人類大好き系邪神が序盤で攫われるタイプの愛され姫の中身だったら 作:狐桜
ある王国の謁見室での出来事であった。
一人の若者が国の重鎮が見守る中、王の前に跪いている。
威厳ある王だ。顔つきの精悍さからも、傑物だと分かる。
かつては自らも戦場に立って、軍隊を率いていたと聞く。
年を取って前線を退いたが、研ぎ澄まされた気迫は健在だ。
「此度の戦、誠に見事であった」
「ありがたきお言葉」
若者の年齢は十七程度であろうか。
その若さでありながら、この場の重圧にも負けず堂々とした受け答えをしている。
鍛え上げられた肉体は服の上からでもよくわかり、覇気は決してこの場で見劣りしていない。
英雄の器。そう表すのが適切だろうか。
「悪しき邪神を奉るかの帝国に、わが国は長きこと苦しめられていた……」
長い、長い雌伏の時を過ごしたと。
感慨深げに王様は語る。
「しかし、破竹の勢いで我々は勢力を取り戻すことに成功している――偏に、そなたの活躍のおかげである。バルトハルトよ」
若者の名はバルトハルトと言うらしい。
いかつい名前だ。
鍛え上げられた見た目に後れを取っていない。
「数々の戦場で勲功をあげたそなたを、無下にすることはできまい。願いを一つ言うと良い。可能であれば叶えよう」
何とも、凄まじい話である。
一国の主である王が、持ち得る権限を使って願いを叶えるなど、と。
そうそうある話ではない。
それだけのことを成し遂げた英雄は、果たして何を望むのだろうか。
凡百と同様に富を望むか?
それとも地位か?
彼は平民の生まれらしい。貴族位を望んでもおかしくはない。
「……首を切られても構わぬ覚悟で発言をいたします」
若者の前置きは、よほどのことを言うという宣言であった。
逆に言えば、このような場でなければ一生抱えていたであろう願い。
首を切られても構わぬと思えるほどに、切望している願い。
その願いとは果たしてなんであろうか?
若者が下げていた頭をあげる。
王が頭をあげてよいと言っていないのに上げるのは不敬であるが、誰一人としてそのような無粋なことは言わなかった。
なにせ、彼の視線は王ではなく――その隣に向けられていたのだから。
「どうか、姫君。私と契りを交わしてはくれませぬか」
――場が、騒めいた。
それもそうだ。
平民の出が、英雄気質とは言え王の血筋を望んだのだ。
なるほど、これは首を切られても構わぬほどの願いと言えるかもしれない。
「……我が一存では決めかねるな。命令することもできようが、そなたがそれを望むまい」
「はい。陛下」
ふむ、鷹揚にも王様はこれを容認するらしい。
身内に抱えることで他国への流出を阻む目的があるか。
それとも、派閥に抱えられることの政治的判断か。
……純粋に、武人気質からくる応報主義からかもしれない。
しかし、バルトハルト殿は何とも強欲なことだ。
王の血筋ではなく、姫の心を欲しているらしい。
「故に、姫君。不肖ながら、御身の隣に立つ権利をくださらないでしょうか」
視線が集中する。
この話題の渦中である姫へと。
姫は受け入れるのか? 受け入れるのが筋であろう。
目立った婚約者候補もいない。
年齢も遠くは離れておらず、子宝を考えれば彼は見事な種馬にもなってくれるだろう。
そんな様々な思惑が、一人へと注がれる。
……ゆっくりと息を吸って。
吐いて。
わたくしは、答えを返す。
「え、無理です」
わたくしの一言で、騒めいていた場が再び静まり返った。
こうして、一つの恋物語が終わったのだった。
――で、終わらせてくれるはずがない。
「……ルーテよ。その、もう少し、手心をだな」
王様——わたくしのお父様は顔に手を当て、困ったようにぼやいた。
こうなることは分かっていたと言いたげな表情ではある。
しかし、これで終わらせるのはあまりにも手心がないと。
もちろん、わたくしとてこれで終わらせるつもりはない。
「では、無理な理由を説明しましょうか」
