騙され、襲撃を受けたあの日のことを
それは、百合園セイアがアリウスによる襲撃を受け、エデン条約の事件が始まる少し前の事
トリニティから離れた場所。地下深くに広がり、薄暗く湿った地下水道にて。
天井から滴る水が静かな水音を響かせており、黒月アキナはその中を一人歩いていた。
白いティーパーティーの制服。その上から羽織った上着が、歩くたびに僅かに揺れる。手には愛用のスナイパーライフル、神殺しがある。なぜ彼女がこんな所にいるのかというと、聖園ミカから依頼を受けたからだ。
依頼内容は地下水道を占拠してるトリニティ所属の不良生徒たちの鎮圧。本来ならば、そんな仕事は正義実現委員会の管轄であり、アキナが積極的に介入する理由はない。だからこそ、アキナは今回の任務を少しばかり不審に思っていた。
「……どうして私なのでしょう」
気になる所は幾つもあった。しかし、その時のミカは裏切り者であることは判明しておらず、ティーパーティーの一員として働いていたため、多少気になる所はあれど、依頼を無視するわけにも行かなかった
「ナギサ様からの命令ではありませんが……ミカ様からの正式な依頼ですし、無視するわけにもいきませんか。さっさと終わらせて帰るとしましょう」
そうして地下水道を占拠してる不良生徒たちを探してる最中。
──ピシッ。
不可解な音が聞こえ、足を止める。その音は頭上から聞こえたものであった。
──ピシッ、ピシピシッ。
「……何ですか、これは」
音は次第に大きくなっていく。彼女が一度どこかに避難しようとした次の瞬間。
ドゴオオオオオオンンッ!!!
とてつもない轟音とともに、天井が一気に崩落し、大量の瓦礫が降り注ぐ。
アキナは咄嗟に神殺しを盾代わりに構えて逃げようとしたが、あまりにも物量が多く、逃げる隙間もない。
眼前の景色は一瞬にして完全に白く染まり、地面が揺れ、無数の瓦礫が彼女の身体を押し潰した。
そして崩落した地下水道の上の地上。そこには4人の少女が、崩落し、生き埋めになるアキナを見届けていた。
彼女たちはアリウススクワッド。アリウス分校の特殊部隊であり、先の未来ではトリニティ総合学園とゲヘナ学園に対する侵攻計画の実行部隊であった者たちだ。メンバーは錠前サオリ、戒野ミサキ、槌永ヒヨリ、そして秤アツコの4人。
4人の内、サオリとミサキは無表情で事の顛末を見届けていた。ヒヨリは生き埋めになったアキナに哀れみを感じ、アツコは思う所があるような、暗い表情をしている。
そんな中、サオリは手にしたアサルトライフルを下ろすと、淡々と告げた。内心に巣食う、聖園ミカの善意を利用した後悔から目を背けながら。
「任務完了。これで、侵攻計画において最も邪魔な存在だった黒月アキナの排除は完了した。聖園ミカと言ったか。あの女も馬鹿なことをしたものだ。我々にこんな情報を流して、こうなる未来を予測出来ないとはな」
ミサキは崩れた地面を眺めながら、感情の薄い声を漏らす。
「あっけないね。これが、トリニティ最強の末路か」
「そ、そうですね」
ヒヨリが小さく頷く。
「でも仕方ないですよ。彼女は、聖園ミカさんが私たちに情報を売ってたことを知らなかったんですから。えへへ。あのピンク髪のお姫様には、ほんと感謝しないといけませんね。えへへ」
アツコは何も言わない。ただどこか悲しそうに、瓦礫の山をじっと見つめ、拳を強く握り閉ていた。その時。
ゴゴゴゴゴッ
「……?」
四人が同時に音の鳴る方を見る。瓦礫の山が動き始めたのを確認し、サオリが即座に銃を構える。
「全員、警戒」
「まさか⋯⋯いやでも、そんなはず」
ミサキが信じられないかのように目を見開く。次の瞬間。
ドオオオオンンッ!!!
