人類大好き系邪神が序盤で攫われるタイプの愛され姫の中身だったら 作:狐桜
浴室にて、侍女たちに囲まれて浴槽につかりながら丁寧に世話をされている。
この時間は非常に満足できる。
香油から漂う花の香りも、好きだ。
この空間全てが、わたくしのためにあるのだと実感できるから。
「姫殿下。心地よいですか?」
「はい、気持ちいいですよ」
愛する人間に、甲斐甲斐しく世話される。
これに勝る喜びはそうそうない。
この国では、グリノーラは邪神だのなんだのと言われているが、わたくしは気にしない。
わたくしは人類を愛しているからだ。
これほどまでに愛い生物は中々にいない。
欲望に塗れ、簡単に驕り、かと言えば至らなさを改善する知能がある。
種としてこれほど多様性に溢れた生物はそうそういないだろう。
見ていて実に飽きない。
「……ぐすっ」
「レイラ?」
わたくしの髪を解かし、洗っていた侍女が泣き出してしまった。
レイラはこうして、時折わたくしの世話をしている途中に泣き出してしまう悪癖がある。
「またわたくしが産まれた時のことを思い出したの?」
「はい。こうして元気な姫殿下をお世話させてもらえるなんて、あの時は夢にも……」
鮮明に覚えてはいるのだが、通常人間は赤子の頃の事は覚えていないと知っている。
だから、わたくしはこの話題は伝聞系で濁すようにしている。
「あなたが必死に回復魔法をかけてくれたからだと聞いたわ」
「いえ、いえ。本当に神の思し召しです。私など微力も役に立っておりませんでした」
まあ、本当に神の思し召しなのだけれど。
死にゆく子の中に、わたくしが入っただけなのだから。
正確には、死にゆく子の魂をわたくしが取り込み、一つの体に同居している状態。
わたくしが仮に出て行ったとしても、この子はそのまま死ぬだけだった。
人の言葉を借りるのであれば、偶然なのだ。
わたくしの気が向いて、人の世におりてみようと思ったからこそ。
今、こうしてルイルシンテは存在している。
「そんなことないわ」
「姫殿下……」
「神を奉ずるその心に、きっと神様が応えてくださったのよ」
満面の笑みを、レイラへと向ける。
屈託のない、純粋な笑み。
レイラはの表情は瞬く間に涙でぐしゃぐしゃになってしまった。
「姫殿下ぁ~」
感激のあまり、抱き着いてくる。
ここまでが、いつものワンセットだ。
……まあ、応えた神はあなた方が邪神とする神ではあるのだけれど。
そんなことは、些細な問題だ。
こうして、事実としてわたくしに感謝する人物がいる。
それに勝るものが何か必要? まったくもって必要ではない。
そもそも、わたくしとティクリスは決して仲が悪いわけではない。
人に対するスタンスが違うだけだ。
それで何回か喧嘩はしたけれど……決して憎み合っているわけじゃない。
彼女は人はあるがままにあるべきだと考えている。
それで苦しんでいる人間が多いというのに、何もせず見守るのが優しさだと信じる彼女の考えには同意できない。
人とはどこまでも脆いのだから、応えてあげなければ。
なのに、ティクリスを奉ずるなんて、わたくしにはよくわからない。
ただ、その愚かさも愛しましょう。人というのは多種多様。その性こそ、わたくしが愛する人の証左なればこそ。
そう、こうして泣いているこの子のように。
「もう、いつも泣いてばかりね、あなたは」
優しく、愛おしく、涙もろいレイラ。
あなたは本当にわたくしが見ていてあげないと駄目ね。
優しくレイラの頭を撫でてあげる。
ちゃぷりと湯船に波が立つ。
「いつも助かってるわ」
「うぅ。私も姫殿下のお世話をさせてもらえて至上の喜びですぅ」
そうそう、その調子で崇めなさい。
中身が神たるわたくしは、人に崇められることが何よりも心地よい。
食事もそう。
量産型の食事よりも、わたくしのためを思って作られた食事の方が美味に感じる。
捧げものというわけね。
こうして体を整えられる時間も神事の一つ。
神に奉納するのだから。
見返りとして、レイラにも加護を与えている。
気軽に人間に加護を与えるなってティクリスが怒りそうだけれど。
いいじゃない、可愛いんだもの。
「……はい、終わりました。姫殿下」
「お疲れ様。それじゃあ出ましょうか」
「はい」
レイラが手を叩くと、浴室の端で待機していた他の侍女たちがわたくしの元へ集まってくる。
姫たる身分のわたくしは、身の回りの世話をされるのもお仕事。
実に都合が良い。
こうして磨き上げられるのも、崇拝の一環だ。
浴槽から出ると、ぱちゃりぱちゃりとわたくしの滑らかな裸体から水滴が滴り落ちる。
神たるわたくしが宿るこの体は、病や異常とは無縁だ。
皆からは、シルクでできたお人形のようと評されている。
その評は作り物のようという点でおおむね正しい。