呆然としている人々――バルトハルト殿も含めて――へわたくしは語り掛ける。
態度は毅然としたまま。
王女としての貫禄は無くさない。
「まず、この場には同席しておりませんが、わたくしには兄が一人、弟が一人います」
むしろなぜわたくしだけが同席させられたのか。
まあ、わたくしの知らぬところでバルトハルト殿の望みが漏れていたのだと思う。
「姫殿下は、わたくしめが玉座を狙いとお思いで」
バルトハルト殿は真っすぐにわたくしの目を見つめてきてくれる。
純粋な眼だ。
邪な気持ちなどどこにもないと、必死に訴えかけてきている。
赤子が親の愛を求めるときのように澄んでいる。
――ああ、実に、愛い。
「そうとは言いません。ですが、そう思う人がいるという事実が重要なのです」
わたくしは自分の立場を弁えていると。
そう、表明している。
内面での興奮は決して表には出さない。
これほどの英雄が、わたくしの言葉一つで一喜一憂するこの状況。
なんとも、味わい深い。
「ですが、英雄足る人物の願いを無下にするのも本意ではございません」
「では」
「はい。これはわたくしからのご提案なのですが……」
王女としての体裁を保ちつつ。
兄弟にも配慮して。
彼の面子も保つ方法。
そんな魔法のような方法がある。
わたくしは王の隣から離れ、段を降りる。
一挙一動を周囲に観察される中、バルトハルト殿の前まで行き、そっと手を差し出す。
「……お友達から、始めませんか?」
まずはお互いに知り合うところから。
全てはそこからだと。
バルトハルト殿は少しだけ目を開いて。
それでも、恋する乙女のように嬉しそうに。
わたくしの手を、おそるおそる取った。
大きな手だ。剣の鍛錬を欠かさなかったのだろう。ごつごつと硬くなった皮膚がわたくしの柔肌とは対照的だ。
「お許しいただけるならば」
「では、わたくしたちは今日からお友達ですね」
そっと、もう片方の手をわたくしの手を握る彼の手に重ねて。
それでもなお、包み込めない程彼の手は大きい。
わたくしの今の年齢は――十六だったかな?
年の差を考慮しても、男女の体格差が如実に表れている。
「よろしくお願いします、バルトハルト殿。いえ――バルトハルト」
「光栄にございます。ルイルシンテ・テミ・ティリス殿下」
仕草はまるで騎士のよう。
わたくしの手の甲に、そっと額をつけた。
これは忠誠を示す行為だ。
実にお堅い人物だ。
お友達から、と言っているというのに。
武人気質と言えば聞こえは良いが。
女性に対しての扱いは今後教えていく必要がありそうだ。
「まあ、お友達なのですから。気軽にルーテとお呼びください」
「それは、その、恐れ多く……」
王様にあれだけの啖呵を切っておいて、好いている女性の愛称は呼べないとは。
ああ、何ともいじらしい。
「うぉほん」
背後から咳ばらいが聞こえる。
わが父——王様のものだ。
「ともあれ、これにて友諠は契られた」
これ以上は非公開の場で、という事か。
見せたいものは見せ終わったと言わんばかりに声を張り上げている。
確かに、バルトハルト殿と王家が親密な関係になったと示すだけなら、もう十分な成果と言えるだろう。
「より一致団結し、かの悪しき帝国、ひいては邪神の眷属どもへの抵抗を続けるのだ!」
「「「はっ!!!」」」
王の号令に合わせ、臣下一同が深く深く礼をする。
対帝国においては、我が国の団結力は随一と言っても良いだろう。
なにせ、敵対する二柱をそれぞれ守護神として祭っているのだ。
相容れるわけがない。
……その神の名を、それぞれティクリスと、グリノーラ。
ティクリスがこの王国の守護神。グリノーラが帝国の守護神。
と、されている。
さて。ここで、自己紹介をするとしよう。
わたくしはルイルシンテ・テミ・ティリス。我がティリス王国の第一王女である。
しかし、これだけがわたくしの名ではない。
別の名を――グリノーラ。
ティリス王国の怨敵、ガイゼン帝国が祭る神である。