大量の瓦礫が、内側から吹き飛んで土煙が舞い上がる。瓦礫が周囲へ飛び散り、四人が身を低くする。
そしてその煙の中から、一人の少女が歩いてきた。長い金色の髪は埃と血で汚れ、顔には無数の傷がつき、額から血を流している。制服もところどころ破れ、身体中にある大小様々な傷から血を流していた。だが、それでも倒れることなく立っている。
そして何より、そのエメラルドの瞳には、未だ強い意志が宿っていた。彼女は肩に付着した瓦礫を払い落とし、サオリたちを強い殺気を込めて睨みつけ、神殺しを握り直す。
「何者か知りませんが、詳しい話を聞く必要がありそうですね」
サオリの目が僅かに見開かれる。完璧に罠にかけたはずだった。瓦礫の量は相当なものであり、重機も無しにどうこうできるものではないし、そもそも生き埋めになった時点で死んでいたはずなのに。彼女は死ぬことなく、瓦礫を吹き飛ばして立っていた
「……生きていたのか」
ヒヨリの顔から、いつもの薄笑いが消え、恐怖に怯えている。
「う、嘘ですよね? あの罠を受けて生きていられるはずが」
アツコも目を丸くし、驚いている。
「すごい。これがトリニティ最強」
だが、サオリはすぐに気持ちを切り替える。敵がなんであれ、スクワッドたちの任務は変わらない
「驚いている暇はない。目標を排除する」
サオリはアサルトライフルを向けて撃っていく。アキナは即座に横へ跳んで避け、銃弾が背後の瓦礫の大群へと突き刺さる。サオリは尚も銃弾を放つが、アキナはそれを避けてとてつもない速度で迫り、一気に懐に入った。
「速い!」
銃口を向け直して撃とうとするが、アキナがそれよりも速く、神殺しを横薙ぎに振り抜いた。
「ちッ!」
サオリは咄嗟に後ろに跳んでその攻撃を避けた。その直後。
ドォン!!
神殺しが近くの瓦礫に直撃し、粉々に砕け散った。その威力を見て脅威に感じたサオリは距離を取ろうとするが、アキナはその隙を逃さず、一気に踏み込む。
神殺しを両手で握り、まるで大剣のように振り回していく。
「はぁっ!」
巨大なスナイパーライフルを持ってるとは思えない速さで迫っていき、サオリは避けるだけで精一杯だった。
「やるな。だが、スクワッドは1人ではない!」
サオリが横へ飛ぶ。その背後から。ミサキのセイントプレデターが火を噴き、何発ものミサイルが飛翔する。
「くっ!」
アキナが咄嗟に横へ跳んで躱したが、空中でミサイルが分裂。それらは無数の子弾が飛び交っていき、雨のように振り注ぐ。今の彼女ではそれらを避けきることは敵わず、全身に子弾爆撃が彼女の体を痛めつけていく。
「あう⋯⋯ぐっ!?」
爆撃でダメージを受けるアキナを見たヒヨリが、狙撃位置につきながら哀れみを込めて呟く。
「すいません。痛いですよね。苦しいですよね。でも仕方ないんです。私たちもこうしないと生きていけないんです!」
狙撃銃から放たれた銃弾。完璧に頭を狙ったはずだが、彼女はそれを避け、頬を掠める程度で済ませた。そして向けられた強い視線で、ヒヨリの身体が僅かに強張る。
「ひっ!?」
「狙撃手ですか。厄介ですね」
アキナはヒヨリを見据える。その直後。
「させない!」
アツコが叫び、スコルピウスで攻撃する。アキナは神殺しを盾のように構え、銃弾を受けながら突っ込む。
「止まらない……!?」
アツコが驚く中、アキナはそのまま地面を蹴った。そのまま神殺しを振り下ろそうとするが、
「させない!」
サオリが背後からサルトライフルを連射しようとしたその瞬間。
「読めてましたよ!」
アキナが神殺しの銃口を背後に向け、振り向きもせずに銃弾を放つ。サオリは銃を盾代わりにして受け止めるも、衝撃で身体が大きく吹き飛ばされる。
「があっ!?」
「サオリ!」
アツコが叫ぶ。だがサオリは空中で体勢を立て直し、着地する。そして自分の銃を見ると、強烈な衝撃で銃身が僅かに歪んでいた。
「⋯⋯なるほど。噂以上だ」
アキナは神殺しを肩に担ぐ。全身傷だらけで血も大量に流れている。それでも、その立ち姿には一切の怯みがない。
「あなた方は、私を殺すつもりだったのでしょう? なぜそんな事をするのか知りませんが、そちらが殺す気で来る以上、こちらも容赦する理由はありません」
アキナがサオリに向かって踏み込む。スクワッドたちは同時に武器を構えた。