わたくしの美しさは人間では再現できないのだから。
「いつお世話させていただいても、姫殿下はお綺麗です」
「この世のどこを探しても姫殿下以上の美しさを持つ方はいらっしゃらないですよ!」
「ふふっ、ありがとう」
ふかふかのタオルを持って、侍女たちが私の体を拭く。
丁寧に丁寧に、傷の一つもつけないように。
髪の毛もゆっくりと水気を吸い上げるように、擦らないように。
わたくしの美しさが寸分も欠けてはならぬとばかりに、彼女たちは気を使ってくれている。
何とも愛い。
これほどまで甲斐甲斐しく仕えてくれる存在に、どうして報いぬことができようか。
もしも、わたくしがその気になれば。
一瞬でこの場が血の泉に変わる。
それなのに、彼女たちはそんなことをできるわたくしを、簡単に割れてしまう陶磁器のように扱ってくれている。
実に、愛い。
顔には出さないけれど。
「……はい、姫殿下。終わりました」
「お疲れ様。次は何だったかしら」
「お召し変えののち、バルトハルト殿と会食です」
ああ、そうだった。
あまりの心地よさに忘れてしまうところだった。
バルトハルト――かの英雄と、食事の予定があった。
友達から始めることになったけれど。
彼も中々に愛い。
鍛え上げられた肉体、英雄の器足る度量。
それにも関わらず、わたくしの一挙一動で感情を揺さぶられている。
なんともいじらしい。
神心をくすぐられる。
「では、準備をお願いしますね」
「「はい、姫殿下」」
一斉の宣言の後、瞬く間にわたくしは着せ替え人形と化す。
その間に別の侍女たちは軽食の準備を済ませているのだから、いつ見ても圧巻だ。
わたくしなら指先一つでできるのに。人はこれだけ手間をかけねばできないなんて。
なんてか弱い生物なのでしょう。
だから、こうして愛でる価値があるというのですが。
「では、バルトハルト殿をお呼びしてくださいますか?」
「はい。——お呼びしてください」
着替えが終わり、化粧も終わった。
室内でのささやかなお茶会セットも整った。
後は舞台人形を並べるだけだ。
わたくしの相手を務める舞台人形さんは、部屋の扉を開けると錆びれた歯車のようにぎこちない動きで入ってきた。
その様子を見て、わたくしはほのかに笑ってしまう。
大きな体躯、筋肉質な体。見た目だけであれば、今すぐにでもわたくしを殺せそうな立派な体なのに、見知らぬ場所に怯える小動物のよう。
実に可愛らしいことではないか。
「いらっしゃいませ、バルトハルト」
「お、お招きいただきありがとうございます。姫殿下」
「もう、ルーテ、ですよ。友達なのですから」
頬を膨らませて、不満をあらわにする。
さあ、わたくしをルーテと呼ぶのです。
「……ルーテ、嬢」
顔を真っ赤にして。
視線はどこへ定まることやら。
ああ! 何とも素晴らしい!
戦場では幾多の強敵をなぎ倒す屈強な武人が、好いている女性を前になるとこのいじらしさ。
実に愛らしいではないか!
「よくできました」
満面の笑顔で応えてあげる。
ご褒美はきちんとあげなければならない。
これは持つ者の義務なのだから。
ノブレスオブリージュ。実に良い言葉だと思う。
人間という持たざる者の中でも、比較的裕福な人物は分け与えるという精神。
そのようにして優越感を満たし、尊厳を保ち、格差社会を維持する。
なぜならば、与える側がいつだってどの程度与えるのかを選べるのだから。
中々出せない発想だ。
人の欲望が実によく表れていると思う。
わたくしは素晴らしい発明だと賞賛いたします。
「あの」
「はい?」
「申し訳ありません。このような場には不慣れなもので」
あらまあ。
なんと愛らしい。
服装こそ正装であるものの、まるで服に着られているような態度。
これがあの凛とした英雄だなんて信じられるものですか。
「よろしいのですよ。友達、でしょう?」
「……かないませんな」
「ふふっ。友達に敵うも敵わないもありません」
さあ、席についてと促す。
ぎこちない動きは解消されないまでも、侍女たちに促され、彼はわたくしの対面に座った。
その後は他愛なく話を先導し、穏やかな時間を過ごす。
まずは外堀を埋めるように。徐々に慣らしていくことが寛容なのだ。
甘いものは好きだけれど、周りには隠しているだとか。
戦場での話はあまり語りたくないだとか。
自身の武功を誇らないだなんて、何か戦に思うところでもあるのだろうか。
これは、今後彼と関わっていく上で調べていかないといけないところだろう。
まあ、そのような繊細な部分はやんわりと流して。
今回のお茶会は、極めて穏便に終わりを迎えた。
少なくとも、終わり際には彼も笑顔を浮かべられる程度には。
緊張もほぐれていたらしい。
――ああ、実に。
わたくしのものにする瞬間が待ち遠しい。