サオリが正面から撃つ。ミサキが広範囲へ砲撃する。ヒヨリが狙撃し、アツコが側面から援護射撃。4人の攻撃が、一切の無駄なくアキナへ集中する。
だが、アキナはその全ての攻撃を、紙一重でかわしながら前へ進んでいく。
「無駄ですよ。もう慣れました」
全ての攻撃を躱し、一気にサオリに迫り、神殺しを剣のように振るい、腹に直撃させて吹っ飛ばした。
「ごはっ!?」
そして壁がめり込むほど叩きつけられ、アツコたちが驚愕する中、アキナは神殺しで正確に3人の胸と頭を何発も狙い撃って吹っ飛ばした。
「うぐっ!?」
「うわああああん!?」
「きゃあ!?」
3人は地面を転がり、神殺しの攻撃の痛みに苦しむ。傷だらけの体、4VS1という状況。明らかに有利なのはスクワッド側のはず無のに、追い詰めているのはアキナの方だった
「化け物……」
ミサキが小さく呟くがアキナはそれを聞き逃さなかった。
「……失礼ですね。私はただ、ナギサ様のもとへ帰るため、必死に頑張っているだけです」
アリウススクワッドはその時、初めて理解した。黒月アキナという少女を、ただの「トリニティ最強」という言葉だけで表現することはできない。
彼女を支えているもの。それは強さでも、誇りでもない。桐藤ナギサのもとへ帰るという、ただ一つの執念だったのだ。
サオリはめり込んだ壁から脱出し、息を整えながらアキナを見据える。
「……やはり、念には念を置いて正解だった」
そう呟くと、片手を上げてハンドサインを出した。それはスクワッドでしか通じない撤退の合図。3人はそれを見て後退して距離を取っていく。そしてサオリが何かを投げつけた。それはスモークグレネードであり、地面にぶつかって白い煙が一気に広がっていく。
「⋯⋯煙幕?」
アキナは疑問に思いながら、敵の出方を見る。彼女にとって煙幕など大して意味を持たない目眩ましであり、スクワッドたちが煙の中から現れても対処できる自身があった。しかし、煙の向こうにいるはずの4人の気配は、どんどん遠ざかっていく。
「なぜこんなタイミングで撤退を。一体何を考えて」
疑問を抱きながらも、煙の中を進んで脱出したその瞬間。
ヒュオオオオォォォン!!
「……え?」
つんざくような轟音が鳴り響く。何が来たのかと思ってアキナが顔を上げたその直後、巡航ミサイルが直撃した。
ドカアアァァァァァン!!!
凄まじい爆発が地上を埋め尽くし、辺りにある瓦礫が爆炎と衝撃波によって塵となる。さらに、アリウススクワッドたちが事前に仕掛けていた爆薬による追加爆発が彼女の体を焼き尽くす
「────ッ!!」
爆薬によるいくつもの爆発、さらに巡航ミサイルの一撃をモロに受けた彼女の身体は吹き飛ばされ、何十メートルも吹っ飛んで地面を転がっていく。
制服は見る影もなく無残に破れ、全身が焼け爛れている。特に酷いのはお腹の方。焼け爛れてるだけでなく、血を大量に流していて、明らかに危険状態だった。
「あっ……何が⋯⋯起きて」
視界が揺れ、耳鳴りがする。身体が動かない。意識も重く、今にでも何をされたのか、この時の彼女は全く理解出来なかった。だがそれでも、神殺しだけは手放さなかった。神殺しを杖代わりにしながら、何とか身体を起こす。
「頭が……目も⋯⋯ここは」
状況を把握できずに困惑する中、サオリが戻ってくる。遠くにはミサキたちが退路を塞ぐように立っているのが見えた。
「恐れ入ったよ。あれほどの攻撃を受け、まだ生きているとは思わなかった。爆薬の量も、侵攻作戦で使う予定の3倍以上を用意したのだが」
サオリが彼女に近づき、アリウス製アサルトライフルの銃口を向ける。
「ここまで耐えたことは称賛する。だが、もうそろそろ休め。vanitas vanitatum et omnia vanitas。全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。お前がどれだけ足掻いた所で意味はない」
アキナはゆっくり顔を上げ、殺気を込めて睨みつける。
「まだ……まだ終わって⋯⋯いません」
「その体で何ができる。お前はもう終わりだ」
サオリが引き金を引こうとしたその瞬間、アキナが神殺しを振り上げ、サオリのアサルトライフルが直撃を受け、上空に突き飛ばされた。そして神殺しの弾丸を何発も受けて破壊される。
「なに!?」
驚愕するサオリ。その懐へアキナが踏み込んだ。そしてゼロ距離で、神殺しの銃口がサオリへ向けられる。
「これでえ!」
至近距離から放たれた銃撃でサオリの身体が大きく吹き飛ぶ。
「がはっ!? 馬鹿な」
サオリは反撃する暇もなく吹き飛ばされ、ふっとばされて全身を打ち付けながら地面を転がる。ようやく止まったかと思ったら、追撃でゼロ距離射撃を受け、サオリの意識が飛びそうになるほど吹っ飛んでいった。
アキナはさらなる追撃に移ろうとすると遠方からヒヨリの狙撃が襲いかかり、反射的に身体を傾けてそれを避ける。
「そんな!? あの一撃を躱すなんて!」
ヒヨリが驚く中、アキナは鬱陶しそうにヒヨリの方を見ている。
「狙撃手⋯⋯まずは⋯⋯お前を潰す!」
距離はかなり離れている。普通なら照準を合わせなければ、狙うことすら不可能。しかし、アキナを照準器を使わずに神殺しの弾丸を放ち、狙撃銃の銃口を破壊した。
「えええええ!? こ、こんな事が」
驚くヒヨリの隙を狙い、一気に接近してゼロ距離まで近づき、地面に磔にするように神殺しの銃口で突いた。
「あぐっ!?」
「消えろおおおお!!」
そこから何発もゼロ距離射撃を食らい、ヒヨリは骨を破壊され、内臓をやられて血を吐くが、アキナの攻撃は止まらない。
「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。死ねえええ!」
それはもはや、敵を倒すという執念だけであり、ヒヨリが気絶し、撃たれた場所から血を流しても止まることはなかった。
「やめてえええええ!!」
アツコが叫び、スコルピウスを乱射し、アキナはヒヨリから離れてその攻撃を躱していく。
「ほんと⋯⋯化け物そのものだよあんたは!」
滅多に感情を荒げることのないミサキが感情を露わにしながら、セイントプレデターを構える
「……これで!」
多弾頭ミサイルが発射され、また分裂した子弾が雨のように振り注ぐ。アキナは避けようとするが、今までのダメージのせいでそれは敵わず、無数の子弾が炸裂し、爆炎が彼女を包む。
身体が大きく揺らぎ、意識が飛びそうになる。それでも、アキナは爆煙の中から姿を現した。
「この程度で!」
神殺しを構え、ミサキへ向かって突進する。
「嘘でしょ!?」
ミサキが次弾を装填しようとするが、それよりも先に、アキナの神殺しが、セイントプレデターを捉える
「──壊れろおおお!」
神殺しから放たれた弾丸が、セイントプレデターを破壊し、ミサキが目を見開く
「私の……武器を」
「あなたもです!」
神殺しが横薙ぎに振り抜かれる。その一撃をモロに受けたミサキは、肋骨が何本もバキバキと折れる音を聞きながら身体が吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
「あと1人!」
アキナが迫り、アツコはスコルピウスを構えて連射する。しかし、アキナは銃弾の軌道を読み、最小限の動きで回避。
「速い! あれだけのダメージを受けてまだあんな動きを」
アツコが後退するが、アキナは逃がさない。神殺しを振り下ろす。
アツコは咄嗟にスコルピウスでガードするが、武器が粉々に砕け散って破壊されてしまった。
「そんな!? きゃっ!」
続けざまに、横に振られた神殺しをモロに食らい、アツコの身体が吹き飛んだ。さらにアキナは神殺しを構え、彼女の頭を撃とうとするが。
「させるかあ!」
アキナの背後からサオリが現れ、破壊されたアサルトライフルの代わりに、拳銃を握っている。
「これならどうだ!」
ゼロ距離で撃たれた弾丸がアキナの背中と頭に直撃し、その身体が揺らいで膝が一瞬崩れかける。既に彼女の意識は消えかけている。それでも立っているのは、ナギサの元へ戻るという執念に突き動かされてるが故だ。
「まだだあ!!」
サオリが距離を取ろうとするが、アキナは神殺しを振り下ろし、拳銃を破壊した。
「しまった!?」
「うおおおおおおおお!!」
そして続けざまに放たれたゼロ距離射撃でサオリが吹き飛ばされる。サオリは地面を転がり、数メートル先で止まった。
「……ぐ……」
サオリは起き上がろうとするが、身体に力が入らない。何度もゼロ距離射撃を受け、神殺しの近接攻撃を食らい、既に体は限界だった。
アキナはその姿を確認することもなく、ふらつきながら立っている。
「ナギサ……様……」
その声は、先ほどまでとは比べものにならないほど弱区か細い。視界が霞み、身体中が痛む。脚が震え、下には血溜まりができている。神殺しを抱えるる腕にも、もう力が残っていない。それでも。
「帰らなければ……」
一歩踏み出す。限界を超え、執念に突き動かされながらも。
「ナギサ様の……ところへ……」
もう一歩踏み出す。しかし、そこで足は止まる。
「あ……」
神殺しが手から滑り落ち、アキナはそれを見つめる。何故、武器を拾えないのか。そんな疑問すら浮かんでおらず、ただ見つめている。もう彼女の体は限界だった。
「ナギ……サ……様」
最後にその名前を呟いて、アキナの身体から力が抜け、その場に倒れる。
静寂が訪れ、少し離れた場所で、サオリが荒い息を吐きながら身体を起こそうとする。
「なんという奴だ」
自分たち4人が総力を挙げ、巡航ミサイルや爆薬、殺すための罠まで用意したというのに、彼女の戦闘スタイルや情報は全て掴んでいたと言うのに。それでも、ここまで消耗させられた事に唖然とするしかなかった。ヒヨリとミサキは未だ意識が戻らず、倒れたまま。
そんな中、サオリは倒れたアキナを見る。
「これが、トリニティ最強」
「⋯⋯私たち、とんでもないの相手にしてたんだね」
アツコは倒れたままそう呟き、アキナを見つめていた。そして、完全に動かなくなったアキナの姿を見て、サオリは警戒を解く。
「ひとまず、任務完了だ」
サオリはしばらく倒れたアキナを見つめていた。先ほどまで自分たちを圧倒していた女は地面に横たわり、今はぴくりとも動かない。呼吸をしているかすら、遠目には分からない。
「サオリ」
何とか起き上がったアツコが、かすかな声を上げる。
「どうするの?」
「殺す⋯⋯と言いたいところだが、そのための武器がない。それに私たちも限界だ。今ここで下手に手を出せば、こちらが先に倒れる」
「じゃあ」
「拘束する。元々の任務は排除だったが、現時点では不可能。ならば拘束してアリウス自治区に連れていき、幽閉する。そうすれば、侵攻作戦の妨げにはならないだろう。それに今は、こいつを殺すための道具を用意する前に、私たちの体や武器を治す方を優先しなければならない」
アツコは倒れたアキナを見る。長い金色の髪は泥と埃にまみれ、衣服は見る影もないほどボロボロで焼け爛れている。おまけに、失血死してしまうのではないかと思うほどに血を流している。それなのに、胸は僅かに上下しており、生命力の高さにただ驚くばかりだった。
「……生きてるんだね」
「ああ。だが、いつ意識を取り戻すか分からない。急いで運ばなければ。アツコ、手を貸してくれ」
「うん」
二人はアキナの身体を慎重に起こす。
「……重い」
「そうか?」
「うん。意外と」
アツコが苦労しながらアキナの片方の肩をを支える。しかし、その身体からは力が完全に抜けているため、非常に運びづらい。サオリはアキナの腕を自分の肩へ回し、なんとか立たせようとする。その時。
「ナギ……サ……」
アキナの唇が、ほんの僅かに動き、サオリの動きが止まる。
「今……」
「喋ったね」
アツコも聞いていた。意識はない。それでも、うわ言のように。
「ナギサ……様……」
もう一度その名前だけを呟く。サオリは無言でアキナを見ていた。先ほど戦っていた時も、彼女は何度もナギサという名を口にしていた。どれだけ追い詰めても、どれだけ傷つけても、倒れるその直前まで彼女の口から出ていたのは、ナギサという名前だった。
「……そこまでして帰りたい場所なのか」
サオリが小さく呟き、アツコはアキナの顔を思う所があるかのような暗い表情で見つめる。
自分たちはこれから、アキナの大切な場所であるナギサを排除する。それがベアトリーチェの命令だから仕方がないと割り切ってるつもりだった。
しかし、そのナギサを居場所にしてるアキナを見ると、アツコは心がひどくざわつき、居場所を奪いたくないという思いが湧く。だが、ベアトリーチェの命令に従わなければ自分たちに明日はない。だから仕方ないことだと、アツコは傍観にも似た感情で割り切り、アキナから視線を逸らす。それを疑問に思ったのか、サオリは質問する。
「姫。どうかしたのか?」
「何でもない⋯⋯この人にとって、ナギサは、大切な人なんだろうね」
「そうなのだろうな⋯⋯私たちにとっての、姫のようなものなのだろうか」
サオリはそう呟いた後、それ以上何も言うことはなく、アキナを支え直した。サオリとしても思う所は沢山あったが、それでもスクワッドとしての任務を優先し、その感情を切り捨てた。
「急ぐぞ。ここに長居するのは危険だ。ミサキとヒヨリ、そして黒月アキナの持っていた神殺しは、近くで待機してる医療班に回収させる。私たちは合流地点まで黒月アキナを連れて戻り、完全に拘束してから自治区に帰還する」
「分かった」
そうして、アキナはアリウス自治区へと幽閉されることとなった。
襲撃されていた過去を思い出し、シャワールームにいるアキナは顔を顰める。
「⋯⋯また思い出しましたね。あの日のことを」
正直な所、あれほどのダメージを受けた自分がなぜ生きていたのかは不思議だったが、トリニティで纏められたエデン条約の件の報告書によると、秤アツコが自分に応急処置をしていたらしい。
それだけでなく、ベアトリーチェとの戦いが終わった後、アリウススクワッドの錠前サオリは、自分が幽閉されてる場所についての伝言を先生に残し、ナギサに伝えるよう頼んでいたらしい。だからこそナギサは自分を見つける事が出来て、ギリギリのところで助けることが出来た。
だが、そんなことはアキナにとってどうでもいい。なぜアツコが治療をしていたのかなど、なぜアリウススクワッドが自分の居場所を伝える伝言を伝えようとしたのかは興味がない。
彼女にとってアリウススクワッドは、ナギサを傷つけた敵であり、事情を聞く余地など微塵もない完全な敵。治療や居場所を教えたことに感謝することもない。この世で最も憎むべき存在。しかしナギサからの命令がある以上、今は殺さない。
「今でも八つ裂きにしてやりたいほどムカついてはいますし、あんなクズどもを生かす価値があるとは思えませんが⋯⋯ナギサ様からの命令ですからね。殺すわけには行きません」
彼女にとって最優先事項は己のことではなくナギサの事。自分の意志はナギサの為にあるものであり、どんな状況だろうと自分を最優先することはない。
どんな敵であれ、ナギサが殺すなと命令するならそれに従う。逆にアキナにとっては敵に見えない存在でも、ナギサが殺せと命令したなら殺す。
全ての物事において優先するのはナギサであり、自分の意思など考慮しない。それが彼女の生き方であった。
「そういえば、詳細を話したときは大変でしたね。特にナギサ様が、あんなに暴走するとは意外でした」
ふと、自分の傷のことを話した日のことを思い出し、彼女は笑みを浮かべる。
彼女がスクワッドに襲撃された詳細や傷のことを話したのは、主である桐藤ナギサと救護騎士団のみ。他の者たちはアキナの負った傷を詳しく知らない。スクワッドに情報を流した聖園ミカやエデン条約の件に深く関わった先生でさえも。
救護騎士団団長の蒼森ミネは、アキナの傷を見て顔を真っ青にし、「救護! 救護! 救護!」と叫びながら、救護騎士団のメンバー全員で必死に治していた。その治療とアキナ自身の回復力のおかげで、今では何の問題もなく戦えるが、腹の傷跡は残ったままであった。
ナギサの方は怒り狂って、逃げたスクワッドを探し出して殺さんとする勢いだったため、フィリウス分派たちが必死になって止めていたらしい。
「不謹慎ですが⋯⋯ナギサ様があんなになるほど私のことを気にかけてくれたのは⋯⋯嬉しかったです」
アキナはその時の記憶に思いを馳せながら、シャワールームで体を洗い始める。
彼女は自分を傷つけた事でアリウススクワッドを恨んでなどいない。恨む理由はナギサを傷つけ、自分からナギサを奪ったこと。それがスクワッドへ憎しみを抱く理由の全てであった。
全てにおいてナギサを最優先とする危うさ。恨みや憎しみを抱く理由でさえ、己ではなくナギサを基準するその危うさに、彼女はまだ気付いていない。
なぜなら、全てにおいてナギサを基準とするその生き方は、彼女にとって至極当然の事であり、疑う理由など微塵も無かったからだ。